「生きているはずがない」
目覚めたとき、私は自分の名前と最近の出来事しか覚えていなかった。
家は残っており、街も変わらない――だが、私を見た人々は皆、目を見開き、口々にこう言った。
「行方不明だったはずじゃないのか?」
そして、「なぜ生きているんだ」と。
失われた時間、すり替わった記憶。
私が生きていること自体が、何かの間違いなのだろうか。
真実を求めて動き出す私は、やがて“生きているはずのない日”と向き合うことになる。
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第1話 「生きているはずがない」
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私は……人間なのだろうか。
最近、ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
名前も住所も覚えている。駅までの道やコンビニの場所だって分かる。
だけど、それ以前――一ヶ月前より前の記憶が、まるで抜け落ちている。
まるでビデオテープの頭出し部分が白く飛んでいるみたいに、何も思い出せない。
奇妙なことは、それだけではなかった。
私を知る人間は皆、会った瞬間、驚愕の色を浮かべるのだ。
今朝も、スーパーのレジで見知らぬ女性に声を掛けられた。
「……あの、もしかして……」
彼女は私の顔を覗き込み、目を見開く。
「あなた……行方不明だったはずじゃないの?」
私は苦笑いを浮かべて返した。
「いえ、ここにいますよ。普通に」
しかしその瞬間、女性の表情が硬直する。
そして低く、震える声で言った。
「なんで……生きてるの……?」
あまりに唐突な言葉に、息が詰まった。
なぜそんなことを――私は、ただの一般人だ。
事故にも遭っていないし、怪我もしていない。
その日の午後、駅前を歩いていたら、別の知り合いにも会った。
同じ反応。
そして、同じ言葉。
「なぜ、生きている?」
胸の奥で、何かが軋むような感覚が走った。
同時に、ほんの一瞬だけ――どこか暗く湿った場所で、冷たい水に浸かっている自分の感覚が、脳裏をかすめた。
それは幻覚か、あるいは……記憶の断片なのか。
わからない。
ただ一つ、確かなのは――私の“存在”そのものに、説明できない穴が空いているということだった。
そして夜。
眠りにつこうと目を閉じたとき、枕元のスマートフォンが、勝手に光を放った。
画面には、見覚えのないメッセージが表示されていた。
> 『おかえり。君は、人間じゃない。』
第1話 「生きているはずがない」
2025/08/13 16:42
第2話 「空白の記録」
2025/08/13 17:30
第3話 「廃病院の記録」
2025/08/13 18:30
第4話 「置き忘れたもの」
2025/08/13 19:30
第5話 「二つの私」
2025/08/13 20:30
第7話『選択の果て』
2025/08/13 21:30
エピローグ 「戻りし日常」
2025/08/13 22:30
あとがき&作者コメント
2025/08/13 22:30