07:紫陽花は毒です
久しぶりに訪れた洋館は、どっしりと構えていてカジが出て行った頃とちっとも変らずそこに在った。
晴天、そして森が近いのか鳥のさえずりが屋敷から聞こえてくる。
この屋敷は裏に深森が密接しており、深森から流れる川が屋敷の中を通っている。
この深森の入口に置かれたような構造はまさに深森の番人とも言える。
館を囲むレンガの塀が左右に長々と続く、そして目の前にはアーチ状の門がある。
扉はなく、塀の中の屋敷へと続くレンガのタイルで組まれた道の左右の花壇が誇らしげに咲いているのが見えた。
左右に薄い青色をした紫陽花が勢いよく咲く、その横にはカジが名前の分からない色とりどりの花が咲く。
眩しい程の日光に当てられてそれは極彩色に彩られる。
カジがしげしげと塀の中の花々をを見ていた。
花を愛するローマンチック男ではないが、花がまたこうして綺麗に咲いているということはこの館の人々がまた丹精込めて世話をしているのだろう。
この館の人々はそんな人達だ、花が好きで自然を愛し、ゆっくりとした営みを送る、素朴な人たちであった。
紫陽花に触れる、カジは頬を緩ませた。
ギイはそんなカジに近づき、ギイも少し微笑んだ。
「そういえば紫陽花ってその花っぽいやつ、花じゃないって知ってたか?」
「そうなのか?!騙しか、これ」
ええっとカジは紫陽花を改めて顔を近づけてしげしげと見た。
―――こんな男二人、決して花を愛でるような性分はしていなかった。
そして、その二人を見つめていたシュウも顔をほころばせた。
「そういえば紫陽花って毒性があるんですよ」
「えッこんな毒持ってなさそうな面してんのに!だましてくるな~」
「やっぱりこいつ騙してくるな、小悪魔だな、花界の小悪魔」
「ほんと、可愛いんですがね~」
シュウも決して、花の見かけを愛でる男ではなかったようであった。
「…いーのよ、可愛いから」
やいやいと花に群がる男3人に静かに女性の声が降り注ぐ。
覚えのある声にカジは振り向くと、そこには見知った金髪の女性が腕を組みこちらをややひきつった顔で見ていた。
「―――ユウラン様」
「久しぶりね、カジ?」
カジの脳内に昔の思い出がくるくると回る。
ユウランに叱られて、あまりの恐しさと悲しさに泣いて、それで結局ユウランに慰められたこと。
仕事や勉強がうまくいかなくていじけていたら尻を蹴られて気合を入れられたこと―――。
「カジ、顔が面白い事になってんぞ」
カジは黙った…何も言う事がないからである。
ユウランはそんなカジを見ながら、金髪を左右にふるう。
そして顔をしかめる。
「カジ、あんた来るなら来るでなんで連絡しないのよ」
「いきなり決まったものですから・・・」
「いきなりっていつ?」
「…き、昨日」
「早馬だせばよかったんじゃないの?ねえ?ん?」
グサグサグサッッと刺さることばをギチッと睨みながらユーランは言う。
「なんとか言いなさいよ、あんたは昔っから―――」
「―――…やめてあげてくださいな、ユーラン姉さん」
館からゆっくりと歩み寄る男に、カジはサッと顔を向けた。
ギイはその男を見て、お、と言葉を漏らした。
金髪の髪を短髪に切り、シュッとした細い彫りの深い顔に高い花、顔に特徴的な大きく優しげな印象の碧と緑の隻眼。
そしてしたての良い白いシャツの下には程良く鍛えられた体―――彼は総じてさわやかに、美青年であったからだ。
噂でギイはこの青年の話は聞いていたのだ―――”乙女を引き寄せる番人さん”と。
初め聞いた時は「なんじゃそりゃ」とあまりにもその言葉が甘かったため、ムシズが走ったのだが、いざ本物を前にするとなるほど、確かに美青年である。
ギイもカジも、そしてシュバイツもまだかっこいい部類にはいるであろうが、この男を目の前にしたらまた次元が違う。
このユウランもであるが美形一族なのだな、とギイは独りごちる。
「カジ―――おかえりなさい」
ニコッと微笑む。その頬笑みに、ギイは男ながら赤面してしまう―――なんて厄介なんだ。美形は程良いのがいい。
「姉さんはね、カジが大好きだからついついいじわるしちゃうんだ、許してあげてね」
「ち、違うわよ…!」
そう言って、顔をそらしたユーラン。その顔は赤い…。
「ツンデレ…」
「え?」
「いえ、なんでも」
ギイはつい零れた言葉を笑顔で取り繕って、しげしげとカジと姉を見つめる。
この男はやっかいな女に惚れられる星の元に生まれてきてしまったんだろうか…。
「ところでカジ、そのお隣の方が…?」
「あ、ええ、お客様のシューベルツ・ローマン・ケロル伯爵さまです」
「初めまして、クロイツ・ド・リュ・エーデル伯爵様」
「初めまして、シューベルツ伯様。遠いところからお越しいただきありがとうございます」
両者とも互いに微笑み合って手を取り合う。
―――その横では、姉がギッとカジをまだ睨みつけていた。美人の睨みつけは迫力があり、恐ろしい…。
そうして一通り挨拶をすると「外ではなんですから、」と家にまぬかれる。カジはずっとユーランの横だ。
「それにね、あんたもうちょっと家に来たらどうなの?え?」
「すみません…」
「あ、そうそう、ユーラン様」
くるり、とシュウが振り向く。
「紫陽花は漢方にもなりますから、大丈夫ですよ」
「…食べるために栽培してるんじゃないわ」
「え、そんなもったいない」
「あんた世界の花は食べる為にあると思ってない…?」
その言い合いの隙にカジを隣へと保護する。
―――きっと、この女に靡くことはないんだろうなあ、とギイは隣で明らかに本気で自然と出た溜息を吐くカジを見つめながら思った。
そして、歩く先の館の後ろにたたずむ「深森」をみやる。
一迅の強い風が吹いて、ざわざわと葉はこすれあう音がした。
「もう、限界なんじゃないか」
彼は足を冷たい川に浸らせて、つぶやいた。
「限界ねえ」
「ああ、もう交代の時期だろう」
「でも次がアレだろう?もっと長には頑張ってもらえばいいんじゃないか?」
「今に悠長に構えていられなくなるぞ、もう結界に所々穴が発見されている」
「…知ってるが、それでも…あの馬鹿息子娘に交代したらそれこそやばいだろう」
溜息をつきあう。岩の上に寝転がっていた男が、手もとの剣をとる。
そして、川でぱちゃぱちゃと足を遊ぶ男の背を見やる。
「…ワイン様さえ、居れば」
彼が呟く。
その呟きに、男は「ないものをねだるな」と返す。
深森の中に、涼やかな風が通る。葉がざわめく。
男がその背の羽根を、その風に遊ばせた。