03:色々と難しいわけです
「…この度は申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ連れが面目ないです」
カジは土下座する勢いでシュウに頭を下げた。
もちろん心の中では悪いとはあまり思っていないが、ここは謝るのが吉である。
それに本人は悪くはないというのに、シュウ本人がこちらへと足を運んでくれたのだ。
悪いとは思っちゃいないが―――そりゃ心が痛む。
「聞きましたよ、あのお店あなたのご実家だとか…」
「あ、ええ…まぁ…」
「それもうちの奴らが声をかけたのは姉上様だとか…本当にすみません」
「いや、まあ、日常茶判事ですから…」
そう、あの姉が客を飛ばすのは日常茶飯事だ。
「しかし、お客人に…本当に申し訳ありません」
ただ、今回は相手が悪かった。それが問題である。
あの護衛騎士たちはあの店に居る時私服であった。
それもそのはずだろう、誰が堅苦しい制服を着て町に遊びに出かけようか。
―――まぁ、今それを悔やんでも仕方無い。
「頼むから制服でナンパしろよおお!!!」と嘆いたって仕方無い話だ。
―――制服を着てたって、あの姉は笑顔でストレートを繰り出すだろうから。
「いいえ、こちらから手を出したんですから―――ちなみにあの二人には罰を与えておきました」
「え」
「それで許していただけますか?」
はた、と頭をあげるとそこにはシュウの…黒い笑顔があった。
「―――私、乗馬が好きなんですよ、良いですよね、乗馬」
「じょ、乗馬…?」
「ええ―――乗馬です」
にこ、と笑うシュウに、カジは言いようのない警戒感が強まり、背筋に妙な汗が落ちた。
乗馬…もしやこの御仁は、あの傷だらけの男を馬に見立ててのっかったとか…?
そしてその尻を鞭でパチン、パチンと…
―――どうも、変態的な考えになってきた…。リトのせいだろうか…?
本気で不安になってきたカジであった。
「―――二人とも、そのへんでもうこの件はおしまいにしましょうか」
汗を流しつつ固まったカジとニヤニヤと笑う二人に割って入ってきたのはシュバイツ様だ。
今の話をどうとったのかは分からないが、苦笑しながら言葉をつづけた。
ちなみに隊長は面白そうだというのを隠さずにニヤニヤと笑い―――ギイはそれを嫌そうに見つめて元々低かった隊長への評価を更に下げた。
本当にこの人は人が悪い。そしてそれを隠さないのもイイ性格だと思うんだ…。
そして、このシュウ様からも同じ匂いがするのも、本当に嫌だった…。
「私はカジさんが許していただけるのであれば…」
「いや、とんでもないこちらこそ…」
「ええ、終わりそうにありませんので、もう終わりにしましょう」
シュバイツ様はニコニコと笑って軽く手を打った。パンと、軽い音が響いた。
そして、クルリと顔を隊長に向けると目で何かを催促した。その催促に隊長はコホンと偉そうに咳払いをひとつ。
「ああ、そうそう話は変わるんやけど二人には頼みたいことがあるんよ」
話が変わったのようだ。
「頼みごと、?」
「うん、そ。シュウ様のなあ、お付きの方が怪我しはったんで1週間程動かれへんのやて」
「…段々話が、おれ見えてきました」
―――話は、変わったように見せかけて変わってないようだ。
「つまり、シュウ様の護衛をしろと」
「すみませんねえ」
シュウは人の好さそうな笑顔をくしゃりと困らせて頭を下げるが、カジは思うのだ。
相手は自分と程度の差こそあれ同じ位の怪我だったような気がするのだ…と。
隊長はある事に気付いた風であるカジに殊更人の悪そうな笑みを浮かべて、手をさすった。
「原因でもあるしやね、それにこの御方が行きはる所がクロイツ伯の館だから丁度いいかと思って」
「クロイツ伯爵?―――というと、エーデル様ですか?」
クロイツ伯―――クロイツ・ド・リュ・エーデル伯爵。
この領土に平和をもたらした三代前の直系の家系で、”深森の番人”と呼ばれる深森に精通する一族である。
「そう、君は確かあれやんな。あの館で従事しとったんやろう?」
そう、カジがまだ”小姓”の頃にお世話になって七歳から一三歳までを過ごしたのだ。
小姓とは騎士になるための一つの過程で、主君や先輩騎士の元で下っ端として働きながら思想などを勉強する期間である。
そのためカジは確かにあの館は確かに繋がりがあり親しい人もいる。
「エーデル様のお知り合いで?」
「いや、今日が初めてかな」
カジは眉をひそめた、今日会うとするとこの御仁の興味はもしかしたら―――。
「”深森”に、ついてですか?」
「私は、エーデル様に御用があるんです。そうしかめ面をしないでください」
そういい、ほほ笑むこのシュウにカジは良い顔が出来なかった。
―――その頃、隣の部屋から「ギョエーーーー」だの「ギャギャギャ」だの動物の叫び声がしたがリトは一切気にせずに仕事を黙々とこなしていた。
丁寧にも「実験ルーム(使用中)」と立て札が付けられた扉の先にリトの興味は一切湧かない。
誰が動物実験してようとその挙句動物愛護団体に訴えられようとリトには知ったことではないし、魔法と科学には犠牲がつきものであると半ば諦めているからだ。
しかし、彼女には諦められないことがある。
「うわーーーん!!頑張っても頑張っても書類が減らないのってなんで―――?!」
ついに筆を机の上に投げ体を伸ばして嘆いてみた。
それもそのはずである、さっきから部屋に人が来るたびにその人が持ってる書類が次から次へと追加されていくのだから。
それを一人でこなしているのだから、減るわけがないし減らすには自分の手を動かすしかないので…
「にしてもこの案件なんだよう!”惚れ薬って魔法で作れないのですか?作れるなら作ってください”って!!そんなもんあったらとっとと飲ましてるよう!!!」
魔法で何でもかんでも片付くと思ったら大間違いだ!!
リトはその唯の質問にも似た内容の案件を机に叩きつけようとして――――ふと、その紙をもう一度眺めた。
「…いや…作れないもんかね…?本当に作れないのかな・・・?」
惚れ薬の存在を確かめたことはもちろんあるのだ。
しかし、悲しいかな作れたとしても媚薬程度であるとどの文献にも書いてあるし、同時にそんな事はしちゃダメだよッと注意書きがされているのだ。
まぁそれでも作りたいのは人間の性だ。欲望だとリトは思う。リトは欲望には忠実だ。
「薬が無理では…魔法ではどうかな?いや、あの鳥が初めて見た者を親と思うということから研究していって―――初めて見た者を好むということに」
「なんです?動物実験ですか??」
顔を上げれば、血に塗れたタオルを持つマッド・サイエンティストが。
何を考えていたか分かってるくせに「動物実験」と括るのは、動物実験を繰り返す彼なりのジョークだ。
「駄目ですよ、人の心に負担をかける魔法は一応規制がかかってるんです」
「というと禁術になるのー?」
「ええ。動物には”扱いやすく”という意味で受け入れられますが人に使うとなるとそこには”論理”が入ってきますからね」
これは、彼なりの皮肉だろうとリトは握りしめていた案件を机の上に置いた。
人は人を仲間とみなし、それ以外を”それ以外”と考えて扱いを変える。それは当たり前な考えだとリトは思うのだが、これでも「動物愛者」と名乗るこの男はちょっと違うらしい。
獣の血を浴びておきながらそれを言うのはあまりにも滑稽のような気がするけれど―――とりあえず案件と一緒にその考えを机に置いた。
リトは気を取り直して、イスごとマーリに向かう。
「ねえ、実験うまくいった?」
僕に仕事全部押し付けて―――とは、リトは言わないし態度にも出さないが、これは嫌みだ。
「ええ、理論は合ってたようなんですが程度がね…今、変化の魔法を試してるんですけどね」
嫌みに気づいてないのか、気づいた上なのか、彼は嬉しそうに研究内容を説明しだした。
リトは心の中で舌打ちするしかない。
「ああ―――そういえば少し前からいろいろと研究してるって言ってたもんね」
「そうなんですよ、変化の魔法というのは使いにくいということはしってるでしょう?」
「うん」
変化の魔法―――それは、使いやすいと言えば使いやすく、使いにくいと言えば使いにくい代物である。
A→Bへと変化させる場合。
単純にいえば原子レベルでバラバラにしてそれをまた再構築させるという難しい魔法なのだ。
そのためにはその再構築するための”レシピ”にあたる「魔法陣」と「魔法」と「祝詞」。
そしてA→Bへ変化させる場合、足りない部分にあたる「材料」が必要である。
この全てが揃い、この変化の術は成功するのだが無機質な物や形を変えるだけのものは問題なく変わるのだが―――生き物を変えようとするとおかしくなる。
「鳥を豚に変える、人を鳥にする…と、なると、その前の知識・経験が”駄目”になる」
そう、体が変わるにつれ心と記憶が狂っていく。
それはその変化が大きければ大きいほど、異分子が入れば入るほど、削られれば削られるほど。
「まったくの別物」に変えると途端、記憶を失ったり、心が歪む。
そして鳥だったものを魚にすると途端飛び方を忘れて―――かといってすぐに上手く泳ぐことはないのだ。
このような実験例がある。
犬を人に変える実験を行ったところ、犬の頃の記憶がないばかりかその生命維持でさえ危うかったと記されている。
それは犬が本来持っていた命を支えるための体の生命維持の知識が失われたことだろうと推測される。
だから魔道師が動物に変わる時は姿形だけをどうにか繕うのが常識なのだが―――それにも限界がある。
人間に足りないものを鳥はもってるし、鳥にもってないものを豚は持っているからだ―――所詮、偽物だ。
猫のように軽やかになれるわけではないし、魚のように水中で呼吸できるわけでもなく、鳥のように羽ばたけるでもない、全くの見掛け倒しになる。
現在はそれをまた別の魔法で補い、それらしく見せているので精いっぱいだ。
例えば幻視の術で猫に見せかけたりなど…。
変化の魔法はとても魔力を使うものであり同時に面倒なのだ。
「髪の毛染めるくらいならいいんだけどねえ」
「ええ、まぁ貴婦人方には気に入っていただける魔法なんですけどね」
そう、なんせ色・形を変えられるものだから、貴婦人方や御譲様には気にいっていただけるのである。
髪の色を変えたい、肌をきれいにしたい―――から始まり、鼻を高くしたい、顔を美人にしたい―――など、女性の美への追求は激しい。
「まあ、それで僕はどうにか生き物を原子レベルから変え尚且つ記憶を奪わないという研究をしてるのですがね」
「そりゃまた難しそうだね」
「これが完成したら喜んでくれる人がたくさんいると思いますしね!それが今日理論が合っていそうだという結果が得られたのは大きな一歩なんですよ!」
「うん、僕もそう思う!」
にこーーとリトは笑い、マーリは照れ臭そうに血まみれのタオルで赤い顔を隠した。この部屋にはその姿を「シュールだ…」と呟く人はいない…。
―――けれど。
「でもね、僕思うんだ。これは悪い意味じゃないから、言うけどね」
「はいなんでしょう?」
「後悔してるの?」
リトが言ったその言葉に、マーリは一瞬強張った。そして、長い沈黙が続く。
「なら、僕はしなくてもいいと思うんだ」
マーリが、溜息をつく。
「いいえ―――そんな事思ってませんよ」
その時、扉の奥からまた生き物の声がする。悲鳴だ、何か変化が出たのかもしれない。
「それならいいや、けれど後悔はしなくてもいいっていうのは知ってて」
リトはそう言うと彼を扉の向こうへと背中を押した。
マーリは白いブラウスの上に羽織っていた白衣をひるがえして、その扉のドアをまた開けた。
彼女はその後ろ姿を見送って、また机の上に視線を戻した。―――減らない書類に、溜息をついた。
「僕は僕で頑張るか…」
袖をまくる。そう、頑張るしか道はないのだ。彼にしても、自分にしても。
その三分後には
「もーいや!休憩!!僕ダーリンに会うからね!いってくるから!!!」
と叫び、椅子から飛んで行くのだが・・・。
(´ω`) ・・・ 。
今回は二人の絡みが少なくてちょい真面目な回になりました。
…。なんだか絡みがないと普通ね、リトちゃん。上司にはタメ口だけど。