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time to believe now 16

ひかるちゃんのエピソードも佳境に差し掛かりました。今回は、ちゃんとひかるちゃんの出番ありです。

 一月三十日 日曜日 日中午後




 ――ビイイイイイイイイイイ……!


 ここのところ頻繁に起こっている耳鳴り。

 誰かが何かを伝えたがっている時に起こる現象。

 俺はそう認識している。


「ぐ……あ……」


 しかし、こんな苦痛の伴う耳鳴りは初めてだった。耐える事に精いっぱいで、他に気をまわす事が出来ない。


「――……ごめんね……つらいよね……」


 耳鳴りの所為で周囲の音が遮断される中、唯一聞き取れるのが、この女の子の声。


「……がんばって受け入れて……そして……見て……」


「ことりさん……なん、だろ……?」


 それは葉山ことりの声だと思われた。

 去年の五月に初めて言葉を交わし、間を空けて九ヶ月振りに再会を果たした、すでに亡くなっている筈の少女の声。

 またも何かを伝えたがっているのは判るが、今回は何故こんなにも辛い形なのだろう。


「……見て……私が見た事……聴いて……私が聞いた事……」


 姿を見つける事は出来ない。だが、声はどんどん明確になってきている。


「分かっ……たから、これ……やめて……くれ」


 耳鳴りの強さに加えて、激しい頭痛。ことりさんに応えてやりたいが、こんな状態では無理だ。


「……ごめんなさい……なんとか……受け入れて……」


 ビイイイイイイイイイイ……!


 そして、さらに強くなる耳鳴りと頭痛。俺がそれから逃れるには、意識を手放す他なかった――




 ――気付けばそこは、見慣れた校門前。

 どうやら俺は、またも傍観者の立場を得たらしい。

 しかし校門前とは一体……? 

 俺は確か応接室にいた筈。

 これまでは、俺自身が身を置いた場所で起こったと思われる出来事を目にしてきた。しかし今回、俺は応接室に身を置いていたというのに、何故か校門前の風景が目の前に。

 周りの様子は……。

 ……何故だろう、視界が定点カメラの様に固定されていてる。自分の意志で周囲の状況を窺う事は出来ないようだ。

 見えているものだけで判断するならば、今は学校を背にして校門前の通りを見渡している状態。陽光は左から。そちらが西なので時間は午後だろう。人通りは疎らで、生徒の姿は見当たらない。道行く人達は厚着で、ひどく寒そうにしている事から、今は冬だと思われる。

 もしや、これは現在なのでは……?


「――こんにちは」


 不意に聴こえて来た男性の声。すぐにそちらへ目を向ける……事が出来ない。視界はゆっくり、ゆっくりと移り変わり、ようやく声の主と思われる人物を捉える。


「どうも、初めまして」


 それは、紛れも無く、高井京助先生、だった。


「……どなた、ですか?」


 高井先生が声を掛けたのは、もちろん俺ではない。それは、たった今校門から出て来たと思しき女生徒。


「ひかるちゃん、だよね?」


「そう……ですけど」


 水沢ひかる、だった。


「ああ、ごめんごめん、そう警戒しないで……と言っても無理か。僕は佐藤直人、さとみさんの知り合いさ」


「えっ、今、なんて……?」


 高井先生は本名を名乗らない。

 そして、「さとみさん」と、水沢の母親の名を口にした。

 俺の心中は一気に吹き荒れる。


「僕は、君のお母さんの知り合いなんだ」


「マ、ママの……?」


「『カルチョ』ちゃんて、君の事だろ? 昔、お母さんから君の幼い頃の写真を見せて貰った事があるんだが、また随分と綺麗になったもんだなぁ。声を掛けるのに少し緊張してしまったよ」


「…………」


 水沢は、驚きの為か、息を飲んだ。警戒を強めるのかとも思ったが、その表情はむしろ明るい。


「も、もしかして、今、ママがどこに居るか、貴方は知ってるのっ?」


 疑問の余地は他にも多々あるだろうに、水沢は真っ先に母親の居場所を尋ねた。


「ん~? おかしな事を言うね。それは、君が一番よく知っているんじゃないのか?」


「は?」


 水沢の表情が、期待から困惑に変わる。


「あれ? 憶えていないのか? うーん……少し話をした方がいいかな?」


「お、教えて、ママの事」


「そうだな……。でも、今日は冷えるからさ、車の中でもいいか?」


「わ、分かった」


 今の自分の軽挙妄動さに気付きもせず、水沢は言われるがままに高井先生の後を付いて行く。


「この辺、駐車場が無かったから、少し歩くぞ?」


「か、構わない。それよりどういう事? 私がままの行方を知っているって」


「多分あれだな、お母さんが一人で行っちゃったのが悲しすぎて、忘れちゃったんだよ。まあ、よくある事だ」


「そ、そうなの?」


 水沢と高井先生は言葉を交わしながら、どんどんと俺の前から離れていってしまう。

 追う事は……出来ない。

 どうも今回は制限が強い。以前までは自由に……とまでは言えないが、ある程度、自分の意志で現状情報を選別出来た。だが今回は、見えるもの聴こえるものが、予め決められているかのようだ。

 ……ひょっとてこれは、俺が直接見聞きしている訳ではない?


「……は、……なの?」


「僕は……無いけど、……だった、……だよ」


 二人の会話はもう聞き取れない。

 なんとか追えないものかともがいてみたが、やはり無理なようだ。

 諦めかけたその時、ゆっくりと視界が前へと進みだした。俺としては急いで追って欲しかったが、その進みは極めて遅い。

 そして、このまま見失うのではと不安を覚えた直後に、二人の姿が視界から消えていた。その上、それに続いて、突然、目の前のもの全てまでもが消えてしまった。

 視界は黒一色。

 今回はこれで終わりかとも思ったが、周りの喧騒はいまだ耳に入ってくる。

 思うに、これは目を瞑っている状態なのではないのだろうか。しかし、俺が目を開いた気になっても、視界は黒く塗りつぶされたままだ。 


 ――バタンッ!


 突然聴こえた強い音。

 車のドアを閉めた音だと思われる。

 その音が聴こえたのと同時に、目に光が入って来た。

 そして、そこに見たのは見覚えのある車。それは間違いなく、つい先日俺が乗り込んだ高井先生の車だった。よく解からないが、いつの間にか場所が移動していたらしい。そこがどこかは確認する事が出来ない。視点は目の前の車にのみ置かれているからだ。

 車の中には人の影。

 水沢と高井先生だ。

 会話が聞けないものかと中へと意識を向けると、いきなりその車が鼻先にまで迫ってきた。絶対にぶつかるものと思ったが、驚いた事に、そのまま車のドアをすり抜け、次の瞬間には後部座席に居た。

 前を見れば、運転席に高井先生。助手席には水沢。聞き慣れない異国の音楽が流れる車中で、二人が言葉を交わしている。


「それで? 本当にするのかな?」


「……それで、ママの事が判るなら……」


 何の話かは判らない。聞く限り、水沢が母親の為に何かをするようだ。


「そうか。なら用意して」


「う、うん」


 水沢は頷くと、急に着ていたコートを脱ぎだした。さらに制服の上着までもだ。その後は、後ろからではよく見えないが、俯いて手元をごそごそと動かしていた。

 ……まさか、ブラウスのボタンを外しているのか?

 一体何をするつもりなんだ。


「躊躇わないんだな」


「……ママの為だもん」


 高井先生の言うとおり、男の前だというのに、服を脱ぐ事への抵抗感が水沢には見受けられない。そして、とうとう彼女は服をはだけて、その肌を露わにする。


「肩をこっちに」


 高井先生はそう言って、水沢の肩に何かを擦り付けた。その次に彼が取り出したものを見て、俺は驚愕する。


「筋肉注射だからちょっと痛いぞ?」


「わ、分かった」


 高井先生の右手には注射器。

 まさか、それを水沢に?


「痛っ……」


 水沢はなんの抵抗もせずに、その右肩で注射器を受け入れてしまった。


「ごめんな、すぐ済むから……はい、終わった。これで押さえながらよく揉んで」


 目の前に光景が信じられない。いくら母親の為だとはいえ、今さっき出会ったばかりの、得体の知れない男が持ち出した薬を、こうもあっさりその身に受けるとは。

 水沢ひかるの危うさは、俺の想像を遥かに超えていた。


「それくらいでいいかな。効きは早いけど、身体への影響はほとんど無いやつだから安心していい」


「……うん」


 水沢ははだけたブラウスを元に戻す。今に至っても、一体何が行われているのか判らない。


「それじゃ、背もたれを少し倒して、リラックスして。呼吸は深く」


「はい……」


 背もたれを倒した事により、水沢の顔が視界に入って来た。気怠そうな感じだが、顔色自体は悪くない。


「うん、じゃあそのままで、百から下に向かって順に数えなさい。ゆっくりでいいから」


「分かった……。百……、九十九……、九十八……」


 ……これは、もしかして。


「……今の気分はどうだい?」


「……え? うーんと、眠い感じ?」


「そうか、……続けて」


「はあ……。えっと……八十九? 八十八……、八十七……、八十六……」


「…………。……ひかるちゃんは、今、どこに住んでいるんだ?」


「六十八……え? 私? ……穂ノ上の立原だけど」


「八年前は?」


「……同じ所」


「お母さんも一緒に住んでた?」


「もちろん」


「いつまで一緒に?」


「そ、それは……ええと……」


 これは……催眠療法の一種だ。

 記憶障害が起きた時などに行われる手法。

 高井先生は、水沢に母親が居なくなった時の事を、思い出させる気なのか?


「判らないのならいいよ。ほら、また続けて」


「え? うーん……あっ、六十七……、六十六……、六十五……」


「…………」


「五十四……、五十三……、五十二……」


「……お母さん、居なくなったのかい?」


「四十九……あっ……うん。……居なくなった」


「いつから?」


「……八年前」


「なんで居なくなったんだろう?」


「そんなの……判んない」


「どこに行ったんだろうね」


「えっと……どこだったっけか……」


 ん?


「何時頃に行っちゃったんだ?」


「……夜中、パパが帰ってきてすぐ」


 これは……。


「君はその時何を?」


「……ママを、追っかけ……た」


 ッ!?


「君はお母さんの居るところを知っているのだろう?」


「わ、私……え? 私が……?」


「お母さんに会いたいのなら、そこに行けばいいんじゃないか?」


「そこ……? そこ……って?」


「追っかけたんだから、知っているだろう?」


「ママは……あそこに? わた、私、……私、知ってる……」


「どこへ行けばお母さんに会える? 何をすればお母さんに会える?」


「ハァ……ハァ……わ、私……」


「さあ、君は知っているぞ。どこへ行けばいいんだ? 何をすればいいんだ?」


「いや、ハァ……ハァ……、そこに行っちゃ……ハァ……ハァ……ダメ……い、いや……」


「恐れなくていい。ひかるちゃん、君はどこへ行く? そこで何をする?」


「あ、あ、あ、会えるのっ!? そ、それでママに会えるのっ!?」


「……こんなところかな。さあ、もういいだろう、僕が三つ数えれば、君の期待が現実に変わる。君は自分の望む事をすればいいだけだ」


「ハァハァ……ママ、ママーーッ!」


「3」


「わたし! わたしはっ!」


「2」


「ママにあいたいっっっ!」


「1――」




「――志朗! しっかりするんだ!」


「う……く、……と、父さん……?」


 そこは応接室だった。

 父さんが心配そうな顔で俺に呼びかけている。


「志朗、頭が痛むのか!? 僕の声は聴こえてる!?」


 耳鳴りは治まっている。しかし、頭痛はまだ酷い。


「ハァハァ……だ、大丈夫、聴こえてるよ……。う……頭はまだ、痛いけど……」


 俺が返事を返すと、父さんの表情が幾分和らいだ。


「……本当に大丈夫なのかい? 随分と辛そうに見えた。大事を取って病院に行った方がいい」


「ふぅ……本当に平気。……あ、ほら、頭痛も治まって来たよ」


「無理していないだろうね」


「うん、もちろん。だから父さんも落ち着いて。……水沢さんが驚いちゃってるよ」


「あ、ああ……。すまない、取り乱してしまったようだね。あまり見ない症状だったから動揺してしまったよ」


「心配してくれてありがとう、父さん」


「いや」


 お互い、どうにか落ち着く事が出来た。

 隆三氏も心配そうな顔をしてくれている、まずは一言掛けておこう。


「驚かせてしまってすいません。俺……んんっ、僕はもう大丈夫です」


「あ……うん、それは、良かった」


 彼は表情を崩したが、こちらまだそういう訳にはいかない。


「水沢さん、今すぐひかるさんに電話して下さい」


「え?」


「志朗、急になんだい?」


「今、“ビジョン”を見たんだ」


「何? それって、こんなにも辛そうな状態になってしまうものなのか?」


「あ、いや……今回は、特殊? ……と、とにかく、いつもはこうじゃないから。……って、それは置いといて、えっと……とにかく水沢さん、今すぐにひかるさんと連絡を取って、彼女の居場所を確認して欲しいんです。後で説明しますから、急いでっ」


「わ、分かり……ました」


 隆三氏はケータイを取り出してくれた。


「志朗、まずい状況なのか?」


「まずいなんてもんじゃない、急がないと水沢が……」


「うーん、駄目ですね……。あの子、電源を切っているようだ」


「まだ切ってるのか!?」


 思わず声を荒げてしまった。

 落ち着け俺、焦っても始まらない。とにかく、今できる事をやらねば。


「水沢さん! ひかるさんを探して下さい!」


「ええと、さっきから一体……?」


「よく聞いて下さい。ひかるさんは、お母さんの死を認識したみたいなんです。このままでは、後を追ってしまう可能性がある」


「なっ……!?」


 俺の考え過ぎだと思いたい。しかし、先程目にした光景がそれを許さない。

 高井先生は水沢にこう問うていた。

 どこに行けば母親に会えるのか。

 何をすれば母親に会えるのか。

 前者は、つまり水沢の母親が行方不明になった夜に出向いた場所。であるならば、そこは彼女が死んだ場所である可能性が高い。ビジョンの中で水沢は、母親の後を追いかけたと言っていたから、その場所を知っているという事になる。きっと今、水沢は、母親が死んだ場所に向かっている筈だ。

 そして、問題なのが後者。何をすれば会える? 何をしたって会える訳がない。仮に俺であれば、例の横町なり、例のホテルなりへと赴くだろうが、水沢は俺ではない。俺は例外中の例外なのだ。普通の人が、死んだ人間に会う為に講じる手段なんて、誰でもきっとまずはこれを思い浮かべるだろう――後追い自殺、と。


「……いい加減にして貰えないだろうか。君は、そんなにひかるに自殺をして欲しいのか?」


「ッ!」


 俺の願いは、それの丸っきり正反対。しかし、隆三氏には伝わってくれない。


「水沢さんっ!」


「うわっ」


 俺はこれ以上ない程声を荒げながら立ち上がり、そのままの勢いで、隆三氏へと詰め寄った。


「俺が世迷言を言ってるようにしか聴こえないのは解ってます! でも、万が一俺の言う通りになってしまっては取り返しがつかないでしょう!? 俺は貴方に、貴方の娘を探して欲しいだけ! 決して度を超えたお願いではない筈です! 何事もなかった時は俺を蔑むなり罵倒するなりして下さって構わない! だから、今はどうかひかるさんを探して下さい! この通りですからっ!」


 俺はうずくまって額を床へと擦り付けた。土下座の体勢だ。


「そ、そこまで……」


 果たして伝わるだろうか。

 彼は、俺が精神科に掛かっている事を知っている。

 妄言と切り捨てられても不思議はない。


「……志朗君、立って下さい。君の……言う通りにしますから」


 伝わった!


「君の言う通り私は娘を探すだけ、何も不利益は無い。今は君を信じてひかるを探した方が良さそうだ」


「水沢さん……」


「では、私はすぐ行く事にします。因幡さん、またいずれ」


「ええ、ご連絡しますよ」


「失礼」


 隆三氏は急ぎ足で応接室を後にしてくれた。なら、俺は俺で水沢の事を探してみようか。


「じゃあ志朗、説明して貰おうかな」


 あ、そうだ、父さんにも協力を仰がないと。


「急ぎだから手短に話すよ――」


 俺は父さんに、今日ここに来る前に見た事と、たった今見た事を話し、自分の考えも余すことなく伝えた。


「――高井、京助……」


「うん、残念ながら、高井先生がこの件の元凶だと思う」


「……こういう事か、ミケちゃん……」


「へ? 今、ミケって言った?」


「いや、言ってないよ。それで、その高井京助が、現時点で最も事の真相を知っている可能性が高い訳だね?」


「うん。さとみさんの死に関わっているかは、やっぱり判らないけど……」


「さとみさんの死に関わっているのは、三浦なる人物かも知れないな」


「脅迫されて已む無く?」


「そうだね。だけど志朗、一番の問題は水沢さとみさんの遺体が未だ見つかっていない事だ。何かそっちの情報はないのかい?」


「それは多分、水沢ひかるが知っていると思うんだけど……」


「しかし、ひかるさんとは連絡が取れない、か。高井はひかるさんを自殺させたがってるって?」


「ビジョンの中では、そう誘導していたように見えたんだ。あの人、専門家だから、いやに説得力があった」


「真相を知っているひかるさんを亡き者にって事かな。……そんな不確実な方法を取るだろうか。ひかるさんが自殺しなかったら、折角忘れてくれていた記憶を呼び覚ましただけになってしまう。それは、高井にとっては不利な事だろう?」


「……それもそうか」


「高井京助が何をしたいのか、志朗の話だけでは分からないな。話を聞くとしたら、その美人局方面から突くしかないか」


「あ、そうだよ。被害者の三浦が特定出来れば、恐喝か詐欺で立件できるんじゃない? 後は、その……別件逮捕な感じで……はは、だ、駄目だよね……」


「というか、恐喝も詐欺も時効は七年」


「あっ……」


「でもまあ、三浦は特定しておいた方が良さそうだな。志朗、どこの大学だって?」


「……それは、判らない」


「いきなりつまずいたね……。県内にある大学は二十。大きな大学なら、教授が百人以上居る所もある。三浦は珍しい苗字ではないし、この八年で異動しているかもしれない。もう少し絞り込めないか?」


「! そうだ、学部長!」


「八年前に学部長の役職に就いていた三浦教授か。なんとかなりそうだ。あとは、穂ノ上東署でさとみさんの資料を確認して、高井京助の経歴……は、時間が掛かりそうだな」


「手分けしよう、父さん」


「手分け?」


「高井先生の事、美作先生に訊いて来る」


「それは止めた方がいい。高井がさとみさんの死に関係無かった場合、志朗と美作先生の関係が拗れるかも知れない」


「で、でも……」


「君はひかるさんを探しなさい。今はそれが急務だ。残念だけど、今の段階では警察は動いてくれない」


「俺は水沢と親しい訳じゃないから、どこを探せばいいのやら。高井先生を問い質すとか……」


「それは絶対にやめなさい」


「……だよね」


「志朗、ひかるさんを見つける事が出来れば、それで全部解決してしまう可能性もある。しかし、何よりも自殺なんて結末だけは絶対に避けなきゃ駄目だ。いいかい? 真相なんて暴けなくたっていいんだ。ひかるさんが絶対最優先。解るね?」


「は、はい」


「亡くなったさとみさんの事も大事だけど、ひかるさんは今、生きているんだから」


「そう、だね」


「よし、では行動しよう。志朗はひかるさん、僕は事件」


「それはいいけど……父さん、仕事は平気?」


「ガク……出鼻を挫くね……。何かあればケータイが鳴るさ」


「そんなんでいいの?」


「志朗が心配する事じゃないよ。ほら、今は自分に出来る事を、だろ?」


「……ッ。ああ、分かった、父さん」


 今やるべき事は明確だ。

 それは、水沢ひかるを見つけ出す事。

 俺がこの件に関わる事になったきっかけは、水沢ひかるの母親・さとみさん。

 あの人に出会った事によって、俺の中の価値観は大きく変貌を遂げた。さとみさんは俺の創り出した幻想では無く、現実に存在する人間であり、尚且つもうすでに亡くなっている人物だった。まさか、自分が幽霊などという存在に関わる事になろうとは、想像だにしていなかった。しかし、さとみさん、そしてことりさんも、亡くなった人間であり、俺に対して何らかの救いを求めてきている。だから俺は、自分に出来る事なら、自分にしか出来ないのなら、とここ数日彼女達の為に駆け回っていた。

 しかし、ふと思う。

 俺は、死者の為に生者を蔑ろにしてはいなかっただろうか。

 例えば、高井先生が水沢ひかるに接触するきっかけを作ったのは、恐らく俺だ。今にして思えば、俺が落とした水沢母娘の写真を見た時の高井先生は、本当に驚いていたのだろう。児の手柏医院でA子の話をした時、当事者である高井先生はすぐに気付いたに違いない。そしてその時、水沢ひかるが真相を知っている可能性に気付かせてしまった。しかも俺は、問われるままに、水沢ひかるの情報をあの人に伝えている。それらの事が、今日の高井先生の行動に繋がったのかも知れない。

 結果論ではあるが、軽率さは否めない。

 自分に起きている不思議な事に気が行き過ぎて、思慮が浅かったと言わざるを得ない。

 水沢の母親には悪いが、父さんの言う通り、真相よりも水沢ひかるの方が大切だ。

 なんとしても見つけなくてはいけない。

 最悪の結果になる前に。

 水沢の父親からの吉報を待つなんて悠長な事では駄目だ。

 自分で見つけるつもりで探そう。

 そう、俺が水沢を見つけるんだ。

 水沢ひかるをこの俺が。

ひかるちゃんの運命やいかに。

シロ君頑張れ。

てなわけで、次回、シロ君が頑張ります。

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