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首筋には汗

 暗闇の中を、一行は手探りで進んでいる。先頭は一条で、それから吠木、砧、冬野目の順番である。

 使われていないトイレの窓から潜入した四人は、ひとまず扉を開き、右へと進んだ。その理由は、一条の「勘や」の一言である。

 しかし、進めど進めど、何も見えてはこない。本来ならば、ここはもう美作グループの胎内のはずで、警備員が一人もいないことに冬野目は違和感を感じていた。

「おかしくないですか……? どうして警備員がいないのでしょう……。それに、夜なのに非常灯もついていない」

「でも、進むしかなやん。警備員に遭遇したら、ウチが力づくで壬生はんの居場所を吐かせたるわ」

 一条の声をいんいんと響かせながら、それでも人の気配はない。

「ちょい待ち、行き止まりや」

 冬野目が目を凝らすと、一条の先は闇の濃度が少し変化していることに気が付いた。

「扉やな」

 慎重な足取りで一条が前に出ると、何やら堅く冷たい感触がある。

「砧、どうする?」

「開けましょう」

 顔が見えない、声だけでのやりとりだ。 

 重苦しい音を響かせて、扉が開いた。その向こうも暗く、広さも、天井の高さも、まだ室内にいるのかすらもわからない。

「空気の流れが違いますね……どうやら、かなり開けた場所のようです」

 砧の声がする方を見て、冬野目は恐る恐る口を開いた。

「ここは、どこなんでしょうか……」

 その時、吠木の緊張した声が響いた。

「あ、あれ!」

 冬野目は身体を低くして辺りを見回した。四方を囲う暗闇の中、二つの赤い点がその存在を誇示していた。

「あれは……」

 赤い点と目が合った瞬間、それは一瞬で上に移動した。それと同時に何かが風を切るような音も聞こえた。

「下がれ冬野目! 梟や!」

 一条の声が響いたと同時に、冬野目の隣がぼうっと明るく照らされた。

「正体を見せぇっ!」

 狐火だ。冬野目がそう思った次の瞬間には、一条が放った炎が赤い点を目がけて飛んでいくところだった。

 赤い点は炎を避けて、空中でゆらゆらと漂っている。しかし、冬野目は一瞬だけ照らされたそれを見た。

 大きな目に、鋭い嘴。広げられた翼はとても巨大で、大型車のようだと認識した。

「ふ、ふくろう……」

 冬野目は、がたがたと震える足をなんとか奮い立たせ、その場に立ちすくんだ。

 こんなものと戦わなければならいないのか、そう考えていると、後ろから幼気な声が聞こえた。

「ここは、僕に任せてください」

 しゅるりと布が落ちる音と共に、吠木が梟の方向を向いた。

「皆さんは、壬生さんのところへ」

「で、でも吠木君。あんなのに一人で立ち向かっても無理だ!」

「冬野目さん、お忘れですか。我々の目的は化け物退治ではありません。壬生さんの救出です」

 暗闇の中で、吠木が身体の向きを変えた。

「だから、こんなところで足止めを食らっていてはいけないのです。砧さんも一条さんも、早く行ってください」

 でも、と吠木に声をかけようと一歩踏み出した冬野目の肩を、砧がつかんだ。

「吠木の言う通りです。御主人、我々は行きましょう」

 しかし冬野目の足は動かなかった。このまま吠木を置いていけば、もう会えなくなるような気がしていた。

「冬野目、ここははじめくんを信じようや」

 空いている方の肩を、今度は一条が付つかむ。

「壬生はんを助けて、ここに戻ればええ。はじめくんは、そないすぐにはやられへん」

 冬野目にはわかっていた。一条の言葉に、何か偽りのにおいを感じていたのだ。しかし、それは吠木の強さに関することなのか、それとも別のことなのかまではわからない。

「……絶対に、戻るからね」

「ええ、待っています」

 暗闇の中で吠木は口角を上げた。しかし、それを見ることができたものはいない。



 

 吠木以外の三人は、来た道を引き返した。戦闘が行われているのか、後方からは時折物音がするものの、戦況まではわからない。冬野目は、吠木のことが気ががりであったけれど、唇をかみしめて前を向いていた。

「さて、これでこの先にも化けモンがおったら、もう行く先にアテはないっちゅうわけやな」

「……いえ、この先にいます」

 砧の声には緊張の色がうかがえる。

「なんでわかるん?」

「女の、勘ですね」

 一行が進むと、先程の道とは違い、先に明かりが見えてきた。廊下の様子も同時に見えてきて、床がリチウムでできていることがわかる。道は一本道で、一行は一言も口を開くことなく、扉の前にたどりついた。

「これ、あっちの扉と同じやつやな」

 砧はこくりと頷くと、そっと扉に手をかけた。顔に表情はなく、青白い、と冬野目は感じていた。

「き、砧ちゃん、大丈夫かい?」

「ええ。それよりも、行きましょう」

 ぐらり、と扉は開き、別の部屋へと続いていた。

 その部屋はとても広く、高校の頃の体育館みたいだ、と冬野目は感じた。天井は高く、壁に備え付けられているいくつかの窓は、その全てにカーテンが引かれている。

 蛍光灯に照らされた部屋の真ん中に、美作がいた。

「腐れ変態……やっと見つけたで」

 一条が肩を怒らせて前へ出る。

「冬野目君……君も諦めが悪い」

 美作は彫刻のような顔を少し歪め、下を向いて苦笑した。

「こっちは砧が本調子になったんや! もう好き勝手にはさせへんで!」

 一条の声が室内に響くと、美作は苦笑を消さずに言葉を吐いた。

「それは厄介ですね……こちらも、遊んでいるわけではないのですよ」

 そう言うと、美作は着ていた上着を脱いだ。上着の下は薄手のワイシャツのようだが、何かがおかしい。

「あれ……もしかして」

 冬野目の声は震えた。今、目の前にいるのは見慣れた大学の先輩ではないような気がしたのだ。それは全身から何やら禍禍しい雰囲気を発していて、以前の美作から感じていた優雅な印象は、既にそこには無い。

「あの方……」

 唇を噛み、砧が身構える。

 一条は冬野目の前に立ち、美作から守ろうとする格好だ。

「やってもうたみたいやね」

 びりびりと、布が避ける音が聞こえた。

 冬野目は一条の陰から顔を出し、美作の姿を探した。

「あれは……」

 冬野目が見たのは、もはや美作ではなかった。造形の整った顔の中央は鋭く突起し、両腕からは柔らかそうな羽毛が突き出している。音も無く痙攣しているその様を形容するべく言葉を探すと、冬野目はすぐにひとつの単語を口にした。

「化け物、だ」

 美作は今、一言も発さずに人を辞めようとしている。顔の中央に現れた突起は徐々に長さを増していき。腕の羽毛の数は増えていく。コンパスだと評された両足はそれぞれ三本に割れ、鋭い鍵爪のような形に変貌している。

 一向はただ見ていることしかできない。

「……人間辞めてまで、壬生はんが欲しいんか」

 ぽつりと、一条が言った。その言葉に反応するように、美作だった物体は天井に向かって高音を発した。

 それは、まさしくカラスの鳴き声だった。

「美作さん! このままでは人間に戻れなくなってしまいます!」

 砧の声が届いたのか否か、一同にはわかる由もない。しかし、音には反応するらしく、目の前で美作から生まれ変わった化け物は冬野目を目がけて突進してきた。

 肉と肉ぶつかる。

 振動が室内に広がった。

「こいつ……もうあかん! 人の言葉がわからんくなっとる」

 美作が袈裟がけに羽を振り下ろし、それを受け止めた一条が歯噛みし乍らそう言った。

 両者離脱。

 美作は一条から距離を取り、両肩を荒く上下させながら真黒な瞳で冬野目をみている。

 その瞳からは、憎しみを感じた。

「美作さん! 壬生さんは心に決めた男性がいるのです! こんなことをしても、壬生さんは手に入りませんよ!」

 ぴたりと動きを止め、美作は冬野目をじっとみつめた。

「美作さん……?」

「冬野目の言うことが、わかるんか……?」

 美作の反応を見て、砧も一条も気を抜いてしまった。

 それが、油断となった。

 瞬間、美作の姿は一同の視界から消えた。きょろきょろと左右を見渡してみても、美作の姿は確認できない。

 

 次に一条と砧が見たのは、冬野目の胸を貫く美作の腕だった。

 

 もっとも、それは腕というより、今や完全な鳥類の羽と化していた。

「御主人!」

「冬野目!」

 二人の妖の声を聞きながらも、冬野目の意識は濁流に飲み込まれるようにして途切れた。


 

    

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