第4話 「置き忘れたもの」
水面に映る“私”の口の動きが止まった瞬間、廊下の照明が一斉に点滅した。
耳鳴りのようなノイズが空間全体に広がる。
まるで、この場所そのものが私の侵入を拒んでいるようだった。
足を動かそうとすると、膝までの深さだった水が、急に重くなった。
動けない。
視線を落とすと、透明な何かが足首を掴んでいる――指の形をした、水だ。
咄嗟に身を引くと、足は自由になったが、その水は廊下を這い上がり、壁際の古いパソコンに吸い込まれていった。
そして、パソコンの画面が勝手に起動する。
映し出されたのは、病院の“記録映像”だった。
日付は二ヶ月前。
そこには、水槽の中で眠る私と、それを見下ろす白衣の男女が映っていた。
『被験体No.12、生命反応安定。記憶複製、完了』
『では、オリジナルを廃棄します』
次の瞬間、画面の中で“私”のカプセルに液体が満たされ、映像が真っ暗になる。
だが――暗闇の中で、私の顔だけが浮かび上がった。
それは画面越しに、私自身へ向かってこう言った。
> 「おまえは、コピーだ」
心臓が凍るような感覚。
言葉を否定したくても、頭の奥から奇妙な確信が湧き上がる。
私には“二ヶ月前以前”の記憶がない。
それは、作られた存在である証なのか。
廊下の奥から、カツ、カツ、と足音が近づいてくる。
暗がりの中、白衣を着た人物が一人。
顔は影に隠れ、見えない。
「やっと見つけた。……返してもらうよ、“それ”を」
その声と同時に、スマホの画面が勝手に切り替わる。
そこには、かつての私――“オリジナル”の姿が映っていた。
そして、笑っている。
> 『さあ、どっちが本物か……選べ』