くしびと~part Ⅰ~ 1
気が付けば春。
かなり間が空いてしまいました。
すでに忘れ去られている可能性大ですが、憶えてて下さった方も居ると信じ、こっそり投稿を再開します。
「――ねえねえ、ノゾミン、トモやん。二人は知ってる? 例の『くしびと』、とうとうこの学校で被害者が出たって話」
「ええっ!? うそ、マジで?」
「『くしびと』? ユカちゃん、それなぁに?」
「へ? トモやん知らないの?」
「うん、初めてきーた。ノンちゃんは知ってるの?」
「当り前じゃん。徳英の生徒だったらみんな知ってるって」
「ん~? トモは知らなぁい」
「トモミは防犯意識が低いなぁ。ほら、一年のサイコパスの事だよ」
「……さいこぱす? ノンちゃん、さいこぱすってなぁに?」
「へ? サ、サイコパスはサイコパスだよ……。あー、ユカリ、説明したげな」
「私? え、えっと、だから、変質者とか異常者とか……とにかくヤバい奴の事よっ」
「え~? この学校に変態さんが居るって事~?」
「そう。もー、トモやん、気を付けないと襲われちゃうわよ?」
「うう……ノンちゃん、どうしよう、トモ襲われちゃう~」
「はいはい。トモミには後で『くしびと』のサイト教えてあげっから、そこ見て防犯に努めなね」
「変態さんのサイトがあるの~?」
「その変態の情報が書き込まれてんの。徳英の生徒はみんな、そこを見て『くしびと』から身を護ってるんよ」
「ふ~ん、トモもチェックしなきゃ~」
「うん、そうしな。……それで、ユカリ? 被害者ってどういう事?」
「あ、うん。最新の書き込み見たんだ。なんでも徳英の一年の女子がさ、『くしびと』に襲われて、学校を辞めちゃったみたいなのよ」
「襲われたって……もしかして?」
「多分ね……。でなきゃ学校辞めたりしないでしょ」
「……じゃあ、『くしびと』は捕まったんだ」
「お咎めナシ」
「なんでっ!?」
「学校が事件を隠ぺいしたみたいよ」
「有り得なくないっ!? なんで学校は犯罪者なんかを護るのさっ!」
「それは……ほら、表沙汰になったらその女子がさ……。『くしびと』を護ったんじゃなくて、その一年の子を護ったんだよ、きっと」
「でも、お咎めなしってのは酷くない? せめて学校辞めさせろっての!」
「だよねぇ、そこは私も不思議。けど、『くしびと』の親って警察の偉い人らしいから、何か裏ワザ使ったのかも」
「……それってサイアクじゃね? マジ信じらんねー」
「ホントよねぇ。何とか学校辞めさせられないものかしら」
「ねえねえ、ユカちゃん、ノンちゃん」
「何? トモやん」
「『くしびと』ってなぁに?」
「……トモミ、もうボケたんか?」
「ノンちゃんヒドイ! トモは、『くしびと』ってどういう意味なのってきーたの!」
「え? ……あー、ユカリ知ってる?」
「あ、ノゾミンも知らないんだ。なんで『くしびと』なんだろうね」
「クシの人かなぁ? 美容師~?」
「トモやんて、思考が単純よね」
「ユカちゃんもヒドイ!」
「ん~……苦しんで死んだ人で、苦死人、とか?」
「ノンちゃん、それ怖~い」
「てか『くしびと』死んでないし」
「あっ、九十四人いるから、九四人~?」
「トモやん、『くしびと』一人しかいないから」
「ねぇユカリ、それって誰の命名なのさ」
「え? サイト立ち上げた人じゃない?」
「だからそれ誰?」
「さあ」
「少なくとも、徳英の生徒なんだよね?」
「そりゃそうでしょ。徳報プレスにリンク貼ってんだから、他校の生徒の筈ないじゃん」
「それもそっか」
「ユカちゃ~ん、結局~、『くしびと』って誰の事なの~?」
「だから、一年のサイコパスの事だって言ったでしょ」
「トモは、それが誰だかわかんないよ~」
「トモやんだって知ってる筈よ? 一組の――」
―くしびと~PartⅠ~―
風聞・風評というものは、酷く厄介だ。
「人の噂も七十五日」とはいうが、それは単に噂しなくなるだけに過ぎず、そこで生じた印象自体は永く人の心に残るという事がままある。
――アイツ、昔ヤバい連中と付き合いがあったらしいぜ。
――そんな噂があったね。今でもそうなのかな?
自分に直接関係ない噂の真偽を確かめる者など滅多に居ない。
よって、それを耳にした時点での解釈が、その人にとっての「真」となってしまう。
――あの頃の彼女、評判悪かったよな。
――そうだったね。でも、きっと今も変わってないよ。
そして、一度「真」としたものを覆す事は至難。何故ならそれは、その人の価値観を否定するのと同義だから。
仮に、噂がデタラメである事を証明できたとしても、定着してしまった印象は払拭できない。
――あの噂、間違ってたみたいだ。
――でも、そんな噂の立つ原因があると思うよ。
「火の無いところに煙は立たない」と、誰もが独自の理論を以て自分の考えに信憑性を求める。
風評・風聞の理非曲直は、実質、それを受け取る人間の価値観に懸かっているのだ。
今回のエピソードのプロローグでした。
次回からが本題です。