1 馬車の真横にて
「この偽者め! よくも今まで騙してくれたな!」
突然の怒声に、エクレアは呆然と馬車から放り出された態勢のまま彼を見上げた。
馬車に乗ったままエクレアを見下ろすのは、デニッシュ・クロワ伯爵令息。一年前、お世話になっている夫人の紹介で縁を結んだ、エクレアの婚約者だ。
その彼が、いきなりエクレアを馬車から突き落とした。
今日は、二人揃ってとある夜会に出るところだった。めでたい事があったので、その祝い事である。
通い慣れた道なのに、なんだかいつもより移動時間が長いなと思っていたが、急に止まったと思ったらこれだ。
エクレアのせっかく結っていたチョコレート色の髪はほつれ、緑色のドレスは地面で擦れて破けてしまった。白い肌も擦り傷だらけで、打ち付けた左半身がじんじん痛い。普段はおっとり垂れたクリーム色の目に涙が浮かぶのは、混乱と痛みによる物だった。
デニッシュは何を勘違いしたのか、その涙を見て満足げに鼻を鳴らす。金の髪を掻き上げて、胸を反らしこう言った。
「今更泣いて詫びてももう遅い。お前が偽物の侯爵令嬢である事は分かっているんだ。ツールフライド侯爵夫人の娘と可愛がられていたようだが……本物の、彼女の行方不明だった子供が見付かった! つまりお前は、侯爵夫人を騙して娘を名乗った詐欺師とばれているんだよ!」
エクレアはびっくりして目を丸くした。
デニッシュの言うツールフライド侯爵夫人とは、エクレアを我が子のように大切にしてくれている夫人の事だ。
「な、何を仰っているのですか? 確かに侯爵夫人には、娘のように可愛がって頂いておりますが……」
「まだ言うか盗人猛々しい! 侯爵令嬢でないお前が、侯爵令嬢のように振る舞う事はもうできないといっているんだ!」
「そ、それとわたくしを馬車から放り出すのに何の繋がりが……?」
言いながら、エクレアは周囲を見渡した。
すぐに気付かなかったが、そこはエクレアの知っている街中ではなかった。
鬱蒼と生い茂る木々。
遠くから聞こえる鳥の声。
細々とした街道は馬車一つで埋まり、街灯の明かりも全く無い。
今は馬車に取り付けられた灯りと、雲の隙間から覗く月明かりでかろうじて互いの姿が見えていた。
「ここは……まさか、迂回の森……?」
足を踏み入れてはならない。絶対迂回しろという意味で、迂回の森。
安直だろうと意味が伝わればそれでいいのだ。
ガシヨウ国とシガワ国の中間に鬱蒼と生い茂る森は魔物の発生地で、討伐しようにも主と呼ばれる魔物が住み着いているので手が出せない区域だ。エクレアの住むガシヨウ国が誇る騎士団でも歯が立たず、シガワ国主力の魔術師達も介入できない森だ。この森が中央にあるから、二つの国は海路でしか交流ができない。
ちなみに仲は悪くない。お互い迂回の森に困っているので。
国が手を出せない、そんな危険な場所に居ると思い至ったエクレアは、さっと顔色を白くした。
そんな彼女を見て、デニッシュはにやりと笑う。
「気付いたか。そうだ。罪人の処刑場所としては申し分ない場所だろう」
「罪人など。誤解です。わたくしは、デニッシュ様の仰るような事は……」
「煩い! お前が何を言っても無駄だ。本物の侯爵令嬢が、今頃侯爵家に戻って来ているはずだからな。今夜はその祝賀会だろう」
「え? あの……」
エクレアは戸惑った。
そう、祝賀会に呼ばれているのだ。めでたい事があったから、その祝いで婚約者と向かう手はずだった。
めでたい事がなんなのか、エクレアだって知っている。
なのにこの展開になるのは何故だろう。
「そもそもこの婚約は、跡継ぎを必要とする侯爵家の為に整えられた婚約だ。本物が帰ってきたのに、偽物がいつまでもいては後継者問題が起きてしまう」
「ええ?」
「よって詐欺師で偽物なお前は、俺自ら処分してやる! そう、偽物に居場所を奪われた可哀想な侯爵令嬢の為に! そして俺が、彼女を導く夫となるのだ!」
エクレアは目を見開いた。
クリーム色の目が、零れ落ちそうな程見開かれる。
「誰もが避ける迂回の森に捨てられれば生きてはいられまい! 精々己の罪を悔やみ、悔い改めろ! もう遅いがな!」
わーっはっはっはと高笑いしながら馬車の扉が閉められる。同時に馬が嘶き、馬車は来た道を引き返していった。
遠ざかる馬車。ドップラー効果で消えていく高笑い。舞い上がる土埃。
「なんでぇ……?」
それら全てが消えるまで見送ったエクレアは、呆然と座り込んだまま、呟いた。
わっとなって書いた。
全七話です。




