12:母と婚約者
「まぁ!
マリナーレ王国の国王陛下とお見受けします…私、バッキローニ子爵、もとい侯爵代理の妻で、あなたが口説いているキャシー・バッキローニの母でございます」
さすがは元伯爵夫人。
陛下を前にしてもユーモアを交えた会話ができる。
「いやいや、丁寧な挨拶、痛み要る。
バッキローニ侯爵代理夫妻がアガリスタからこちらにいらっしゃらければ、キャシー嬢と会うことは出来なかった…あなたには感謝せねば」
「とんでもありません!
王太子から婚約破棄された不憫な娘を背負ってあんな国に固執する方が苦痛でしたし…そもそも私はマリナーレ王国人ですから」
お母様、いい方ってモンがあるでしょうよ。
まぁ、正確には婚約解消で、破棄ではないですし、王太子殿下との間には親愛はもちろん、友人としての情すらありませんよ。
「いや、義母上。
キャシー嬢のような可憐で聡明なお嬢さんを手放すアガリスタ王家が私には信じられないですよ。
…他にいないから、という消去法にもかかわらず、キャシー嬢は王妃としても優秀な方だ、それは私が認める」
「まぁ、早速義母上などと…国王陛下にそう呼んでいただけただけで私は満足ですわ。
アガリスタ王国を捨てた甲斐があったというもの」
それはまぁ確かに。
あのままノウゼン伯爵家としてアガリスタにいても私は傷物腫れ物の婚約破棄令嬢、消去法で選ばれたくせに捨てられた惨めな令嬢…ノウゼン伯爵家にしたって私が王太子殿下の婚約者になってからというもの、妬まれたりもしたらしい。
そんな中、味方だったのが王妃マリア様のご実家・サンダース侯爵家と、そのサンダース侯爵の夫人とそして泣く子も黙るミリエッタ商会長のご実家・ジュレミー公爵家。
お三方と両家御当主はノウゼン伯爵家を擁護してくださるため、私は両家のため王妃教育に励んだと言って過言ではない。
「実はな、キャシー嬢、義母上。
私とキャシー嬢の婚約をアガリスタの外務大臣であるサンダース子爵にお伝えしたところ、その本家にあたりサンダース侯爵夫妻が一度お会いしたいと申された。
キャシー嬢、サンダース侯爵夫妻とは懇意かな?」
サンダース侯爵夫人といえばミリエッタ商会長の姉上、その旦那様のサンダース侯爵は王妃マリア様の弟君だ。
「ええ、お二人なら懇意にしておりますわ」
サンダース侯爵様の弟がサンダース子爵、非常に優秀な方で、外務大臣を務められていたのを今思い出した。
「そうか。
では、サンダース侯爵夫妻を王城にお招きしよう。
…しかし…」
「ん? 陛下、サンダース侯爵様が何か?」
「いや…まぁ、なぜかわからぬが、キャシー嬢に会いたいという方とともに来ると言われ…
「王太子殿下ならお断りして下さい」
私の返答の速さに、お母様が吹き出した
「はっはっは、それは無論だよ。
君が捨てた男に君を合わせるわけないだろう」
陛下は豪快に笑われた。
こういうところが、愛嬌があるのよね、この方。
「まぁ…当日になればわかるから、などと手紙にあったので、気にはなるが…。
それより、キャシー嬢、こう言った機会だ。
半月後くらいに来てくれと文を渡したから、その間に君に贈り物をさせてくれ。
当日は公式な場になるから、ドレスを合わせに行こう」
「え、あ…あの、贈ってくださるのですが?」
「もちろんだよ、君に合うドレスと…そうだなネックレスなどどうだい?
君はあまり着飾ることに慣れていないらしいが、王妃とは、ファッションリーダーでもあると私は思う。
王妃が公式の場での着るドレスが王都の流行になることもあるからな。
だから、君には君らしい素敵なドレスを着る義務がある。
そう思いませんか、義母上?」
「まぁ、陛下もそう思われますか?
この子ったら、アガリスタ王太子の婚約者だった時も、グレーやベージュのシンプルなドレスばかり。
宝石類やアクセサリーにも興味がなくて、せっかく王妃様が付けてくれた王太子妃の予算にも手をつけずに、自分を着飾ることを全くしてくれませんでしたの!
陛下、どんどん言ってあげて下さいな!」
いやいや、まだ婚約者のうちから予算を付けるなど恐れ多いと何も思っていない私の横でアガリスタの国王陛下から打診された予算を断ったの他ならぬお母様でしょうに!
まぁ、王太子の婚約者とはいえ、王太子殿下への感情は冷え切るどころか無に等しかった私としてはだいぶありがたかったけども…それでも王妃マリア様が王妃の予算を削ってでもとがんばるものだから、妥協案としてアガリスタ国王陛下が最初に言われた予算の3割程度を王太子妃の予算として計上し始めた。
いや、私は本当に必要な経費以外手をつけてないし、王太子殿下も私のことは知らぬ存ぜぬだからほとんど使われていない予算が残ってるだけだけども。
今となっては、アガリスタ国王陛下は最後ノウゼン伯爵一家がマリナーレに行くのは反対してたから、私が王太子妃の予算を使い込んで無駄遣いなんぞしてたら、痛いところを突かれたという話になってしまうたかもだけど。
しかし、今はまだ予算こそついてないが、マリナーレ国王陛下からの贈り物という扱いである。
「というわけだが、どうかねキャシー嬢。
私にドレスとアクセサリーを贈らせる栄誉をいただけないか?」
「…そんな芝居がからなくても、陛下からの贈り物なら喜んでいただきますわ。
陛下とは婚約者なわけですし」
「そうか。
では、城下に降りよう。
私の曽祖母が愛用したドレスを作った工房に」
これは世に聞く、お忍びデートというやつでは?
「はい、是非とも」
こうして私の初デートはマリナーレ国王陛下とのお忍びデートになったのだった。
母親の目の前で娘を口説くイケメン(笑




