6 コリンズ伯爵家にて
「あ、あらあら……まあまあ……どうどう……」
昨夜の夜会の顛末を聞いたエクレアは、呆然と呟いた。
ついつい荒ぶる馬を宥める気持ちが衝いて出たが、誰も突っ込まなかった。
「では、そもそもデニッシュ様は、行方不明になっているのが侯爵令息であると知らずお過ごしに……?」
「我が子が行方不明になった後、可愛がっているのがご令嬢だったので、行方不明になったご令嬢を探していると思っていたようだよ」
半身の打撲で療養中のエクレアは、護衛のカロンから白湯を受け取り口に含んだ。あちこちが痛くて、どうしたらいいか全くわからないがじっとしているしかないらしい。
昨夜、気絶したデニッシュをたたき起こしてエクレアを迂回の森に捨てたと聞き出した夫人は再び発狂しながらお抱えの騎士団を派遣しようとしたが、すんでの所でコリンズ伯爵家から早馬が到着し、エクレアの無事が伝えられた。
お見舞いに行くと大騒ぎだったようだが、怪我人に負担だからとご遠慮お願いしている。おいおいと泣いていそうだが、我が子が戻ってきたのでなんとかなるだろう。多分。
行方不明になっていた令息は、商人に拾われて逞しく育っていた。
国防の為遠征に出ていたツールフライド侯爵が、行商人として活躍する彼を見付けたらしい。赤子の時からある身体的特徴が一致し、何より若いときの侯爵そっくりだった事から、行方不明だった我が子と断定したらしい。
尊い血筋が判明した事で貴族社会に足を踏み入れた令息は、早速商人として培ったコミュニケーション能力で人脈を築いているようだ。エクレアも挨拶をしたが、とても溌剌とした笑顔の似合う青年だった。
そう、エクレアは彼と対面済みだった。
夜会で紹介する前に、世話になっている夫人から声がかかり、しっかりがっつりお互いに顔合わせをすませていた。
その場にデニッシュが呼ばれていなかったのはお察しである。
「まあ、戻って来たのがご令嬢だったとしても、お嬢様の代わりに婚約して侯爵家を継ぐなんて事にはなりませんけどね」
「そうよねぇ。伯爵家の跡継ぎとして教育されていたはずですのに……」
誰もが不思議に思っているが、何故彼はエクレアが伯爵令嬢だと気付かなかったのか。
確かに常に侯爵夫人が背後に控え、エクレアのいるところに夫人ありと言わんばかりの出没率だったが、エクレアは彼女を母と扱った事はない。とても可愛がってくれる母の親友だ。気分はお小遣いをくれる気の良いおばちゃま。
「出掛けるときも、馬車は伯爵家まで来ていたのに……何故私が侯爵令嬢を騙る身分不詳の輩と思われたのでしょう……」
「頭は良いのに頭の硬い奴だったようで」
コリンズ伯爵家を、ツールフライド侯爵家の分家と思っていたようだ。
そんな事はない。
「だとしても、おかしいでしょう。おかしい、です、よね?」
「自信を無くすなお嬢様。頭のおかしい奴の考えを考察しても仕方がないですよ」
ふかふかのクッションにもたれかかり、不思議そうに首を傾げるエクレア。カロンはその隣に腰掛けて身体を支え、嘆息した。
ちなみにデニッシュはその後、殺人未遂で捕まった。
ご令嬢を夜に迂回の森に置いていくなど、殺意があったとしか考えられない。本人は処分と言っているが、エクレアは人間である。軽々しく処分できるような物ではない。
当然のようにエクレアとの婚約は白紙。
クロワ伯爵家も縁を切り、教育不足を平身低頭で詫びた。慰謝料の請求も文句一つなく受け入れている。
暫く資産繰りが難しいとは思うが、散財するような夫人も事業下手な伯爵ももとから存在しないのでなんとかなるだろう。
それはともかく。
「婚約を白紙にした相手の事なんて考えず、もっと有益な話をしましょう」
「有益……ああ、カロンの妹さんがとうとう展示会に参加するそうね!」
少しだけ考えて、ぱっとクリーム色の瞳を輝かせる。
護衛のカロンは、侯爵家により派遣された伯爵家の次男だ。そんな彼の妹はエクレアより一つ年上の若いご令嬢で、繊細なタッチで細部までリアルに表現する風景画が売りの画家だ。彼女は数年前にエクレアが出会った芸術家で、支援している一人である。
そんな彼女の絵が、有名どころを集めた展示会に出展が決まった。
「こうしてはいられないわ。お祝いのお花と、メッセージと、入場券の確保を……」
「そういうのは手配させますから、動いちゃダメです」
「あぷ」
うごうご動き出そうとする身体を抱き寄せられ、エクレアはカロンの肩に頬を寄せた。
あれ? なんか近いな?
多分息子もどうどうと言っていた。
次でラストです。




