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time to believe now 19

解決編……という訳ではありませんが、ここからは、さとみさんに関する話が続きます。因みに、さとみさんはもう出ません。

 二月五日 土曜日 黄昏時




「――で、水沢、今年度は休学する事にしたらしいんだ。しっかりケアして復学させるって、お父さんが言ってた。水沢本人もやる気を見せてたから、きっと二年から通えると思う」


「へえ。進級は大丈夫なのかい?」


「うん、今年はもう残り一ヶ月ちょっとだから、学校側が色々と配慮してくれるみたいなんだ。でも、水沢って成績優秀らしいから、それほど問題もないみたい。学年末テストも免除なんだって、羨ましいよ」


「テストは志朗の見せ場じゃないか、何を羨ましがる必要がある?」


「有るか無いかで言ったら、無い方がいいに決まってるよ、テストなんて」


「フフ、もっともだね。……うん、なんにせよ、ひかるさんが無事だった事、これに尽きる。志朗、よくやった」


「いや、俺なんて別に……。えっと、水沢の近況はこんなところかな。で、父さんの方の話を聞きたいんだけど、あれからどうなったの?」


「ふむ……」


「もしもし? 父さん?」


「いや、どう話そうかと考えているところだ」


「電話じゃ話せない?」


「というよりは、守秘義務、かな」


「え……? それってつまり……」


「うん、そうだな、志朗が居なければ、発覚さえしなかったかも知れない事件だ。内緒で少しだけ話してあげよう。他言は無用だよ? 志朗」


「も、もちろん」


「今、行っている、DNA鑑定の結果如何では、水沢さとみさんの死亡が証明されるかも知れない」


「ッ!?」


「可能性は薄いが、望みが無い訳ではない。だが、もしそうなったとしたら、かなりセンセーショナルな事件になりそうだよ……」


「え? え? 殺人事件じゃ……ないの?」


「僕の知る限りでは、過去に無かった事件だね。申し訳ないけど、志朗の手からは大分離れている。後はもう、全部父さんに任せなさい」


「…………」


「もしもし? 志朗?」


「あ、ごめん、なんか理解が付いて行かなくて……。何がどうなってそんな事になってるの?」


「説明してあげたいが……ん、志朗、ちょっと待ってて。……うん……そうか。……いや、僕が向かおう。……ああ、そうしてくれ……。……もしもし志朗、どうやら望みが繋がったようだよ。これからまた忙しくなる、詳しい話はまた後で……」


「え? あ、と、父さん、高井先生は関わっているの!? それだけでも……!」


「…………」


「……教え……は、はは……駄目、だよね?」


「……三浦誠次。僕はこっちだと睨んでる」


「三浦っ!?」


「ここまでだ、君は家で吉報を待っているといい。……今は家かい?」


「へ? あ、う、うん、そうだよ……?」


「…………。そうか、じゃ、電話切るよ?」


「あ、と、父さん、頑張って……」


「ありがとう。じゃ」


 プツ…… ツー ツー


「…………」


 水沢ひかるの自殺騒動から六日後の土曜日。

 この一週間、水沢は学校には来ず、今日の放課後……つまりは先程、休学届けを出す為に、父親と共に六日振りの学校へとやって来た。そして、届けを出した後、授業を終えた俺と伊波千夏を呼び出し、親子そろって感謝と謝罪の嵐を浴びせてきたのだ。その時の水沢は、とても明るい雰囲気で、休学を決してネガティブには捉えていないようだった。去り際なんかには、「復学したらよろしくね?」などと俺に声を掛け、復学の意欲を見せていた。もちろん、水沢の心の傷が癒えたなどとは思っていないが、間違いなく良い傾向だろう。しかも、よろしくされたという事は、彼女が俺を、友人として認識してくれている可能性がある。

 そんな訳で、少しだけ浮かれつつ、俺は水沢の事を父さんへと電話で報告していたのだ。

 別に、仕事中の父さんに、今すぐ伝えなければならない事ではなかったのだが、本音を言うとそれは方便。俺は、その後の進捗状況を知りたかったのだ。だが、話を聞いてみたところ、事態は何やら妙な具合になっていた。先ほどの電話で父さんが口にしていた、DNA鑑定という言葉。それに思うところは単純に「誰の?」。そして、センセーショナルな過去に無かった事件。これらが示すものは何か、残念ながら今の段階では判らない。だが、父さんは、今回の事件をかなり重大な案件として認識しているようだ。いや、もちろん殺人事件は重大な事件だが、父さんの様子からすると、それだけではないように思える。まあ、少なくとも、俺の出る幕などは微塵もないのだろう。


(……無いよな、出る幕なんて)


 それが解っていても、俺はここに来てしまっていた。


「…………」


 無言で見つめている先は、()手柏(てがしわ)医院。そう、俺は高井京助先生に会いに来てしまったのだ。

 ここに着いた時には、少し尻込みをしていて、なかなか入り口の扉に手を掛けられずにいた。それも父さんに電話したくなった要因の一つ。

 だが正味は、その後、高井先生に関して、何か新しい情報はないかを訊くことが目的だった。しかし、その必要はなかったようだ。

 父さんはこう言っていた。

 「三浦誠次」と。

 つまり、父さんの考えている容疑者は、高井先生ではなかったのだ。それを聞けた事で、幾分か俺の緊張もほぐれている。

 さて、日もぼちぼち暮れ始めている。そろそろ覚悟を決めてしまおう。

 そして俺は、父さんの忠告を無視して、高井京助への接触を試みるのだった。


「こんちには」


 まずは受け付けのお姉さんに声を掛ける。


「はい、こんにちは。あら? 因幡さん、本日はどうなさいましたか?」


「お話を聞いて頂きたくて……」


「はい。……生憎ですが、本日、美作は急用で外しております。お加減、よろしくないので?」


「ええ、連絡もせずにすいません。……あの、高井先生は?」


「はい、高井は只今、診療中です。お受け出来るとは思いますが、ただ、この後も診察がございまして、お時間が掛かるかと」


「構いません、どうかお願いします」


「はい、ではそのように。お掛けになってお待ち下さい」


 美作先生は居ないらしい、珍しい事もあるもんだ。しかし、高井先生とはどうやら会えそうだ。こうなったら何時までだって待っててやる。俺はそう腹を決めて、待合室の長椅子に腰を掛けた。


「ふ~んふふふ~ん、ら~ら~るーーーじゃん!」


 待合室には、先程からずっと、やたらと大きな声で鼻歌(?)を歌っている男性が居た。


「ア、アナタ……お願いだから静かにして頂戴。周りに迷惑よ……」


 その男性の奥さんだろうか、女性がその隣で居心地悪そうにしながら、男性を(たしな)めている。


「周りだ~? 誰も……お?」


 男性が突然立ち上がった。

 ……何か、こっちに近付いて来ていないか?


「ちょっと……アナタ……!」


「やあ、君」


「あ、はい」


 声を掛けられてしまった。多分、何かの症状が出ている人だと思われる。


「私は流しのコンダクター。一曲いかがかね?」


「はい?」


 流し? コンダクター? 一曲? ……あっ、この人、指揮者って事か。って、流しの指揮者って有り得る?


「す、すいません、主人が……」


「あ、いえ、お気になさらず」


 この病院で他の患者と鉢合わす事は少ないが、時にはこういう事もある。


「さあ、リクエストしなさい。一曲やってあげよう」


「アナタ、やめて……!」


「オマエは黙ってなさい! ……さあ、リクエストを」


 これは……合わせた方がいいかな?


「ええと、レパートリーなどは……?」


「ふふん、そうだな……ハノンやドッツァー、デュポールもいいし、パガニーニだって……」


 ……どうしよう、全然わかんない。


「それにポッパー、後はシュトラウス……」


「シュトラウスで」


 ようやく知っている作曲家が出て来た。


「ほほう、君は舞踏曲が好きなのか。曲目は何にするかね?」


「ええと……」


 知っている曲は限られている。一番有名なのはドナウだが、あれは長い、フルでやられたらキツイ。


「アンネンポルカを」


 これなら比較的静かな曲だし、わりと短かった筈だ。……短いよね?


「んんっ……では」


 そう言って男性はタクトを掲げる。もちろん手には何も持っていない。エアコンダクトだ。


「スゥゥゥ……チャラチャ、チャラチャ、チャラチャ、チャッチャー……」


 意外……と言っては失礼だが、ちゃんと音程が取れていた。これならば苦痛にはならない。


「……本当にごめんなさいね?」


 奥さんらしき人が、俺の隣へやってきて、申し訳なさそうにそう言った。


「いえ、平気ですから」


「……ジャッ、ジャン、ジャッ、ジャン、チャッチャラチャラチャン……」


「ご主人、お上手じゃないですか」


「……ええ、ピアノ講師ですので、音程は取れるんですよね……」


「なるほど、それで……」


「……真面目な人だったのに……まさか、心を病むなんて……。どうしてこんな事になってしまったのか……」


「…………」


 「どうして」。患者の家族であれば、精神疾患に限らず、誰もが一度は考える事だろう。

 病はいつも、突然に起こる。しかし、そこにはやはり原因があり、兆候もあった筈だ。それに気付く事が出来るのは、患者の近しい人間、即ち「家族」に他ならない。例えば、水沢ひかるも、彼女の父親がもっと早くに向き合っていたならば、ああも深刻にはならなかっただろう。だが幸い、水沢は危機を脱する事が出来た。これから専門家の力添えの元、快方へと向かっていく事だろう。


「心の病気だなんて……一体どうすればいいのか……こんな病院に来ることになるなんて、思ってもいませんでした……」


 こんな病院、か。まだまだ精神科の敷居は高いようだ。しかし、頼みの家族が精神科に否定的では、治るものも治らない。


「あの、心の病気とは言いますが、精神疾患は、ちゃんと身体の中で異常が起きているんです。それは、近年の研究でも証明されています。つまり、他の病気と何ら変わりはありません。的確な治療を施せば、治す事が出来るんですよ」


「身体の中で……そうなんですか」


 例によって美作先生の受け売りだ。けど、これはとても大事な事。

 精神疾患を、「気の持ちよう」だとか、「性格の問題」で片付けてしまう人は、残念ながら少なくない。美作先生は、心と身体を分けて考える『心身二元論』の所為だと嘆いていた。美作先生曰く、「心を内臓の一部と捉え、精神医療という肉体を治療する行為(・・・・・・・・・)を行う」のが、精神科医なのだそうだ。


「……ありがとう、少し気が楽になりました」


「いえ」


「貴方もご家族が?」


「あ、僕はここに掛かっている患者です」


「えっ……」


 奥さんの目の色が明らかに変わった。悲しい事だが、こういう展開には慣れている。


「あ、あら、ごめんなさい……しっかりなさってるものだからてっきり……」


「お気になさらず」


 とは言いつつも、少しだけ凹んだ。


「――竹内さーん、三番にどうぞー」


「あ、ほら、アナタ。呼ばれましたよ」


「ジャーンジャ……こ、こら、途中で止めるやつがあるかっ。オーディエンスが居るんだぞっ」


「あ、こちらの事はお構いなく。早く行った方がいいですよ?」


「む、どこへだ?」


「え? ええと……次の公演会?」


「お、そうか。では行かなくてはな」


「ほら、アナタ、こっちに……。では、失礼しますね?」


「あ、はい」


 そして、夫婦は診療室へと向かって行った。

 今気づいたが、あの人を診るのは高井先生なのだろうか。俺の中の高井先生は、もはや医者としての信用が失墜している。いや、その人間性もだ。しかしながら、今現在、彼に掛かってる患者は、多数いるようだ。水沢母娘にやった事を思うと、その患者さん達が大丈夫なのかどうか、気が気じゃない。

 ……そう、水沢母娘以外にも、彼が妙な事をしている可能性は否定できない。“ビジョン”で見た高井先生は、人の心を誘導する事に長けているように見えた。あれらは、完全に医者としてあるまじき行為。あの人を医者にしておくのは危険だ。


「――戸塚さん、救急車の手配をお願いします」


「ッ!」


 突然、高井先生の声が耳に入って来た。見れば、いつの間にか、先生と受付のお姉さんが話をしている。


「救急車ですか?」


「ええ。竹内さんは、急性期の統合失調症です。入院が必要ですね」


「急性期ですか、うちでは受け入れられませんね。分かりました、手配します」


「お願いします。……あっ、間宮さーん! ロヒプノールとリスぺリドンを持って来てくれませんかー! 0.2と8でー!」


「あ、はぁい!」


 随分とバタバタしている。さっきの男性の事だと思われるが、聞く限り、どこか別の病院に移送するようだ。素人目にはそこまで酷い症状には見えなかったのだが……。

 それにしても、今、俺の目に映っている高井先生は、見紛う事無く医者だった。真剣な顔で対応するその姿は、格好良くすらある。

 解らない。

 俺には高井京助という人間が解らない。


「ん? 因幡君?」


「あっ……」


 高井先生が俺に気付いた。


「すいません。今、立て込んでるんで、もう少し待っていて下さいね?」


「は、はい……」


 先生の態度は、この前会った時と変わらない。優しげな声と顔を俺へと向けてくれた。

 俺が“ビジョン”で見た男性は、本当にこの人だったのか?

 この人が水沢にあんな非道い事を?

 そして、さとみさんを利用して詐欺行為を?

 ……自信が無くなってきた。

 そして、それからしばらく経ち、日も完全に落ちた頃、遂に高井先生と話をする時がやって来た。


「――因幡さーん、三番にどうぞー」


 受付のお姉さんに呼ばれ、かなり緊張しながら診療室へと向かった。診療室の扉の前で、一旦深呼吸をして、可能な限り心を落ち着かせた。そして、毅然とした態度を取る事を自分に言い聞かせながら、扉をノックする。


 コンコン


「――どうぞ」


「失礼します」


 中の間取りは、美作先生の部屋と大差はない。だた、こちらの方が、ずっと診療室然としていた。……美作先生が特殊なだけかも知れないが。


「因幡君、今日はどうしましたか? 確か、春休みにEMDRをやる事になってましたよね?」


「いえ、今日は……今日も俺の話じゃないんです」


「という事は、A子ちゃんの事ですか?」


「……別に『ひかるちゃん』でいいんじゃないですか? 佐藤直人さん」


「…………」


 反応は……無い。


「今日は、貴方の話をしに来たんです」


「えーと、因幡君? とりあえず座りましょうか。まずは落ち着きましょう」


「水沢ひかるは無事ですよ? 貴方の事を証言出来るかも知れません」


「因幡君、まずは座って……」


 やはり表情に変化はない。この辺はお手の物か。患者の前でいちいち動揺なんかしていたら、医者は務まらない。


「さて、どんな話をしましょうか」


「八年前の話を」


「八年前ですか……僕はまだ医学生でしたね」


「大崎クリニックで、臨地実習を受けてた頃ですか?」


「ッ……よ、よく知ってましたね。叔母さんからですか?」


 父さんからの情報だ。臨地実習とは、医学生が実際の医療施設に赴き、実践的な現場を学習する授業らしい。それを、高井先生は、大崎クリニックで行ったのだ。

 そして、その大崎クリニックは、水沢の母親・さとみさんが、双極性障害(躁うつ病)の治療の為にかかっていた病院。


「そこで水沢さとみさんと出会ったんですか?」


 そう、二人は繋がりがあっても、決して不思議ではないのだ。


「い、因幡君、君は……」


「『亜季さん』、の方が分かり易いですか?」


「!」


 反応が……あった。


「三浦誠次さんに、貴方の事を訊いてみましょうか?」


「…………」


 高井先生は完全に黙り込んだ。目を瞑っているので、表情からはいまいち読み取れない。


「高井先生、俺の父さんが警官だって事は、ご存知で?」


「何?」


 知らなかったようだ。


「県警の警部です。実は今、俺が水沢さとみさんから得た情報の、裏を取って貰ってます」


 実際、さとみさんから得た情報は、重要な部分が欠けている。しかし、敢えてそれを伝える必要はないだろう。


「…………。そう、ですか……フゥ」


 高井先生は、右手の親指で眉間を強く押している。しばらくその仕草を続けた後、丁寧だった口調を崩して話し出した。


「やれやれ、叔母さんもこんな気持ちだったのかなぁ。誰にも知られていないと思っていた事を、なんの関係も無い筈の人間に指摘される。……これはさすがに動揺が隠せないよ。さとみさんや三浦と繋がるような証拠は、何も残していないつもりだったんだけどね……」


「……認めるんですね」


「言っとくけど、さとみさんの死に関しては、僕は関わってないよ」


「知ってます」


「知ってる、か……。本当、君が怖いよ、僕は」


「俺は、貴方が怖いです。心に傷を負っている人にあんな事させるなんて、人格を疑います」


「返す言葉もないね……」


「……ご自分の行いを理解はしているんですね? 八年前、水沢さとみさんにやらせた事を」


「ああ。けどね……」


「時効なのは知っています。俺はただ、水沢さとみさんに、一体何があったのかを知りたいだけ。そしてもう一つ、水沢ひかるに何故あんな事をしたのか、も」


「…………。ハァ……分かった、話そう。もう隠す気は無い、なんでも訊くといい。大体、さとみさんの……幽霊? から、大方の事は聞かされているんだろ?」


「と言うよりは、その場面を見せられたって感じです。……夫婦のふりをしていた貴方とさとみさんが、三浦という人物に対して、いわゆる美人局を行っていた。そんな“ビジョン”を、あるホテルの前で見ました。その時の貴方達のやり取りを、再現して見せましょうか?」


「いいよ。君のチカラの事は、もうすでに信じてる。エスパー、ミーディアムに続き、サイコメトラーシローだね」


「は、恥ずかしい呼び方しないで下さい」


「恥ずかしいとは……世界中のサイコメトラーさん達に失礼ではないかな?」


「えっ……俺みたいな人って、わりと居るんですか?」


「さあ? 僕は君しか知らない」


「…………。……もしかして、話、逸らそうとしてます?」


「ごめんごめん。なんだか君って、からかうと楽しいんだよ。反応が素直でさ」


「ぐ……」


 落ち着け、俺。心理合戦なんてやっても勝てる筈がない。俺はただ、必要な事だけを質問すればいいんだ。ペースを持っていかれない為にも、余計なやり取りは極力避けよう。


「なあ、因幡君。僕は別に、言い逃れしようだなんて考えちゃいない。ちゃんと答えるから、そう警戒しないでくれよ」


「…………」


 うん、バッチリ考えを読まれてる。

 俺、実は精神科医って嫌いかも。


「……じゃあ、まずはさとみさんの話を」


「ああ。……彼女に関しては、僕に弁解の余地は無い。お金が欲しくて彼女を利用した」


「お金の為……」


「僕の家は医者の家系でね、裕福なんだよ。だから僕は、贅沢三昧で暮らしていた。医学生になって、親元を離れた後も、親の仕送りのお金で、やっぱり贅沢三昧。欲望はとどまる事を知らず、遂には学費にまで手を付けたんだ。そこでようやっと、両親は僕の問題に気付いてね、それからは必要最低限のお金しか与えなくなってしまった。でも、急に生活水準を落として暮らすのは非常に難しくてね。どうにかお金を手に出来ないかと悩んでいた時に、水沢さとみさんと出会ったんだ」


「高井先生、ちょっとすいません。話の続きを聞く前に、一つやっておきたい事がありまして」


「ん? やっておきたい事?」


「ええ。このままだと、冷静に話を聞くのが困難で……。いいでしょうか?」


「? ……どうぞ」


「すぅぅぅ……っ、こんのダメ息子ぉぉぉぉぉっっ!」


「ッ!?」


 俺は、憤懣やるかたない思いを一気に吐き出した。こうでもしないと、この人を引っぱたきそうになるからだ。


「ふぅ……失礼しました」


「…………」


「ん? 続きをどうぞ」


「え? あ、ああ……。んっんんっ、えーと……ああ、さとみさんと出会った話か。……君の言う通り、大崎クリニックで実習を受けた時に、彼女と出会った。もちろん僕は学生だったから、治療には関わっていない。僕らが知り合ったきっかけは、待合室でぶつかって、そのまま世間話をしたのが始まりという、些細な事だった。彼女の症状の事を知ったのは、わりと後だよ」


「……因みに、どんな症状なんですか?」


「双極性障害。さとみさんはね、娘さんに関わる事でないと、行動意欲が湧かなかったんだ。例えば、娘さんの学校行事の時にはとても活発な人に見えたのに、町内会の行事では暗く落ち込んでいるように見える。つまり、娘さんの前では躁状態、それ以外ではうつ状態になってしまうんだ」


 先週、水沢の父親からうつ病と聞かされた時は、どうも納得いかなかったが、そういう事なら話は解る。俺が目にしてきたさとみさんは、常に娘の為に行動していた姿だった。だから俺は、躁状態の彼女しか知らない。


「僕は……そこに付け込んだわけだね。さとみさんは、その時、離婚の話が出ていたらしくて、夫と別れてしまったら、お金も身寄りもない自分は、娘と引き離されてしまうと思い込んでいた。例え経済的な不安があっても、母親が親権を得るのに問題は無いと僕は知っていたけど、それは敢えて教えずに、お金を得る方法を提案したんだ。それがつまり美人局。正直、相手にはされないと思ったけど、彼女はこっちが驚く程、あっさりと話に乗って来た。よっぽど娘と引き離されるのが嫌だったんだな」


 高井先生は飽くまで淡々と話す。良心の呵責は覚えないのだろうか。


「僕たちは完璧に身分を偽り、出来るだけ自分達と関わる可能性の低いターゲットを見つけ、相手が余裕で出せるレベルの金銭を要求し、一切の後腐れを残さないようにして、足が付くのを防いでいたんだ。(こと)(ほか)上手くいったよ。だから、上玉を見つけた時に、欲が出てしまった。常に金銭の要求は一度きりにしていたんだけど、その時だけ二度要求してしまったんだよ」


「三浦誠次……ですね?」


「そういう事だ。……彼に二度目の要求をした直後、さとみさんは消えてしまった」


「警察に届けようと思った事は?」


「一切無い。僕は、保身の為に、さとみさんと関わった痕跡を消す事しか頭になかった」


 まるで他人事のようにそう言い切る高井先生。悪怯れた様子は全く見られない。


「……最低、ですね」


「……最低、だね」


「言い訳無しですか?」


「そんな余地があったかい?」


「…………」


 もっかい叫ぼうかな……。


「はぁぁぁ……。それで、その……高井先生は、三浦がさとみさんを殺したと思います?」


「当然思っているよ。状況証拠だけだけどね」


 だけど自分の身が優先な訳だ。この人の最初の好印象は返上させてもらおう。いや、好印象でもなかったか。からかわれたし。


「……さとみさんに関しては、ほぼ俺の予想通りでした。次は水沢ひかるの事を聞かせて下さい」


「ひかるちゃん……か」


 寧ろ俺にはこちらの方が重要だ。何しろ、この人の所為で水沢は命を落としかけた。返答如何では、グーで引っぱたく事も辞さない。


「日曜日、貴方は水沢ひかるに催眠療法を行いましたね?」


「へえ、彼女、あれが催眠療法だって解ってたんだ」


「って、インフォームド・コンセントすらやらずに行ったんですか?」


「説明しようとは思ったんだがね、僕が『お母さんの事を思い出す方法があるんだけどやってみるか』と聞いたら、彼女は間髪入れずに『すぐお願い』って」


「…………」


 水沢、軽挙妄動にも程があるだろ……。


「……それはいいです。でも、その後の事は捨て置けません」


「後?」


「高井先生、貴方、水沢が自殺を図るよう誘導しましたね?」


「……彼女が、そう言ったのかい?」


「実を言うと、水沢からは何も聞いていません」


「え? では何故……」


「俺、その時、後部座席から見てました」


「はっ!?」


「信じられないなら、その時のやり取り、再現しますけど?」


「あ……い、いや、いい……。ま、まいったね……こりゃ……。新たに、アストラルシローも加えないと……。フフ……あと一人出てくれば戦隊ものがやれるなぁ……。超常戦隊シローレンジャー……とかね」


「……どんどん恥ずかしくしないで下さい」


 高井先生が壊れ気味なのは見ていて気が晴れるが、今は戦隊の話なんかどうでもいい。


「先生、水沢ひかるを自殺させようとしたんですか?」


 俺は可能な限り目に力を込め、そう問いかけた。


「……それは、誤解、だと言いたいね」


「何が誤解なんですか!?」


「…………。……君が、さとみさん母娘の写真を落とした時には、本当に驚いたよ。まさか今になって、再びさとみさんの姿を見る事になるとは、思ってもいなかった。そして何より、そこに写っていたひかるちゃんの姿。実は、あの時が初めてだったんだ、ひかるちゃんの顔を見るのは。そこまで来てようやく、遅まきながら良心の呵責を覚えた。この子が母親を失ったのには、僕に責任の一端がある……と」


「…………」


「……僕にも娘がいるんだ」


「!」


「今年三歳になる。それで思ったんだ、『もしも僕の娘が母親を失ったら』って」


「娘さんが……」


「言い訳にもならないけど、八年前の僕は未成熟だった、精神的にね。あの時の僕は、将来、自分がこんな悔恨の念に囚われるなんて、思いもしなかったんだ」


 悔恨。

 高井先生は、ちゃんと過去を悔いているのか?


「だ、だったら尚更です! なんで水沢の命を危機に曝したんですか!?」


「そんなつもりじゃなかった!」


「ッ」


「……君の話から、彼女が母親の死を目撃している可能性が浮上して、それが原因で、心に深刻な影を落としているかも知れないと思えた。叔母さんの言う通り、心の傷を癒すためには、その原因と向き合う事が重要。だから僕は、催眠療法で、ひかるちゃんの封じられた記憶を呼び覚ます事にしたんだよ。因幡君、僕はね、ひかるちゃんに、さとみさんの死んだ場所を、思い出して貰いたかっただけなんだ。それで事件が明るみに出れば、さとみさんも浮かばれると思ったんだよ。決して、ひかるちゃんにさとみさんの後を追わせようだなんて、考えていなかった。本当だ」


「水沢の自殺の可能性を指摘したのは先生じゃないですか。その貴方が、境界例かも知れない彼女に、そんな不用意な真似をするなんて……」


「断定した訳じゃない。実際、彼女が境界例に達しているとは思えなかった。けれど僕は、万全を期して、彼女に付き添うつもりだったんだ。万が一にも自殺してしまわないようにね。けど……けど彼女は、僕が気を抜いた隙に、車から降りて行ってしまったんだ……!」


「…………」


「……解ってるよ、結局は僕の落ち度だね。彼女を見失うなんて失態は……」


「高井先生、それが本当なら、どうしてコソコソしたんですか? 偽名まで使って……。そもそも、過去を清算したいというのなら、公に提訴して然るべきでしょう?」


「…………」


「何か言って下さいよ」


「……自分は身綺麗なまま、事を……収めたかった」


「貴方って人は……!」


「家庭があるとこうなってしまうんだ!」


「……ッ」


「……因果……応報だね。三浦の気持が、よく解るよ……」


 もう……いいか。この人を責めても、新しい情報が得られようには思えない。ビジョンの裏付けは取れたが、さとみさんが結局どうなってしまったのかは、この人も知らなかった。父さんの言う通り、この件はもう俺の手から離れているようだ。やはり、水沢ひかるを救った時点で、俺の役割は終わっていたらしい。これ以上余計な事はせずに、後は父さんに任せよう。


「帰ります」


「……僕の事はどうするんだ?」


「どうも出来ません。解ってるんでしょう?」


「…………」


「もし……水沢が死んでいたら、俺はどんな事をしてでも、貴方に罪を贖わせようとした筈。でも、彼女は無事だったから……貴方の事は忘れます」


「そう、か……」


「でも、一つだけ言わせて下さい」


「ん?」


「俺は貴方に医師であって欲しくない」


「…………」


「……さようなら、高井さん」


 俺は高井さんを一瞥してから、部屋を出るべく、ドアへと向かう。そして、扉を開けた時だった。


「きゃっ」


 受付のお姉さんがそこに立っていたのだ。どうやらノックをしようとしていたらしい。精神科は特に、診療中の乱入には厳しい筈。それを推して尚、ここに来たという事は、かなりの急用という事になる。


「あ、因幡さん、失礼いたしました。……終わられたのですか?」


「ええ、丁度。何かありました?」


「あ、はい、いえ、高井先生に急用がありまして」


「そうですか。なら俺は失礼しますね?」


「はい。どうぞお大事に」


 俺はお姉さんに一礼して横を通り過ぎる。

 ふと思ったのだが、今日の診療代ってどうなるんだろう。一応、患者として来た訳だから、払わねばなるまいか。……何か納得いかないな。


「――あの、高井先生、警察の方がお見えなのですが……」


「!?」


 後ろから聴こえてきたお姉さんの声に俺は驚く。

 警察?

 まさか父さん?


「……ッ」


 俺は急いで受付へと向かった。待合室まで戻って来てみると、そこには背広姿の男性が数人。おそらくこの人達が警察なのだろう。

 父さんは……居ないようだ。

 それにしてもこの人数。ただ話を聞きに来たのであれば、通常、二人組の筈。これだけ数を揃えたという事は、身柄を確保しに来たのでは?


「――志朗、やっぱり居た訳だ」


「ッ!? と、父さん!?」


 突然後ろから肩に手を置かれた。

 驚いて振り返ると父上が居られた。

 うう……あっさりバレた。


「僕はなんて言ったっけな~?」


「……ご、ごめんなさい」


「ま、こうなるとは思っていたがね」


「……刑事の勘?」


「もちろん、父親の勘」


 まあ、俺もバレるとは思っていた。ただ、予想よりかなり早かっただけだ。


「父さん、もしかして高井京助を……?」


「ん? 僕は志朗を迎えに来ただけだよ。さ、帰ろうか」


「へ? じゃ、じゃあこの人達は?」


「ふむ、二課の方々だね。何があったのやら」


「……父さん?」


「分かってる、ちゃんと説明はするよ。だけど、この場は去ろう。お仕事の邪魔になるからね」


「え、えと、診療代が……」


「んー、まあ、その辺の融通は利かせてくれるだろう。美作先生とは、昨日今日の付き合いじゃないからね」


「……いいのかな……」


 父さんに促されて、俺は児の手柏医院を後にした。


「……志朗、驚くぞ」


「え?」


 病院の前に停められていたパトカー群のとある一つの前で、父さんが満面の笑みで話しかけてきた。

 もしかして、さとみさんの件が解決したのか?


「なんと! 今日はこのパトカーで君を送ってあげよう!」


「…………」


「ん? 志朗?」


「あ……そ、その、や、やったぁぁぁっ!」


 昔、小さい頃、パトカーに乗せて貰って大喜びした事がある。その時から父さんは、機会を見つけては俺をパトカーに乗せてくれるようになった。初めの頃は嬉しくて仕方なかったが、月一回ペースともなると、今や目新しさは皆無。もはや、タクシーよりも乗り慣れていた。しかし父さんは、今でも俺がパトカーに乗りたがっていると、信じて疑わない。


「い、いや~、俺、お巡りさんの息子でよかった~」


「うんうん、役得だね。お友達には秘密だよ?」


 親にとって子供はいつまで経っても子供、そういう事なのだろう。俺は――頑張って――はしゃぎながらパトカーへと乗り込んだ。

 そして、そこで俺は――事件の真相を知る事となる。

変なところで切ってすいません。真相は次回になります。

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