エピローグ 「戻りし日常」
エピローグ 「戻りし日常」
廃病院を出ると、外はいつもと変わらぬ夕暮れだった。
風は穏やかで、街灯がゆらゆらと影を落とす。
道を歩く人々は、昨日と同じ顔で、同じように歩いている。
私も、ただの歩行者の一人として歩きながら、深く息をついた。
胸の奥には、まだあの異空間やオリジナルの記憶が残っている。
だが、それを怖れることはもうない。
“私は私”だ――確かに、生きている。
スーパーの前を通ると、知り合いが驚いた顔で立ち止まった。
「……生きていたんだね」
私は軽く笑って、手を振った。
「そうだよ、戻ってきたんだ」
でも、日常は完全には戻っていない。
胸の奥に潜む“空白の記憶”は消えず、
夜、ふと目を閉じると、あの異空間や影の囁きがわずかに蘇る。
> 『まだ終わってはいない……』
それは脅迫ではなく、どこか静かな呼びかけのようでもあった。
私は小さく笑みを浮かべ、夜空を見上げる。
この世界に、戻った今――次は自分の意思で歩く番だ。
街の明かりに紛れ、私は影を引きずりながらも、確かな足取りで歩き出す。
科学と怪異の狭間をくぐり抜けた経験は、もう消せない痕跡として私の中に刻まれている。
いつかまた、あの“誰か”や“影”に出会うかもしれない。
だが、それは恐怖ではなく、未知への好奇心に変わっていた。
――さあ、明日からの人生は、私自身のものだ。