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※短編 百面相症候群 ~我は私で梨音だのん~

作者: 古手流雲

とある知り合いとの話から生まれた、ちょっとした短編

 ピピピ、ピピピ、と耳元で鳴り始めたけたたましい音を皮切りに、意識が少しずつハッキリしだす。


「う……ん……」


 やがて体の感覚も徐々に鮮明なものになっていき、手足が動くくらいになったところでもう止まれとその音源であるスマホの画面をタッチした。

 音が止まったのを確認して何回か深呼吸。

 それによって残る眠気を薄め、俺は今度こそ上体を起こす。


「……よし、起きるか」


 スマホの画面に標示される時計は7時2分、まだ高校に行くまで時間はある。

 俺は一度ぐるりと肩を回してベッドから立ち上がり、もう一年は着続けている高校の制服を手に取った。




 台所で何かを作っている母に、ニュースを見ながら朝食をとる父。

 着替えを終えて顔を洗い俺がリビングに行くと、今日も今日とて変わらない光景がそこにあった。


「あら、おはよう」


「お、起きてきたか」


「うん、二人ともおはよう」


 入ってきた俺に気付いた二人に挨拶をし、食事の時の定位置であるテーブルの右隅に座る。

 それからややあって朝食を並べた母が、ふと思い出したように「そういえば」と呟く。


「どうしたの?」


「今日は梨音(りのん)ちゃん、お弁当作ってくるってメールが届いてたわ」


「……ん、分かった」


 用件はそれだけだったのか、今度こそ台所に戻る母。

 その姿を尻目に、俺は箸を手に取った。


(今までの経験からだと、弁当ってことはあのパターンか? それとも……)


 箸を動かしつつ考えを巡らせる。

 多分こうだろうなという結論はあるが、確証は持てない。

 まあ、今ここで考えても仕方ない。実際にアイツを見てから考えればいいか。


「ご馳走さま」


「はい、お粗末さまね」


 食べ終えた食器を台所に持っていき、自室に戻ってベッドに寝転がる。

 つい最近始めたスマホのゲームが案外面白く、気付けば時間は7時49分になっている。

 その時間が7時50分に変わると同時――


「今日も時間きっかりだな」


 ピンポーン、と我が家のチャイムがなる。

 アイツが来たなとカバンを手に持ち玄関を出ると、予想していた通りの人物がそこに立っていた。


「おはよう、りょう君」


「ああ、おはよう梨音」


 俺と同じ高校の制服に身を包んだこの少女の名前は梨音。

 長い後ろ髪をまっすぐに伸ばし、前髪はピンで軽く止めている。

 その端正な顔が愛嬌を感じるものになっているのを見て、俺は『ああ、やっぱりあれだ』と確信をもった。


「りょう君のお母さんにも言ったんだけど、今日はお弁当作って来たの。迷惑だったかな?」


「いんや、むしろありがたい」


「ほんと? ありがとう!」


 わーいと喜ぶ梨音だったが、どこからか取り出した櫛を手にこちらへ寄ってくる。

 彼女はそのまま後ろに回り、俺の髪を櫛でとかしはじめた。


「もー、りょう君てば後ろの寝癖が直ってないよ」


「そんなん気にしなくたって良いだろ」


「髪は男の命なんだよ!」


「それ絶対男じゃなくて女の命だと思うんだ」


「じゃあ禿げる? つるっつるになっちゃう?」


「いたいいたい! ……たく、分かったよ」


 反論したら櫛を縦にしてぷすっとやられた、地味に痛い。

 なかば諦めぎみに従うと、梨音は「それでよし、私がきっちり直してあげるからね」と作業を再開した。


(今日はやっぱり世話焼きの方向だな)


 やがて満足したらしき梨音は俺の前に立ち、櫛をしまう。


「終わったよ」


「おう、ありがとな」


「どういたしまして。もっと頼ってくれてもいいんだからね?」


「――っ! それよりもほら、早く行かないと遅刻するぞ」


 全幅の信頼を俺へと寄せる、包み込むような満面の笑み。

 その笑顔に不覚にも魅せられてしまい、俺はごまかすべく強引に話を変えた。


「あ、ホントだ! ごめんねりょう君、私ってばつい」


「いいからいいから、早く行くぞ」


「うん」


 そうした家の前に停めてあった自転車に向かう梨音のポケットから、何か光るものが落ちる。


「うん? これは……」


 拾ってみれば、ただのキーホルダーだった。

 しかしそれのデザインは日本刀の刀と鞘に近く納刀や抜刀も出来るもので、週刊誌でやっているバトル系少年漫画に出てくる登場人物の武器をモチーフにしているもの。

 今の梨音のチョイスとは考えづらい。

 それに、


(これは厨二病の時に持ち歩いているはずのやつだ。何かの拍子にうっかり持ってきちまったのか?)


「梨音、これ」


「?」


 考えても仕方ないので、梨音を呼び止め手渡す。

 キーホルダーを手渡された梨音は何だろうと手の中を覗きこみ、それが何なのか理解した途端顔が真っ赤になった。


「え、な、な、なんで? これ――」


 恥ずかしがりながらポケットに仕舞う梨音だが、それも昨日を振り返れば仕方ないのかもしれない。


「恥ずかしがってるとこ悪いけど、そろそろ行こうぜ」


「ううう~……そ、そうね。行かなくちゃ」


 うーうー唸る梨音だが、やがて落ち着いたのか諦めたのか自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ始める。

 それを見届けた俺も自転車に乗り、梨音を追いかける。


「…………」


 梨音は、とある精神病のようなものを持っている。

 病名は忘れたが、その症状は一日ごと――正確には一定以上の睡眠だ――に思考パターンが大幅に変化する、ざっくり言えばキャラが変わるというものだ。

 だがキャラが安定しないといっても多重人格ではないと俺は思っているし、精神科医も多重人格ではないだろうと言っている。

 詳細は分からないが、多重人格とは人格ごとに記憶が分けられているらしい。例えば人格Aと人格Bがあった場合、Aがハンバーグを食べたとしてもBには食べた記憶が無いといった具合にだ。

 その点梨音はキャラの変わる前と後でしっかり記憶が残ている。

 彼女曰く「昨日は何であんな態度とっちゃったのかわからない」といった感覚らしい。


「でも、バリエーションがなあ」


 多重人格ではないとはいえ、キャラの種類はかなりある。

 まずは今日の梨音である、世話焼きで甲斐性な梨音。

 どこぞの田舎の小学生のように語尾が「~のん」になる梨音。

 品行方正、振舞いのひとつひとつに気品のただよう清楚なお嬢様系梨音。

 やたら元気な体育会系梨音。

 そして一人称が俺や我などに変わり、イタイ発言がちらほら出てくる厨二病梨音などだ。

 さっきの刀のキーホルダーは厨二病梨音が常備するもの(確か銘は吸魂の魔剣。剣を抜くと周囲の生物は魂をじわじわと吸われるらしく、抜こうとしたらメッチャ怒られた)で、まともな女の子の部類に入る今の梨音はそれを見て厨二感溢れる言動を思い出してしまい、思わず恥ずかしくなってしまったのだろう。


「未だ自分探しの人生は終わらずってか」


 俺と梨音は幼稚園から小学校三年生までずっと同じだった幼馴染み。

 四年生へ上がる頃に梨音は転校し、中学校で再会した時には既に一日ごとのキャラ変化は始まっていた。

 ころころとキャラが変わる梨音に周りはだんだん着いていけなくなり、やがて校内での交流は普通だが友達と言える人間はほとんどいない状態になっていた。

 その時の梨音は、今でも忘れられない。

 寂しさを誤魔化すように世話焼きの加速した梨音。

 語尾にのんと付けながらしょんぼりする梨音。

 凛とした空気を纏いつつも、顔に影を落とす梨音。

 口は体育会系でも、全く覇気のない梨音。

「魔剣を振るう剣士の宿命か、仕方あるまい」と厨二全開で強がりながら、でも羨ましそうに周りを見る梨音。

 日々キャラを変えながら、その全てに寂しさと諦観を含ませていたあの頃の梨音はとても痛々しかった。

 しかし梨音はそれらを口に出さず、ずっと友達でいた――いや、友達でいる以外ロクに役に立たなかった俺にありがとうと笑って言ってくれた。

 だから――


「りょう君ってば!」


「うえぃ!?」


 突然梨音に耳元で叫ばれ、考え事に耽っていた俺の口から思わず変な声が出る。


「そんな叫ぶやつがあるか!」


「呼んでもぼーっとしてるりょう君が悪いんだよ。自転車に乗ってる時だから危ないのに」


「う、反論出来ねえ」


 大丈夫?熱あるなら薬局寄ろうか?

 考え事してただけだ、体調は万全だぜ。

 呼び掛けても答えなかったことで心配をかけたらしく、スイッチの入った梨音をあしらいながら自転車を漕ぐこと十数分、俺達の通う高校に到着した。


「着いたね、りょう君」


「おう。それじゃあまた後でな、梨音」


「――こほん。また後でね『鈴木くん』」


 自転車置き場に自転車を停めた梨音は、俺を名字で呼び先に校舎へと入っていく。


「ずいぶんと板についてきたな、梨音も」


 友達らしき女子生徒と仲良く話ながら歩く梨音を見て、俺はそう呟いた。

 梨音が俺を名字で呼び出したのは、別に気まぐれという訳ではない。

 あれはキャラが変わりまくる梨音に俺が提案した対応策のひとつ。

 その日の中身に関わらず外ではこういうキャラでいるという、いわゆる自己暗示のようなものだ。


「二人であれこれ考えたり訓練兼ねてあちこち出掛けたかいがあったってもんだ」


 梨音のキャラ変化は中学二年に上がっても収まらず、どこから拾ってきたのか厨二まで混ざるというむしろカオスさが上がるという事態になっていた。

 そんな時にふと思ったのだ、「こんだけキャラ変わるなら自分で作れないか?」と。


 我ながらバカな案だと思ってたのだが、何か琴線に触れたのか梨音(その日は体育会系)は元気よくやる!と言い出した。

 それから一般的な女子学生とは何だという討論をしたり、キャラが決まったら学校の無い土日は決めたキャラを崩さないと決まりを作って出歩いたり。


 最初はちょっと驚いただけでキャラが崩れたのだが、少しずつ安定しだし、やがて中三に上がる頃にはよほどの事態でもキャラ崩壊を起こさないまでに成長した。

 キャラが安定していくに従って周りとの交流も活発になっていき、三年に上がる頃の梨音の印象は「二年生最初くらいまで変だったけど今は親しみやすい女の子」。

 梨音は本当に頑張ったと思う。


「ふっ、あの時は本当に嬉しかったな……」


 脳裏に浮かぶのは、三年生最大の行事である修学旅行で友達に囲まれ、楽しそうに笑う梨音。

 みんなが離れていき寂しげだった梨音がああも笑う光景を目にした俺が、自分まで嬉しくなったのを覚えている。

 まあ、傍らから見れば俺は女子の集団を見てニマニマしてる男子中学生なわけで、その後クラスメートの男子に散々からかわれたのだが……


「……」


 修学旅行の帰り道、梨音はありがとうと俺に告げた。

 たった五文字に込められた思いがとても真剣だと分かって、気軽にどういたしましてと返そうとした俺は口を閉じざるを得なかった。

 そこから梨音はぽつりぽつりと語り始める。

 キャラ変化に苦しんでいたこと。

 寂しかったこと。

 俺が一緒にいてくれるのがとても支えになっていたこと。

 キャラの安定により、周りの人が増えていくのが嬉しかったこと。

 三泊四日の修学旅行は、今この瞬間までものすごく楽しかったこと。


『よく頑張ったな』


 そう言って頭を撫でてやると、泣きそうな顔をしながら梨音は聞いてきた。

 なんで私にそこまでしてくれるの、と。


「いや、そりゃあ……なんでだろうな?」


 そこまで思い出した所で、思わず苦笑いをする。

 あの時の俺は「乗り掛かった船だ、最後までやるさ」と答えたし、梨音もそれに納得していた。

 でも、それは本当の理由じゃない。

 正直言えば何で協力したのか自分でも分からなかったりするのだ。


「でも、あいつは何となくほっとけないんだ」


 まあ、この気持ちと疑問はとりあえず胸の奥に閉まったままで。

 今はただ、自分が寂しい思いをしていてなお俺にありがとうと言ってくれた彼女が真っ当な学園ライフを暮らせるよう見守るだけだ。


「うっしゃ、行くか!」


 ガンッと体の前で両の拳をぶつけ合わせ、俺は教室を目指して歩き始めた。







 翌日。


「我が盟友よ、今日も(ともがら)の集う機関の施設へ向かう時間だのん」


「……おい、今日のキャラどうなってんだよ」


 梨音は何故か、厨二病+語尾~のんという二種類のキャラを同時に出しやがった。


「今日の魂を選定する儀式にて、どうやら二つの魂を呼びだしてしまったらしい……んだのん」


 つまるところトリガーの睡眠によるキャラリセット・再決定(今日の魂を選定する儀式)で、何故か二つのキャラが混ざって出てきたと。


 ……どうやら、彼女との闘病生活はまだまだ長くなりそうだ。

感想なり指摘なりあればよろしくお願いします



……こんなことならニセコイとか恋愛系の話読んで勉強しとけば良かったヽ(゜∀゜)ノ

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