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くしびと〜part Ⅰ〜 3

 授業風景はとばして一気に昼休みへ。

 多分この先も、授業中の描写はしないと思います。

 二月十六日 水曜日 教室




 ――キーンコーンカーンコーン……


「起立!」


 四時限目終了のチャイムが鳴り、俺の号令と共に授業を終える。クラスメイト達が俺にどんな心証を抱いていようとも、クラス委員としての俺には従わざるを得ない。……「従う」は語弊があるか。こんなのはただの儀式だ。


「さてと……」


 昼休みになった。

 周りを見れば、弁当を取り出す者やコンビニ袋を広げる者、学食へ行くべく教室を飛び出す者と、各自思い思いの方法で昼食を摂らんとしていた。

 俺はというと、汚れを落としたコートを着込み、愛用のスポーツバッグ引っ提げて、速やかに教室を出るのだった。

 早退するのではなくて、俺も昼食を摂りに行くのだ。

 目指す場所はいつもの如く学校の屋上。

 やはり、青空の下での食事は格別……な訳がない。

 今は二月。言いかえれば真冬。青空は放射冷却の(しるし)。屋上はきっと寒い筈。いや絶対に寒いだろう。そんな中で食事したがる奴なんて、修行狂の修験者か、常人を凌駕する体脂肪の持ち主ぐらいだろう。

 だけど俺は行く。

 だからこそ俺は行く。

 そう、これは極限への挑戦……な訳もない。

 とどのつまり、人目を避けて昼食を摂りたいだけだ。その理由は言わずもがな。ここ最近は、休み時間になると教室から消えるのが、俺の日常となっている。今日なんかは特に念入りに姿をくらましていた。当然、昼休みとて例外ではない。人の視線を気にせずに食事できる場所を模索した結果、この時期は屋上がベストだという判断に至った訳だ。……暖かくなって人が来るようになったらどこで食べよう。


「ん?」


 屋上の昇降口へと繋がる階段を上っていると、前方に人の気配。見れば、一人の男子生徒が先を行っていた。その手には、パンらしき物が入ったビニール袋を持っている。もしかして屋上に行く気なのだろうか。だとしたらなんて酔狂な生徒だろう。この寒いなか屋上に出たがる奴なんて、絶対ヘンな奴に決まっている。……なるほど、俺は周りからこう思われている訳か。ごめんなさい、先行く男子生徒。


 ガチャン


 重厚な昇降口の扉の音。男子生徒が開けた音だ。やはり屋上に出るらしい。

 猛者だ、と思った。何せ彼はコートの類を着用していない。今日の最高気温は冷蔵庫の中よりも低いというのにだ。その男子は僅かな躊躇いも見せる事なくドアをくぐり、後ろ手にそれを閉めた。

 やや遅れて俺も昇降口まで辿り着く。ドアの取っ手に手を掛けたが、彼とは違って躊躇。寒さに対して尻込みしたのではなく、見知らぬ人が居るという事への気後れだった。


「――あ、居た居た、ホントに居たわ。い~なばっ」


 後ろから声を掛けられ、俺は首だけで振り向いた。


「あれ、ナツさん? 何でこんなトコに?」


 居たのは、現時点でこの学校における唯一の友人、伊波千夏だった。


「それはこっちの科白。まったく、ひかるから聞いてはいたけど、マジでこの寒いなか、屋上でご飯食べてんだ」


「え、水沢って?」


「ひかるが言ってたのよ。アンタ、休み時間になるたんびに教室出てるんだって? 昼休みに至っては屋上で苦行に勤しんでるとか。悟りでもひらきたいわけ?」


「悟りって……いや、こっちにも已むに已まれぬ事情が」


「だからそれは聞いてるって。でも、何だってこんな寒い所チョイスするかなぁ」


「それ、水沢にも言われたけど、徳英は飲食できる場所が指定されてるんだ。その中で人目の付かない場所っていったら、今の時期はここぐらいだろ?」


「指定? なにそれ、どこで食べようが人の勝手じゃん」


「なんでみんな知らないんだ……。生徒手帳にちゃんと記載されてるだろ。この屋上を始め、教室、中庭、デイルーム、後は条件付きで部室棟とか。食堂は言うまでもないよな?」


「マジ? ていうか、アンタ、それ律儀に守ってんの?」


「ていうか、ナツさんは守ってないのか?」


「ていうか、守ってるヤツが居たら会ってみたいわ」


「ていうか、すでに会ってるだろ」


「…………」


「…………」


「アンタ、ド真面目ねぇ」


「それも水沢に言われました」


 いや、皆、校則は守ろうよ。


「んじゃ、そんな因幡に耳寄りな情報を教えたげる」


「ん?」


「いいトコ知ってるから付いて来て」


 そう言ってナツさんは階段を下りて行く。俺は慌てて彼女に追従した。


「えっと、いいトコってどこの事?」


 追い付き、肩を並べたところで問い掛けた。

 関係ないが、生徒同士で会話しながら校内を歩けるなんて、貴重な経験だ。


「悩める生徒の避難所」


「?」


「ねえ、因幡。アンタ、ケータイは?」


「持ってるけど……急に何?」


「バッテリー切れてんじゃない? メールは返さないし、電話かけても圏外とか言われるし」


「いや、学校だから電源入れてないけど」


「はあああっっっ!?」


「のわっ」


 物凄い勢いで顔を向けられた。思わず仰け反ったぞ。


「ちょ、ちょっとちょっと、おかしくない? なんで電源入れないわけ?」


「そ、そんな事言われても、生徒手帳にそう書かれて……」


「また生徒手帳!? アンタ、生徒手帳の擬人!?」


「あの、意味が解んないんだけど」


「うっわー、変なヤツだとは思ってたけど、まさかここまでだったとは」


 校則遵守して変人扱いされましたが、これ如何に。


「ま、まあ、それはともかくとして。なに? 俺になんか用があった?」


「え? ああ、ほら、朝言えなかった事あったから」


 そう言えば、何か言い掛けたところで拉致されてったっけ。


「アンタが電話に出てれば、屋上くんだりまで足を運ぶ必要なかったんだけど」


「いや、それは、ごめんなさい?」


 あれ、これって俺が悪い?


「因幡、学校に居場所が無いって感じなんでしょ?」


「そんな感じかな」


「んで、アタシ、いいトコ思い付いたのよ。お昼もそこで食べればいいと思う。飽くまでひとまずだけど」


「結局どこなんだ?」


「保健室」


「保健室?」


「うん。ひーちゃんも承諾済みよ」


「ひーちゃん? えっと……それって水沢の事?」


 ひかるだからひーちゃん?


「なんでよ。アタシ、ひかるの事はひかるって呼んでんじゃん。保健の小池先生の事」


「ああ、瞳だからひーちゃんか。……先生をちゃん付けしてるんかい」


「いーでしょ? 親しみがあって」


「節度は大事だと思うんだが」


 そう言えば、谷垣先生は呼び捨てにされてたな。


「けど、保健室なんて、利用する人の邪魔にならないかな。具合の悪い人の横で弁当食べるとか、気が引けるんだけど」


「主がOK出してるんだからいいんじゃない?」


「うーん……」


 あまり悲観的な事を言いたくはないが、生徒達に「因幡が居るから保健室に行きづらい」などと思われる可能性は充分にある。衆目を気にせず食事が出来ても、それはそれで今度は非難を集めそうだ。


「とにかく行ってみましょ? ……ところでさ、因幡のそのカッコ、何? このあと帰る気?」


「あ、これは……」


 俺は今、コートを着込んでスポーツバッグを抱えている。


「ほら、屋上に出るつもりだったからさ。防寒だよ、防寒」


「コートは分かるんだけど、なんでバッグ持ち歩いてんの?」


「……弁当が入ってるからじゃない?」


「なんで疑問形なのよ。って、あれ? 何そのスリッパ」


「…………」


 朝の出来事は、俺の中に猜疑心を産み付けた。もちろん、上履きを隠したのがクラスメイトだという証拠は無い。しかし、今の状態では信用する事が難しい。また自分の私物をどうにかされてしまうのではないかと、つい考えてしまうのだ。

 そう、俺はクラスメイト達に信用が置けないでいた。

 何故なら、俺が皆に信用されていないから。

 休み時間の度にコートとバッグを持って教室を出て行く俺を見て、皆は俺に信用されていないと確信した事だろう。そうして皆は益々の不信を募らせる。実に深刻なスパイラルに陥っていた。


「……因幡、もしかして何かあった?」


「……ッ、い、いや、別に?」


「アンタって顔に出易いわよねぇ」


「う」


 俺は人に考えを読まれてしまう事が多々ある。ああ、ポーカーフェイスが欲しい。


「やっぱ、朝の事?」


「……ああ。せっかくナツさんに進言されたのに、ちょっと覚悟が足らなかったよ」


「深刻なわけ?」


「いや……思った以上で凹みはしたけど、今に始まった事じゃないから。大丈夫」


「無理してもいい事ないわよ?」


「ふふふ」


 思わず笑みがこぼれた。ナツさんには申し訳ないが、そうやって心配して貰えるのがとても嬉しい。


「ちょっとちょっと、何を笑ってるわけ?」


「前は、さ」


「ん?」


「こういう時、一人で耐えてた。でも、今はほら、隣に友達が居る。この時点でもう前とは違う。俺の置かれた環境は、間違いなく改善されているんだ。ありがとう、ナツさん。これは君のお蔭だ。君と友達になれて俺は本当に……」


「ストップ! ストーーーーーップ!」


「……へ?」


「うわわわわ……ゾクゾクするぅ! トリハダたつぅ! これなに? これなんてドラマ? 臆面も無くそんなクサい科白……引くからっ! それ寧ろ引くからぁ!」


「そ、そんな、俺は真剣に……」


「分かってる! アンタがそーゆーヤツだって事は分かってるの! でもダメェ、アタシこーゆーのに耐性ないのよぉ……あっ、あっ、か、顔が……」


「あれ?」


 ナツさんの顔、なんだか赤くなっているような……。


「ち、違うわよ!? アタシは照れてないっつの! これはアンタが恥ずかしいこと言うから赤面してるだけ!」


「そ、そう」


 それはつまり照れていると言えるのでは?


「んあああっ! アンタ先行ってて! アタシお弁当もってくるうううううぅぅぅぅぅ……!」


「ナツさん!?」


 そしてナツさんは脱兎と化した。

 う~ん、照れ屋さん。本人は否定していたけど。


「……でも、ナツさんだって、結構恥ずかしいこと言っちゃう人だと思う」


 そう独りごちながら、保健室へと足を進めた。


(……ん? 今、『お弁当を持ってくる』って言ってたよな? ひょっとして、お昼一緒できるのか?)


 誰かと一緒にランチ。

 いつ以来だろう。

 去年の四月ならば、教室でクラスメイトと話しながら食べた事もあったが、五月以降は完全に独りきりで食べている。


(ヤバい。そう思ったらなんだか緊張してきた。しかも相手は女子だし)


 そうやってソワソワしつつも足取りは軽かったりする。すぐに保健室に到着してしまった。


 コンコン


 まずはノックから。


「――はいは~い」


 なんとも明るいレスポンスが返ってきた。小池先生は相変わらずのようだ。だが、お蔭で保健室は、職員室と違って気楽に入室できる。

 俺は中に入るべく引き戸を開けた。


「こんにちは、小池先せ――」


「因幡君キターーーーー!」


「――ッ!?」


 ドアを開けるなり、白衣の女性に肉薄された。


「いらっしゃい因幡君っ。今日はどうしたのかな? 怪我した? 具合悪い? あっ、何か相談があるのね? 分かった、全部先生にまかせなさい!」


「はい、えっと、あー、はい? って、わっ」


 一方的に話し掛けられて対応に窮しているところを、更に腕を掴まれて強引に中へと導かれた。そして、俺を丸椅子に座らせると、彼女もキャスター付きの椅子に腰を下ろした。


「は~い、それで何があったのかな~って、あれ? もしかして早退したいの?」


 俺の装いを見て勘違いしたようだ。


「あ、これは違います。さっきまで屋上に……」


「違う? あ、寒気がするんだね? じゃあ、お熱計ってみましょうか」


「え? い、いえ、そうじゃなくて……」


「はい、これ体温計。脇にはさんで……あっ、前をはだけなきゃね。先生がやってあげるよ」


「へっ? そ、そんな、自分で出来ますって。じゃなくて、俺、熱なんてありませ……」


「因幡君てネクタイの締め方がきれいね~」


「わっ! ちょっと、外さなくていいですってば!」


 胸元に伸ばされた手を慌てて掴んだ。


「きゃっ、い、因幡君……そんな、ダメだよ……」


「は?」


 俺の鼻先で切なそうな表情を見せる保健の先生。


「いいの? 私は先生で、君は生徒なんだよ?」


「……それは、何の為の確認ですか?」


「そう、覚悟は決めてるんだね。全部……わかった、よ」


「……こちらは何も分からないのですが」


「因幡……くん」


「…………」


 俺達は見つめ合った。

 何故こんな状況になっているのか、誰でもいいから説明して貰えないだろうか。俺の駄脳では、途切れた脈絡を繋ぎ直せそうもない。


 ――ガラガラガラ……


 その時、保健室のドアが開け放たれた。


「ひーちゃん、ヤッホ~……って、アンタら何してんだぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!?」


 そして、伊波千夏の絶叫を耳にした。




「――ったく、バカじゃないのっ!? あむ、ングング……ゴクン。これ、おいしいわね……。ホント、バカよバカッ! あむ、もぐもぐ……」


 ナツさんが不機嫌そうに……いや、正しく不機嫌なのだろう、ブチブチと文句を口にしながら、弁当も口にしていた。

 今、俺達が居る場所は、保健室内に設けられたコンパートメント内――生徒の健康相談などの際に使用する小部屋――である。ここは保健室からのみ出入り可能で、養護教諭……つまり小池瞳先生の許可なくしては入れない場所なのだそうだ。名称はそのまま「健康相談室」。この学校の保健室は、手当てや看護を行うスペースと、相談を受けるスペースを、完全に仕切っているという訳だ。

 よい形式だと思う。具合を悪くして寝ている人の側で相談はしづらいだろうし、いつ誰が入って来るか判らない場所では落ち着いて相談も出来ないだろう。生徒のメンタル面やプライバシーに配慮された造りと言える。


「まあまあ、伊波さん。そういつまでも怒らないの」


 怒れるナツさんを宥めているのは、養護教諭であるところの小池瞳先生。ナツさんの不機嫌の原因は彼女にある。……筈だ。……と思う。俺に非は無いと信じたい。


「もぐもぐ……ゴクン。ふぅ……怒ってるんじゃなくて呆れてんの! アホなひーちゃん達に!」


 残念ながら俺も含まれていた。


「ちょっとふざけてただけじゃない。因幡君が乗ってきちゃったから、止め所が判らなくなっただけだよ」


「――キッ」


 ナツさんが物凄い眼光で俺を睨んできた。


「いやいやいやいや、乗った憶えなんてありませんって! 小池先生、俺の話を全然聞いてくれなかったじゃないですか!」


「あははは、ちょっとからかったつもりだったんだけど、急に手なんて握ってくるから、危うくその気になりかけちゃった」


「――キッッ」


 再び、ナツさんが物凄い眼光で俺を睨んできた。


「その気ってどの気!? っていうか、手を握ったんじゃなくて手首を掴んだんです! そもそも、からかったとはどういう了見ですか!?」


 保健室に来た生徒をからかう。それでいいのか保健の先生。何か深刻な事案を抱えた生徒だったらどうするんだ。


「いやぁ、因幡君の反応が愉しくてつい。ほら、気になる異性に意地悪するノリ? ま、私と因幡君の仲だし、大目に見て? こんな事してあげるの、因幡君だけなんだしさ」


「――キッッ!」


 再三、ナツさんは物凄い眼光で俺を睨んできた。


「そこっ、意味深な含みを持たさない! 大体、俺と先生は二、三回話した程度の仲です! あと、教師が生徒を指して気になる異性とか(のたま)わないで下さい! そして人の反応で愉しむなぁぁぁっ!」


「そうそう、これこれ。こういう反応が愉しいの」


 この人は……まともに相手してはいけないのかも知れない。悪い人ではないが、いささか疲れる。


「……はぁ」


 その溜め息はナツさんの口から。


「因幡さぁ、アンタって悪い噂の所為で苦労してるんでしょ? まだ妙な噂を増やしたいわけ?」


「え?」


「さっきのアンタとひーちゃん、目撃したのがアタシじゃなかったらどうなってたかしらね」


「あ……」


 見ようによっては、スキャンダラスな光景に見えたかも知れない。実際、ナツさんにはそう見えたようだし。


「そこに思い至らないひーちゃんは、先生失格」


「うっ」


 その寸鉄に、小池先生の表情が凍り付く。


「そんなだから生徒にナメられんのよ」


「ううっ」


 更なる攻勢に、小池先生の身体が石化する。


「保健の先生が頼りないなんて色々不安よね」


「はうう……」


 そして崩れ去る小池先生だった。

 それにしても先生、ナツさんからナメられまくりですね。




 それから程なくして、俺達は昼食を食べ終えた。室内で人目を気にせず食べれるって素晴らしい。


「はい、因幡、これ」


 ナツさんが俺へと、空になった弁当箱を渡してくる。そして俺もまた、空になった弁当箱をナツさんへと渡した。


「すごい美味しかったわ」


「あ、うん、どうも。こっちも、見た目はともかく、美味しかったよ」


 実は弁当を交換していた。

 小池先生との事の誤解を解いた後、ナツさんに「罰としてお弁当を交換しなさい」と言われ、それに応じたのだ。何故彼女がそんな事を言い出したのかというと、朝の一件を思い出して欲しい。

 朝、俺はナツさんから強烈な一撃を喰らわされた。彼女のスポーツバッグで、だ。当然バッグの中には様々なものが収められており、弁当もまたその一つだった。となれば、後は想像がつくだろう。その弁当を俺が引き取り、俺の弁当をナツさんに差し出した形だ。

 蓋を開けた時は、その中身の寄り具合にげんなりしたが、味自体は非常に良く、取り替えて良かったとすら思えるものだった。


「因幡のは、見た目も完璧だったわ。アンタのお母さん、料理上手なのね」


「あ、えっと、それ作ったの、俺だったり」


「あ、そうなんだ……って、にゃにぃぃぃっ!?」


 そこまで驚いて貰えると、ちょっと気分がいいかも。


「マジ!? マジで!? こんな美味しいのをアンタが!?」


 そこまで言って貰えると、非常に気分がいいです。


「ウチって父子家庭だから、家事の類は俺の仕事なんだ」


「父子家庭……そうだったんだ。そういえば、前にひかると境遇が似てるって言ってたっけ」


「まあ、そういう事」


「でも、ひかるは家事がまるでペケよ。あそこんち、家政婦さんが居るから」


「へえ。……因みにナツさんは? この弁当、かなり美味しかったけど」


「お母さん製よっ! 悪かったわねっっっ!」


「悪くないですごめんなさいっ!?」


 え、嘘、地雷!?


「女がみんな料理出来るなんて、男が生み出した幻想なんだから! アタシの周りに出来る子なんて一人もいないんだから!」


「ひ、一人もいないのか……」


「クラスに一人居れば多い方よ! 現実を知れっ、男子!」


「そんな……」


 男の抱く女性像の九割は幻想である、とは誰の言葉だったか。


「伊波さん、さすがにそれは良い過ぎだよ。徳英の家庭科部には結構部員が居るし」


 そうだ、ウチの家庭科部は比較的活動が盛んだ。当然、調理実習もやっている。


「じゃあ、ひーちゃんは料理出来るわけ!?」


 それは俺も少し興味があった。小池先生の見かけからは、出来るっぽくもあるし出来ないっぽくもある。


「……ウチのアパート、電子レンジと電気ポットとトースターと炊飯器を同時に動かすと、ブレーカーが落ちるんだよね、これが」


「ほらねっ!」


 「ほらねっ」て……今の、答えになってたか?

 まあ、少なくとも料理できる人の答えではないか。家電ばっかりで焜炉を使うという発想はないみたいだし、それにさっき食べてた昼食も店屋物の親子丼だったし。

 それにしても「男の幻想」か。

 女の子の手料理は男子の夢と言えるが、そういえばミケから振る舞われた事は一度もない。確か、美作先生も料理は苦手と言っていた。瑞穂さんは……よく知らないが、凄い家のお嬢様だし、料理をするようなイメージはない。――本当だ。俺の周りにも料理の出来る女の人が一人も居ない。ナツさんの話に信憑性が出てきてしまった。


「でもそっかぁ。あのお弁当、因幡君のお手製だったんだね。食べてみたかったなぁ。ね、因幡君。明日はちょっとだけつまませてくれないかな?」


「はあ、それはもちろん構いませんが」


「本当? やったね」


「でも、明日もここでお昼を食べてもいいんですか? この部屋の本来の用途とは違いますよね?」


「え? 先生、いつもここでお昼してるけど?」


「……独りでですか?」


「他の先生方と一緒にお昼してるとさぁ、なんでかいっつもお説教が始まっちゃうんだよね。ほら、私ってまだ一年目で下っ端だから」


「…………」


「ひーちゃん、それ、下っ端だからなだけじゃないと思う」


 俺が胸に秘めた感想を、ナツさんは容赦なく言葉にした。


「うう、お願いだからそう思わせておいてよ……」


「えーと……その、小池先生? 俺が言いたかったのは、俺なんかがこの場所を使うのはマズイんじゃないかって話です」


「どうして因幡君は使っちゃダメなのかな?」


「え、だってここって『健康相談室』っていうんですよね? 俺、ただごはん食べに来てるだけですし」


「ただごはん食べに来てる訳じゃないよね? ここに来ざるを得ない理由が君にはあるでしょ?」


「べ、別に、俺が教室で食べれば済む話ですから……」


「それが出来るなら、最初からここには来ないんじゃない?」


「…………」


「因幡君、余計な気遣いや建前は無しで答えてみて。この場所を自由に使っていいって言われたらどう思うかな?」


 ここが使えるなら、もう寒い思いして昼食を摂る必要が無くなる。それに、人の目を気にせず一息つける。正直、こういった一時的な退避場所がずっと欲しかった。


「……かなり、助かります」


「うん、そうだよね。因幡君にはこういう心を休めるスペースが必要だよ。私はずっとそう思ってたのに、因幡君てば、なかなか来てくれないんだもん。今日ようやく来てくれて、ついはしゃいじゃったよ」


「それで、最初はあんな感じだったんですか」


「そういう事。……因幡君、ここはね、悩める生徒達に避難場所なんだよ。もし君が、この学校で辛いと思うような事があった時は、まずここに来るようになってくれたらって思う。だから、遠慮なんてせずに、いつでもいらっしゃいな」


「小池先生……」


 初見の時もそうだったが、小池先生はこのように、締めるところでは締める。普段のくだけた性格ばかりに目が当てられがちだが、要所要所ではしっかりしているのだ。それに、小池先生と接していると暗い気分が吹き飛ぶ。今朝あった嫌な事も忘れてしまいそうなほどに。

 ふと思ったのだが、新任一年目の先生としては、寧ろ、かなり出来た先生ではないだろうか。初めての職場に委縮している様子は全く見られないし、難しい年頃の生徒達とのコミュニケーションに窮したりもしていない。能ある鷹は爪を隠す。あるいはそんな先生なのかもしれないな。


「へぇぇ……ひーちゃんて、そういう話が出来る人だったんだぁ。ホントに先生みたいだった。ちょっと見直したかも」


 ナツさんはシリアスな小池先生を見た事が無かったらしく、しきりに感心していた。


「普段、私をどう思ってるのかが良く判るコメントだね、それ」


「だってさ、普段のひーちゃんて、全っ然先生って感じしないじゃん。アタシ、なんつーか……後輩? みたいな感覚だったし」


「うっわー、ナメられてるとは思ってたけど、まさかそこまで下に見られてたとは」


「あ、でも、なんか解る気が……」


「因幡君までっ!?」


「あ、いえ、さすがに後輩だなんて思ってませんけど。その、俺限定かも知れませんが、なんだか同級生よりも話し易いんですよね、小池先生って」


「あ? アタシよりこの女がいいってわけ?」


「ナツさん、その返し意味不明だから」


「う~ん……生徒達から敬遠されるよりはずっとマシかな? 近寄り難い保健の先生なんて、色々と問題があるだろうし。けど、話し易いなら、どうして相談に来る生徒がこんなにも少ないのかな……」


「ひーちゃんに悩みを相談ねぇ……。アタシ、頭を掠めた事すらないかも」


「なんで!? どうして!? 私って話し易いんでしょう!?」


「だって、何を相談したらいいんだか。大体、校医って怪我とか病気の治療が仕事なんじゃないの?」


「私、養護教諭なんですが……」


「へ? 何か違うの?」


「ナツさん、保健の先生に医療行為は出来ないんだよ」


「はあ? じゃあ何のために居るわけ? いざって時に治療してくれないんじゃ、居る意味無くない?」


「う、何か酷い言われ様ね……。あのね、養護教諭の職務は、学校内における健康管理が主なの。もちろん手当てや看護もするけど、それは飽くまで応急処置。基本、先生の事は健康アドバイザーだと思って」


 養護教諭は医療従事者ではない。ナツさんがごっちゃにしている校医というのは嘱託医師の事だから、普通、学校には勤務しない。その他、養護教諭に関する基礎的な説明を施し、ナツさんの蒙を啓いた。


「ふ~ん、アタシ、いろいろ勘違いしてたんだ」


「解ってくれたみたいだね」


「まあね。……だからといって、ひーちゃんに相談事を持ち掛けるかどうかは、また別の話だけど」


「そんな!?」


「やっぱ頼りないのは変わんないし」


「私、これでも大学院で修士取ってるんだよ!? 保健師の国家資格だって持ってる! 一般の教員よりもずっと狭き門な採用試験も一発で通ったのに!」


「そうなんだ、すごいネ」


「反応軽いよ~~~~~!」


 どうやら小池先生は、養護教諭になるに当たり、充分なプロセスを経ているようだ。ただ、まだ高校生の俺達には、それがどれほどの事なのか、いまいち実感が無い。


「え~ん、因幡く~ん、伊波さんがいぢめる~」


「危ない、因幡! 伏せてっ!」


「えっ?」


 ナツさんの鋭い声に、反射的に椅子を引き、床に膝を付けて身を屈める。

 すると、頭上を何かが掠めた。


「うにゃっ!?」


「はい?」


 ビターンッ!


 直後、小池先生がテーブルに突っ伏していた。


「……なんで避けちゃうのよ~……」


「ええと?」


 状況がよく判らなかったので、目でナツさんに説明を求めた。


「間一髪だったわね、因幡」


「何が?」


「アンタ、もう少しでひーちゃんに抱き着かれるトコだったのよ?」


「……なるほど」


 小池先生は、抱き着こうとした俺に躱され、勢い余ってテーブルに激突した、と。


「…………」


 しかし、何と言うか……。


「『抱き着かれたかった』とか思ってたら殺すケド?」


「殺す!? いやいやいや、断じて思ってないからっ!」


 学習しない先生だなと思っただけだ。


「怪しいもんだわ。アンタ、むっつりだし」


 その評価、まだ改められてなかったんだ……。


「ひーちゃんはひーちゃんで、さっきのこと全然反省してないし。それで信頼が得られると思ってんの?」


「私なりのスキンシップなんだけどなぁ」


「先生と生徒の間にスキンシップは要らない。てゆーか、それで捕まってる教師、ニュースでよく見るんだけど?」


「うっ。で、でも、アレって大抵男性教師……」


「なになに? 女性教師なら問題ないと思ってるわけ? じゃあ、ひーちゃんで試してみましょ。教育委員会に訴えとくわ」


「待って!?」


 やいのやいのと騒ぐ二人を見ていると、やはり先生と生徒には見えなかった。そのやり取りは友達同士のそれそのもの。ナツさんは小池先生を指して「後輩みたい」と言っていたが、あながち冗談ではなかったのかも知れない。

 そう思って二人を見比べてみると、なるほど、小池先生の方が幼く見えない事もない。

 ナツさんの方がスラッとしていて身長が高い。俺いち押し(?)の彼女のストレートロングな髪も相俟って、どことなく大人っぽさを醸し出していた。

 一方の小池先生は小柄な印象で、顔も童顔だ。そこに、切り揃えられた前髪と、前に垂らされた両サイドのおさげが、どことなく子供っぽさを醸し出していた。

 ――いや、待て。

 今更ながらに気付いた。

 子供っぽい小池先生において、ただ一か所、強く大人っぽさを主張している部分がある。その体躯にはやや不自然とも言える程に大きな……。


「ほら見なさい! そこのむっつりの目がいやらしくなっちゃってる! ひーちゃんが挑発的な真似するからよ!? どーしてくれんのっ!」


「――ハッ」


 しまった。つい、目が……。


「え? これって、私の所為?」


「そうよっ! ひーちゃんの所為で、因幡が常日頃から必死に抑え隠している思春期の劣情が、ついに解き放たれたのよ! こーゆー頭でゴチャゴチャ考えるようヤツの妄想はきっとハンパない! このままだとコイツは人智を超えた変態への道を辿って――」


「すんませんでしたっ! もうどうか許して下さいっ!」


 俺は因幡志朗。

 特技は土下座です。

 ……うう、自分が蒔いた種とはいえ、泣ける。


「――しまうわ! 今の内に簀巻きにして、どっかに監禁しないとっ!」


「なっ!?」


 ナツさんには土下座が効かない!?


「ど、どうどう、伊波さん。そんなムキにならないで、ね? ね?」


「むーーー!」


「先生が悪かったから、反省したから、もう不謹慎な事しないから。ね?」


「……ふんっ、だ」


 小池先生に宥められ、ナツさんはどうにか気を静めた。


「これだから男ってやーよね。結局そこで女に優劣つけるんだから」


 そうか。それでキレたのか。ナツさんは小さい事を気にして……。


「あれあれ? いま、なんか、ころしても、いいかんじ?」


「ぶっ!? いいいいいやいやいやっ、な、な、なんの話ですか?」


「なんでか、今ふとそう思ったのよ」


「…………」


 “殺気”というものが実在する事を知った瞬間だった。


「ねえねえ、ちょっと訊いてもいい? まさか二人って付き合っちゃってたり?」


 小池先生が唐突にそんな質問を投げかけてきた。


「なあああっ!?」


 そしてナツさん再びヒートアップ。


「そ、そんなの絶対有り得ないーーーーーっ!」


 彼女は力いっぱいに否定した。

 その通りなんだが、少しだけ……もとい、大いにショックを受ける俺が居た。


「でも、私が因幡君にちょっかい出すと機嫌悪くなるし……。今も、因幡君が私を見てた事に怒ってたし……」


「ち、違う、誤解! それ誤解だから! アタシ達は友達、ただの友達なんだってば!」


「そう?」


「う、疑う余地ないから! マジでただの友達だから! だ、大体……そう! こいつカノジョいるからっ!」


「えっ?」


 小池先生は、ぐるりと首を回して俺に顔を向けた。


「あれ? 因幡君って、カノジョいたの?」


「はあ、まあ……」


 やはり、俺に彼女が居るという事は意外な事らしい。


「ん? あれれ? おやや?」


 何故か首を傾げまくる先生。


「んんん? 因幡君、因みに付き合ってどのくらい?」


「え? えと、もうすぐ一年になりますけど。それが?」


「一年……。でもさ、でもさ、因幡君ってキスの経験無いんだよね? なのに彼女はいるんだ」


「ぶふーーーーーっ!?」


「ひーちゃんそれ本当?」


「って、聞いたけど?」


「なんで小池先生がそんな事を知ってるんですかっっっっっ!?」


「きゃっ」


 まさかの暴露に、これ以上無いと言うほどの勢いで先生に詰め寄った。


「な、なんでって……この間、自分でそう言ってたじゃないの」


「はあっ!? この間っていつですかっ! 俺はそんな……こ……と……」


 言いましたね。思い出しました。くっ、一生の不覚。


「……あの……先生? 生徒のプライバシー(さら)すとかって……養護教諭としてどうなんでしょう……?」


「えっ!? あわわわ、今のナシ、今のナシでっ!」


「遅いっす……」


「あ~ん、ごめ~ん、許して~」


「ちょっとちょっと。え? どういう事? もしかして、カノジョがいるってのは因幡のフカシなわけ?」


 フカシって……。


「あの、ナツさん、ホントにいるから」


「あっ、まさかまさか、それっていわゆる脳内彼女ってやつ?」


「現実に存在してるって!」


「因幡……二次元は現実じゃないわよ?」


「言われなくても解ってるから!?」


「その、言い辛いんだけど、例の病気って可能性も……」


「ないわーーーーーっ!」


 ここまで全否定されるとは。そんなに俺をイタい子にしたいのだろうか。


「んじゃ何? キスした事ないってのが嘘なわけ?」


「え!? あ、う……そ、そんなの、べ、別に普通だろ? 付き合ってるからって……キ、キ、キス、なんて……」


「煮え切らないわね。した事あるの? ないの? どっちよ」


「それは……ない、けど……」


 冷静に考えたら、こんな追求、律儀に答える必要ないのでは?


「ちょっとちょっと、一年も付き合っててキスもしないなんてあり得んの?」


「だ、だって、相手は中学生だし……俺だって十六になったばかりだし……まだ早いかと……」


 だから何故答えてるんだ俺。


「はあ? アンタ戦前の人? キスしたら結婚しなきゃとか思ってる?」


「いや、さすがにそこまでは……って、戦前の人ってそうだったのか?」


「……さあ?」


「適当なんだ……」


「うっさいわね。そっちはどうであれ、今時は小学生だってキスぐらいするわよっ」


「じゃあ、ナツさんはもう?」


「そ!? そそそそんらら、ああああとれまえどしゃ」


「ドモリまくってる上に噛みまくってますが?」


「そ・ん・な・の・あ・た・り・ま・え・で・しょ!」


「いや、言い直されても……」


「ああっもうっ! アタシの事はどーだっていいっつの!」


「それを言ったら俺の事だってどーでもよくない?」


「うっ! ……ぬ、ぬぬぬ……ぐぐぐ……んんん……んにゃああああああ! うるさいこのロリコンっっっ!」


「なっ!? 言うに事欠いてなんでロリコン!?」


「中学生に手ぇ出すとかロリコンじゃんっ!」


「いやおかしいだろ、それ!」


「ロリコン、ロリコン、ロリコーーーーーン!」


「こらこらこら!? そんな言葉連呼するなよ! あのな、俺は早生まれだから、相手とは生まれ年が同じ……」


「むっつりロリコーーーーーン!」


「話を聞けぇぇぇぇぇっ!」


「はーーーい、ストップストップ! 二人とも落ち着きなさーーーい!」


 パンッパンッと、手を叩きながら俺達を制止する小池先生。


「ひーちゃんは引っ込んでてよっ!」


「俺の名誉が懸かってるんですっ!」


 しかし俺達は止まらない。

 蝸牛角上だと言われても、俺はここで矛を収める訳にはいかなかった。何せ、「むっつりロリコン」なる汚名を(こうむ)るか否かの瀬戸際なのだ。「むっつり」はまだしも、「ロリコン」は耐え難い。


「いいから二人ともこれを聴くのっ!」


「聴くって!?」


「何をですか!?」


 ――キーンコーンカーンコーン……


「……あ」


「……あ」


「はい、予鈴。あと十分で五時限目だよ。言い争いはここまで」


 いつの間にか昼休みも終了間際だった。


「え、嘘、もう昼休み終わりなわけ?」


「うん。二人とも戻る準備しなさい」


「ちょっとちょっと、アタシ、因幡に話す事があったんですけど!?」


「って、先生に言われても、お昼休みは延ばせないよ~」


「わりと大事な話なんですけど!?」


「あの、だから先生に言われても……」


「アタシ、これ話す為にここ来たんですけど!?」


「どうして私に詰め寄るの!?」


「もうっ! ひーちゃんの所為よっ!」


「挙げ句の果てに私の所為っ!?」


 予鈴と共に、ナツさんの相手は小池先生へと切り替わっていた。

 俺としてはロリコン云々のくだりを有耶無耶にしたくはなかったのだが、蒸し返せる雰囲気でもないので、教室へ戻る準備をする事にした。

 だが、ナツさんが俺に話そうとした事の内容が気になる。


「ナツさん、まだ少し時間あるし、話、聞くけど?」


「え? あー、でも……腰を据えて話したいというか」


「込み入った話なのか?」


「まあね。放課後、時間ある?」


「あるよ」


「じゃあ放課後に……場所はどこにしよっか……」


「どこでもいいさ。そっちに合わせるよ」


「どこでもいいって訳にもいかないのよ。ISKAの会議なんだから」


「……は?」


 ISKAの……会議?


「あっ、そうだ! ひーちゃん、ひーちゃん」


「なぁに?」


「この部屋貰ったぁ!」


「へ?」


「ここ、アタシ達で使わせて貰うから!」


「へ? へ?」


「ナツさん? 何を言って……」


「だからぁ、ここをISKAの活動拠点にすんのよ!」


「なんだって!?」


「へ? へ? へ? いすか? って、スズメの仲間の?」


 小池先生は間違いなく話に付いて来てはいない。付いて来れる筈もない。


「ナツさん、勝手に決めていい事じゃないだろ?」


「平気よ。ね? ひーちゃん」


「えっと、なにが?」


「ここって、悩める生徒の避難所なのよね?」


「え? ええ」


「つまり、因幡みたいのの為にあるんでしょ?」


「そうだけど?」


「だったら、ISKAで使って問題ないわね?」


「その『いすか』って一体……?」


「問題ないわねって訊いてんのっ!」


「あ、は、はい」


「んじゃ、放課後ここ開けといて」


「りょ、了解……」


「うしっ、許可ゲット。……因幡、教室戻ろっか」


「…………」


 ナツさんの(かさ)に懸かった責め立てに、小池先生は否応なしといった様子だった。今のを承諾と取るのは無理があるような気がする。


「因幡? 行かないの?」


「あ、ああ、行くけど。……あの、小池先生? その、よかったんですか?」


「……よく分からないけど、放課後にまた来るんだね?」


「みたいです」


「じゃあ、その時に説明して貰うよ。ほら、授業始まっちゃうし、今は戻って」


「はい。では失礼します」


「バイ、ひーちゃん」


「はいは~い」


 小池先生の明るい声を背に受けながら保健室を後にした。


「ふうぅぅぅ……。いやー、なんていうか、喋ったなー」


 保健室を出た直後、そんな感想が口を突いて出た。学校で言葉を交わす相手が居るという事に、感慨を覚えたのだ。


「なにそれ?」


 隣を歩くナツさんが、俺の独り言に相槌を返してくれる。これもまた感慨深い。


「こんな楽しくお喋りしながらのランチなんて、滅多に無い事だからさ。なんだか充実感みたいのを感じるんだ」


「ふ~ん。でもさ、ほとんど実になるような話なんてしてなくない? バカ話ばっか」


「それがいいんだよ。話した内容はよく憶えていなくても、楽しかった事は憶えてる。友達同士の会話ってそういうものなんじゃないか?」


「アンタってよっぽどコミュニケーションに飢えてんのね。そんな楽しがるほどの事じゃないでしょ」


「あれ? も、もしかして、楽しかったのって俺だけ?」


「アタシはがなり散らしてばっかで疲れた。アンタもひーちゃんも、ツッコミどころ多過ぎなんだもん」


「……ええと、ナツさん、自分のポジション、ツッコミだと思ってる?」


「は? どーゆー意味?」


「い、いや……」


 自覚無き者。人はそれをナチュラルと呼ぶ。


「ま、因幡が楽しかったってんなら、それはそれでGoodよね。世話焼いた甲斐があるってもんよ」


「へい、感謝いたしやす、姐さん」


 真剣に言うとまた引かれそうなので、少しくだけた感じに感謝を伝えた。


「ばーか」


 それにナツさんは、愛ある悪態で応えてくれた。


「ははは……」


「あはは……」


 この昼休みは、実に心安らぐ時間だった。ナツさん達と過ごせた事により、憂愁に閉ざされかけていた気持ちも持ち直せた。今も、俺に笑顔を向けてくれているナツさんを見ていると、この学校での自分の立場や境遇を忘れそうになる。この時この瞬間は、これからの学校生活はきっとより良いものになると、短絡な希望を未来に見い出していた。

 しかし、現実というものは、甘くないらしい。

 この後、現実というものを、思い知らされた。

 この学校における俺の立場や境遇は――自分で思っていた以上に――ひっ迫していたのだ。  

 は、話が進みませんでした……。

 小池先生とか、今回は登場していませんがミケちゃんなどが出て来ると、無駄話で物語が停滞する傾向にあるみたいです。

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