表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零の鼓動  作者: おばれ
1/6

世界一が消えた試合

【W杯決勝 ポルトガル vs スペイン/後半アディショナルタイム 】

夜のドーハ。煌々と照らされたスタジアムには、世界中の視線が注がれていた。 スコアは2対2、後半アディショナルタイム残り30秒――勝負を決する、最後のワンプレー。

「さあ、来るぞ! 世界一のストライカーが、最後の一撃を撃ち抜くッ!」

挿絵(By みてみん)

その名は──クリス・レッド。 背番号⒘。ポルトガルの英雄にして、“ストライカー”という言葉を定義し直した男。


「スペインの猛攻を跳ね返した! ボールは──ポルトガルのキャプテン、ジョアン・フェリスのもとへ!」

ジョアン・フェリス 精密なボールコントロールと視野を武器に、世界屈指のゲームメイカーとして知られる男。 何より彼は、クリス・レッドと⒑年来のコンビ。 ピッチ上で互いの息遣いすら理解しあう、最強のバディだった。

(クリス、ラストだ。お前に任せる)(来い、フェリス。俺が決める。)

二人の言葉に感情は少ない。しかし、それこそが信頼の証。 言葉すら不要の、世界最強タッグである。 フェリスの足元から放たれた一閃のスルーパス。 それは、クリス・レッドのために設計された軌道。 世界中の誰も届かず、彼だけが触れられる角度とタイミング。 右サイドを駆け上がるクリス・レッド。 重力すら拒絶するステップ。流れるような加速から、ぴたりと止まる。

──その瞬間。

「来る……!」

スペイン代表キャプテンのディフェンダー、セルジ・ラモーサが反応する。 ゴール前で構えるその男は、世界でも3本の指に入り、スペイン代表史上最高のDFと評されている。

「絶対に撃たせるな。読め、タイミングを奪え……!」

そう思った次の瞬間──

「撃ったのか……!?」「いや、蹴ってすらない……だと……!?」

「出たァァァッッ!!」

「世界最高のストライカー、クリス・レッドの代名詞――」

「エア・ゼロッッッ!!!」

ノーモーション。視線すらフェイク。 足を振りかぶる素振りも見せず、空気を滑らせるようなスイングから放たれたボールは、キーパーが動く前にネットを揺らしていた。

ズドォン!!

「信じられない! 完璧な軌道! 完璧なタイミング!!」

「ボールは吸い込まれるように、ゴール左上スミィィィッッッ!!」

ラモーサ(見えなかった……いや、“撃つ気配”すら感じなかった……!)

観客「クリス・レッドォォォーー!!!」

「エアゼロだッ!! やばすぎる!」

世界中のファンが歓喜に沸き、スタジアムは地鳴りのような轟音に包まれた。

だが──

「……あれ? レッドが、倒れてる……?」

ジョアン・フェリスの歓喜が、一瞬で疑念に変わる。

「クリス? おい、立てよ。いつもみたいに──」

「……クリス!? 嘘だろ……おい、誰か来てくれ!!」

ラモーサ「早く、早くタンカを!!」

世界NO.1のストライカーが、音もなくピッチに崩れ落ちる。その姿に、世界中が凍りついた。


【東京都・零明学園高校校 学生寮、深夜。】

寮の自室のテレビの前。

薄暗い中、ぽつんと1人ベッドに座っている高校生の姿があった。

挿絵(By みてみん)

青砥 あおと・れん

零明学園高校サッカー部1年。中学時代は、Jリーグ東京ムサシの下部組織、東京ムサシジュニアユースに所属。 天才と称されるパスの精度と視野を武器に、高校1年ながらスタメンで零明学園の10番を背負う天才パサー。 その瞳は、スクリーンの先に映る“本物”の光に釘付けだった。

「……来たか」

W杯決勝、ポルトガル vs スペイン。 2対2、後半アディショナルタイムも残り30秒。 映し出されたのは、背番号⒘。ポルトガル代表のエース、クリス・レッド。

「……レッド」

彼の姿を見た瞬間、煉の喉がごくりと鳴った。 そして、ボールを持つもう1人の男、ポルトガル代表のキャプテン、ジョアン・フェリス。 ⒑年来の相棒。 言葉など不要な、天才同士の連携。 何度も、何十回も映像で見てきた、憧れの連携。

「……フェリスが蹴る。レッドに、撃たせる」

語るように、煉は呟いた。 それは、実況よりも早く、的確だった。 ジョアン・フェリスの右足から放たれたスルーパスは、まるで設計図のように正確。 レッドだけが到達できるポイントへ、寸分違わず転がっていく。

「……完璧だな」

煉の指先が、膝の上でわずかに震えていた。 クリス・レッドが加速。 右サイドから、異次元のスピードで相手を置き去りにする。 フェリスのパスが止まるその一点で──ぴたりと止まり、

何もない。

「……え?」

蹴っていない。モーションすらない。 次の瞬間、映像がぶれた。 ボールは、すでにゴールに突き刺さっていた。

「……“エア・ゼロ”」

呆れるような、憧れるような、感嘆が漏れた。 煉は知っている。 この技は、シュートの枠を超えた「芸術」であり、 その生みの親こそ、画面の中の男、クリス・レッド。

「……すげぇ」

本心だった。 憧れていないわけがなかった。 幼いころから何度も映像を見て、何度も真似しようとして、できなかった。

──ただ一人で完結する点取り屋。

──そして、それを最大限に引き出す世界最高のパサー。

自分が、ああいうストライカーと組んだら、どこまで行けるんだろう? そんな妄想を、何度したかわからない。

「……あれが、世界か」

静かに漏らした、だが次の瞬間──

レッドが、崩れ落ちた。

歓喜が、疑問に変わり、悲鳴に変わる。

「……うそ、だろ……」

フェリスが叫ぶ。ピッチが騒然とする。 煉は、ベッドから立ち上がってテレビに近づいていた。 まるで、画面を越えて何かが届くかのように。

「なんで……あんな完璧なプレーの直後に……」

言葉は空に消えた。 映像が切り替わり、ニュース速報の字幕が走る。

──「ポルトガル代表 クリス・レッド、ピッチで倒れる。意識不明の状態」

煉はゆっくりとリモコンを取って、テレビの電源を切った。 画面が真っ暗になり、自分の姿がうっすらと映る。 その顔は、悔しさと、憧れと、恐怖と、言葉にならない感情に満ちていた。

「……俺には、まだ早い」

でも──その目は、どこか燃えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ