くしびと~part Ⅰ~ 7
今回、以前ちょこっとだけ登場していたあのお方が、満を持して……って程ではありませんが、とにかく登場します。
それに加えて、新キャラが複数登場。
……キャラ分けが……キャラ分けが……もう大変……(涙)
という訳で、文章力の無い私は、口癖等で区別させるしかなかったのでした……。
二月十六日 水曜日 放課後
それは六時限目の終了後、担任の広瀬川先生が帰りのSHRを進めている最中の事だった。
ピンポンパンポーン――
『連絡いたします。一年一組のクラス委員は、至急、第二評議会室まで来て下さい。繰り返します。一年一組のクラス委員は、至急、第二評議会室まで来て下さい』
――ピンポンパンポーン
そんな校内放送が鳴り響いた。
「あら、放送での呼び出しだなんて珍しいですね。何があったのかしら」
広瀬川先生の言う通り、生徒評議会からの緊急連絡なんて、そうある事ではない。が、ない事でもない。
「まあ、丁度いいですからこれでホームルームは終わりましょう。因幡君と入江さんはすぐに評議会室に行ってみて下さい」
「分かりました」
SHRは早々と切り上げられ、広瀬川先生によって解放宣言が通達された。それにより、クラスメイト達は各自散開を始める。
放送で呼び出されたクラス委員(つまり俺なのだが)は、もう一人のクラス委員である女子生徒の元に向かった。
「えーと、入江さん? 行こうか」
帰り支度をしていた彼女に声を掛ける。すると……
「ひうっ!?」
ガタンッ!
……飛び上がるほどに驚かれた。
事の運びからして、俺に声を掛けられるのは予測出来たと思うのだが。
「は、は、はい。い、行きます、行きます。はい……」
ワタワタとしながらも、行く姿勢を見せる入江さん。
因みに彼女はこちらを向いていない。視線は思いっきり逸らされている。
「――アンタ一人で行ったら?」
「え?」
後ろからの女子の声に振り向いた。しかし、こちらに目を向けている生徒は一人も居らず、誰に言われたのかは判らなかった。
「あ、ああああの、行きます。行きますから……」
そう言いながら、入江さんは足早に教室を出て行く。
俺はワンテンポ遅れてその後を追う。
ところが、彼女は教室を出てすぐの所で立ち止まっていた。
「入江さん?」
「お、おひゃ……あうう、お、お先に……どうぞ、どうぞ」
どうやら、前を行けという事らしい。少しだけやり辛さを感じながら、俺は先行した。
「なあ、中庭通ってく?」
「は、はい……はい……」
学校の校舎は『コ』の字形になっており、今俺達が居る『南校舎』から、生徒評議会室のある『北校舎』へと行く場合は、『東校舎』を通って行くルートと、中庭の渡り廊下を突っ切っていくルートの二通りがある。どちらから行くのが早いかは出発地点により異なり、南校舎の中央から西側なら中庭、東側なら東校舎を通った方が早い。まあ、時間的にそう大差は無いし、東校舎は職員棟とも呼ばれていて、教職員とのエンカウント率が高い為、生徒達は専ら中庭を突っ切るルートを選ぶ。
よって、俺達もその通例に則る事にした。
ガタンッ……ギィィィ
中庭に続く重い扉を開く。
今は冬場なので閉められているが、暖かくなればここは開放される。
中庭の中央には噴水(?)的なオブジェがあって、夏場なんかはここで憩う生徒も多い。
「よっ……ほら、入江さん」
扉を押さえ、入江さんに通るよう促した。
「しゅ、しゅいま……すいません」
何故かペコペコと謝りながら扉をくぐる入江さん。
俺は、微かな溜め息を吐きながら扉を閉めた後、彼女の隣に並んで渡り廊下を渡る……
「ひゃ、ひゃ、ど、どうぞ、おさ、お先に……」
「…………」
……つもりだったのだが、再び前を勧められたので、少し足を速めて先行した。
――分かっている。
入江さんは明らかに、俺に怯えている。
彼女は緊張の為かずっと身体を強張らせているし、教室からここまで一度たりとも俺と目を合わせようとはしない。
彼女のその態度は、俺が抱えている問題の一端を如実に表していた。
彼女――入江歌乃は、ナツさんと出会う前まで、この学校で最も接する機会の多かった生徒だ。と言っても、彼女と交わした言葉の数は、ついこの間出会ったばかりのナツさんとのそれよりも、遥かに少ないだろう。去年の四月から一緒にクラス委員をやってきた訳だが、元々口下手なのか、その時からすでにまともな会話は出来ていなかった。五月のあの日の後は更に悪化し、コミュニケーションそのものが困難となった。
兎にも角にも、彼女は俺を怖がるのだ。
俺の前では常に目を伏せ、顔を伏せ、身体を縮こまらせる為、極端な話、顔写真を見せられても彼女だと気付けない可能性がある。俺の持つ入江さんの外相的印象は、顔を伏せるが故にいつも目に入ってくる、頭のカチューシャに集中してしまっていた。これを取ったら、きっと誰だか判らなくなるだろう……というのはさすがに言い過ぎか。
この一年、彼女とは事あるごとにペアを組んできた。それは「クラス委員同士だから」というのもそうなのだが、その事とは別に、出席番号が同じである所為か、授業・行事等で何かと一緒になる機会が多かった。それでいて未だに全く打ち解けられていないところが、彼女、及びクラスメイトとの間にある溝の深さを物語っている。
冷たい風の吹き通る渡り廊下を、身を縮めながら歩く。
俺のすぐ後ろには、入江さんが付いて来て……いる筈なのだが、何故だか足音やら気配やらが全く感じ取れない。不安になり後ろを振り返ると……
「ッ!? な、な、何か……?」
……彼女はちゃんと居た。だが、目が合いかけた瞬間に、前屈姿勢になるほど俯かれた。「俯いた」というよりは、お辞儀しているようにしか見えない。今俺は、入江さんに頭頂部を向けられている。見えるのは髪の毛とカチューシャだけ。よって、彼女が今どんな表情をしているかは確認出来ない。
「今日も寒いな」
とにかく振り返ってしまったので、入江さんに世間話を持ち掛けてみた。すると彼女はゆっくりと顔を上げた。
「ひあっ!? ……あ、は、はい~……」
ところが、またも俺と目が合いそうになり、彼女は慌てて顔を戻す。……く、メゲるな俺。
「なんでウチのクラスだけ呼び出されたんだろうね?」
「す、す、すいませんっ、分かりませんっ、ごめんなさいっ」
「い、いや、入江さんが謝る理由はないだろう」
「あ、す、すいません……」
「…………」
申し訳なさそうに頭を下げ続ける彼女の姿に、こっちが申し訳なくなってきた。無暗に話し掛けたりはせず、とっとと用事を済ませてしまった方が彼女の為かも知れない。
(それにしても、また一段と怯えられるようになってしまったな。同級生なのに敬語使われてるし。いや、それは初見の時からそうだったか?)
どうあれ間違いないのは、彼女が人一倍気弱な性格であるという事。でありながら、学内で危険人物と目される男子生徒と、関わらざるを得ない立場にある。彼女としては割を食わされた形だ。
学校生活において、クラスメイトと全く接さずに過ごすのは不可能。どんなに嫌がっても、共同作業の機会は必ず来る。俺がそんな状況に直面した時は、とりあえず入江さんがフォローする、というのがクラスでの暗黙の了解になっていた。当然、そこに彼女の意思は伴っていない。周りの空気がそうしろと迫るのだ。俺が憐憫を催すのもおかしな話だが、そんな彼女にはいつも申し訳ないと思っていた。
ガタンッ……ギィィィ
北校舎に辿り着いたので、先程と同じように扉を開けて、その状態のまま入江さんが通り抜けるのを待った。
「あっ、す、す、すいません、すいません」
急かしたつもりはなかったが、彼女は小走りで、扉を押さえている俺の前を過ぎて行く。やはりペコペコ謝りながら。
「きゃっ」
校舎に足を踏み入れた瞬間、彼女は何かに……もとい、何も無い所でつまずき、たたらを踏んだ。
「危ないっ」
俺は咄嗟に腕を伸ばし、入江さんの右の二の腕辺りに手を掛けた。
バタンッ!
背後からは扉の閉まる音。
決して入江さんがコケた音ではない。
彼女ならこの通り俺の腕の中に居る。
転ぶ前に掴んで引き寄せたのだ。
「……っとぉ、平気か?」
「…………」
「入江さん?」
「……ッ、ひゃわわわわわわわわわわわわわわわ……!」
「のわっ」
突如、彼女が奇声を上げながらジタバタと暴れ出した。
まずい。
これでは昼休みの再現だ。
俺は即座に彼女から離れ、両手を上げながら壁に背を着け、キョロキョロと周囲の確認に入る。――よし、誰も居ないな……って、これじゃ恰も何かやったみたいじゃないか。
「しゅ、しゅいま、すいましぇ……すいませんっ、すいませぇぇぇん……」
入江さんはというと、床に座り込んで必死に謝っていた。何に対する謝罪かは不明だ。
「い、入江さ……」
「ひゃいっ、ごめんなさいっ、すいませんっ、ごめんなさいっ……!」
「…………」
不審がられたり敵意を向けられたりするよりも、この入江さんのような反応をされる事の方がよっぽどキツい。まさか自分が、こうまで誰かに恐怖を与えてしまう人間だったとは。どうやら、まだまだ認識が甘かったようだ。
「……入江さん」
「す、すいませんっ、なんでもないんですっ、ごめんなさいっ」
「入江さんっ!」
「ひくっ」
「……評議会室には俺一人で行くから、君は帰るといいよ。何の話だったかは明日報告するから」
「え……あ……その……」
とにかくこのままでは埒が明かないので、教室で誰かが言っていたように、俺一人で用事を請け負う事にした。
「じゃ、気を付けて帰ってくれ」
やや一方的に話を決めて、俺は一人で生徒評議会室へと……
「あ、あ、ま、待って下さい!」
……行こうとしたのだが、入江さんの制止により足を止めた。
「行きます……その、行きますんで……大丈夫です……大丈夫……」
「で、でも」
「わらっ、わたっ、私も! ク、クラス委員ですから!」
そう言って入江さんは、悲愴な決意と共に立ち上がった……かどうかは判らないが、とにかく立ち上がった。
「い、い、行きましょうっ」
「あ、ああ」
そして俺達は歩き出す。
どうやら、少しばかり彼女を見誤っていたようだ。拒絶できなくて仕方なく無理矢理嫌々……とばかり思っていたのだが、ちゃんとクラス委員としての責任を果たしたいらしい。俺に怯えているというのにこの姿勢。「気弱」という評価は改める必要があるかも知れない。
「……あっ。ま、前、前……どじょ……うう、どうぞ、どうぞ、お先に……」
入江さんは思い出したように俺へと先行を促した。きっと、不意を突かれないよう視界に収めておきたいのだろう。……自分が悪漢だと認めてるような思考になってるな。卑屈になるのはやめよう。――きっと彼女は、三尺下がって師の影を踏まずに歩く、古風な女の子なのだろう。別に俺は彼女の師じゃないけど、そう思う事にした。あながち間違いでもないと思う。今時カチューシャしてるし。……偏見か?
「……あ、あ、あのっ、あのあの……ま、待って……下さいっ!」
「え?」
先を行く俺をまたも呼び止める入江さん。
「ごめんなさいっ。だ、だ、第二って……その、言ってましたから……その、あの……上……では?」
「あ、そうだった。ごめん」
第一評議会室の方を目指してしまっていた。第二評議会室はがあるのは三階だ。
この北校舎は特別教室棟となっており、『音楽室』『美術室』『理科実験室』『視聴覚室』……等々、各種専用設備を有する教室がここに集中している。
そして三階には、通常の教室半分ほどの小部屋が多く設けられており、それらは主に、生徒会や各委員会の活動準備室として割り当てられていた。第二評議会室もそれらの中の一つで、評議会役員が総会議の準備をしたり、資料や備品を保管したりする為の部屋になっている。
因みに、第一評議会室とは北校舎一階にある大会議室の事を指す。そちらは完全に会議する為だけの部屋だ。俺はクラス委員として、そちらの方が行き慣れているので、つい足が向いてしまったのだ。
(……ん? 考えてみたら第二の方に行くのって初めてだな。役員でもないのに、なんでそっちに呼ばれたんだろう)
軽く嫌な予感が湧き上がってきた。が、「行かない」という選択肢は無い。クラス委員という役割は、この学校における俺の最後のアイデンティティと言えるからだ。
そうして、入江さんと共に第二評議会室へとやって来たのだが……。
「――いや~、すまんすまん。あの放送、手違いだったんだよ」
評議会室のドアの前に居た男子生徒から、まさかのオチが伝えられた。
「は? えっと、用無いんですか?」
「ホントごめん。まあ、誰にだって間違いはあるだろ? ははは」
そう笑って誤魔化すこの男子は、二年の上田先輩。生徒評議会議長という重役を担う人物である。
「御足労だったな。いいよ、帰って」
「は、はあ……」
嫌な予感てこれだったのか?
俺はどうでもいいが、入江さんの苦労が報われない。あんなに頑張って俺と一緒に居たというのに。……言ってて悲しいぞ。
「あー、入江さん?」
「あ、ひゃ、ひゃいっ」
「なんか帰っていいみたい」
「み、み、みたい……ですね」
「その、ごめん」
「えっ? な、なんで、あなたが……?」
「いや、なんとなく」
俺は別に悪くないかも知れないが、どうしても彼女に対する申し訳なさが拭えず、つい謝ってしまった。
「じゃあ、帰ろうか」
「ひぇっ!? いっひょいれふかっ!?」
「はい? え、なんて?」
「あ、あうあうあう……」
何故か入江さんがテンパっていた。
俺、今何かした?
「あっ、そうだ。因幡……だっけ?」
入江さんへの対応に苦心していると、上田先輩が声を掛けてきた。
「はい?」
「実はちょうど男手が欲しかったところなんだ。よかったら手伝っていってくれない?」
「ああ、はい、いいですよ」
「二つ返事か。なかなか気持ちのいい奴だな」
「ど、ども。……え~と、入江さん? そういう訳だから」
「へっ!? ……あ、ああ、は、はい、はい。私いき……行きます。……そ、それじゃ、それじゃ」
入江さんは、ペコペコと何度も頭を下げながら踵を返して、階段に向かって歩き出した。
「……はぁぁぁ~……」
去り際、彼女から大きく息を吐く声が聴こえた。緊張から解放されて思わず、と言ったところだろう。もしくは無駄足を踏まされた事に対する嘆息か。
「じゃあ、中に入って待っててくれ」
評議会室の扉を開けて、俺に中へと入るよう促す上田先輩。
「はい。……あれ? 待つんですか?」
「ああ。ちょっとメンツ揃えてくるから、それまでな。あ、中の物にはヘタに手を触れるなよ」
「わ、わかりました」
先輩は俺を中に入れると、ドアを閉めてどこかへ行ってしまった。
面と向かって言葉を交わしたのは初めてだが、結構感じの良い先輩だ。二年には俺の悪評がそれほど響いていないのだろうか。
「ふぅ……ええと」
初めての場所なので勝手が分からない。釘も刺された事だし、うっかり余計な真似をしてしまわぬよう、出入り口付近でおとなしく佇んでいる事にした。
とはいえ暇なので、何気なしに中を観察してみる。
正方形に配置されている四つの長机の上は、かなり雑然としていた。書類やらノートPCやら用途不明な備品やらで隙間なく埋め尽くされていて、そこで書き物をされるのを拒んでいるかのようだった。
スチール製と思われる収納棚は、ひどく雑然としていた。書籍やら文房具やら用途不明な備品やらがはみ出すほど押し込められていて、そこから取り出されるのを拒んでいるかのようだった。
そして、部屋の四隅の空間は、あまりにも雑然としていた。段ボールやらパイプ椅子やら用途不明な備品やらがうず高く積み上げられていて、そこへと接近されるのを拒んでいるかのようだった。
――ヘタに手を触れるな。
それは実に的確な指示だったのだ。
そして俺は知る。
第二評議会室とは生徒評議会の物置なのだ、と。
(重要な物だってあるだろうに、俺みたいに変な噂のある生徒を一人でここに置くなんて……)
もちろんよからぬ真似をする気などさらさらないが、やや配慮に欠けているような気がする。
生徒評議会は、生徒会の定款を協議・策定する謂わば“立法府”。ここにある資料は、生徒会の根幹に関わるものばかりの筈だ。こんな杜撰な管理のされ方では色々と不安を覚えてしまう。
――ガチャ
突然背後のドアが開かれ、俺は反射的に振り返った。
そこに居たのは上田先輩。戻って来たようだ。
「……ん? なんだ、座ってればいいのに」
出入り口付近で立っていた俺を見て、彼は目を丸くした。
「い、いえ、椅子の悉くに物が載ってるもので……」
「よければいいじゃん」
「ヘタに触れるなと」
「あー、ははは、真面目な奴だな、はは」
上田先輩は笑いながら、部屋の隅に積まれたパイプ椅子を一つ取り、俺へと渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
礼を言いながら、折り畳まれていたそれを広げ、やはり出入り口付近で腰を掛ける。
先輩はというと、長机の上に載っていた書類を適当によけて、空いたペースに座った。そして、何やら値踏みするかのような視線を俺へと向けてくる。それにより、少し気まずさを覚えた俺は、場を繋ぐ為に話し掛けてみる事にした。
「えっと……メンツっていうのは?」
先輩は誰も連れて来ていない。
「声掛けてきたからすぐに来るさ。もうチョイ待っててくれ」
「はあ。……あの、手伝うっていうのは、ひょとしてこの部屋の片付けですか?」
「あん? あー、あははは、確かにここの片付けもしないとなぁ。でもまあ、それは今日じゃないってのは確かだ」
「違うんですか?」
「まあ、待ってなって。ふふふ」
悪戯っぽい笑顔を見せる上田先輩。まるでサプライズを用意しているかのようだった。
サプライズ?
俺に?
どうも意図が掴めない。何故用件を言ってくれないのだろう。
不安ではあったが、彼自身に嫌な感じはしない。というか、こんなにも気さくに俺と話してくれる人は、男子生徒では初めてかも知れなかった。
「それにしてもこの部屋、初めて入りましたが、凄い事になってますね」
会話できる相手を見つけて、俺の親和欲求がむくりと首をもたげる。
「ははは、まあな」
「なんでしたら、片付けする方も手伝いますよ? いつ頃やるつもりなんですか?」
これを機会にお近付きになれるのではと考え、またの機会を作ってみる事にした。
「いや、別にいい」
しかしあっさりと玉砕。
「どうせ捨てるだけだから、そう手間じゃない」
「え、でも、大事な書類とかだってあるんじゃ……」
「重要なもんは先生が管理してるしな。ここにあるのは、基本、使用済みになったもんばっかだ」
なるほど。だから俺一人をここに置いて行けたのか。
「じゃあ、人手が足らなかった時は声を掛けて下さいよ」
「んー? どうかなぁ。そん時お前、居なくなってるかも知れないしなぁ」
「……えっ?」
――コンコン
「お、来たか。どうぞ!」
この上なく気になる事を言われたのだが、誰かのノックに話の中断を余儀なくされた。どうやら、俺と共に何かを手伝うメンバーがやって来たようだ。
ガチャ
「――ごめんなさい、お待たせしてしまったかしら」
「ッ!?」
入って来た女性の声を聴いた瞬間、俺の身体は緊張で一気に硬直してしまった。
「そんな待ってないけどな。話はまとまったのか?」
「ええ、結局ついて来られてしまいました……。一人で平気ですのに……」
「な~に言ってんのっ! みずぽんは人がイイからこーゆーのは向いてないっしょ? 私らに任せりゃいーの」
「向き不向きの前に、会長自らがやる事でもなかろう」
更に二人が入室してきた。
ポニーテールの女子と、眼鏡の男子だ。
知っている顔ではあるが、知り合いではない。
「ふぅ……。あ、まずは上田君、ご協力感謝いたしますわ」
「なぁに。会長様の頼みを無碍にするような男子なんて、この学校に居ないさ」
「あ、マジで? うんじゃあ飲み物買ってきて。私コーラで」
「僕は紅茶を頼む。ストレートで」
「黙れ、副会長ズ。俺は『会長』って言ったんだ」
「あのさぁ、そーやって私等をひとまとめにすんのヤメてくんない? サブキャラみたいじゃん」
「は? お前らって七篠の背景じゃなかったの?」
「モブかよっ!」
「僕はそれで構わん。目立つのは好ましくないのでね」
「ハッ。選挙で応援演説した奴が何言ってんだか」
「そーそー、説得力ねぇわよ」
「瑞穂の力になる為に已む無くだった」
「今はちゃっかり副会長のポストにいるし、侮れないわよねぇ。……解ってると思うけど、みずぽんに手ぇ出したら殺すかんね」
「それはこちらの科白なのだが?」
「はい、ブッブー、残念でした。もう、手ぇ出したもんねー」
「なん……だと……」
「出されてませぇ~~~ん! もうっ、二人とも、おかしな話はやめて下さいな」
俺など居ないかのように会話に華を咲かせる四人の先輩方。
非常に楽しそうな光景ではあるが、そこに割り入る勇気はなかった。何より、訳の解らない展開に頭が混乱していたのだ。
一体何故、生徒会執行部のトップ3がここに?
手伝いというのは、このお三方と一緒にするのか?
「男手が欲しかった」とか言っていたのに、どうして女子を?
そもそも、俺は何の為にここに居るんだ?
俺は一体、何をどうすればいいんだ?
「……あー、なあおい、七篠」
「なんでしょう、上田君」
「後輩殿が可哀相なくらい狼狽えてんぞ」
「え? ……あ、いけない」
状況の把握に四苦八苦していると、一人の女子生徒が俺の目の前に迫ってきた。
「ええと、因幡君?」
声を掛けられ、俺は慌てて立ち上がる。
「みず……んんっ、七篠先輩、こんにちは!」
「あ、はい、こんちには~」
「ほ、本日はお日柄も良く、まことにめでたい!」
何をズレた事を言ってるんだ俺は……。
「そうですわね~。おめでとうございます~」
ズレたまま返ってきたし。
「……これまた盛大にキョドっちゃってんね、彼」
「……仕方あるまい。クラスメイトにすら、瑞穂の前では緊張する奴が居るくらいだからな」
徳英学院大学附属高等学校生徒会長・七篠瑞穂。
内外を問わず一目置かれている、本校切っての才媛である。
その容貌は明眸皓歯。
その行状は公明正大。
その心中は八面玲瓏。
その人物は金声玉振。
馬鹿みたいに美辞麗句を並び立てていると思われるかも知れないが、それらが言い過ぎだとは言い切れないのが瑞穂さんの凄いところだ。
そんな彼女に声を掛けられて緊張してしまう生徒は多い。
そしてそれは主に男子だろう。
ようするに、彼女は美人なのだ。大人っぽい顔立ちにあどけなさを残す大きな瞳。ややくせ毛ながらも手入れの行き届いた長い髪。しとやかで上品な女性らしい立ち居振る舞い。そして何よりはそのスタイル。高校生とは思えない彼女の肉感的な肢体は、思春期真っ只中の我々男子をドギマギさせて止まない。緊張するなという方が無理だった。
……まあ、俺に関しては他にも理由があるのだが。
「すぅぅぅ……はぁぁぁ……ふぅ、すいませんでした。まさか執行部の方々が来るなんて思ってもみなかったもので。ええと、皆さんも上田先輩の手伝いを?」
深呼吸で気持ちを整え、改めて瑞穂さんへと言葉を向けた。
「いえ、実を申しますとそれは口実でして。わたくしが上田君にお願いして、あなたをここへと呼んで頂いたのです」
「……は? あ、あの、俺がここへ来たのは手違いだったんですけど?」
「ご説明致します。……わたくし達執行部が、校内に目安箱を設置しているのはご存知ですね? ここ最近、その目安箱にある種の投書が殺到しているんですの」
「は? 目安箱? ある種の投書?」
いきなり話が飛んだような気がする。
「その投書の内容とは……一男子生徒に関する苦言や苦情ですわ」
「ッ!」
「本来、それは生徒会の与かるところではないのですが、あまりに投書が多いもので……。とりあえず、ある程度は実情を把握すべきと考えまして、件の男子のお話を伺う事に致しましたの。ただ、わたくし達が直に接触してしまうと、この問題の解決に執行部が乗り出したと捉えられかねませんでしょう? こういった事もわたくし達の仕事なのだと勘違いなさる方がいらっしゃるかも知れません。いえ、すでにそう誤解されているのでしょうね。ですから、言い方は悪いのですが、人目を避けてお会いする必要があったのです。そこで、上田君にお願いした次第なのですわ。評議会が呼び出せば、誰もがクラス委員の仕事だと思うでしょうからね」
「…………」
「そういう訳なのですが……あの、因幡君? 聞いてらして?」
「……あ、ああ、はい、聞いてました」
「そうですか。では、お話を伺ってもよろしいかしら?」
「も、もちろんです」
本当の事を言うと、まだ頭が付いて来ていない。
生徒会執行部に俺に対するクレームが行ってる?
それで生徒会長が俺に聞き取り調査?
こんな話は聞いた事が無い。普通、このようなケースでは教師が来るものなのではないだろうか。何故執行部が対応しているのだろう。
「仰りたい事は判ります。どうして先生ではないのか、ですね?」
「う……」
顔に出てたか?
「なんと申しますか……投書をした生徒の皆さんは、『先生が対応してくれないから執行部に話を持ってきた』といったような模様でして。何の話かはお解りかしら?」
「……まあ、うっすらとは」
「因幡君、わたくしとしましては、疑うような事をしたくはないのですが……」
「――ああっ、もうっ、まどろっこしいってば!」
突然声を上げたのは、副会長の……名前なんだっけ?
「メイちゃん?」
「みずぽん! こーゆーんはズバリ訊いちゃえばいいんよ! はい、選手交代。ここからは、私と佐久間で尋問するかんね」
瑞穂さんを押し退けて、ポーニーテールの女子が顔を寄せてきた。
「は、はあ……え、尋問なんですか?」
「メイちゃん、これは尋問ではありませんよ? 飽くまで聞き取り調査なのですから、彼への配慮を怠ってはいけませんわ」
「大した差なんて無いわよ。いいから、みずぽんは下がってて」
「もう……。因幡君、わたくし達には、あなたのプライバシーに踏み込む権利などございません。ですから、話せる範囲で話して下さいね」
「……分かりました」
「ったく、みずぽんてばホントに人がイイんだから。ほら、後は私らに任せる。……佐久間」
「うん? ああ、ではさっさと済ませてしまおう」
瑞穂さんが下がり、代わって副会長の佐久間先輩と……メイちゃん先輩? が、俺への尋問に取り掛かる。
「うんじゃあ……」
「待て、僕がやろう」
「へ? ……まあ、いいけど」
口を開きかけたメイちゃん先輩を制止する佐久間先輩。彼は眼鏡を左手の中指で押さえながら、俺の顔を覗き込んできた。どうやら彼と話す事になりそうだ。
「君が因幡志朗君で間違いないな?」
「はい、間違いありません」
「ならば単刀直入に訊こう。君が女子生徒に乱暴を働いたというのは事実か?」
やはりその事だったか。それは完全な誤解なのだから、先生方が取り合わないのも当然だ。それでも納得できずに執行部に話を持っていくとはな。この学校の生徒達の俺に対する不信感は相当なものらしい。
「いいえ、事実無根です」
きっぱりと否定する。何も後ろ暗い事はなど無いのだから気は楽だ。
「争っている現場を見た者も居るようだが?」
「言い争いはありましたが、暴力行為は一切ありませんでした」
もちろん嘘なのだが、水沢ひかるが俺にした事は、無かった事になっているので、これで良いと思う。
「その女子生徒はそれから学校に来ていないと聞いているが?」
「それは俺よりも、その子の担任教師に訊ねてみてはいかがでしょう」
一応、彼女は病気療養という名目になっている筈だが、どうであれ水沢のプライバシーだ。詳しく話す必要は無いだろう。
「学校や君の父兄が事件を揉み消したというのは?」
「有り得ません。そもそも、揉み消す事件がありません」
隠ぺいはあったが。……同じ事か?
「淀みは無し、か。分かった、君を信用する」
「えっ、本当ですか!?」
ともすれば罪悪感が湧いてきそうなくらい、あっさりと信用されてしまった。俺に淀みがなかったのは、水沢との一件を訊かれた時にどう答えるかを、すでに前以って考えていたからなのだが……。
「ああ。手間を取らせた。もう帰っていいぞ」
「こらこらこら、佐久間! なに勝手に終わらせてんのっ!?」
話の解る人で助かった……と思ったのも束の間、メイちゃん先輩からの物言いが入った。
「訊くべき事は訊いた。もう充分だろう」
「どこがじゅーぶんよっ。こんなんで生徒達が納得すると思うん?」
「そもそもが生徒会で扱うような案件ではないのだ。この件に関して我々に説明責任など無い。この場も、投書が事実である可能性を考慮して設けたに過ぎん。話を聞いて元々低かったその可能性も、限りなくゼロに近付いた。これで安心して『執行部の関与するところではない』という立場が取れるだろう?」
「この際だから色々ハッキリさせとけって言ってんの。もういいっ、私が訊く!」
佐久間先輩を押し退け、メイちゃん先輩が俺の前で仁王立ち。
どうも彼女は、他の生徒と同じく、俺に良い印象を持ってはいないようだ。その言動には、俺に対する予断が見え隠れしていた。
「私は君のよからぬ噂を多数耳にしてるわ。いい機会だから真偽を確かめさせて貰うかんね」
「はあ……」
「真偽を確かめる」とか言ってはいるが、果たして俺の言い分を聞き入れる気はあるのだろうか。
(いや、待てよ? ここでしっかりと釈明すれば、噂の払拭に繋がるんじゃないか?)
ふとそんな考えが浮かんだ。あるいは俺にとってもこれはいい機会なのかも知れない。
「うんじゃあ、まずはノゾキに関してよ」
「って、ちょっと待ったぁ!」
「なによ」
「そんな嫌疑が掛かってるんですか!?」
「前々から問題になってたんよ。女子の間では君が犯人じゃないかって噂になってるわ。今日の昼休みにも騒ぎがあったんだけど、君、そん時どこに居た?」
「俺じゃありません! 今日の昼休みは保健室に居ました! 小池先生が証人です!」
「てことは、今日のは違うのか……」
「今日のも、ですっ!」
「証拠あんの?」
「俺がやったって証拠は!?」
「むぅ……まだ調査が必要か」
(ノゾキって……こ、これは一筋縄ではいかなそうだ。考えてみたら俺、自分の噂がどれだけあるのか把握してなかったぞ)
例の『くしびと』のサイトは、あまりに非現実的な内容ばかりなので一蹴出来ると高を括っていたのだが、閉鎖されたというもう一方の内容は全く知らないので、ノゾキなどといったような噂まであるとは全然想定していなかった。
ナツさんにちゃんと聞いておけばよかった。
「うんじゃあ、次は女性教諭とのいかがわしい関係について」
「はい、それも待ったぁ!」
「なによ」
「そんな噂まであるんですか!?」
「真夜中の繁華街で、徳英の男子生徒と女性教諭が一緒に歩いてたんだって。男子の方は君じゃないかって話。しかも、複数の目撃証言があるんよ」
「その証言て、ウチの生徒?」
「そうよ」
「だったらその女性教諭が誰かってのがまず判明する筈でしょう? してるんですか?」
「……してないね」
「っていうか、真夜中の繁華街に居たその目撃者の生徒も問題なんじゃ……」
「むむぅ……これもまだ調査が必要か」
何だろう、ノゾキだとか夜間徘徊だとか、徳英って結構荒れてるんだろうか。
「まあ、ここまでは小手調べってやつ?」
「まだあるんですか……」
ちょっと面倒臭くなってたりして。
「ここからは、信頼すべき筋からの情報よ。心して答えなね」
今までの情報は信頼筋じゃなかった、と。
「君、毎日のように女子中学生を家に連れ込んでるそうじゃん。不純異性交遊の疑いがあるわね」
「……え?」
それはまさか、ミケの事を言っているのか?
「連れ込んだマンションは君の自宅に間違いないみたいだし、その女子が月成中学校の生徒だって事も判ってる。言い逃れできないんじゃない?」
「なんですって?」
どういう事だ?
何故ミケの素性まで知っている?
決して隠している訳ではないが、この学校の人間にミケの事を話す機会などは無かった筈だ。ナツさんや水沢や小池先生は、俺に彼女が居ると知っているだけで、ミケの事自体は知らない。なのに、今日初めて言葉を交わしたメイちゃん先輩がそれを知っているだなんて……。
「どう? 反論できるん?」
「……その子は同じマンションに住んでいるんです。だから連れ込んでる訳じゃありません。それに、その子とは家族ぐるみの付き合いですから」
「え? そうなん?」
「何でしたら、その子の親に確認してみて下さい……」
「や、さすがにそこまでは……。分かったわよ、うんじゃあ次。これも信頼筋からの情報よ」
気味が悪かった。
根も葉もない噂だけではなく、自分のプライベートな情報までもが広まっている可能性があるとは。
いったい何なんだ、その情報筋というのは。
「君、随分前から反社会的な集団と付き合いがあるんだって?」
「は? ないですよ、そんなの」
これは本当に根も葉もない。俺は仮にも警官の息子なのだ。
「君がその集団のリーダーと親しい間柄だって話は、結構な数の人の知るところなんだってね」
「え……」
これはまさか、トラの事なのか?
「これ、月成では有名な話だって聞いたけど?」
「た、確かに思い当たる人物は居ます。でもそいつはとっくの昔にその集団を抜けてるし、その集団自体もう存在していません」
「その人と交流があるのは事実なんね?」
「そこに問題があるとは思えません。警官である俺の父親が、彼の後見人をやってたんですから」
「ありゃ? そうなん?」
「交流があるのは自然な流れでしょう?」
「そうね……」
メイちゃん先輩にミケとトラの情報をもたらした信頼筋とやら。
これは無視できなくなってきた。
俺のプライベートに詳しい人物と言えば、ミケとトラぐらいしか思いつかない。だが、二人がメイちゃん先輩に情報を提供するなんて、どう考えても有り得ない。となると、この二人以外で、ある程度は俺の事を知っていると思われる地元月成町の人間に絞られる。……全然絞れていないな。
まず、メイちゃん先輩に情報提供できるのだから、この学校の生徒である可能性が高い。そして、俺とミケとトラの事に詳しいのなら、月成中学校の出身者だろう。尚且つ、俺達のプライベートにまで精通できる人物ともなれば……。
(――ハッ!)
居た。
その条件の全てを満たす人物が居た。
そして、その人は今、俺のすぐ傍に居る。
その人が何故そんな事をするのかは判らない。
だが、その人でなければ説明が付かない。
そう、メイちゃん先輩の言う信頼筋というのは、彼女――七篠瑞穂さん……
「うんじゃあ、とっておき! 君、一年の伊波って子とラブホテル行ったっしょ!?」
「ぶふーーーーーっ!?」
……じゃなかったぁ! 瑞穂さんがそんな事を知ってる訳がない! しかもなんかナツさんの名前がバッチリ挙がっちゃってるし! もう駄目! もうワケ解らん! 信頼筋って誰っ!?
「その反応。これは当たりね」
「……行ってません」
「は?」
「行ってませんっ」
「で、でもこれはかなり有力な……」
「絶対に行ってない!」
「うっ」
もはやヤケクソといった心境だ。
証拠があるというのなら、それはどんな証拠なのか知りたい。
証人が居るというのなら、それはどこの誰なのか知りたい。
今はとにかくそれだけだった。
「先輩、貴女の言う信頼すべき筋って誰の事ですか?」
「い、言える訳ないっしょ」
「何を以って信頼に値すると思ったんですか?」
「だ、だって具体的に名前とか出てるし」
「それだけですか? 証拠とかは?」
「それは……ないケド」
「それのどこが信頼筋なんですかっ!」
「うう……で、でも、でもでもっ、君には常に悪い噂が付きまとってんじゃん! まともな人間ならそうはならないっしょ!」
「噂なんて全部デマです!」
「全部じゃないじゃん! ホントの事も混じってんじゃん! 君が精神病って事はみんな知ってるんよ!」
「ッ!」
「言い返せる? 言い返せないっしょ? だって今朝も君がおかしくなってるところを沢山の生徒が見てるもんねぇ!」
「…………」
「証拠があるかって? そんなのこれだけ状況証拠があれば充分よ! この学校の生徒の誰もが君をヤバい奴だって思ってる! ねえ、解んない? 君が居るだけでこの学校の雰囲気が悪くなってるって解んないんかよっ! この特上KYッ!」
「…………」
何も言い返す言葉が浮かばなかった。
メイちゃん先輩の言っている事は当たっていて、俺自身も自覚している事だ。クラスメイトも、昼休みにいざこざのあった生徒達も、入江さんも、今この場に居る先輩方も、俺の所為で嫌な思いを抱いている。他でもない俺の所為で、だ。――そう、結局全ての原因は俺の中にある。
「はっきり言ってあげよっか!? 私らはね、君にこの学校を辞めて……!」
「――メイちゃん」
それはよく通る声だった。
がなり散らしていたメイちゃん先輩の声よりも、ずっとはっきりと聞き取れるほどに。
「もうかなり逸脱してしまってますわ。これではただの中傷です」
「み、みずぽん……」
「仮に因幡君がメイちゃんの言うような生徒であっても、わたくし達はそれを断罪する立場にありません。そして、わたくし達は生徒会の幹部。あまねく生徒を公平な目線で見なくてはならない筈ですよね?」
「う、うん、ゴメン、みずぽん」
「謝る相手はわたくし?」
「うく……。そ、その……因幡、君? ゴメン、言い過ぎた」
「あ、いえ」
あれだけ熱くなっていたメイちゃん先輩を、瑞穂さんは一声で冷ましてしまった。やはり、彼女は計り知れない。
「皆さん、ここはわたくしと因幡君の二人きりにして下さいません?」
「え、みずぽん? 何を言って……」
「いえ、上級生四人で一人の下級生を囲んでいるこの構図に、今更ながら顧慮を怠っていたと気付いたもので」
「瑞穂、それなら僕が……」
「いいえ、佐久間君。わたくしに任せて下さいな」
「だが、もしも彼が噂通りの人物だったら……」
「あら、あなたも公平な目線をお忘れ?」
「……ふぅ、分かった。まあ、君ならば大丈夫だろう」
「ええ。……では、上田君? もう少しの間この場をお借りしますね?」
「ん? あー、了解。なら鍵渡しとくから、出る時に閉めてってくれ。俺は部活に行くとする」
「引き留めてしまってすみませんでした」
「なぁに」
「僕らも行こう。ほら、名花」
「あ、うん。……みずぽん、生徒会室で待ってるから」
「はい」
こうして、次々と先輩方が評議会室を後にした。
それと共に俺の緊張度も増していく。
何せあの瑞穂さんと個室で二人きり、心拍数はうなぎのぼりだ。
但し、それは決して甘酸っぱいドキドキ感ではない。
「そ・れ・で・は」
「え、えっと、あの……な、七篠先輩? まだ何か?」
「ふふふ、瑞穂で構いませんわ~。今は従姉として接しているのですからね~」
「え? で、でも学校ですし」
「あら、うふふふ。そう四角四面にならずとも。時と場合、というやつですよ~」
「は、はあ……」
瑞穂さんは、他の先輩方が居た時よりも、一層態度が柔らかくなっていた。そして、それと反比例して硬くなっていく俺。
彼女の前で緊張してしまうのは今に始まった事ではないが、ここ最近は前にも増して緊張するようになってきている。その理由は「きれいな人だから」とか「名家のお嬢様だから」とか「絶縁状態にある親戚の家の人だから」等が挙げられるが、自分としてはどれもしっくりくる理由ではなかった。何かもっと別の理由があるような気がするのだが、結局思い当たるものは何もない。う~ん、我ながら支離滅裂だ。
「先ほどはごめんなさい。嫌な思いをさせてしまいまして」
「い、いえ、気にしてません」
「本当は、最初からこうして二人だけでお話するつもりだったのですが……」
「あ、そうだったんですか」
「ええ、あのようになる予定ではありませんでした。わたくしはただ、『志朗さんと話をした』という体裁を作りたかっただけなんですの」
「え? そ、それってどういう……」
「まことに言い辛いのですが、実を申しますと、前々から執行部では、志朗さんの事が問題に挙がっておりまして」
「し、執行部で、ですか?」
「はい。あなたに関する噂の真偽を確かめるべきではないか、そして必要ならば学校側に処分を求めるべきではないか、と」
「そ、そんな……」
生徒会執行部は、生徒評議会で定められた規約に則って、生徒会関連の事務を執り行うのを基本業務とする組織だ。一生徒の処遇を議論するなんて、明らかにその業務を逸脱している。
「お分かりでしょうが、生徒指導は教師の仕事であって、わたくし達が口を出せるものではありません。ですが、執行部役員の間では、『生徒達の要望に応えずして何の為の生徒会か』という意見が大多数だったのです」
それはまあ、ご尤もと言わざるを得ない。正直、これが自分に向けられた意趣でなければ、俺もそう主張する可能性がある。
「けれど心配なさらないで。わたくしは調査して処分しようだなんて毛頭考えておりません。今回こうしてお会いする機会を設けたのも、先に申しました大多数を納得させる為、というのが正直なところなのですわ」
「なるほど。だから『体裁』ですか」
「役員達が最も恐れているのは、生徒の皆さんに『問題を指摘したのに何もせず放置した』と思われて、信用を失うという事態。だから越権を承知で調査する事を望むのです。問題が無かったと判りさえすれば、佐久間君が言っていたように、大手を振って『執行部の関与するところではない』という立場を取るでしょう」
「あ、じゃ、じゃあ、執行部は、積極的に俺をどうにかしたいって訳じゃないんですね? 良かっ――」
「ごめんなさい!」
「――た……って、え?」
「執行部としてはそうなのですが……それを構成している役員達の個人的な心情としましては……」
「あ、皆まで言わなくて結構です、はい」
「今回の聞き取り調査も、志朗さんに先入観を持っていない人が調査に当たる必要がありました。先入観があると……先程のメイちゃんのように、問題有りきで話を進めてしまいますから」
「それで瑞穂さん自らが話を聞きに来たんですね」
「ええ、何としてもわたくしがやらねばならなかったのです。だから最初は一人で来るつもりだったのですが、佐久間君とメイちゃんが心配してしまって」
佐久間先輩は言っていた。もしも俺が噂通りの人物だったら、と。
「けど、もう大丈夫。わたくしが話を聞いて、わたくし問題ないと判断と下したとなれば、役員達もそれなりに重んじて下さいます。そこに私意を交えているとは、疑いもしないでしょう」
「え? 瑞穂さんの私意って?」
「うふふ、きっと皆さん、わたくしが志朗さん本位に事を運んでいるだなんて、思いもしないでしょうねぇ~」
「あ……」
「わたくし達が実は親しい間柄だなんて、誰も知らないんですもの~」
「し、親しい、ですか?」
「あら、違いまして?」
「い、いえっ! 光栄です!」
「うふふふ」
故あって、俺は七篠の家には関われない事になっている。その為、俺と瑞穂さんが従姉弟同士である事は公言できない。だから俺は、必要以上に彼女には近付かないようにしてきた。
しかし瑞穂さんは、家のしがらみを押し退けて俺を気に掛けてくれる。
「瑞穂さん、本当にありがとうございます。色々と大変な立場なのに、こんなに懇意にして貰っちゃって……」
「いいえ、色々と大変なのは志朗さんの方ですわ。わたくしは、可能な限りお力添え致しますわよ」
優しげな笑みを向けられ、胸が暖かくなった。
俺はこうやって、いろんな人達の助けを得て今日までやってきている。噂なんかには負けていられない。
「それにしても悩ましいですわね。志朗さんはとっても真面目な方ですのに、どうして悪い噂が飛び交ってしまうのでしょう」
「そ、それは……やっぱり俺が悪いんだと思います。俺がおかしな言動をするから……」
「ご病気の事ですね……。病院には今も?」
「あ、はい、定期的に」
「学校に出すくらいですから、お医者様は日常生活に支障は無いと判断してるんですわよね? 今朝の事はよく存じませんが、そんなにおかしな言動をなさったの?」
「客観的に見ればかなり……」
「そうなのですか……。こればかりは、志朗さんに頑張って治して頂く他ありませんわね」
そうだ。
まず俺がそれを治さなければならない。
この先、噂の誤りを証明できたとしても、また奇行を晒してしまえばそこでリセット、元の木阿弥になってしまう。だが、治そうと思って治るものなのだろうか。そもそも、病気と呼んでいいものなのかも判らない。今の時点でやれる事があるとすれば、おかしな場面に遭遇した時に取り乱さないよう、強い精神力を身につけるという事だろう。……それはそれで難しい気もするが。
「あ、そうだ」
「はい?」
「瑞穂さんは……というか、執行部は俺に関するサイトの存在を把握してるんでしょうか」
今日の昼休みに知った事。
せっかく目の前に生徒会のトップが居るのだから、訊かない手はないと思った。
「サイトと仰いますと?」
反応からすれば知らないっぽい。だが、執行部の誰もが知らないというのは考え難い。単に瑞穂さんが知らないだけなのだろう。もしかしたら、メイちゃん先輩の言う「信頼すべき筋」というのはこの事かも知れないし。
「あの、そのPC、通信は出来るんでしょうか」
「え? ああ、あれですか? 評議会の備品なのだから出来る筈ですが?」
「……使っても構わないでしょうか」
「構わないと思いますわよ? クラス委員だって評議会の立派なメンバーなのですから。でも、どうしたのですか?」
「ちょっと確認して貰いたい事が……」
俺は、長机の上で書類等に半分埋もれていたPCを引っ張りだし、電源を入れてネットへのアクセスを試みる。最初、検索エンジンを開こうとしたが、トップ画面に『徳報プレス』のアイコンがあったので、そこをクリックした。すると首尾よく徳報プレスに繋がったので、保健室でナツさんがやった手順を思い出しながら、例のサイトを開いた。そうして、そこの書き込みの内容を瑞穂さんに読んで貰ったのだった。
「――なんと申しますか、自由な掲示板ですわねぇ……」
瑞穂さんの口から呆れたような声が漏れ出す。
「わたくしには理解できません。こんな“怖い人”の事を持て囃すような書き込みをするだなんて。……あ、志朗さんの事ではありませんよ?」
「はは、分かってますから……」
「それに、空恐ろしいですわ。ここに書き込んでいる方達は、まるで残酷な所業を称賛しているかのようで……これでは犯罪者が英雄みたいです」
書き込まれた内容よりも、書き込んだ人間の心理が怖い、か。確かにその通りだが、彼等も本当に犯罪を是としている訳ではないと思う。
常識外れな犯罪者を英雄視する風潮は、昔からある事だ。“ロンドンの切り裂き魔”然り。“デュッセルドルフの怪物”然り。現実に犯罪を目の当たりにした事のない人間にとって、クライムサスペンスは娯楽以外の何ものでもない。不謹慎とは解っていても、その魅力に惹かれる者は多いだろう。
かく言う俺もそうだった。――あの人に出会うまでは……。
「とにかく分かりましたわ。ここが噂を助長していたのですね。まったく、徳報プレスに原因があったなんて、灯台下暗しとはこの事ですわ。こんなリンク、今すぐ消しちゃいましょう」
「え、いいんですか?」
「もちろんです。徳報プレスの運営は執行部の広報担当と新聞部の仕事ですけど、管理責任者は生徒会長であるわたくしなんですの」
「あ、じゃあ、お願いしますっ」
「は~い。では、さっそく……」
「…………」
「…………」
「……あ、あの、瑞穂さん?」
何故か彼女の手は動く様子がない。
「志朗さん」
「は、はい?」
「……どうやればよいのでしょう~?」
「は?」
「実はわたくし、恥ずかしながらパソコンはワープロと表計算ぐらいしかやった事ございませんの。ネットもケータイで時々ググるくらいでして」
俺と同レベルだったのか。
「あの、俺もちょっと解らないんで、誰かに後でやって貰うとか……あ、そうだ、広瀬川先生がやって下さると思います」
「広瀬川先生が?」
「ええ。その……昼休みにこのサイトの事を相談したんです」
「そうでしたか。でしたら、この後にでも広瀬川先生の元を訪ねてみますわ」
「す、すいません。お手数をお掛けします」
「い~え~。……ふぅ、それにしても『くしびと』ですかぁ。わたくしがその言葉を最初に耳にしたのは、中学三年の始めの頃だったかしら」
瑞穂さんも月成中学校の出身だから、この言葉を知っているのも当然だ。それが何を指す言葉かも知っている。
「ねえ、志朗さん。高校生活は……お辛いですか?」
瑞穂さんは顔を曇らせてそんな事を訊いてきた。
「えっ? そ、それは……」
「新しい環境に期待を寄せていらっしゃったのでしょう? けれど蓋を開けてみれば中学の時と何も変わらない。いえ、それ以上に大変な状況に陥られてしまって……辛くない筈はありませんわよね」
自分の事のように悲しげな表情をする瑞穂さん。
「い、いえ、そんな……そんな事はないですよ。俺なら大丈夫です」
「ご無理、なさってませんか? 辛い事を辛いと仰っても、わたくしはそれを情けないなどと思ったりは致しません。例え今の環境から逃げ出されたとしても、わたくしはそれを恥だと笑ったりは致しません。志朗さんは、もっとご自愛なさるべきなのではないでしょうか」
「…………」
優しい言葉。
くじける事を許してくれる優しい言葉だった。
俺の周りに居てくれる人達は、誰もがこんな風な言葉を掛けてくれる。父さんも、美作先生も、トラも、ミケも、ナツさんも、小池先生も、広瀬川先生も、そしてこの瑞穂さんも。
何の事はない、やはり俺は周りに恵まれていた。
「辛い事、確かにあります。逃げたくなった事だって何度も」
「そう、でしょうね。それでしたら……」
「だけど俺は本当に大丈夫なんです」
「……え?」
「俺はきっと、今の環境でもやっていけます。俺には強い味方が何人も居ますから」
「味方……」
「実は最近、その味方が増えてきてるんです。この間、遅まきながら、この学校で友達が出来ちゃいました」
「友達……志朗さんに……」
「だからここのところは学校がちょっと楽しいんです。はは……」
「…………」
「ははは、それにほら、こうして瑞穂さんも居てくれます。これはもう、絶対大丈夫でしょ!」
「ッ……も、もう、志朗さんたら~、ふふふ」
晴れやかとまではいかないが、瑞穂さんの表情は明るさを取り戻し始めていた。ちょっと強引だったが、暗い雰囲気を吹き飛ばす事に成功したようだ。
「あ、それから、春になればミケもここに通いますし……」
――ピシッ!
その時、評議会室の体感温度が急激に低下した。
「……ふ、ふふ……」
「え? あ、あれ?」
そして瑞穂さんの様子がおかしい。
さっき吹き飛ばした暗い雰囲気が、剣呑なそれに姿を変えて帰ってきた気がする。
「そう……ですか。ふふ……あの子、徳英に来るのですねぇ……。それは実に……存外に……この上なく楽しみ、ですわぁ……うふ、うふふふふふふふ」
「ひっ!?」
壮絶な笑顔だった。
例えるなら、苛烈な戦場に愉悦を覚える戦闘狂のような笑顔だ。……いや、そんな奴の笑顔なんて見た事ないけど。
「あ、あの~、二人って、かなり仲が悪かったりします……?」
「あら、うふふふ、イヤですわぁ、志朗さん。わたくし、あの子、超大好き。うふふふふふ……」
「あ、これは駄目だ」
後半カタコトになるほど嫌いらしい。
しかも『超』とかついてたし。
ミケの方には、瑞穂さんを嫌っている節が多々見受けられたが、それは一方的なものだとばかり思っていた。それがまさか瑞穂さんの側にも含むものがあったとは。
二人の間に一体何があったのだろう。
こんな優しさの権化のような瑞穂さんに嫌われるミケ。……苦笑を禁じ得ないな。
その後、瑞穂さんが冷静さを取り戻したところで、この場はお開きとなった。最初に彼女がここへやって来た時はどうなる事かと思ったが、結果的には良い展開だったと言える。
「それじゃあ、瑞穂さん、今日は本当にありがとうございました」
部屋を出る前に、最後にもう一度だけ感謝の言葉を告げた。
「とんでもございません。こちらの方こそお付き合い頂いて、心苦しい限りですわ」
そんな言葉に恐縮し、ペコペコと頭を振りながらドアを開けた。
「――おっと」
「へ? う、上田先輩?」
廊下には、部活に行った筈の上田先輩が居た。
「よお、まだ居てくれたか」
「はい? 俺に何か用が?」
「いんや、忘れ物を取りに来ただけ。鍵閉められる前でよかった」
「ああ、そうだったんですか。あ、ではどうぞ」
俺はドアを押さえつつ道を空け、通るよう促した。
「お、サンキュ」
彼が中に入った後、今度は俺が廊下に出た。
そして振り返り、中に向けて別れの挨拶をする。
「では先輩方、お先に失礼します。さようなら」
一礼し、ドアを閉めた――。
ガチャン
「礼儀正しい奴だなぁ。体育会系には見えないんだが」
「体育会系ではありませんよ。何せ彼は、家庭科部に所属しておりますから」
「ぶはっ、家庭科部? それはそれで意外だろ。なんだ、女子に囲まれたかったのか?」
「わたくしに訊かれても。ただ、去年の五月から参加していないようですけどね」
「ふ~ん。ま、噂が立ち始めた頃だから納得だな」
「……ところで上田君? 忘れ物はいいのですか?」
「ん? あー、うんと、どこだっけなぁ」
「無いのでしょう? 忘れ物なんて。何です? 盗み聞きでもなさってらしたの?」
「盗み聞きなんて人聞きの悪い。立ち聞きしてただけだ」
「まあ面白い。韻を踏んでらっしゃるのですね」
「くう、冷めた視線が心地いいねぇ。安心しろ、徳英の教室は基本防音仕様だからな」
「安心の意味が解りかねます。それで、何を探りたかったのですか?」
「別に探ってたつもりはないって。あの因幡って奴に興味がちょっとな。あいつが例の『くしびと』なんだろ?」
「ええ」
「な~んか、イメージと違い過ぎだぜ。俺ははっきり言って好印象しかねぇぞ。どっからどう見ても、噂に聞くような奴とは思えない」
「そこが問題なのですわ。なまじ好青年に見える分、警戒が難しい。噂は、警戒を促す為の大事な要素なのです」
「…………」
「……と、皆さんは考えていらっしゃるようで」
「だから噂は絶えない、ってか?」
「それも一つの理由、ですわ」
「つーか、噂はほとんどネットの書き込みの所為だろ。なんで執行部はあのリンクを放置してるんだ?」
「はて、リンクとおっしゃいますと?」
「あのなぁ……あれを知らなかったなんて無理があるだろ。リンクが張られて半年。とっくに口コミで学校中に広まっちまってるんだ。知らぬは本人ばかりなりってな」
「いえ、本人もついに知りましたわ。という訳で、リンクは消します」
「やっぱ、知ってて放置したんだな。って、え、リンク消すの? あー、マジか。読む分には面白かったんだがなぁ」
「別に『くしびと』のサイト自体は無くせません。読みたいのでしたらご自分で検索してみては?」
「掛かるのか?」
「話しによれば、徳報プレス以外からアクセスすると、パスワードが違うようです」
「ようですって……お前の作ったサイトだろ?」
「……何を馬鹿な事を」
「なあ、七篠。お前一体何がしたいんだ? 何をやってるんだ? 因幡の事どんだけ嫌いなんだよ」
「あの~、思い込みで話を続けないで欲しいのですが~」
「生徒会長が全校生徒を扇動して一人の生徒をイジメるなんて、えげつないにも程があるだろ」
「もしも~し、聞いてらっしゃいます~? そんな事をする筈がございませんでしょう?」
「『みずぽんがくしびとを学校から追い出したがってるみたいなんよ。なんかいい方法ない?』」
「…………」
「って、相談受けたんだが?」
「メイちゃん、ですか……」
「因幡を辞めさせる為にこんな事してるのか?」
「どうやら、かなり拗れて伝わってしまったようですわね。合点がいきましたわ」
「あん?」
「『くしびと』のサイトですが、わたくしは本当に関係ありませんよ。確かにリンクは知っていて放置していましたが」
「じゃあ……」
「ええ、彼を辞めさせようと考えた事があるのも事実ですわ。ですが、追い出したいのではありません」
「はあ? 結局どういうこった」
「全ては彼……志朗さんの身を案じるが故、ですわ」
「し、志朗さん? 因幡の事か?」
「これは内密にして頂きたいのですが……」
「な、なんだ」
「わたくし達、実は従姉弟同士なんですの」
「なにっ!?」
「複雑な家庭の事情が絡んでおりますので、どうか黙っていて下さいませんか?」
「あ、ああ……。でもだったら、なんであいつを辞めさせようとなんてしてるんだよ」
「『くしびと』の所為です」
「は? それって因幡の事だろ」
「はい。……最初に志朗さんがそう呼ばれたのは、彼が中学二年生の時です。その時も、今のように学校で孤立しておりましたわ。けれど志朗さんはそれに耐え、学校に通い続けておりました。そして、やがて彼は高校に上がり心機一転……かと思いきや、ここでもまた『くしびと』と呼ばれて孤立してしまっている」
「まあ、不憫な話だよな」
「それでわたくし、思いましたの。これは誰かの悪意が働いているのではないか、と」
「いや、そりゃそうだろう。こりゃ明らかにイジメだ」
「いいえ、わたくしは怨恨と考えております」
「怨恨だぁ? 誰のだよ」
「それは判りません。ですが、ここまで執拗に志朗さんを貶めるのですから、よほどではないかと。それこそ彼の安全を脅かすほどに」
「……最終的に殺したがってる、とか言い出す気じゃないだろうな」
「その可能性が1%でもあるのでしたら、わたくしは志朗さんを安全な所に避難させたいですわ」
「あ、ああ、そういう事か……。ようするに、因幡を他の場所に逃がしたいって訳か」
「はい。新しい土地で、本当の本当に心機一転して頂きたいのです」
「ハァ……。つまり、メイの勘違いに俺も勘違いを上乗せしたって事だな……。すまん、七篠。俺が馬鹿たっだよ、お前を信用しないなんてな」
「いえ。わたくしとしましては、噂に囚われずに志朗さんの事を考えて下さる方が見つかって、安心しました」
「あー、そう言ってくれると救われる。でもよ、なんでその話をとっとと因幡にしてやらねぇんだ? あいつだって、このままここに通うより、そっちの方がいいだろ」
「ええ……。志朗さん、この学校で頑張りたいみたいなんですの。何かに拘っているのか、ただ単に意地になってるだけなのか。先程も言い出そうとしたのですが、きらきらした瞳で『自分は大丈夫』と……」
「言っても無駄っぽいのか?」
「はい……」
「だったらこのままでいいだろ。頑張れるんなら頑張らさせてやれよ。頑張れなくなった時に話してやればいいのさ」
「そう……ですわね」
「さて、俺の方はお前が何やってんのかが判ってスッキリした。ホント悪かったな」
「……もうそれはいいですわ」
「んじゃ、今度こそ部活行くわ」
「はい、頑張って下さいな」
ガチャ……
「あ、そうだ」
「え?」
「七篠も、一人で頑張り過ぎるのはやめとけよ? お前に手を貸したがってる人間は腐るほど居るんだからな」
「…………」
「じゃな」
「……ええ」
……バタン
「…………。フゥ……私が何をやってるかって? そんなのはこっちが知りたいわよ……」
――ピンポンパンポーン
「……ッ」
『えー、生徒会長、七篠瑞穂さん。いらっしゃいましたら、職員室、広瀬川まで。繰り返します……』
「…………」
ピンポンパンポーン――
「……はぁ。チッ、ああ……タルい」
ガチャ……――バタンッ!
さて、このエピソードも七話まできましたが……すみません、ちっとも話が進んでないですね。この先は、シロ君が如何にして『くしびと』の汚名を雪ぐか。と、そういう話になっていく予定です。
ですが、このエピソードでそれは達成されないと、明言する次第であります。
……だって“partⅠ”ですし……。