しにがみのお仕事
「あなたそろそろ死にます!」
いつも元気よく伝えるけれど、大体の人間はきょとんとするか怒りだすかの二択です。
きょとんとすることはまだわかります。しかし、どうして怒るのかはよくわかりません。
人間なんて、この世に産まれたときから限られた余命を生きているだけなのに。
今回もどうせ怒られるか怪しまれるかだろうと考えていた私の考えは、あっけなく裏切られます。
「うん、知ってるよ。あなたは死神さん?」
初めての反応だ!
幼い少女なのに、今まで見てきたどの大人たちよりも大人びて見えました。
「そうだよ! よくわかったね。私が怖くないの? 怪しいと思わないの?」
「思わないよ。私の死が近いのはわかってることだし、今更いわれてもって感じかな」
そういわれてよく辺りを見渡してみました。どうやらここは病室のようです。
「それで、あなたの用事はそれだけ?」
「死神は死を告げた人に対して、最後までサポートすることになってるんだ! だいたいの人はあっちいけとか、代わりに死んでくれっていうよ!」
「私の代わりに死んでくれるの?」
「当然それは出来ないよ!」
「まあそうだよね。……じゃあさ、最後までそばにいてよ」
死神になってまだ日の浅い私ですが、こんなお願いを言われたのは初めてです。
気丈に振舞っているように見えて、実は結構ビビっているのかも?
「わかった! じゃあ最後まで一緒にいるよ!」
それからというもの、私は欠かさず彼女のもとを訪れました。楽しくおしゃべりする日もあれば、一日中眠っている日もありました。
ある時、彼女は『星の王子さま』という絵本を読んでくれました。
彼女は『星の王子さま』を抱え、首元の星形のペンダントをいじりながら言いました。「王子さま、星に帰る時、寂しくないみたい。私もそんなふうに強くなりたいな」
そう言って彼女は、どこかぎこちないように、ニコっと笑いました。死神の私にそんなことをしてくれた人は一人としていなかったので、すごく楽しい時間でした。
またある時、彼女は弱弱しい声で言いました。
「死神さん、星を見たことはある?」
「もちろんあるよ! 夜なのにキラキラしてて、わくわくするよ!」
「でも私、最近見れてないな……」
彼女があまりにも寂しそうな顔で窓の外を見たので、私は提案しました。
「じゃあ今から一緒に見に行こうよ!」
私たちは夜になって、大人たちから隠れてこっそり部屋を抜け出しました。
そうして外に行って、二人で夜空を眺めました。
綺麗な夜空に私はうっとりしていましたが、彼女はなぜか、泣いていました。
「こんな綺麗な星、もう見れないのかな……」その言葉に、私はぎゅっと彼女の手を握りました。
「いつかまた、一緒に見ようよ!」
そうして毎日、笑いながらいろんな話をしました。
でもやがて、会話することはほとんどなくなりました。
最近では、私の問いかけにも答えません。
「ねえねえ、今日は何をする?」
「……」
「今日も苦しい?」
「……さい」
「なんてなんて?」
「うるさい! もうあっち行って!」
久しぶりに喋ることができたと思ったら、ひどく怒られました。
少し前までは当たり前のことだったのに、なんだか懐かし気持ちになります。痛みで苦しいのかな?
「わかったよ。それが君の、願いなら」
死神の役目は死を告げた人間のサポートをすること。彼女がそれを望むのなら、私は最大限配慮するしかありません。
楽しい日が続くことを願っていましたが、現実はままならないものです。
去り際に彼女の方を振り返ると、横を向いたままで目が合うことはありません。
でも、あっちに行けと言ったはずの彼女の目から、きらりと涙が落ちていくのが見えました。
それからすこしして、他の死神から、彼女が亡くなったことを聞かされました。
※
彼女が死んでからも、たくさんの人をあの世に送りました。でも、彼女の笑顔を思い出すたび、胸がざわざわして、仕事に集中できなくなります。死神なのに、変だよね。
それでも仕事はこなさなければなりません。今日も誰かをあの世へ送ろうと思っていたのですが、いつもと違いました。
「どうもこんにちは、死神さん」
「うわあ!?」
いきなり後ろから話しかけられて、思わずしりもちをつきました。そこには、私と似たような見た目の少女が私を見下ろしています。
首元の星形のペンダントがキラリと光って、胸がドキッとしました。どこかで見た、懐かしい輝きだ……。
「あなたそろそろ死ぬよ」
「……ええ?」
まさか、自分が言われる側になるなんて夢にも思いませんでした。そもそも、死神なのに死ぬってどういうこと?
「どうして私は死ぬの?」
「あんたは死神の仕事をする上で、もっちゃいけないものをもっちゃったってことさ」
持っちゃいけないものってなんだろう?
なんだか急でよくわからないけど、死神の言うことは絶対です。
最近は仕事もつまらなくなってきたし、ちょうどいいのかもしれません。
「じゃあねじゃあね、私が死ぬまでサポートしてくれるってことだよね?」
「そうなるね。あなたは何を望むの?」
「じゃあ、私が死ぬときまでそばにいてよ!」
「へえ、あなた変わってるね」
それからというもの、私は迎えにやってきた死神さんと一緒に仕事をすることになりました。
死神の仕事は1人ですることが当たり前だったから、常に2人でいることは新鮮です。
相変わらず人間からは怒られたり憎まれたりしますが、2人だと心の負担も軽いです。
そうして数週間が経った頃、自分の中で死を感じるようになりました。どうやら別れが近いみたいです。
2人でいることが当たり前のように感じてきていたからか、また1人ぼっちになってしまうのかと思うと息苦しさを覚えます。
「さあ、今日はなにするの?」
「今日はね……」
死神さんを見ながらふと気づいたことがあります。1人ぼっちになるのはなにも、私だけではありません。死神さんも一緒なのです。
一緒にいた時間は短いものだったけど、誰よりも濃い時間を過ごしてきました。
私との別れはきっと、死神さんの心に傷をつけてしまうことになる。あの時の私のように。
「もういいの! 死神さん、私はもう1人でいいから、あっちにいって!」
「…………」
私は声を張り上げました。胸がぎゅうっと痛くて、言葉が出るたびに涙がこぼれます。
死神さんは黙ったまま、じっと私を見つめています。その沈黙がつらくて、私はさらに叫びました。
「だって……! もう別れたら、二度と会えないんでしょ?
私がいなくなったら、死神さんはまた一人になっちゃうんでしょ!?
そんなの、いやだよ!」
涙で視界がにじみ、死神さんの姿がかすんでいきます。
私は必死にしがみつきました。逃げたい、でも離れたくない――心が引き裂かれるようです。
やがて、死神さんはそっと私の肩に手を置きました。
その手は驚くほど温かく、優しい声が降りてきます。
「ほんとは私も怖いんだよ……。
でもね、大事な人との別れからは、逃げちゃいけないんだ」
大事な人との別れは逃げちゃいけない……。
その言葉を聞いた瞬間、私はあの病室の少女のことを思い出しました。あの時私は、彼女のそばを離れちゃいけなかったんだと、今になって後悔しました。
だからこそ、今度こそ逃げちゃいけない――。
「……ごめん、ごめんなさい。
つらい思いをさせちゃうけど、最後まで一緒にいてほしい」
声を震わせながらそう告げると、死神さんはふっと微笑みました。
「言われなくても、最初からそのつもりだよ。
それにね……別れてもきっと、また会える気がするよ」
彼女は星形のペンダントをそっといじりながら微笑んだ。その笑顔は、あの星空の夜みたいだった。
彼女の笑顔を胸に、今日も新しい誰かに会いに行く。いつかまた、星空の下で一緒に笑えるよね。




