表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/32

time to believe now 15

 ひかるちゃんのパパが登場です。

 ひかるちゃんも、ちょびっと出てます。

 一月三十日 日曜日 昼下がり




 ――ガラガラガラ……


「失礼しますっ。一年一組、因幡志朗ですっ」


 職員室のドアを開けてそう言い放つ。

 そこに居た人間全てに、目を向けられた気がした。と言っても今日は日曜日。教師の数は(まばら)らだ。


「あ、因幡君、こちらです」


 担任の広瀬川早苗先生の声。その声の出所を辿ると、来客用のソファの側で、手を挙げて立っている先生を見つけた。

 見ればソファに父さんも座っている。

 俺はやや急ぎ足でそこへと向かった。


「すいません! 遅刻しました!」


 着くなり、勢いよく頭を下げて広瀬川先生に謝罪をする。約束の時間から、優に四十分は過ぎてしまっているのだ。


「ええ、まあ、そうですね……因幡君が遅刻なんて初めてかもしれませんね。でも、今日は無理を言って来てもらってる訳ですし、こうして来てくれただけでも良しといったところでしょうか」


「いえ、そんな、来ると約束して遅れたんですから、完全に俺の落ち度です」


「まあ、何にせよ、急いで応接室に行きましょう。因幡君のお父様はお忙しい方ですからね」


「父さん、ほんっとにゴメン。折角時間を作ってくれったってのに」


「ふむ、何かあったみたいだね。大丈夫かい? 志朗」


「え……」


 早っ。

 父さん察するの早過ぎっ。


「表情が冴えない、少し消耗しているようだ。遅刻した理由が原因かな?」


 俺はそんなに表に出易いのだろうか。


「……また“見た”んだ。それで少しこんがらがっちゃってる」


「何か新しい事が判ったのかい?」


「うん。やっぱりなんの証拠にもならなそうだけどね……」


「あの? お二人とも、どうかしましたか?」


「おっと、失礼。では志朗、行こうか」


「あ、うん」


 父さんに遅刻の理由を詳しく話したかったが、今はそんな余裕は無いようだ。俺の遅刻の所為で、先方を随分と待たせてしまっている。謝罪される側だとはいえ、これ以上礼を欠く訳にはいかない。


「あの、広瀬川先生、今日はどういった感じになるんですか?」


 職員室を出た際に質問してみた。

 考えてみると、これから何が行われるのか、いまいちよく判らなかったからだ。いや、もちろん水沢の父親に謝られるのだろうけど、学校側が仕切っているという事は、他にも何かあるかも知れない。


「お父様には少し話しましたが、水沢さんとお話し頂いた後に、学校側としての説明と謝罪を行いたいと思っています。他にも、再発防止の為の意見交換や、被害者側であるお二人のご要望などもお聞かせ願えればと……」


 どうやら儀礼的に事が運ぶらしい。なんだか思っていたよりも大仰な対応だな。内々で済ます事になっているから、もっと簡素に終わるものと思っていた。ひょっとして、父さんの肩書が物を言っているのだろうか。


「こちらが応接室です。水沢さん達はすでにお待ちの筈です」


 職員室の隣にある校長室の、更に隣が応接室になっている。ここは、この学校の生徒にとって、校長室以上に入る機会の無い部屋だ。もちろん俺も入るのは初めてなので、少し緊張を覚えてしまうのも仕方ない事だろう。水沢の父親に会う事への緊張も加わり、俺はやや気後れしていた。


 コンコン


「――どうぞ」


 広瀬川先生のノックに、中から男性の声でレスポンスがあった。それを確認した後、先生はゆっくとドアを開く。

 ついに水沢の父親と対面の時だ。


「では、お二人とも、どうぞお入り下さい」


「失礼します」


「し、失礼します」


 広瀬川先生に促され、父さん、俺の順で応接室に足を踏み入れる。


「本日は御足労頂き、誠に恐縮です」


 初めに応対してきたのは校長先生だった。横には教頭先生も控えている。当然の如く俺の緊張感は増した。


「大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません」


「あ、す、すいませんでした」


 父さんに倣って俺も頭を下げる。


「いえ、さして問題は御座いません。どうぞ、あちらに……」


 校長先生の指し示した方向に目をやると、そこには……


「……水沢」


 意外にも、水沢ひかるが居た。

 俺の視線に気付くと、隣に居る男性と示し合わせたように軽く会釈をしてきた。


「え……?」


「志朗、どうした?」


 俺は思わず足を止めて固まってしまう。

 水沢の隣に居る男性が目に入った所為だ。

 まず間違い無く、この人が水沢の父親である筈。

 しかし、その風貌は俺の想像していたものと……いや、あの“ビジョン”から予想していたものとはかけ離れたものだった。


(違う。俺が“ビジョン”の中で見た男性は、水沢の父親なんかじゃない)


「志朗、平気かい? 何かあったのか?」


「……え、あ、ごめん父さん……行こう」


 俺達は部屋の中央に配置されている応接セットのソファに着く。


「どうぞ、お掛け下さい」


 そう促すのは四組の谷垣先生。

 今、この部屋には生徒、保護者、教員が合わせて八人居た。

 俺が主に目を向けているのは水沢の父親。近くで確認しても、ビジョンで見た男性とは絶対に違う。そして、そのままなんとなく、彼から視線を外さずに腰を下ろした。俺に凝視されている事に気付いているのだろう、水沢の父親は少し居心地の悪そうな表情だ。


「では、水沢さん」


 谷垣先生はそう声を掛けると、他の先生共々やや身を引いた。それと同時に、俺達の対面に居る水沢親子が立ち上がる。


「初めまして、水沢ひかるの父です。この度は、誠に申し訳ありませんでした。娘がご子息……? に危害を加えてしまった事、深くお詫び申し上げます」


 水沢の父親は、低くやや擦れた声でそう謝罪し、深々と頭を下げた。水沢ひかるもそれに合わせて、同じように頭を下げる。

 ……何か今、「子息」のところで詰まってたな。

 もしかしたら父さんが高校生の親には見えな……。


「んんっ!」


 父さんが隣で咳払い。

 釘を刺された気がするのは何故だろう。


「私が、因幡志朗の、父親、です」


 なんでそんな区切るように?


「差支えなければ、名刺を交換して頂けませんか?」


「あ、ああ、はい、もちろん」


 父さんの要望に応え、水沢の父親は名刺を取り出した。どうやら彼の名前を知る事が出来そうだ。


「私、こういうものです」


「恐縮です」


 父さんが受け取った名刺を横合いから覗き込む。そこにはこう書かれていた。


《JID葛城興業(株)マーケティング部 部長 水沢隆三》


 隆三(りゅうぞう)

 直人でも京助でもない。

 彼の名前は隆三だった。


「あ、あのっ、お年を伺いたいのですが……!」


「は? 私の、ですかな?」


 つい脈絡も無く訊ねてしまった。だが、こうなった以上は確認しておきたい。


「す、すいません。失礼は承知ですが、どうかお教え頂けませんか?」


「……五十六ですが」


 訝しげな顔をしながらも教えてくれた。

 五十六歳。

 八年前なら四十八歳。

 そう、俺が初めに驚いたのは、その春秋(しゅんじゅう)の高そうな見目形。

 俺が、ビジョンの中で水沢の父親だと思っていた人物は、若い男だった。顔こそ確認出来なかったが、声や風貌からして、四十八歳なんて事は絶対にない。

 もう確定してしまっていいだろう、あのビジョンの男性は少なくとも水沢の父親ではない。


「志朗、少し気を散らせ過ぎだね。水沢さんが困ってらっしゃる」


「あ……し、失礼致しました」


「あ、いえ。えー、それで今回の事ですが……。その、今後このような事は二度と起こさぬとお約束致します。娘も深く反省しておりますので、何卒ご容赦頂けないでしょうか」


 水沢の父親・隆三氏は、特に俺へと宥恕(ゆうじょ)を求めてきた。俺の中では元々問題にはしていない事なので、当初の予定通りこの謝罪を受け入れて、一昨日の件は落着させる。


「幸い、僕に怪我はありませんでしたし、水……ひかるさんに一方的な非がある訳でもありません。僕自身は、喧嘩が少しエスカレートしてしまったというような認識なので、これ以上問題を大きくする事を望みません。ひかるさんがいいのなら、今回の事はお互い水に流せればと考えています」


「それで、よろしいので?」


 今度は父さんに向けての確認のようだ。


「当人がこう言っている以上、私に否やはありません」


「寛大な御心遣い、痛み入ります。……ほら、ひかる」


 父親に声を掛けられ、水沢は俺と視線を合わせる。


「……因幡君」


 今日、初めて聴く水沢の声。

 声色からは落ち着いている印象を受けた。特に緊張していたり、委縮している様には見えない。もっと言えば、悪怯れた様子も見受けられない。かと言って、反感や敵意も感じられない。

 ようするに、彼女は普通だった。


「本当にごめんなさい。あの時の私、どうかしてたよ」


 そう言って頭を下げる彼女に淀みは無かった。

 「あの時」と彼女は言うが、状況はどこまで把握出来ているのだろう。


「よく憶えていないっていうのは本当?」


「あの時の事? ……うん、私、頭に血が上っちゃって。あとで先生から話を聞いた時は血の気が引いたよ」


「憶えていないのに、先生の話は信じられたのか? 自分はそんな事してないって思わなかった?」


「……最初はそう思ったけど、実際に因幡君は気絶していたし、私自身も先生たちに押さえ付けられてたから」


 状況証拠から判断したという訳か。だからと言って、そうそう受け入れられるものなのだろうか。――人を殺しかけた、なんて事。


「正体を失う前まで俺と何を話していたかは憶えてる?」


「え? えっと、それは……その……」


 目に見えて落ち着きが無くなった。

 どうやら憶えているらしい。

 だが、今ここで(あげつら)う必要は無いか。母親の話題は一旦置いておこう。


「じゃあさ、あんな風になった事って前にもあった?」


「…………」


 水沢は少し考えるような仕草を見せる。

 俺の視界の端では、彼女の父親がピクリと反応していた。


「……ううん、あんな事は初めて。自分でもなんであんな事をしたのか……」


「そう、か」


 自覚が無いのか、有るけど隠したのか。


「許して、くれるかな?」


「さっきも言った通りだ、お互い水に流そう」


「ありがとう、因幡君……」


 そこで少しだけ笑みが見えた。

 今日の彼女は穏やかで、口調も柔らかい。こんな女の子が、「男の首を絞めた」だなんて信じられるだろうか。当事者である俺と、現場に居た教頭先生以外は、みんな当惑しているかもしれない。

 それが父親ならなおさら……


「父親として恥ずかしい限りです。娘にはきつく言い聞かせますので」


「…………、いえ……」


 隆三氏にこの件に関する異論は無いようだった。

 少しも疑問に思わないのだろうか。娘が何故そんな事をしたのか、事の経緯なりを俺に問い質してもいいようなものなのに。いくらなんでもあっさりし過ぎだろう。


「よろしいでしょうか?」


 割って入って来たのは校長先生。俺達がここへ入って来た時の神妙な表情が、幾分軽いものへと変わっていた。


「和解も為ったようなので、学校としてのこの件に関する説明を行ってもよろしいですかな?」


 そこからは学校主導で話が進められた。

 不手際の陳謝から始まり、学校側の見解、今後の対応、再発防止における所信表明、等々。

 それは、極めてお役所的なものだった。事の早期鎮静が最優先。責任の所在などには一切言及せず、水沢があんな事をした理由にも、俺の学校での境遇にも、結局触れられず終いだ。

 少なからず学校に対する不信感は募ったが、余計な話が出なかった事は、俺的に幸いと言える。

 水沢サイドも長引く事は避けたいようで、特にアクションは起こさない。

 ただ、父さんは、終始眼鏡を外したり掛け直したりを繰り返していた。父さんには、感情的になりそうになると、眼鏡をかけ直して冷静さを取り戻すというアルゴリズムがある。隣に座っていて気が気じゃなかったが、広瀬川先生がひどく申し訳なさそうの顔でフォローを入れてくれたお蔭か、父さんは最後まで冷静さを保ってくれた。


「――えー、学校からは以上ですね。何か他にご不明な点はございますかな?」


 校長先生の一方的な会見(・・)がようやく終わる。そこに神妙さはすでに無く、きっと責任を果たしたつもりになっているのだろう。元々、学校側の責任は薄いので問題は無いが。


「それでは、今日のところは……」


「失礼、校長先生、少しお待ちを。……水沢さん、もう少しお時間宜しいですか? 出来れば、我々保護者だけでお話したい事が」


 本日の締めに入ったところで、父さんが隆三氏にそう言った。


「我々だけでですか? まあ、そちらのお望みとあらば」


「感謝します。……そういう訳で校長先生。この場をもう少しお貸し頂けないでしょうか」


「はい? ああ……ええ、それは構いませんが……。お二方だけでお話を?」


「ええ、子供達のプライバシーに関わる話も出そうなので、先生方にはご遠慮願いたいのです」


「ふむ……。分かりました、私共は退室いたしましょう。終わったら職員室に顔を出して頂けますかな?」


「はい、ありがとうございます。……じゃあ志朗、そういう事になったから」


「…………。分かったよ父さん」


「ひかる、どこかで時間を潰していなさい」


「いい、先帰ってるから」


「一人で大丈夫か?」


「何言ってるの? いつも一人で通ってるじゃない」


 そうして、二人を残し、俺達は応接室を出る事と相成った。


「因幡君に水沢さん」


 出た直後に話しかけてきたのは校長先生。


「二人とも、和解したのだから、これからは仲良くするんだよ?」


 なんとも応え難い事を言う。そんな簡単な問題じゃないのだが。


「ええ、まあ、そうですね……」


 俺は適当に言葉を濁す。


「…………」


 水沢に至っては無言だ。

 校長先生は、もはや責任は果たしたとばかりに、軽い足取りで校長室へと入って行く。教頭先生もそれに追従した。


「じゃあ二人とも、気を付けて帰るんだぞ~」


 谷垣先生は、お決まりのセリフを吐きながら職員室へと戻る。


「あの、二人とも、なんて言うか、ごめんなさいね?」


 最後に残った広瀬川先生は、何故だか俺達に謝罪の言葉を述べた。


「何がですか?」


「学校の対応に不快な思いをさせたんじゃありませんか?」


「ああ……」


 思えば広瀬川先生は、一昨日から学校側の対応に異を唱えていた。しかし、この学校の職員である以上、学校の方針には従わなければならない。そんなジレンマに苛まれているのだろう。


「俺は別に気にしていません。今回はこれで良かったと思います」


「今回は、ですか……」


 別に何かを含んだつもりはなかったのだが、先生は重く捉えてしまったようだ。

 その後、二言三言交わしてから、広瀬川先生は職員室へと戻って行った。


「ふぅ……」


「…………」


 廊下に残ったのは、俺と水沢ひかるの二人だけ。


「じゃ……」


「待った」


 水沢が去ろうとするのを慌てて止める。一つだけ言っておきたい事があったのだ。


「ナツさんが心配してた。今日、部活で来てるから会って行ったら?」


「ナツ?」


 水沢が怪訝な表情を見せる。


「ケータイ切ってるんだって? なんか、随分と会いたがってたぞ」


「…………。……因幡君」


「ん?」


「アンタってナツと親しかったっけ?」


「いや、昨日知り合ったばかりだ」


「昨日?」


「君の事を心配するあまり、俺を体育館裏に呼び出したんだよ。『ひかるに何したの』ってね。その時に少し話をしたんだ」


「もしかして、ナツは今回の事を知ってるの?」


「一通り説明してある」


「そうなんだ……」


 水沢の表情は冴えない。ひょっとして、ナツさんには知られたくなかったのか?


「なんで電話出てやらないんだ?」


「……私の勝手でしょ」


「勝手って……」


「いいからほっといてっ」


 一気に機嫌を悪くした水沢は、足早に俺の前から去っていく。


「おい! 帰りに会ってった方がいいって!」


「ほっといてって言ってるでしょっ!」


 俺の忠告をけんもほろろに突っぱね、水沢は廊下を曲がって行ってしまった。これで、この場に残されたのは俺一人となる。


「…………」


 俺は、今さっき出て来た応接室のドアを見つめながら、しばし思案。

 少しだけ逡巡したのち、思い切ってドアを開き中に入った。


「ん?」


 最初に目に入ったのは、隆三氏の少し驚いている表情。それに気付いた父さんがこちらを振り返った。


「ああ志朗、思ったより遅かったね」


 父さんに驚いている様子は無い。

 やっぱりそういう事だったか。


「あの、因幡さん?」


「ああ、すいません。実は息子が、ひかるさん抜きで、水沢さんと話をしたいそうなんですよ」


「ひかる抜きで?」


 決して事前に示し合わせた訳ではなかった。しかし、父さんは俺の意を汲み、暗黙の(うち)に隆三氏とだけ話が出来る場をセッティングしてくれたのだ。……俺が気付かなかったらどうしてたのだろう。


「すいません、水沢さん。水……ひかるさんや先生方の前では話し辛い事でして」


「ええと……私と、その……志朗君だけで話したいという事ですか?」


「あ、いえ、父も一緒に。主にひかるさんに聞かれたくない話なんです」


「はあ……」


 隆三氏は、俺の言葉に少し困惑しているようだ。先程は「水に流す」と言っておきながら「話がある」では無理もないと思う。


「えっと、父さんの方はどんな話を?」


「大した話はしていないよ、場を繋ぐ為の世間話さ。志朗が話すといい」


 父さんは立ち上がり、席を俺に譲る。俺は、少し緊張しながら、隆三氏の正面に座った。そして、制服の内ポケットの中に入れていた物を取り出し、テーブルの上に置く。


「まず最初に、これをお返しします。ひかるさんに渡して下さい」


「ん……?」


 隆三氏は、俺の差し出した物を手に取り確認した。


「これは、ひかるとさとみの……」


 それは、水沢母娘の写真。

 敢えて水沢ひかるには返さなかった。


「さとみさん……と、仰るんですね、奥さんの名前」


 ビジョンの中で水沢の母親が呼ばれていた「亜季」という名前も偽名だったようだ。


「この写真はひかるから?」


「はい。……ご説明致しますと、僕とひかるさんが知り合ったきっかけは、彼女のある勘違いが始まりなんです」


「それは?」


「僕が、失踪したお母さんの行方を知っている、と」


「ッ!」


「もちろん僕は知りません。だけどひかるさんは納得してくれなくて、その写真で確認を求めてきたんです。それが一昨日の放課後の事。ご存知の通り、そこで悶着が起きてしまったので、返しそびれていました」


「やはり、母親の事が原因だったか……」


「やはり?」


「あっ」


 隆三氏は、失言とばかりにバツの悪い顔をした。


「水沢さん、実はですね、僕はある程度の事情を知っているんです」


「……なんですって?」


「お母さんの事はひかるさん本人から。そして、ひかるさんの事は伊波千夏さんから話を聞きました」


「そう、だったんですか……ふぅー……」


 隆三氏は、眉間に皺を寄せながら目を瞑り、大きく息を吐く。主観だが、観念したといった様相だ。


「志朗君、そして因幡さん」


 俺と父さんの両方に声を掛けてから、彼はおもむろに立ち上がった。


「改めて謝罪します。申し訳ありません、娘の行動は予見出来得る事でした。父親である私の落ち度です」


 そう言って再び深々と頭を下げた後、隆三氏はとつとつと事情を話し始める。その内容は、概ね、俺の思い描いていた通りだった。

 水沢は、母親に関わる事となると心が不安定になり、時々異常な行動を起こすという事。

 母親の死を匂わす他人の言動には特に反応し、自分を見失って暴れ出した事が何度かあるという事。

 隆三氏が母親の法的な死を伝えた際にも我を忘れるほど激昂し、抑えようとした彼に軽傷を負わせたという事。

 そんな中起こった今回の事件。


「――一昨日の夜、ひかるを送って下さった谷垣先生から話を伺った時は、頭が真っ白になりました。私の考えが甘かったんです。あの子が感情的になるのは身内にだけだと、勝手に決め付けておりました。千夏ちゃんに物を投げ付けたという事は知っていましたが、大事には捉えていませんでした。だから、まさか……人を殺しかける程の事をするとは……。でありながら、相手側……つまり志朗君が、寛容にも事を大きくしないと申し出てくれた事に甘え、問題を先送りにしようとしてしまった。面目次第もございません」


 隆三氏は、自分が不誠実であった事を認め、真情を吐露した。彼は、娘が抱えている問題を認識してはいたようだ。ただ、その認識が甘かった。

 彼の失態は、今回の事件を止められなかった事ではなくこの時まで娘を放っておいた事、そう感じずにはいられない。


「水沢さん」


 ずっと黙って話を聞くだけだった父さんが、このタイミングで口を挿む。見れば眼鏡を外していた。そして、それを掛け直しながら言葉を紡ぐ。


「貴方は先ほど、今後このような事は起こさないと仰いましたが、具体的にはどうなさるおつもりで?」


「そ、それは……」


 隆三氏は言葉に詰まる。今さっき、「問題を先送りにした」と自分で言っていたのだから、考えなどは無いのだろう。


「水沢さん、私の息子は、貴方の娘さんと同じく、幼い頃にやや特殊な形で母親と死別しております」


「え……?」


「と、父さん?」


「その際に息子が負った心の傷はとても深いもので、今も尚、専門医師の力添えの元で生活を送っています」


「なんと……」


「私は学びました。心に傷を負った人間を、自分のものさしだけで推し量ってはいけないと。息子やひかるさんの様に、幼くして母親を失った子供は、どんなに平気そうに見えたとしても、見過ごしてはいけない傷を負っているものなんです。私は幸いにもその傷に気付く事が出来ました。水沢さん、貴方はいかがでしょう。娘さんの心の傷に、気付けませんでしたか? そんな筈は無いですよね?」


 父さんが俺の身の上話を始めた時は少し驚いたが、どうやら言葉に説得力を持たせる為の引き合いだったようだ。別に隠している訳ではないので話されても問題は無いが、敢えて聞かせたい話でもないのでやや複雑な心境だった。でも、これで彼が、娘との向き合い方を考え直してくれるかも知れない。


「……因幡さんの仰りたい事は解ります。実は一度、ケースワーカーに相談した事があるんです。その時にカウンセリングを受ける事を勧められました。しかし、私は未だ踏み切る事が出来ません」


「それは、世間体を気にして、という事ですか?」


 俺も思い浮かべた疑問を、父さんが質問してくれた。


「ええ……お二人の前で言うのは気が引けますが、一度精神を疑われると信用の回復は至難」


 それは……よく解る。

 身を以って知っている。

 だけど……。


「世間とはそういうものなのです。私は娘を差別に曝す事は出来ない」


 ……ッ!


「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないでしょうっ!」


 俺は思わず声を荒げてしまった。

 彼の言い分は痛いほど理解できるが、そんな事に構っている場合ではない筈。


「な、なんですか急に……」


「躊躇っている間に水さ……ひかるさんが自殺してしまっては元も子もないと言ってるですっ!」


「じさっ……何を言ってるんだ君は!?」


「えっ……?」


 隆三氏は心底驚いている様子だった。

 もしかして知らないのか? 

 ナツさんは話していない?


「何故あれが自殺しなければならない! そんな事する筈ないだろう!? おかしなことを言わないでくれっ!」


「水沢さん、お怒りはご尤もですが落ち着いて下さい」


 怒り心頭の隆三氏を父さんが宥める。

 先に感情的になった俺はというと、すでに毒気が抜かれていた。


「これが落ち着いて……!」


「話を聞きましょう、切って捨てるには気になる話です。……志朗、何故ひかるさんが自殺すると思ったんだい?」


 少しだけ話すべきかどうか悩んだ。ナツさんが話していないという事は、水沢が父親に隠している可能性があるからだ。


「……その、水沢さんは、伊波千夏さんはご存知なんですよね?」


 しかし、やはり父親なら知るべきと考え、話す事にした。


「……娘の友人だが、それが?」


「二人が友達になったのは、伊波千夏さんがひかるさんの自殺を止めたのが始まりなんだそうです」


「なん……だって……?」


「そして、度々自殺をほのめかすひかるさんを、千夏さんがいつも説得して止めてきたと言っていました」


「まさか、そんな……」


 にわかには信じられないといった様子だ。誰かを傷付ける可能性は予見しても、自身を傷付ける可能性は全く考慮していなかったらしい。


「……千夏ちゃんは何故話してくれなかったんだ……」


 誰に訊ねるでもなく、隆三氏はぼそりと呟く。話自体は信じたらしい。


「と言うよりは、ひかるさんがお父さんに知られたくなかったんだと思います。千夏さんはひかるさんの意向を汲む人ですから」


「…………」


 レスポンスは無かった。

 彼は口を押えながら考え込んでいる。

 俺も父さんも黙って彼が口を開くのを待った。


「……お二人とも、先程は感情的になってしまってすいませんでした。……志朗君、話を聞けて良かった。娘とはちゃんと向き合って話をします。そして、しかるべき措置を」


「……では、精神科に?」


「いえ、ケースワーカーに紹介された臨床心理士にまず頼ろうかと。精神科医には少し苦い思い出があって、いまいち信用が置けないんです」


 精神科医に苦い思い出?


「あ、あの、それってどういう事ですか? あ、いえ、干渉すべき事じゃないのは解っているのですが、精神科に掛かっている身としては、凄く気になってしまって」


「ああ、別に君の先生を非難するつもりは無いんです。ただ……私の妻は、精神科に掛かってからむしろ悪化して……結果はご存知の通りです」


 彼の妻、つまり水沢の母親が精神科に?

 その時の医者って、もしかしてあの人じゃ……。


「ど、どこの病院ですか!?」


「は、はい?」


「奥さんが掛かった病院です! どこですか!? 教えて下さい!」


「え、えっと……確か、大崎……クリニックだったかな……」


「お、大崎……?」


「……もしかして、君もそこに?」


「い、いえ……」


 俺は取り乱してしまった。

 短絡的に、水沢の母親が児の手柏医院に掛かっていたのではと考えたのだ。そして、そこであの人に出会った、と。しかし、冷静になってみればあり得ない話だった。何せあの人が児の手柏医院にやって来たのはごく最近の事。今の話で、一瞬二人に繋がりが見えたかと思ったが、どうやら俺の早とちり……待てよ? その大崎クリニックにあの人が居たのだとしたら?


「み、水沢さん、その時の医師の名前は判りますか?」


「医師の名前? さすがにそれは……。でも、大崎クリニックというぐらいだから、大崎なのでは?」


「若い先生でした?」


「いえ、年配の方でしたよ」


「そう、ですか……」


 違ったようだ。

 そもそも、八年前では、まだあの人は医師ではなかったんじゃないだろうか。正確な年齢は知らないが、三十前後とするなら当時はまだ医学生、よくて研修医だ。

 いや、もしかしたら見た目よりも歳がいっているのかも……駄目だな、どうしてもあの人と繋げようとしてしまう。“チカラ”には疑問を持たなければいけないんだ。

 俺の“チカラ”は証拠にならない。

 それを忘れてはいけない。


「水沢さん、奥さんのご病気と失踪に関連は認められるのですか?」


 俺が考え込んでいると、父さんが代わって話を続け出した。


「え? あの、そうだと思いますが。警察もそういう形で捜索していましたし」


「ふむ、特異行方不明者として受理されているのか……。という事は、奥さんには自傷他害の恐れがあったので?」


「その、うつ病でしたから、自殺を図る可能性はあったかと……」


 うつ病?

 そんな風には見えなかったのだが。


「遺書は残しました? 遺書でなくても、奥さんの希死念慮が客観的に読み取れる物証とかは?」


「父さん? 何を聞きたいの?」


「捜索を行ったという事は、事件性や緊急性が認められたという事だ。ただ居なくなったでは、警察は動かない。だから、さとみさんが自殺する可能性を明確にする何かがあった筈なんだ」


 水沢の母親の死因が自殺。

 その発想は無かった。


「……妻は出掛けると言って家を出て、そのまま帰って来ませんでした。その際、財布や私物などを持ち出さなかった為、警察は緊急性があると考えたようです。……あの、因幡さん、何故このような話を? 先程申したとおり、妻の死は法的に認められています。私の中では、もう終わった話なんですよ」


「これは失礼。ただ、貴方の中では終わっていても、娘さんの中では果たしてどうでしょう」


「ッ……それは……」


 水沢にとっては、これっぽっちも終わった話ではない。それは火を見るより明らかだ。


「どうしろと言うのです……。もう一度妻を探せとでも? 大体、因幡さんは妻を見つけられなかった警察の人間でしょう。こちらの心情も察して頂きたい」


「それに関しましては、返す言葉もございません。同じ警察の人間として、力至らなかった事、申し訳なく思います。ですが水沢さん、私はですね、今更何をと思われるかもしれませんが、奥さんの失踪に事件性を感じております」


「は……?」


「ちょっと父さん!?」


「言ってしまえば、殺人事件の可能性もあると思っています」


「…………」


 隆三氏は絶句した。

 かく言う俺も言葉を失う。

 父さんは、俺の話を信じてくれてはいても、水沢の母親が殺されたという事には懐疑的だった筈。

 一体、何を以って考えを変えたのだろう。


「と、いう訳で、志朗。君の出番だ」


「はぁっ!?」


「む、息子さん?」


 父さんは突然俺に話を振ってきた。俺は完全に聞く態勢だったので、頭が混乱する。


「え? 何? 俺? え……どうしろと? はい?」


「ほらほら、落ち着きなさい。志朗の考えの裏付けを取るチャンスじゃないか。それに今日は、何か新しい展開があったのだろう?」


「って言われても!」


 俺がなかなかパニックから抜け出せずにいると、父さんはおもむろに俺の耳元へと口を近づけてきた。


「……志朗、今、水沢さんは非常に関心を引かれている筈。踏み込んだ話も出来るかも知れないぞ」


「あの、どういう事ですか? 妻が殺されたって? 息子さんが何を知っていると?」


「……ほらね?」


「…………」


 老獪な刑事がそこに居た。確かに今の隆三氏なら、訊きようによっては、色々と話してくれるかも知れない。しかし、こんな形で丸投げされても、一体どうすればよいのやら。


「志朗なら大丈夫。僕は君を信じているよ」


 今は信用よりも、アドバイスが欲しい。


「えーと、ですね……。あの、水沢さん」


「ええ」


 隆三氏は、やや前のめりに耳を傾けてきた。

 うう、どう話したものか。

 奥さんの幽霊が――などと口にしようものなら、そこで話は即終了するだろうし……。


「えっと、あの、ひかるさんから聞いたのですが……当時、ひかるさんがお母さんと一緒に居る為には、まとまったお金が必要だったそうですね?」


 とりあえず、俺の見た“ビジョン”が、現実と符合しているかを確認する事にした。


「ッ……ひかるが、そう言ったので?」


「え、ええ、まあ……」


 嘘です、ゴメンナサイ。


「そ、その事は奥さんにとって、とても大きな問題だった筈。そこに失踪の原因があるのではないでしょうか。……と、ひかるさんは考えていたようです」


「…………。ひかる……気付いていたのか」


「気付く、とは?」


「え? 離婚の事では?」


 離婚っ!?


「ッ……う、あ、ああ、みたいですね……。えっと、だから奥さんは、うんと……ひかるさんと暮らす為のお金が必要だったと」


「それは……少し違います」


「へ? と、言いますと……?」


「離婚後の親権は、ほぼ間違いなく私の元へ来た事でしょう。妻の離婚後の経済面での問題よりも、彼女の病気の事の方が重視されたでしょうから」


「うつ病……」


「ええ。でなければ、私が親権を得られる可能性は低かったでしょうね。この国では、基本的に母親の親権が優先されますから」


「しかし、奥さんは経済的な問題と捉えていた?」


「そう、だったかも知れません」


 どうやら俺の見た“ビジョン”は、現実と符合していたようだ。離婚は予想外だったが。


「お金が無ければ娘と引き離される。そのストレスが原因でうつ病に……」


「いえいえ、逆です。うつ病が原因で離婚に至ったんです」


「そうなんですか?」


「妻が病気になった原因は、私の親族との折り合いが悪かったからなんです。だから、彼女が病気を治すには、私達から離れる必要があったんですよ


 親族との折り合いが悪い、か。

 なんとなく想像はつく。

 水沢の話では、水商売をやっていた母親を、父親が見初めたとの事。しかも、その時の母親は実は未成年で、その上いわゆる出来ちゃった婚。さらに二人の年齢差は二十以上。風当たりの強さは半端じゃなかった筈だ。


「それで、妻が殺された可能性に、この話がどう繋がるので?」


「え?」


「はい?」


 ……そう繋げなければいけないんだった。


「その、実はですね。奥さんはお金を得る為に、何と言いますか……まずい手段を取ってしまったようでして」


「まずい手段とは?」


「ある男と共謀して恐喝行為を……」


「志朗、ちょっと待った」


 父さんが急に遮ってきた。しかし、隆三氏は俺の言った事が判ったようだ。


「い、因幡さん、今の話は……。恐喝? 妻が? 男って?」


「すいません水沢さん、ちょっと息子と話させて下さい。……志朗、今の話、証明出来るのかい? 出来ないのなら不用意に話すべきでじゃない」


「えっと、その男と被害者は特定できるかも知れない。ただ、さとみさんの失踪に関係しているかは、まだ自信が無い」


「…………。……志朗が昨夜言っていた、彼が……と言う可能性の方は?」


「あっ」


 そうか。

 そうだった。

 俺は水沢の父親を疑っていると、昨日父さんに話していたんだった。

 それで父さんは隆三氏に疑いの目を向けてしまっていたんだな。

 だからこんな展開に持ち込んだのか。


「ごめん父さん、言うのが遅れた。俺が“ビジョン”で見たのはこの人じゃなかったんだよ。今日会ってそれが判った」


「ふむ……」


「あの、一体なんの話を? 息子さんの話を詳しく聞きたいのですが……」


「いえ……」


 父さんは問いかけに応じない。頭を整理しているようだ。

 隆三氏は代弁を求めるかのような視線を俺へと送ってきたが、応じて良いものか判断がつかなかった。


「……水沢さん」


 わずかな時間応接室を支配していた静寂を、父さんが破る。


「奥さんの件、真相をお知りになりたいですか?」


「し、真相とはどういう事です?」


「奥さんが居なくなってしまった本当の理由は、結局判明していないのですよね? 貴方は終わった話と仰っていましたが、今でも知りたい気持ちは残っていますか?」


「それは……もちろんあります。しかし、もう八年も前の事。その、離婚の意思を固めた直後に起きた事なので、在らぬ疑いを掛けられるのではと不安になり、正直、これ以上は事無きを、と願ったりもしました。仮に、因幡さん達の仰るような可能性があるのならば、今更蒸し返して欲しくないというのが本音です。……そんな真相、娘になんて伝えればいいのか……」


「ですが、娘さんにとっては知るべき事ではないでしょうか。娘さんに向き合う為には、奥さんの件を避けて通る訳にはいかないと、私は愚考します」


「そ、それは……。……あの、そもそも息子さんはどこからそんな情報を? 八年前、警察からそんな話は一言も出なかった。何故今になって、しかも無関係である息子さんから……」


 一番されたくない質問だった。

 しかし、至極当然の質問でもあった。

 父さん、何かフォローを……


「志朗、ご説明を」


「…………」


 ……してくれないようだ。

 期待を込めた視線も、やんわり弾き返されてしまった。

 俺が行くしかないのか……。


「その、まだ確証が無いので詳しくは言えないのですが、奥さんと共謀していた男は、僕の知っている人かもしれないんです」


「き、君が知っている……?」


「志朗、それは本当なのかい?」


 隆三氏のみならず、父さんまでもが驚きを示す。


「あ、いや、だから、確証は無くて……」


 誤魔化そうとして、新たな疑問点を与えてしまったかも知れない。


「……うん、やはり調べてみるか。志朗の今後の為にも」


「え? 父さん、今なんて?」


「フフ……これからもこういう事はあるのかもしれないからね。モデルケースにしよう」


「?」


 父さんの言っている意味はよく解らなかった。


「あの……?」


 隆三氏には更に解らない事だろう。


「水沢さん、奥さんの件、少し調べ直してみようと思います」


「は? だ、だけど……」


「ああ、単に公私混同で職権乱用するだけなので、大事にはしません」


「と、父さん、なんでそんな言い方……?」


「但し、立件出来るような事柄が見つかった場合は、然るべき処置に出ますがね。……ときに水沢さん。蒸し返されると貴方に何か不利になるような事が……有ったりしますか?」


「な、し、失礼なっ、私は潔白です!」


「安心しました。えー、では、捜索願いはどちらの警察署に?」


「ほ、穂ノ上東署、ですが……」


「では、この後ちょっと寄ってみます」


「そ、そう、ですか」


 隆三氏は呆気にとられていた。

 今の父さんは刑事モードらしいし、こうなったらもう止められない。何かしらの結論が出るまで、父さんは水沢の母親の事を調べるだろう。


「水沢さん、何か判った場合はすぐにお知らせする事をお約束します。貴方の方も何か思い出した事があったら、名刺の番号にお電話下さい」


「わ、分かりました……」


 有無をも言わさぬ勢いで押し切る父さん。見た目からは想像出来ぬであろうその迫力には、ギャップも相俟って誰もが気圧される。


「志朗、ギャップがなんだって?」


「いいいい言ってないよね!?」


 眼鏡に光が反射して表情が判り難くなった父さんは、要注意だ。


「さ、志朗、君にも事情聴取がしたい。河岸を変えようか」


「じ、事情聴取……?」


「そうだよ。……では水沢さん、今日のところはこれで。ですが、近いうちにまたお会いする事になるでしょう」


「は、はあ……」


「あっ、ちょ、ちょっと待って! 最後にもう一つだけ……!」


「はい?」


 これを訊いていなかった。一番気になっていた筈なのに。


「奥さんが行方不明になった時、つまり家から出て行った時、ひかるさんはどこに居ましたか?」


「どこって……遅い時間だったから寝ていた筈ですが」


「筈? 確認なさっていないんですか? 寝ていたところとか」


「確認は……していませんが」


「なら、お母さんに付いて行った可能性もあるんですね?」


「いやいや、朝は普通に起きてきましたし」


「つまり、朝に会うまでのひかるさんの行動は把握出来ていないと」


「行動って……だからあの子は寝ていたんだと……」


「確認、してないんですよね?」


「それは、まあ……」


 可能性は有り、か。

 この憶測は外れていた方がいいんだが……。


「今のはどういった主旨の?」


「父に話しておきますので、あとでまとめて説明を受けて下さい」


「そう、ですか……」


 少しシュンとさせてしまった。俺も父さんの事は言えないのかもしれない。


「ふぅ……やれやれ、なんとも妙な方向に話が行ってしまったものですな。……しかしまあ、妻の事は娘の為にも、どこか落としどころは無いか、とも思っていました。なんでもいいから、何か良い結果をもたらして頂きたいものです」


 諦観の境地に至ったのか、内諾を与えたとも取れる発言だった。

 しかし、彼の望む結果になる可能性は低いだろう。

 そんな隆三氏に父さんが言葉を投げかける。


「お言葉ですが、どんな結果になろうとも、貴方のやるべき事は一つしかありません」


「と、仰いますと?」


「父親たる事、ですよ。大変ですよね、父子家庭って」


「……ふふ、ですね」


 厄介な子供を抱えた父親同士、共感が為ったようだ。初めて隆三氏が笑顔を見せた。


「……ん? ……ッ! うわっ!?」


「! 志朗!?」


 ビイイイイイイイイイイ……!


 俺は頭を抱えて崩れ落ちた。

 耳鳴りの所為だ。

 だが、これまでの耳鳴りとは訳が違う。

 それは頭痛を伴う程強烈なもので、周りの音一切を遮る程だった。


「ぐっ……っっ……!」


「……! ……!」


 父さんが何かを言っているようだが、聞き取る事が出来なかった。


 ――……お願い……気付いて……


 ノイズ混じりに誰かの声が聴こえる。父さんではない、これは……女の子の声?


「……見て……そして……聴いて……」


 声がだんだんとはっきりしてきた。

 この声……これはもしかして……


「こ、ことり、さん……か?」


 それは、葉山ことりの声だった。

 因幡親子、後半強引でしたね。主人公は、父さんと一緒の時は強気になるのかもしれません。

 ……普段はヘタレ気味だけど。

 いや、ヘタレだから、後ろ盾がある時は強気って感じでしょうかね。

 そんなシロ君も、活躍の時がじわじわと近付いてきております。

 次の次、くらいかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ