第3話 「廃病院の記録」
旧国道は、昼でも薄暗い道だった。
外灯は錆びつき、ところどころ根元から折れている。
舗装のひび割れからは、雑草が無遠慮に顔を出していた。
その奥に――廃病院はあった。
黒ずんだ壁面、割れた窓。
風に揺れるビニールの破れた音が、まるで誰かの息遣いのように聞こえる。
入口の自動ドアは半開きで、センサーはもう働いていない。
足を踏み入れた瞬間、内部の空気はひんやりと湿っていた。
カビと薬品の臭いが鼻を突く。
スマホを取り出すと、画面が勝手に点灯した。
白い地図が表示され、赤い点滅が示す場所は――地下。
そこに、私の記録があるらしい。
階段を降りていく途中、壁に貼られた色褪せたポスターが目に入る。
《臓器移植研究室 関係者以外立入禁止》
その横には、黒マジックで書かれた落書きがあった。
《ここで死んだやつは、生きて帰らない》
地下の廊下は水が溜まり、私の足音が反響して異様に大きく響いた。
ドアの一つに手を掛けると、軋む音とともに中が開く。
そこには――透明なカプセルが六基並んでいた。
内部には何も入っていない……はずだった。
その時、背後から水滴が床に落ちる音がした。
振り返ると、廊下の奥に自分と同じ顔の男が立っている。
私と同じ服、同じ髪型、同じ表情。
ただ、その瞳は異様に濁っていた。
声を出そうとした瞬間、スマホが激しく振動した。
画面には、ひとつの文章が浮かび上がる。
> 『彼は、君が“ここに置き忘れた”体だ』
次の瞬間、男は水のように揺らめき、形を崩し――消えた。
しかし、足元の水面には、まだ私の顔が映っている。
それは鏡のように微笑み、口だけが動いた。
> 「次は……戻れない」