第1話 「生きているはずがない」
私は……人間なのだろうか。
最近、ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
名前も住所も覚えている。駅までの道やコンビニの場所だって分かる。
だけど、それ以前――一ヶ月前より前の記憶が、まるで抜け落ちている。
まるでビデオテープの頭出し部分が白く飛んでいるみたいに、何も思い出せない。
奇妙なことは、それだけではなかった。
私を知る人間は皆、会った瞬間、驚愕の色を浮かべるのだ。
今朝も、スーパーのレジで見知らぬ女性に声を掛けられた。
「……あの、もしかして……」
彼女は私の顔を覗き込み、目を見開く。
「あなた……行方不明だったはずじゃないの?」
私は苦笑いを浮かべて返した。
「いえ、ここにいますよ。普通に」
しかしその瞬間、女性の表情が硬直する。
そして低く、震える声で言った。
「なんで……生きてるの……?」
あまりに唐突な言葉に、息が詰まった。
なぜそんなことを――私は、ただの一般人だ。
事故にも遭っていないし、怪我もしていない。
その日の午後、駅前を歩いていたら、別の知り合いにも会った。
同じ反応。
そして、同じ言葉。
「なぜ、生きている?」
胸の奥で、何かが軋むような感覚が走った。
同時に、ほんの一瞬だけ――どこか暗く湿った場所で、冷たい水に浸かっている自分の感覚が、脳裏をかすめた。
それは幻覚か、あるいは……記憶の断片なのか。
わからない。
ただ一つ、確かなのは――私の“存在”そのものに、説明できない穴が空いているということだった。
そして夜。
眠りにつこうと目を閉じたとき、枕元のスマートフォンが、勝手に光を放った。
画面には、見覚えのないメッセージが表示されていた。
> 『おかえり。君は、人間じゃない。』