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ねぇ、これ誰かわかる?  作者: 三嶋トウカ
3月

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第58話:三人目のアナタに。_4


「蒼飛、さん?」

「……」

「ねぇ、なにか……言ってよ……?」

「蒼飛? 大丈夫なんだよね?」

「俺は知らねぇ。お前らでなんとかしろよ!」

「そんな……」


 この期に及んで、あの人はまだ無責任な発言をしていた。実はもう諦めきっていて、ただ自暴自棄になっているだけなのかもしれないが。……相変わらずイライラした顔でドカッと椅子に座る姿を見ていると、本気でまだ根底では自分は関係ないと思っていそうで怖い。誰もあの人に、すべての過ちを気付かせることはできないのだろうか。


「あっ! 蒼飛がそう言うっていうことは、アタシになんとかできそうってこと? それか別に問題ないみたいな?」

「……」


 当然と言うかなんというか、あのクズは具体的な内容をなにも言わないままだ。どうにかなるとも、どうにもならないとも。


「あ、サトコは旅行も行ってたから、あの金銭感覚当たり前にしてないと良いね? テーマパーク、オフィシャルホテルに泊まって満喫してたみたいだし。ペアルックも楽しかった? 毎年行くなんて羨ましいなぁ。それに、ちょいちょい小旅行もしてたもんね? 私には駅で買えるお土産だけだったのに、サトコはついて行ってたんだもんね? 私のお金で。あ、SNS上では婚約者と行ってたよね! でもさぁ? 湯之原さん行ってないって言ってたんだ? それに、結婚の約束その人としてたなら、婚約者って言うのは間違ってないかぁ、うんうん」

「ぅ」

「アナタがプレゼントしたコート、目の前で着てくれて嬉しかった? 良いお値段するもんね、奮発した甲斐あるね! 普段のお返しだったら、私のお金使ったぶん返してほしかったなぁ?」

「……っ」


 謎だったテーマパークへの旅行と、去年新しく増えた見覚えのないコート。あれはサトコからのプレゼントだった。サトコのSNSに載っていた。相手はあの人ではなく【婚約者】となっていたが、手の感じや身体のラインを見ればわかる。湯之原さんではない。SNSは証拠の宝庫だった。ザクザクと私のほしい情報が手に入った。


「あれぇ? サトコさん? なんか青い顔してる? どーしたの?」


 キョトンとした顔で奈七さんが言う。わかっているのか、わかっていないのか。それは私にはわからない。


「べっ、別にそんなことは……」

「あ、そうそう! 恥ずかしい話だし、まぁ私には全然メリットないんだけど。離婚した理由聞かれたら、私普通に『元夫が私の友人と浮気しました』って言うからね? 共通の知り合いなら名前もウッカリ出しちゃうかも。だって、ほら、話の流れで、ついあるじゃん? そういうのって」

「なに考えてんのよ……」

「え? なんの話? そこの人に助けてもらえば? 私よくわかんないなぁ、あなたたちの絆って言うか愛情?」


 浮気したことをバラされたら困るというのだから、悪いことをしたという自覚はあるらしい。


「ま、なんでもいっかぁ? ちょっと早く、離婚届出してきてね? アタシ蒼飛と結婚するんだから。早く、早く!」

「なっ、ちょっ、ちょっと! 待ちなさいよ! なんでアンタが結婚すること確定なのよ!」

「だってぇ? ……婚約してるんだよね? なんにも片付いてないのに? 蒼飛と結婚するって言うの? なんで? ねぇ、なんで?」


 今一番脳内がお花畑なのは奈七さんだろうが、そのぶん決まったゴールへ一直線なのも奈七さんだ。無謀とも馬鹿げているともいえるそのブレない姿勢は、今回のみ賞賛に値する。


「婚約は破棄しますので、もう婚約は関係ないですよ。……君のご両親含めて、後日話し合おう、サトコ。正直、もう顔も見たくないところだけどね。ケジメはしっかりつけてもらわないと」

「やっ、え、や、やだっ、そ、創汰……!」

「やだって駄々こねて、許されるような内容じゃないよね? ……他人の人生台無しにしてる自覚、ある?」

「そんな……こと……」

「少なくとも、僕と弓削さん……奥さんの人生を大きく変えたよね? 僕は君と結婚するはずだったし、弓削さんの奥さんだって、離婚しなかったかもしれない」

「まぁ、私はこの人がこんなだから、サトコが浮気してなくても離婚してたかもね。……でも、事のはじまりはサトコだよ」

「なっ、なによ! もとはと言えば、アンタが蒼飛さんと付き合ったりするから……!」

「自分の好きな人が誰かと付き合ったら、浮気しても良いわけじゃないよね?」

「……」

「私はもう、この人はいいやって思ってたんだよね。調べれば調べるほど、浮気の証拠しか出てこなくて、態度もどんどん変わって、もう私には興味ないんだなっていうのが良くわかって。高圧的で自分勝手で、借金しちゃう男には用なしだよ。……だからね。サトコが浮気相手だったことのほうがショックだった。そこで終わっちゃうじゃん、人間関係。私は離婚して伴侶を失って、同時に一番大切だった友人も失ったんだよ」

「……」

「きっと、きっとアナタには一生わからないでしょうね、この気持ち」


 そう、きっと、きっとわからない。サトコに私の気持ちは。私にだってサトコの気持ちはわからない。わかりたくもない。


 ――もういい、もういいんだ。


「すみません弓削さん。このあとまだやらなければならないことがあるので、今日はこの辺でお暇します。ご連絡、ありがとうございました」

「とんでもないです。お忙しいところ、急な申し出にもかかわらずご足労いただいて。こちらこそありがとうございます」


 私と湯之原さんはお互いに頭を下げて別れのあいさつをした。私はこの場に自分の両親も夫の両親もいるが、湯之原さんはこれからすべての行動を起こさなければならないのだ。きっと私や五百蔵さんが体験したように、忙しくて大変になると思う。


「……じゃあ、アレはお願いしますね」

「えぇ、もちろんです。任せておいてください」

「ありがとうございます。……それでは、また」

「はい。ありがとうございました」


 父が湯之原さんを見送る。


「待って! ねぇ創汰! 待ってってば!!」


 追いすがるようにサトコが湯之原さんの名前を呼ぶ。その声に反応したのか、湯之原さんが足を止めた。


「……御影さん」

「……え?」

「もう、名前を気安く呼ばないでもらえますか? なんの関係も無くなるので。僕はアナタに、嫌悪感しか抱いていない」

「そう、た……」


 絶望が貼りついたような顔をして、掠れた声でサトコが呟いている。そんなサトコを見る湯之原さんの目は、ガラスのように無機質で冷たいものだった。


「はぁ。……もう一度だけ、言いますね? 気安く、名前で、呼ばないで、ください」


 まるで幼い子どもに言い聞かせるように、湯之原さんは単語で区切りながら、かつ、ハッキリと通る声でそう言った。でも良くわかる、明らかな拒絶。


「う……あ……」


 なにも言えないでいるサトコを尻目に、今度こそ湯之原さんは部屋を出た。バタンと扉の閉まる音がして、残された私たちの間には沈黙だけが残る。


(……もういいかな。うん。もういいや)


「それじゃあ、私ももう離婚届出しに行きますので。失礼します」

「はぁ? おい、お前勝手に……!」

「え? アナタの意志で離婚届け書いてるし、全然勝手じゃないよ? そのふたりどちらと付き合うのも結婚するも、ふたりと別れて他の人を選ぶも、好きにしたらいいじゃない。もう私には関係のない話だもん」

「い、いや、でも」

「でも、なに?」

「なんつーか、まだ終わってないって言うか」

「終わってるじゃん? なにが終わってないの?」


 急にクズが狼狽えだした。わかる。自分の立場の悪さと、残された女性たちの面倒くささにビビり始めたのだ。この場に残されれば、間違いなく女性ふたりと両親からの猛攻を受ける。あいだに入ってくれる人間も、味方をしてくれる人間もいない。だからこのクズは、この場にひとりで残りたくないのだ。


 かくいう私だって、別に味方でも中立の立場でもないというのに。この期に及んでまだ迷惑をかけるなんて馬鹿げたことはやめてほしい。


「私はもうこの家に未練もないので、このまま帰ることはありません。離婚届を出して晴れて他人になっても、この部屋に来ることはありませんから。……あ! アレだけ持って行かなきゃ!」


 私はそう言って、誰の話も聞かずに玄関へ向かった。まだ玄関に置いてあった、結婚式の写真。大事な写真立てだけ救出すべく、私は中の写真を取り出すと写真立てを鞄にしまいリビングへ戻る。


 ビリ――ビリッ――。


 呆然とする夫だった人の目の前で、破れるだけ細かく破った夫婦の写真。ごみ箱に捨てて今度こそ両親とともに家を出た。

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