第5話 「二つの私」
廊下の奥で立ち止まった。
目の前には、画面の中で見た“オリジナル”が、そのまま実体化して立っていた。
髪の色も、瞳の色も、服装も――私とまったく同じだ。
しかし、その表情は、どこか穏やかではない。
笑みを浮かべているのに、瞳の奥には冷たい光が宿っていた。
「……君が、コピーか」
オリジナルがゆっくり口を開いた。
その声は、私自身の声と完全に一致している。
「私たちは、同じ存在なのか?」
問いかけると、オリジナルは小さく首を傾げた。
「記憶は似ている。だが、君はここに“戻された”。私は……戻らなかった」
その瞬間、廊下の壁や天井に貼られた古いパネルが光り、奇妙な映像が映し出される。
数字や文字が流れ、人体実験のデータ、脳波、細胞の分裂記録……科学的証拠が視覚的に襲いかかってくる。
だが同時に、廊下の水たまりが揺れ、私の足元に、オリジナルの影が波打つように重なる。
影は意志を持つかのように、私を包み込もうとする。
理性では説明できない“もう一つの私”の存在感。
「どちらが本物か、選べるのは君だ」
オリジナルは穏やかに告げた。
だがその声の奥には、冷徹な意思が隠れていた。
私は拳を握る。
――これが単なる科学の産物なら、戦える。
だが、この感覚、記憶……そしてこの恐怖は、人間の理屈だけでは説明できない。
水面に映る自分の影は、私の意志を無視して動き始める。
そして、囁いた。
> 「選ぶな……選んではいけない……」
どちらを“自分”と認めるべきか――その答えはまだ出ない。
だが確かなのは、私は今、科学と怪異の狭間で、存在そのものを揺るがされているということだった。