time to believe now エピローグ
前話と合わせて投稿します。
こっちが本当の本当にラストです。
短いですが、エピローグなので。
その後の事を少し話そう。
水沢ひかるの母親・さとみさんの事件の結末。
この事件は“献体すり替え事件”という形で、センセーショナルに報道された。警察は、父さんの言う通り捜査本部を立ち上げ、その威信の下、大々的に捜査を為す事となる。
彩世会、及び恵砺大学の信用は失墜し、献体希望登録者のほとんどが退会、そして保管されている献体は、他の献体団体が管理を担う運びとなった。
すり替えられて遺棄された献体は、無縁仏として某梵刹に納骨されていたのだが、本来の遺族の元には、まだ還されてはいないらしい。それが、本当にすり替えられた献体の遺骨かどうか確認出来ない為、遺族側が受け入れを拒否しているようだ。父さんは、「『また違う人間の骨だったら』という不安によるものだろう」と言っていた。
尚、水沢さとみさんの遺骨・遺髪は、滞りなく、水沢家へと還ってくる事ができた。近く、葬儀が行われる模様だ。
そして、この事件の犯人と思われる、三浦誠次の事。残念ながら彼は、未だ容疑者にすらなっていなかった。本人が死亡してしまった為、捜査が進展しなくなってしまったのだ。そう、三浦誠次は死んだ。妻、娘、そして孫を道連れにして。
マスコミは、三浦を容疑者と決め付けたような報道をしているが、それは「“献体すり替え事件”の発覚と同時に、その事件と関係性を持つ人物が一家心中を図った」という状況証拠によるものでしかない。判っている事は、三浦が、すり替えられた献体の管理責任者だったという事だけで、彼がすり替えたという証拠は見つかっておらず、また、献体として処理されてしまったさとみさんとの関係も、明らかにはなっていなかった。
それだけではない。
実は、さとみさんの死因が特定できない為、未だ、殺人事件として立件されてすらいないのだ。これにより、父さんは今、“三浦一家無理心中事件”の捜査の方にまわされているそうだ。
遺憾千万にも、さとみさんの亡くなった理由が解明される可能性は、極めて低くなってしまった。いや、無くなってしまったと言っても過言ではないだろう。
三浦が、自らの家族に対する殺人、及び放火で送検(被疑者死亡の上)されるのは、ほぼ間違いないようだが、さとみさんの案件を含む“すり替え事件”の方では、彼の関与の証明が困難となっており、事件はお蔵入りの様相を呈し始めていた。いや、仮に三浦の関与が証明されたとしても、彼が死んでしまっている以上、大した意味は成さないだろう。三浦は、自分と家族、そして事件の真相をも葬ってしまったのだ。
言っても栓無い事だが、高井京助が存在を匂わせたSDカードさえあったなら、と思う。きっと有り得ない事なのだろうが、もしも高井が、それを三浦の元ではなく、警察へとリークしてくれていれば、こんなにも後味の悪い結末にならなかった筈だ。
結局、水沢さとみさんの事件は解決しなかった。解決できなかった。
心の底から悔しいが、こうなった以上、せめて水沢ひかるの元に母親が帰って来た事だけでも、喜ぼうと思う。
それも、決して、喜ばしい形ではないのだが……。
その全ての元凶ともいえる、高井京助の事に少し触れよう。
結論から言って、あの人の罪科は一切糺されず終いだった。腹立たしくも、全く証拠が出て来ないのだ。高井とさとみさんが共謀して美人局を行ったという証拠も、三浦誠次が自殺を図るよう暗躍した証拠も、捜査二課が追っている「佐藤直人」なる人物が高井だという証拠も。
二課もある程度は疑っているようなのだが、とにかく証拠が出て来ない。そこで俺は、父さんが渋るのを押し切って、高井に関して知っている事を伝える為に、二課へと赴いた。
話を聞いてくれたのは、父さんの友人だという二課の刑事さん。俺はその人に、高井が千杜橋の上で得意げに話していた内容を、余すことなく伝えた。刑事さんは真摯に聞いてくれたが、話が終わると申し訳無さそうに、「その話だけでは何の証明にもならない」と言った。信用して貰えなかったというよりは、俺の精神科通院歴がネックになってしまったようだ。証拠が何も無い現状、高井が俺の言い分を妄想・妄言と主張してしまえば、事実、精神科に掛かっている俺の証言は、信憑性が問われてしまうとの事だった。「……君に知られても、痛くも痒くもないからです」――高井には、こうなる事が分かっていたのだろう。
そして今、高井京助はこの街から出た……。
俺自身の事も少しだけ。
高井が残した禍根は多々あるが、俺に直接影響があるのは、やはり美作先生との関係だろう。高井が児の手柏医院から居なくなった直後、父さんは美作先生に、事の成り行きを全て話したようだ。警察としての見解ではなく、父さん個人の見解。つまり、俺が父さんに話した高井に関する一連の事柄を、高井の叔母である美作先生に話したという事だ。その事を聞いた時、俺は血の気が引いた。何故ならそれは、美作先生との関係が断絶される理由となり得るからだ。
俺は、予約も事前の連絡もなしに、児の手柏医院へ行った。そして、美作先生と顔を合わせてまず、他院への紹介状を差し出された時には、絶望感に包まれた。――やはり自分の甥を犯罪者扱いするような人間を受け持つ事は出来ないのか、と。
それでも尚、すがる思いで、これからもお願いしたいと懇願した。すると美作先生は、突然、俺を抱き竦めてきたのだ。どうやら俺は勘違いしていたようで、先生は、高井の事で俺の信頼を失ったと思い込み、仕方なく転院を勧めたのだそうだ。そう、ここでも美作先生は、俺の言い分を信じてくれたのだった。
美作先生には、辛い目に遭わせたと平謝りされ、俺はひどく恐縮してしまった。別に先生に落ち度があった訳ではないと伝えたが、なんでも、高井の危険性を、娘さんから進言された事があったそうなのだ。「その時に取り合わなかった事を後悔をしている」と先生は言っていた。それにしても、高井をして底が知れないと言わしめる先生の娘さん。一体どんな人なのだろうか。
ともあれ、美作先生との関係は保たれる事と相成った。これに関しては、非常に良かったと思う……。
これにて、俺の人生の、転換の機となった一連の出来事は、終局を迎える事となる。だが、問題はまだまだ山積み状態。これから、焦らず、一つずつ、じっくりと、解決していかなければならないだろう。
差し当たっては、目の前のこの問題からどうにかしたい。
「――おはよ、因幡」
「お、おはよう、ナツさん」
朝の登校時間。
学校の正門前。
俺は、伊波千夏と、ばったり会っていた。
いや、「ばったり」というのおかしいか。彼女は校門の門柱に寄りかかりながら、登校してくる生徒を眺めていたのだ。つまり、ナツさんの前を通らなければ、学校には入れない。会わずに済ますのは不可能だった。
「…………」
「…………」
ナツさんが、無言で、こちらを見つめている。その為、挨拶と同時に止めた足を、再び動かすタイミングが掴めなかった。果たして俺は、このまま通り過ぎていいのだろうか。
「え、ええと……ナツさん?」
「…………」
ナツさんは、やはり無言で、こちらを見つめている。
「あの、俺……行っていい?」
「…………」
気まずい。この上なく、気まずい。
「そ、それじゃ……」
その気まずい空気に耐えられなくなり、俺は足を踏み出す。
「ちょっとちょっと、因幡?」
すると、ナツさんがようやく言葉を発した。
「は、はい?」
ビクビクしながら振り返る俺。
「友達に会ったってのに、そのよそよそしい態度はなんなわけ?」
「あっ……」
今、ナツさんは「友達」と言った。
「そんなんじゃ、ISKAも先が思いやられるわね」
水沢の言う通り、ナツさんは律儀な子だったようだ。
「あはは……ナツさん、改めておはよう」
俺は晴れやかな顔で挨拶し直す。
「うん、おはよう、因幡。んでさ、ずっと気になってた事があんのよね」
「おっと、いきなりだな。なんだ? ナツさん」
「それ」
「どれ?」
「『ナツさん』ってやつ。なんでナツさん?」
「は? だって、君はナツさんだろ?」
「アタシの名前は、伊波千夏」
「いや、知ってるけど」
「だから、なんでさん付けなのよ、同級生でしょ? しかも、『ナツ』にさん付けって……馴れ馴れしいんだか、よそよそしいんだか」
「えっと、嫌だったか? まだ君の名前が判らなかったとき、水沢が『ナツ』って呼んでたから、そのままそれで呼んでたんだけど」
「さん付けはやめて欲しいかも」
「ああ……んじゃ、伊波?」
「なんで距離を拡げるわけっ!?」
「え? で、でも……えっと、千夏ちゃん?」
「ちょっとバカにしてんのっっ!?」
「じゃ、じゃあ……なっちゃん?」
「いや千夏でよくねっっっ!?」
「千夏さん?」
「だからさん付けんなっつってんだぁぁぁぁぁーーーーー!」
またナツさんの絶叫が聴けて嬉しかった。
「はぁ……はぁ……アンタ、アタシで遊んでない? なんか今の顔つき、ひかるみたいだったんだけど……」
「いや、とんでもない。けど俺、もう『ナツさん』で呼び慣れちゃったからなぁ、ちょっと他は呼びづらい」
「さんを付けなきゃいいだけじゃん。ひかるみたくナツって呼べば?」
「ナツ……さん、て付けたくなるな」
「アンタねぇ」
「じゃあ、ナツさんは俺の事を『志朗』って呼べる?」
「呼べるわよ? 志……ろ……なんでこんな恥ずかしいわけっ!?」
「ほらな」
「うぐ……これは後でお互い練習しなきゃね……」
練習すんの!?
「じゃ、とっとと校舎に入ろっか、遅刻……はしそうにないけど、ISKAの活動について話しましょ?」
「ISKAってこのまま使う気?」
「文句あんの?」
「いや……」
正直、恥ずかしかったり。
「病気に対する偏見がどうにか出来ればいいんだけど、これは簡単じゃないわよねぇ」
「社会通念の問題だからなぁ」
「アンタの不思議ちゃんモードもどうにかしないとね」
「不思議ちゃんモード?」
「お化け見えるんでしょ? 不思議じゃん」
「不思議だよね~」
「他人事みたいに……。でも、ひかるのママしか見えないんだっけ?」
「いや、そうでもないみたい。さとみさん以上に見かける人もいるし……あ、丁度あそこに……って、えええっ!?」
ビイイイイイィィィィィ……
「え? 何? どうしたのよ因幡」
校庭の真ん中で独り佇むおかっぱ少女、葉山ことりが、そこに居た。
「ん? 校庭がどうかした?」
「ナツさん、校庭のちょうど真ん中に居る人、見える?」
「真ん中? ……誰も居なくない?」
やはり見えないか。
過去、ことりさんが意味も無く現われた事はない。俺は、彼女が何かを伝えたがっていると判断し、ジッとそちらを見つめた。するとことりさんは、ゆっくりと手を動かし、自分の右真横を指差す。
「ん?」
彼女の指差す方向に目を向けると、何やら作業着らしき服を来た男性が居た。
「……救ってあげて……」
「はい?」
「何? 因幡」
「今の、ナツさんじゃないの?」
「何が……?」
「って事は……」
「……私の時みたいに、あの人も救ってあげて……」
どこかで聴いた科白にハッとして、再びことりさんへと目を向けた。しかし、彼女の姿は見当たらない。
「なあ、ナツさん。あっちのネットの下に居る男の人、見える?」
「は? どこの事?」
「ホラ、あそこだよ」
「ん~? 誰か居る~?」
「……なるほど」
なんとなく、ことりさんが俺の前に現われる理由が解った気がする。これからは、これが俺の日常になるのかもしれない。
「ちょっとちょっと、因幡? どこ行くわけ?」
「ああ、ちょっと役目を果たしてくるよ」
「……役目?」
困惑するナツさんを置いて、俺は男性へと近付くのであった。
―time to bilieve now―
END
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
ようやく、一つのエピソードが終わりました。いえ、やっと終わらせられたと言った感じです。
time to bilieve nowは、実は話全体のプロローグ的エピソードだったのですが、話を考えているうちに、「ひかるちゃん」の存在が、私の中で大きくなってしまい、当初の予定よりも、遥かに長いお話になってしまいました。本当は、十話以内には終わるつもりだったのです。お蔭で、予定になかった伏線を、乱発する結果となり、今後、ちゃんと回収できるのか、不安な私です。
何はともあれ、年内に終わらせられてよかった。
さて、今後の『くしびと』ですが、今年の内にショートエピソードを一話入れて、来年から、新展開を執筆していこうと思っています。少し先になるかもしれませんが、その際も、どうぞよろしくお願い致します。