16.大人達の真実・1
菜月に連れられて行ったのは、路地裏にある小さなイタリアンのお店。夫婦で営業しているとてもアットホームな処でとても素敵だと思った。
席につき注文を終わらせるとその場を沈黙が支配する。
店に着くまでは、菜月も楽しそうに色々な話をしてくれた。会社やファッション。最近はまった本など、その話は多岐に渡った。
けれど、いざ肝心な話になるとなかなか話せないようだ。それでも、覚悟を決めたのか菜月は、重い口を開いた。
「さて。話す内容も内容だから、完結に言うわね。玲は、先月付けで会社を辞めました」
「だって、玲が社長なんでしょう?」
「元々、彼は技術屋なの。でも、会社を作る時に代表を引き受けて、だんだんと現場との距離が出来た。それが、嫌になったみたい。社長職を譲って、いち技術者に戻りたいって」
「…………」
「もちろん、蓄えもあるし、ユウちゃんのこれからは心配いらないと思う。ただ……」
「ただ?」
「海外にある取引先に誘われているらしくて。本人は、行くつもりらしいの。でも…………」
―――――――海外に行くつもりらしい。
その言葉が耳に入った瞬間、全ての音が聞こえなくなった。玲が自分を置いてどこかに行ってしまうかもしれない。
――――――ソンナノイヤダ。ワタシヲヒトリニシナイデ。
どうして皆いなくなってしまうのだろう。お義父さんも、お義母さんもいなくなってしまった。いつもそうだ。私に優しくするだけしていなくなってしまう、いつも。
「はい、どうぞ」
ふと聞こえた優しそうな女性の声。それと同時に目の前には、温かなスープが入ったお皿。顔を上げると、奥さんの笑顔がすぐ近くにあった。
「我が店自慢の野菜スープよ。体が温まるわ」
「ありがとうございます」
「食べたら、きっと頭も心も動き出すから。ゆっくり、落ち着いてお話を聞くといいわ」
「咲子さん。ありがとうございます」
「ふふふっ、これは私からのサービスよ。あの小さなユウちゃんが立派に成長した姿を見せてくれてありがとう。菜月ちゃん」
「え?」
「ごゆっくり」
そう言うと咲子さんと呼ばれた女性は、厨房に戻って行った。その姿を見送りながら、どういうことかと菜月を見ると、彼女はいたずらがばれた子供のような顔で言った。
「咲子さんは、昔ユウちゃんがいた施設で働いてたの。時々、加納君と一緒に来てユウちゃんのお話をしてたんだ」
「え? 加納さんが? 何で?」
何故、今ここで加納が出てくるのかと書かれたユウの顔を見て、菜月は軽く吹き出す。
(普段の行いが悪いからよ、加納君)
「…………何ですか」
プクッと頬を膨らませるユウに、菜月は「ごめん」と謝った。謝ったけれど、まだ顔は笑っている。
「ひどいです」
「本当にごめん。可愛くて、つい。でね、これから話す事はかなりびっくりすると思う。私もちゃんと説明出来るか自信はない。けど、ユウちゃんが聞きたい事は、出来るだけ話すわ。だから……」
「だから?」
「その前に、スープを食べて? お腹がすいた状態だと、思考がマイナス方向にばっかり行っちゃうから。ね?」
そう言った菜月のまっすぐ眼差しに、自分に対する誠実さを感じ取ったユウは、返事の代わりにスプーンを手に取った。
「いただきます」




