21:バッキローニ子爵領の凶事<ミリエッタ・ジュレミー公爵令嬢視点>
それは今から数日前のこと。
「まぁ、アガリスタ王国の公爵令嬢さまなんですか!」
「ええ…まぁ、公爵令嬢とは名ばかりで、むしろドレスや化粧品を扱う商会長というのが肩書きとしては大きくなってしまいましたわ」
その日、ミリエッタ・ジュレミー公爵令嬢は、バッキローニ侯爵領の侯爵家を訪れていた。
侯爵家のカントリーハウスとしては手狭なこの屋敷だが、まだバッキローニ侯爵が子爵だった頃、伯爵陞爵を見据えて子爵家としては広めに作っただけで、伯爵家としても若干狭い屋敷ではある。
それが今や、子爵代理の娘、姪のキャシーが最近即位した国王の婚約者になったことで、伯爵への陞爵が侯爵までなされたため、少々手狭なのは仕方ない。
口さがない貴族家は「二階級特進だ」などと嗤う者もあったが、前王妃の呪いのせいで高位貴族家に令嬢が少ない中で急に即位した現国王が婚約者がいない、国の存亡がかかる中で、突如現れた元伯爵令嬢、しかも王妃教育済みと来たもんだ。
さらに出自は隣国の伯爵令嬢ながら好意的にキャシーが認められており、友人であるミリエッタとしても鼻が高い。
なにしろ、王妃教育を一緒に受けた仲だ。
彼女がマリナーレ王妃になってくれれば、ミリエッタだけでなく、元アガリスタ王妃・マリアも泣いて喜ぶだろう。
そんなことを思いながら、茶会を進めている時だった。
バン!バン!
侯爵家の裏にある森の方から、なにやら爆発音がした。
すぐにバッキローニ侯爵夫人の侍女とミリエッタ商会の役員が「確認してまいります」と言ってそちらに向かう。
後にはバッキローニ侯爵夫人とミリエッタのみが庭のテーブルに残る。
「いった…!?」
その瞬間、バッキローニ侯爵夫人とミリエッタは数人の男たちに捕らえられ、なにかを嗅がされて意識を失った。
「人違いではないか!」
ミリエッタが目を覚ますと、下から怒号が聞こえた。
その怒号は聞き覚えがあるなんて思いながらとりあえず置かれた状況を確認する。
後ろ手と足にロープが縛り付けてあるため自由は効かないが、相手に自分達を殺すような気はないようだ。
先程の怒号の相手がそんな度胸がある人物とは思えないが。
「んっ…」
「…バッキローニ夫人、お目覚めですか」
「ミリエッタ様!?
ご無事ですか?」
そんなことを思っていると、隣で寝ていたバッキローニ侯爵夫人も目を覚ました。
「私は大丈夫…っ!」
その時、私は足に痛みが走った。
「ミリエッタ様!」
「大丈夫…連れ去られた時に足を挫いたのね」
そこまでの激痛ではなく、捻挫の痛みと気づいて、アキレス腱をきられたとかそこまでの残酷な連中ではないと一安心する。
ただ、手足は縛られていて自由に動くことはできない。
「あぁ…目を覚ましたのか」
「…アンタ、見覚えあるわね」
食事を運んで来た騎士らしき男に、ミリエッタは見覚えがあった。
「はぁ…よりによって、なんで連中が間違えて連れて来たのがあなたなんだ…」
目の前の騎士らしき男…よくよく考えると、アガリスタ王国の騎士団に居た…というか、一時期拠ない事情で王太子の婚約者候補だった頃に何度か見た顔だ。
…とはいえ、年齢も王太子より10も年上、商会を立ち上げて何年か経って軌道に乗ってきたミリエッタを、未婚の公爵令嬢というだけで婚約者候補にしないといけないくらい、あの当時は面白いように高位貴族家に令嬢が生まれていなかったアガリスタの仕方ない事情によるものではあるが。
他の婚約者候補は、現在マリナーレの国王の婚約者になったキャシー・ノウゼン伯爵令嬢(現・バッキローニ侯爵令嬢)と、さらにキャシーより5歳年下のマギーネ・ミシュガン子爵令嬢の三人で、一番婚約者として乗り気だったのがマギーネ嬢、年齢的な釣り合いはキャシー嬢で、ミリエッタは数合わせだったと思っているが、王家としては家格が釣り合う令嬢として表向きは選ばれていた。
実は、王妃としては王家至上主義のアガリスタ王家に、一石を投じる仲間としてミリエッタを候補にしたのだが、それはミリエッタすら預かり知らない。
結果、あまり知られていなかったがキャシーも同じような改革ができると知った王妃、年齢として釣り合うと判断した国王の採択で、キャシーが婚約者になった。
しかし、王太子は自身の婚約者ではあるが無関心。
また婚約者になりたがっていたマギーネはキャシーにことあるごとに突っかかっていったが、王太子に興味のないキャシーがうまく受け流していたのを覚えている。
そんな微妙に知っている顔に多少安心した誘拐生活が数日経過したが、首謀者らしいものはまだ見えなかった。
その日も朝目覚める、
「起きたなら食事だ。
抵抗しないでくれよ、ミリエッタ嬢」
そう言って騎士は手の縄を解いた。
抵抗することもできたが、足の痛みがあるので逃げられそうもないミリエッタも、元々あまり体力に自信のないバッキローニ夫人も大人しく従った。
案外美味しそうなシチューと硬いパンを置くと、彼は部屋から出て「終わったらこの扉の下の小さなドアから食器を出しといてくれ」と言い残した彼にミリエッタは「待って」と声をかける。
「ああ、そうだ。
縛られていたせいか足を挫いたわ。
薬を頂戴」
しおらしくミリエッタがお願いをすると、騎士は「分かった」と言って扉を閉め、鍵をかけた。
出された食事が案外まともで、運んで来た騎士も実直そうな雰囲気であったことを考えると、おそらく彼らを束ねているであろうあの人物を思い浮かべ、ため息をつく。
「薬だぁ!?そんなものあるわけ無かろう!」
それからしばらくは静寂に包まれた小屋だったが、挫いた足の痛みがようやくやわらいだかと思ったその時聞きたくない金切り声が聞こえた。
はぁ…ミリエッタはハズレることを願っていた予想外当たってしまったことに頭痛を感じながら待っていると、扉が開けられた。
「なんでこんなところにいる!? 忌々しいミリエッタ・ジュレミー!」
扉から出てきたのは、アガリスタ王太子であった。
「なんでとはご挨拶ね。
こちらの夫人とお茶してたら、アンタの愉快な部下たちに連れ去られたせいで仕方なくいるんだけど?
そんなこともわからないのアンタは?」
「くっ…」
もちろん王太子も分かっている。
『キャシーが世話になっている子爵家のタウンハウスで、子爵夫人と若い女性がお茶会している』と言われ、相手はキャシーだと思い込んで攫ってみれば、世界一会いたくない仇敵の公爵令嬢が目の前にいるという、王太子からすれば最悪の展開とはいえ、相手は間違いで連れ去られた相手。
王太子が婚約者候補を選ぶ際、何度か設けられた茶会で、王太子からすればネチネチマナーの嫌味を言われ、二度と会いたくないと思っていたミリエッタをよりによって攫ってきた部下に怒り狂った。
ちなみに他二人は「香水のキツイ、ショッキングピンクの子爵令嬢」と「何の話をしたか覚えてないが後に婚約者になったキャシー」というのだから始末に悪い。
「あぁもう!
キャシーと別れてからこんなことばっか…」
盛大にアガリスタ王太子が愚痴を言いかけた時だった。
ドゴーン!
「「「!?」」」
アガリスタ王太子、ミリエッタ、バッキローニ夫人、さらには王太子の護衛たちも音のする方をみた…その時。
「ぐぇっ…」
何かの影が迷うことなくアガリスタ王太子の横面を張り倒したかとおもうと、アガリスタ王太子はその場に倒れてカエルが踏み潰されたような声を上げた。
「殿下!?」
護衛がそちらに駆け寄り、ドア前から消えると、変わってドア前には精悍な男性がきて、部屋に入ってきた。
「ミリエッタ嬢、ご無事ですか!?」
「リンガル、様…?」
一端の騎士の割に余裕のないその顔に、ミリエッタは今まで感じたことのない落ち着かない気分を感じだが、決して悪い気はしなかった。
ミリエッタお姉様、ついに春到来か?(笑。




