6:キャシーの心配事
リンガル子爵様に客室に案内されると、すぐにルナ、ミーアと名乗る二人のメイドがやってきた。
アガリスタ同様、マリナーレ王国でも私と同じくらいの世代の高位貴族の女性は少ないらしく、二人も出身は裕福ではあるが平民らしい。
貴族にはない明るさと、裕福な家ならではの教育水準の高さ、加えて何度も言うが高位貴族の女性が少ないことで平民にもマリナーレ王国立学院が門戸を広げたことから、彼女らのような、平民出身の王城、貴族家のメイドはマリナーレ王国では珍しく無くなっていた。
ちなみにアガリスタでは平民出身者はあまり王城や高位貴族家には門戸を開かれておらず、低位貴族出身者や現在働いている者の家族だけでは、メイドが人手不足になっている。
そこで貴族家の嫡男以外の男性を侍従としてメイドがわりに雇うのだが、夫人と駆け落ちしたり、まだ幼い貴族家の娘に手を出そうとしたりと、問題が起こっている。
数年たって、平民に門戸を開いたマリナーレ王国と、あまり開かなかったアガリスタ王国で明暗別れた形だ。
「キャシー様、お肌きれいですねー。
何かされてるんですか?」
お風呂に入りながら、体を洗ってくれているメイドのルナは人見知りをしないのか気楽に話しかけてくれる。
癖毛を気にする赤い髪の、そばかすも可愛らしい女の子だ。
「そうね…私の友人に化粧品を扱っている商会の方がいるんだけど、その方に言わせると、化粧品は無闇矢鱈に使わず、野菜を多く摂ることと、睡眠を大切にしなさい、らしいわよ」
「…効果ありそう…」
ルナよりも先に反応したのは、黒髪を短く切りそろえたお姉さんなミーア。
「ルナもミーアも綺麗な肌じゃない。
水仕事だから手先はちゃんとケアしないとだけど、陛下の隣にいても許されるわよ?」
「恐れ多いですよ、陛下のお隣は…キャシー様がいくべき場所ですよ?」
ルナはそう言って笑う。
「…そうなのかしら…」
「そうですわ。
なにしろ、アガリスタ王国では王妃様候補でいらしたとお聞きしましたし、陛下のご趣味にも合ってると思いますよ?」
「陛下のご趣味…どんな方をご所望なのかしら?」
「最低限以上の教養と気品、そして間違いを諭してくれる方ですよ。
陛下は周囲の意見を聞いて地位を確立された方ですから」
ミーアが、姉のような視線で陛下を語る。
ルナは妹のようなキラキラした瞳で私を見る。
二人は私が王妃になることには賛成しているようで、王太子の婚約者だったアガリスタ王国では周りにいなかったタイプだ。
アガリスタ王国の頃は「消去法姫」といわれ、王妃様と王妃宮の使用人以外、婚約者の王太子や、王命を下した国王からさえあまり興味を持たれなかった。
だから王城に行っても、王妃教育を王妃宮で受けて王太子殿下と会わずに王城を後にすることが多かったし、たまに国王陛下が、王妃様と私の茶会に参加したいと申されれば、中庭(と言ってもノウゼン伯爵家のタウンハウスくらいの広さがあった)のガゼボで3人でお茶をしたくらいで、王太子は全く私に興味を持ってなかったんだなーと今にして思うわけですよ。
対して、マリナーレ王国の国王陛下はなんとも誠意のある方だろうか。
ほぼ初対面に近いけど、私を見てくれている。
アガリスタの王太子との婚約は解消され白紙化されているし、どうやら元々王妃になりたかったという女性は、陛下が最近になって発見されたこともありほとんどおらず、すでに別の高位貴族と結婚して子育てをしてる最中なので、むしろそういった女性たちは、陛下のお世継ぎを早く作ってもらって、次世代を王太子・王太女の婚約者・側近に据えたいと思っているらしい。
ちなみに先代国王夫妻には白雪姫様しか世継ぎがいないと言われていたため、王配になることを目論んだ貴族はいたが、白雪姫様の失踪、前王妃の暴走、さらに陛下の出現と立て続けにいろいろ起きた上、共に前王妃に大するクーデターを起こした貴族や騎士が重用され、今更擦り寄って行っても重用されないと諦めているのもちらほら。
閑話休題。
そんなわけで、前王妃の尻拭いに忙しい陛下としては、一応元隣国の高位貴族で、しかも王妃教育がほとんど終わっている私の人となりを見て、王妃にできそうならしておきたいと思って下さったようだ。
で、謁見の結果、求婚されたわけだから、合格ではあるらしい。
いやー、人生何が起こるかわかりませんね。
数週間前まで、アガリスタ王国の王太子の婚約者で、しかもふって湧いたような真実の愛によって婚約を解消され、国内に居づらくなって、お母様の実家の子爵家の代理として来てみれば、まさかマリナーレ王国の国王陛下から求婚されるとか、寒暖差で風邪ひきそうなくらいいろんなことが起きましたよと。
とりあえず、陛下から求婚された話を手紙に認め、バッキローニ子爵家に送る。
その手紙の返信があるくらいまではまぁ王城にいてもいいんじゃないかとおもいながら、ルナとミーアを下がらせて眠りにつくことにした。
翌朝。
よく眠れた…ということは全くなく、国王陛下からの申し出を考え直していたら、眠れなくなってしまった。
ルナが起こしに来なかったら、朝食に間に合わないところだった…それにしても眠い。
「おはよう、キャシー嬢」
うわーを、朝からキラッキラのイケメン。
「おはようございます、陛下」
「よく眠れ…てはいないようだね。
まぁ数日ゆっくりしてくれ。
アガリスタ王国からこちらに来てから気も休まらなかっただろう」
いや、眠れなかったのはあなたの申し出について考えてたからです…とは言えず、「ははは…」と乾いた苦笑を浮かべ私は朝食を済ませる。
「キャシー嬢は、寝ぼけている姿も可愛らしいね。
ぜひ、これからもそんな無防備な姿を愛でたいものだね」
全く、陛下は何を言っておられるんだか…。
しかし揶揄われたようなそんな言葉も、アガリスタでは男性に相手されなかった私には少し嬉しかった。
それから数日、そろそろ手紙がついたかなーと思った位のタイミングで、子爵家から返事が来たのは意外だった。
…疲れた顔の子爵家の護衛と会えたので、多分早馬で届けてくれたのだろう。
私は陛下に頼んで夜通し走って来たであろう彼に部屋を用意してもらい、渡された手紙を読むことにした。
予想していた通り、うちは子爵家だから無理じゃないのかという文言と共に、「そこさえクリアできればキャシーなら大丈夫だと思う。陛下の人となりを見て貴方が判断しなさい」と義伯父様からと思しき言葉が書かれていた。
…これは予想しなかったなぁ。
てっきりお母様から「世迷言はいいから早く帰ってこい」くらいのことを書かれて、終わりかと思ってた。
というか、私が選べって恐れ多いんですが!?
いやまぁ、陛下はイケメンだし、私に配慮してくれるし、国王陛下が即位されてから王妃候補のいなかった王城自体が、私を歓迎してくれているムードだからここにいて心地いい…考えたら最高の環境ね。
しかも陛下の家族といえば、異母妹であるアガリスタ王太子の婚約者である白雪姫様くらいだし、家庭の問題もあまりなさそうだ。
…というか、白雪姫様とお会いすることはあるのかしら。
とりあえず、問題と言えば問題の「バッキローニ家家格問題」を片付けられそうではある状況なので先にこの件を話してしまうことにしよう。
キャシーの心配事、それは「バッキローニ家の家格」
もちろん次の話で解決します。




