第2話 「空白の記録」
翌朝、私は眠気よりも胸のざわつきに押されて目を覚ました。
枕元のスマートフォンには、あの不可解なメッセージが残っている。
『おかえり。君は、人間じゃない。』
差出人不明。履歴にも残っていない。
削除しようとしたが、なぜか削除できない。
指を離すと、画面が一瞬、ノイズに覆われ、見たことのない画像が映し出された。
暗く、湿った地下室のような場所。
中央には、水槽のような透明なカプセルが並び――その中のひとつに、私が横たわっていた。
息が詰まり、慌てて画面を閉じる。
心臓が暴れるように脈打っている。
夢じゃない。
混乱を抱えたまま家を出ると、近所の古い喫茶店の前で足が止まった。
常連客が集まって談笑している……いや、耳に飛び込んできたのは、談笑ではなかった。
「だから言ったろ、あいつは“戻ってきた”だけだって」
「でも、本人は覚えてないみたいだな」
「そりゃそうだ、あの場所から戻ったやつは、誰一人……」
最後の言葉は雑音に紛れたが、背筋を冷たいものが走る。
意を決して声を掛けようとした瞬間、彼らの視線が私に向いた。
全員、笑みを消し、無言のまま店内に引っ込む。
まるで、私の存在を認めたくないように。
それでも引き返す気にはなれなかった。
どうしても“あの場所”を知る必要がある。
その夜、スマホの画面が再び勝手に光った。
今度は映像ではなく、文字列が現れる。
> 『調べるなら、旧国道沿いの廃病院へ。
君の記録は、そこに残っている』
――記録。
それは、生きている証か。それとも、私が人間である証拠なのか。
息を呑んだまま、私は暗闇の中でスマホを握りしめた。
だが、画面の片隅には、じっとこちらを見つめる“誰かの顔”が、ぼんやりと浮かんでいた。