鼓動のズレ
東京都・零明学園。春の朝の空気は少し肌寒く、校門を通る生徒たちの声で騒がしかった。 制服を着た赤城零(中身はクリス・レッド)は、他の生徒と比べてどこかぎこちない足取りで登校していた。
(制服って、こんなに着づらいものなのか……)
袖の感触、足元の軽さ、背中に背負った学生鞄。どれも新鮮で、しかしどこか“借り物”のようだった。 そんなとき、校門の外からバタバタと駆けてくる足音が聞こえた。
「おーい! おい! 零ーっ!」
声がする方を振り返ると、元気の良さそうな少年が手を振りながら走ってくる。
鶴見銀次。赤城零の幼なじみで、同じサッカー部の守備的MF。明るくて、少しうるさいが、仲間思い。
「おっはよーさん、って、おい……どうした? 顔色、悪っ。寝不足か?」
「いや、大丈夫だ」
「……えっ、零って、そんな喋り方したっけ?」
レッドは言葉に詰まる。確かに「赤城零」の言葉遣いがどんなだったか、正確には把握できていなかった。
「最近……本読んでるから、移ったのかもな」
「は? 本? お前が? 嘘つけ。前に俺が貸したサッカー漫画、3ページで寝たじゃん」
「……そうだったか?」
銀次はじっとレッドを見つめた後、苦笑する。
「……マジで今日の零、おかしいわ」
「そうか……?」
「うん。いや、別に嫌じゃねぇけど……なんかこう、うまく言えねぇけど“零じゃない感”があるっつーか」
レッドは返答に困り、視線を逸らす。 銀次は続けた。
「てかさ! 昨日のW杯決勝見た? 見たよな? 零も絶対見てたよな!」
話題を変えるように声を弾ませる銀次。
「……ああ、見たよ」
「マジすごかったよな! クリス・レッド! あの“エア・ゼロ” あれ決めて、そのあと倒れてさ……まじでビビったよ俺」
「……ああ」
レッドはそれしか言えなかった。なぜなら――その“倒れた本人”が、今ここに立っているからだ。
「つーか、零あの人のこと、前は“レッド様”って呼んでたくせに、なんで今そんな静かにしてんの?」
「そうだったか?」
「零……昨日のショックで記憶でも飛んだ? いや、マジで、なんか変だぞ」
銀次は眉をひそめて、じっとレッドの目を覗き込んだ。
「なあ零……本当に、お前、赤城零……だよな?」
その言葉に、レッドは一瞬だけ立ち止まる。
だがすぐに、どこかぎこちない笑みを浮かべて答えた。
「……他に、誰がいる?」
銀次は一拍遅れて笑った。
「ははっ、そりゃそうか! だよなー! いやでもマジで今日の零、なんか“しっかりしてる”から逆に心配になったわ!」
「……しっかりしてるのが、悪いのか?」
「お前の場合、それが一番怪しい!」
そう言って笑いながら歩き出す銀次に、レッドも一歩遅れてついていく。
校舎へと続く坂道。眩しい朝の光が、2人の背中を押していた。
――心と体の鼓動が、まだかみ合わないまま。




