4 そもそも十七年前にて
エクレアと侯爵夫人の付き合いは、十七年前。
我が子を誘拐されて発狂し、探したら大量の赤子と面会する事になってまた発狂していた頃。
親友のミルフィーユの出産に立ち会う事になったのが切っ掛けだった。
ガチで立ち会った。
コリンズ伯爵夫人が学生時代からの親友を慰める為に向かった侯爵家で破水し、そのまま出産したのだ。
発狂していた夫人は親友が産気付いた瞬間に正気に戻った。初体験で狼狽える親友の姿に、数ヶ月前に体験した激痛を思い出したのだ。
産婆を手配し、陣痛に呻く親友の手を握り、長時間の出産に付き合った。貴族のご婦人がする事ではないが、引き離せば発狂しそうな夫人を移動させる事はできなかった。
そして生まれた女の子。
親友と一緒に乗り越えた出産。(何かおかしい)
産まれたばかりの赤子を見て……子を失ったばかりの夫人は胸を打ち抜かれた。
「この子は私も産んだ」
「違うわ」
すっかり(一緒に)産んだ気になっていた。
侯爵家で生まれたので、産後間もない母子を移動させるのは酷だと、侯爵家に滞在させたのもエクレアの成長を見逃したくなかったからだ。
が、当たり前だが生まれた赤子……エクレアには、親がいる。
コリンズ伯爵が真っ青になってとんできたし、妻が人様の娘を我が子にするのではとツールフライド侯爵もとんできた。丁度赤子誘拐事件(二重の意味で)が起きていたので、心配になったのだ。
エクレアはコリンズ伯爵家の一人娘。
将来的に侯爵家へ嫁ぐ事も、引き抜く事もできない。
しかしそんな事は関係ねぇとばかりに、産んだ気になっている夫人はエクレアをとても可愛がった。第二の母になったつもりで可愛がった。
我が子を失った影響からとても過保護に、厳重に、ひたすらに可愛がった。
父親達もそっと可愛がったが、夫人の勢いは止まらなかった。
事情を知っている親友は苦笑して、それを許した――のは、はじめの一ヶ月だけだった。
過度な干渉と甘やかしに危機感を覚え、伯爵家に帰れない身体にされそうなのを必死に抗い、エクレアを抱えて伯爵家に帰った。
侯爵夫人は涙したが、赤子が母親を誤認する勢いだったので、悲劇が起きる前に周囲が止めた。
しかし我が子が誘拐され、消息不明。絶望的な状況で、侯爵夫人を突き放すのも躊躇われた。
ので、エクレアを可愛がるのは容認するが、まずは親を通すようにとしっかり釘を刺し、侯爵夫人によるエクレア可愛がりが認められた。
エクレアはどう足掻いても伯爵令嬢なので、侯爵家の価値観に染まっては将来がとても不便だとわかっていたからだ。
甘やかされて、世の中全て自分の思い通りと我が儘な子に育ったら大変困る。
幸いな事に、どれだけ可愛がられてものんびりしていたエクレアは我が儘に育たなかった。
ただし上等な贈り物ばかりされてすっかり目が肥えてしまい、芸術品や美術品にすっかり魅了され、推し作家を見付けては収集する癖が付いてしまった。
貴族として芸術家の卵の後ろ楯となり、資金の支援までしている。
しかしこれもギリギリ、貴族として芸術を解する嗜み。
伯爵家としてはちょっと高尚な、侯爵家から多大な影響を受けた趣味だった。
ちなみにカロンは、美術館巡りの為に侯爵夫人が手配したエクレアの為の護衛だ。ポイントは雇い主がコリンズ伯爵家ではなくツールフライド侯爵家である事。なんでだ。
護衛の件もありコリンズ伯爵家が困ったのは、エクレアの趣味ではなく、侯爵夫人による婚約者の斡旋だ。
可愛いエクレアに愚かな馬の骨などあてがえないと、あの手この手で優秀な令息を調べ上げては伯爵家へ勧めてくる。見合いの釣書が伯爵家の執務室で山となり、伯爵はその中からなんとか家格の低い男を選別した。
それが、デニッシュ・クロワ伯爵令息だった。
同じ伯爵家で家格も同等。エクレアと同い年で、侯爵夫人が選んだだけあって成績は優秀。
周囲に厳しく人付き合いは苦手のようだったが、のんびり者のエクレアには少々厳しいくらいが丁度良かろうと、伯爵家に打診する事にした。
幸い伯爵家も、ツールフライド侯爵家と縁のあるコリンズ伯爵家と紐付きになれるならと好意的だった。
勿論ちゃんと、話し合って決めた。
夫人は本当にこの男で良いのか。もっと家格の高い男もいると騒いだが、侯爵家どころか公爵家の男児は流石に高望みが過ぎる。
このままでは王族にまで手を伸ばしそうな夫人に、親友のコリンズ伯爵夫人は何度目かわからないゲンコツを落とした。
そんなわけで、エクレアは何処に行くにも侯爵夫人の後ろ……ではなく、侯爵夫人を背後に据えていた。
これが後方見守り母親面。いいや、背後霊かもしれない。
とにかくエクレアの背後に必ず侯爵夫人がいる勢いで可愛がられていた。
我が子のように。
その行動が、デニッシュだけでなく、一部に強い誤解を与えていた。
エクレアは、侯爵夫人に我が子として扱われている……と。
誤解だった。
我が子のように可愛がるのと、我が子として可愛がるのは、だいぶ違う。
違うのだが、我が子誘拐事件から赤子誘拐事件(二重の意味で)の印象が強すぎて、周囲は侯爵夫人がまだ狂っていると思っていた。
とっても失礼だが、親友の子供が可愛すぎて狂っている部分はあったので否定しきれない。
しきれないが、正気である。
正気状態で親友の子をめちゃくちゃ可愛がっていただけだ。
そんな彼女に、勘違いした男が「あなたの娘を名乗る偽物の詐欺師はもう二度と現れません」などと伝えたらどうなるか。
心配しているエクレアはともかく、今後の展開を察した護衛のカロンは、小さく鼻で笑った。
他所の子を可愛がる事で正気を保っているとも言う(発狂していないとは言えない)




