プロローグ:愛なんです
ひとつの国がある、名前は「タベ国」。
たくさんの国の中のひとつで、魔法も剣も、言いかえれば魔法使いも剣士も王様もお姫様や怪物だっているお国。
一人の王様と王女様と4人の元老師で動いている。
4人の元老師は 軍 政治 法律 教会 のお偉いさんで、この4人の発言は全ての町の人々よりも重い。
そして王さまは国の中で唯一の存在で、元老師の発言よりも重い。
見事な王国、幸いな事に王は優れていたからこの国は平和だった。
そんな国の中にある領土”リューセン”も、平和だった。
「まぁでも、おバカなお国もあるから僕等は大変なんだね」
黒い鞭を手の中で玩ぶ。しなやかなそれは軽く曲がり、手を離すと勢いよく元に戻る。
湿った臭い空気、四方に積まれた煉瓦が空間を密閉し、唯一つのろうそくの光がこの牢屋を不気味に照らす。
少女は腰かけている小さな椅子の上で足を組んで、目の前の鉄でできた檻を見つめている。
ペち、ぺち、… 面白そうに手の中で鞭を叩きながら。
「だからね、僕みたいな子もね、こんな事しなきゃいけないんだってね…」
少女はほんの少し残念そうに眉をひそめたが…そう、まだ口元が面白そうに歪んでいる。
ピンクのふわふわ毛にくりくりした猫のような大きなブルーの目、ぷにぷにのほっぺたに小さく微笑みに歪む唇。
ファニーフェイス、悪く言えば童顔。
灰色のローブにゆるく包まれたからだは小さいながらも豊満で、顔と体が多少釣り合っていないようにも思える。
ピシッと鞭を軽く床に叩いた。
「…なあに、その目」
少女の顔が殊更面白そうに笑む、嗜虐的だ、鞭が異様に似合って。
ビシッ!―――鉄檻を、鞭が叩く。
「僕に逆らってもいい事無いよ―――カジ」
「リト…」
檻の奥の闇で、彼の目が、顔が揺らめくろうそくの光に照らされる。
睨みつける細い目が光を鋭く反射した。
闇に溶け込むことのない、彼のオレンジの髪がろうそくの明かりに透ける。
野性的な顔だった。
鋭い目つきに、薄い唇が苦くゆがみ、高い鼻に深い彫りがろうそくの明かりで影を落とす。
その体もよく鍛えられていて、筋肉がよく付いているのがシャツの上からでもよく分かる。
「―――カジ」
リトと呼ばれた少女がゆるくほほ笑む。
「あああああなんだって君はそんなに可愛いのぉぉ―――!」
がしゃああああン!!!
リトが檻に飛びついたせいで大分大きな音を立てて檻が激しく揺れた。
いや、揺れたところではなくただでさえ古いこの牢屋の天井からパラパラと埃か何かが降ってくるのを彼は嫌そうに見た。
それ以前に目の前で涎をこぼして、目にハートマークを浮かべてこちらを息切らし気味に見ている少女がまず視界に入るのが嫌なのだが…
「お前、リト!きたない!女の子が涎とかをだなぁ…!!!」
「いやんいやん、檻に入れられたカジだなんて!もう僕やばいよぅぅ!どうしよどうしよううう!!」
「ど、どうしようってどうするってんだ、おまえはああああ!!!」
尻尾があればそれはそれは盛大に振りきれるかと思うほど振っているいるだろうというこの上機嫌、いや、この興奮。
カジは今、この二人の間に鉄檻がある事に感謝した。
目の前で発情しているこのメスの見かけは、それはそれは保護欲をくすぐる見かけだって言うのに。
それが今や涎を垂らし、目つきはハンターのそれでギラギラと輝かせて、檻をゆすっている。…惜しい、な。
…カジは思わず後ろに後ずさった。するとリトは鉄檻の扉を探し始めた!
「だ、誰か…!」
「にゃあんにゃんにゃああああん!!!!」
奇声を発し始めたリトに、カジは泣きそうになる。
「く、くるな!」
「大丈夫!僕やさしくするよぉぉ童貞でも笑わないからぁぁ」
「お前、どこで俺が童貞って!!!??」
「君のチェリーは僕が頂くにゃぁ!」
気分はキャッツアイ★
「おお、お、女の子がそんな事言うんじゃありません!!!!」
「にゃぁぁんんんん」
リトの手がカギに触れる、リトは魔法使いだ。そして、その触れてこれから行われるだろう魔法を思うとカジの涙腺がゆるむ。
やばい、あ、泣きそう…
カ チ ャ
「いや、やめ、ぎいやあああああ!!!!!」
「にゃあああカ「 やめろおおおお!!! 」」
ボクッ…
…鈍い音がして、奇声が止まった。
「…うん、なんていうか、…いいんだよな?」
「ギィ・・・」
涙目で見上げると、倒れた少女の後ろに立つ簡単な騎士服を身にまとった細身の優男が困った表情で自分の拳を見つめていた。
「なんていうか…その…リトちゃん、今日は一段と発情期な…」
「…あぁ」
「多分その…このシチュエーションのせいだと思うんだよ…俺」
「すまん、ちょっと、時間をくれないか…」
先ほどまで発情期の雌猫状態だった少女は、檻の中の石畳の上で伸びていた。
丁度この後ろに立っているギイが、迷いもなしにげんこつを思い切り頭に下したのだ。
無防備だった少女の頭にこの男の固い拳骨はさぞかし有効的であっただろう。
「リトちゃん馬鹿になんないかな…大丈夫かな…一級魔道師馬鹿にさせただなんてやべえよ…」
「大丈夫、こいつは元が馬鹿だから」
「いや、お前に限ってだけだからなそれ」
「…知ってる」
「あ、そう?」
「認めたくないけど知ってる…本当に認めたくないけどな」
「…そうね」
ギイは憐れみの目で目の前の襲われかけた男を見た。
カジは昨日、他国から来た護衛騎士とガチな喧嘩を起こし、上司の「頭冷やしぃ」の一言で檻に入れられた。
それをどこからか聞きつけてきたこのリトがやってきて―――今に至る。
これだけ騒いでも牢屋番がこないのは、この騒ぎを起こした張本人であるリトの身分の高さゆえだろう。
騒いでも上官を止められるものではない、誰だって自分の身が可愛いのだから。
ちなみにギイはカジに差し入れを持ってきたら…まぁ騒ぎを見つけてしまったのだ。
カジはようやく息を落ち着けて、目の前でのびている少女を見た。
リト、この領主の城に勤める一級魔道師だ、そして迷惑な話だがカジのストーカーでもある。
黙っていればこの通り見た目は可愛らしくちっちゃい女の子、自称18歳。
得意技は空中浮遊、空間を泳ぐように移動することができ、かなり早く移動することができる。
ちなみにこの空中散歩中にカジに一目ぼれ、そしてターゲットロックオン★
…本当良い迷惑な話である。
重苦しい溜息を吐いて彼女を抱き起こした。まだ目をつぶりぐったりとしている。
小さい体は軽く、両腕で抱きかかえてもこれといった重みがない。
リトの寝顔(失神顔ともいうのだろうが)は子供のように無邪気だ。
抱えた瞬間長いまつげがふるりと震えたが、安心しきった表情で眠り続ける。
本当、この子は黙ってればまだまだまだまだ…はぁ。
「本当こいつずっと黙ってればいいのにな」
「…まぁこれもリトちゃんの可愛さのひとつだと思うよ」
何 を 悠 長 な 。
カジは思わずギイは睨みつけると、ギイはへらりと笑った。
とりあえずカジはリトを自分の足の上に寝かせて、頭を軽く撫でた。
柔らかな髪をすくうとさらりと指の隙間から落ちていく。軽い。
そのままずっと撫でているとリトが少し笑んだように見えた。良い夢を見ているのだろうか。
「…」
その光景をギイは目を見開いてこれでもか!という程食い入るように見つめていた。
「なんだ、ギイ」
「俺、リトちゃん以上にお前がわかんない」
「は?」
「お前リトちゃんの事好きなの?嫌いなの?」
ふしぎだわー、ギイが腕を組んだ。
少女が目を覚まして奇行に走っている時は眼に涙を浮かべる嫌がりようだというのに、この男の変わり身。
「…嫌いじゃないんだ」
今度はカジが困った顔になる。
ギィはさらに口を開いた。
「ただ…あれは…だな…」
「あ…うん、ごめん、な…俺―――愚問だったわ…」
誰が涎垂らして狙いを定める女に優しくできようか…。
「ていうか…リトちゃんを嫌いにならないお前が凄いと思うよ」
「お前、リトの事気にいってるじゃないか」
「俺被害者じゃないから」
「…」
「リトちゃん、惜しいよな――あの暴走さえなけりゃ…」
「ああ…」
男二人は重苦しい溜息を吐いた。
その愛しい男の膝の上で、リトは幸せそうに寝息を立てた。