第55話:三人目のアナタに。_1
(――来た!)
リビングのドアは閉まっている。玄関に置いてあった大量の靴は、全員集まったときに下駄箱のなかへしまっておいた。私はリビングのドアの前へと移動した。
「……お邪魔するよー!」
ガチャリ、とリビングのドアが開く。私は反対側からそのドアノブを握り、音の主を招き入れた。
「いらっしゃい! 待ってたよ! 入って入って」
「元気そうじゃんシオ! これ、一緒に食べようと思って……」
「はいはい、それより先にこっち!」
彼女の腕をとり、リビングへと入れる。入れ替わりに私の父が玄関へと向かい、鍵をかけに行った。彼女が逃げ出さないように、そして、このあとやってくる人を招き入れるために。
「……え? な、にこれ……」
「お義父さん、お義母さん、ご紹介しますね。こちらが息子さんの三人目の浮気相手、御影小都子さんです。会ったこと、ありますよね? 覚えていませんか? 私と息子さんの、結婚式にも出席してもらったんですけど」
テイクアウトの袋と、もうひとつエコバッグを抱えて、サトコはその場に呆然と立ち尽くしていた。そして、面白いくらいのあの人の顔色も青くなっている。
「えっ、あ、えっ……な、なんの話……?」
「やだなぁサトコ。もうわかってるんだって! アナタがこの人の浮気相手だってこと。三人目……って言ったけど、順番的には一番最初だよね? 私たちが結婚して、半年も経たないうちに浮気し始めちゃったもんね?」
「浮気相手って……まだいたの……?」
「お前……どれだけ浮気すれば気が済むんだ……」
「だから私、三人って言ったじゃないですか」
私は笑顔を浮かべているが、義母と義父は頭を抱えている。義母のほうは床にへたり込んでしまった。
「ねぇサトコ。どんな気持ちで私にあのメッセージ送ってきたの?」
「なにを言ってるの……?」
「『ねぇ、これ誰かわかる?』って、その人と浮気相手の女の子の写った写真、私に送ってきたよね? どんな気持ちで送ってきたの? 自分だって浮気相手なのに」
「そんな! なにかの間違いで」
「なにかの間違い? なに言ってるの? 全部もうわかってるんだよ? はい、どうぞ」
私はサトコに、浮気の調査結果を手渡した。写真にはあの人と一緒にサトコが映っているし、場所もホテルが多い。それから、SNSのアカウントの発信した内容を印刷した物。
「これ、サトコと写ってるの、サトコの彼氏じゃないよね? あー、こっちは彼氏だけど、彼氏って言いながらこの人も映ってるよね? ふたりの人を、ひとりの人として扱ってるよね? ……あ、浮気相手でも彼氏は彼氏なのか。呼びかたって難しいね?」
「や、やだシオ。変なこと言わないでよ。こんなの、合成したの? イタズラも限度があるよ?」
「やだなぁサトコ。私そんな悪戯しないし、嘘も吐かないよ? ねぇ?」
クズに話を振る。サトコを見て顔色を変えたくらいなのだ、なにも喋ろうとしなかった。
――サトコは気が付いていないかもしれないが、私はサトコがこの家に入ってからの挙動を、表情を、よく観察している。目はキョロキョロ泳いでいるし、声の抑揚がなくて笑っていてもぎこちない。たまに視線の合わないクズのほうを向いて、どうすべきなのか様子を伺っている。当てにならないのに。
まだ大丈夫と思っているのか、逃げ出すような素振りは見せない。怒ったり泣いたりもしていない。
「やめようよサトコ。無駄な言い争いとか、誤魔化しとかさ。もう全部わかってるの。探偵に依頼してね、ぜーんぶ調べてもらったんだ。アナタとこの人のこと」
「……」
「あ、紹介するね! きっと『誰この女』って思ったでしょ? 彼女は速水奈七さん。アナタが浮気してる弓削蒼飛の、浮気相手だよ」
「……は?」
「すごいでしょ? サトコが送ってくれた写真の人と違うもんね? 順序的に、三番目の浮気相手。二番目は、教えてくれた会社の子ね」
「嘘……え、嘘、だよね……?」
「……」
「あお君……? シオと離婚して、私と結婚するって言ったよね? 約束したよね?」
「なに言ってるの? 蒼飛と結婚するの、私なんだけど。そのためにもう離婚もしたし?」
「オバさんはちょっと黙っててよ!」
「オバさんってなによ‼︎」
クズを挟んで、ふたりがケンカをし始めた。妻を差し置いて、浮気相手でケンカするなんて。私が蚊帳の外じゃないか。とくに困らないが。まさか、サトコと結婚する約束までしているのは意外だった。結婚詐欺でも職にするつもりなのだろうか。向いていると思うが、結婚詐欺師が貢ぐのは違うと思う。
「あお君! 嘘だって言ってよ!」
「ねぇ蒼飛⁉︎ 嘘だよね? こんな女知らないよね?」
サトコが奈七さんの胸ぐらを掴み、そのまま床に倒す。すぐに奈七さんは立ち上がったが、そのまま取っ組み合いを始めた。
(おお、これが修羅場ってヤツなのか)
そんなふたりを見て、私は妙に冷静だった。だって私はもう関係なくて、このふたりと、元凶のクズと、もうその三人の話になっているのだ。
――ピーンポーン。ピーンポーン。
「なに⁉︎」
舌打ちしてサトコがインターフォンに反応する。玄関にはまだ父がいる。そのまま対応してもらおう。
ガチャ。
「あ、いらっしゃい」
「……お邪魔、します」
「あ――アンタ――‼︎」
「こちら、その人の会社の新人、小鳥遊萌乃さん。浮気相手だった人」
「もう、本当に申し訳なかったです……」
萌乃さんが頭を下げる。一番最初に片付いた彼女は、誰でもない私の味方だ。
「ごめんね? こんな修羅場に呼び出しちゃって」
「いえ、私にできることは、全部やるって約束したので」
「うん、心強い。で、早速なんだけど。あそこの女の人かな? 萌乃さんがあの人のkiccaのトーク画面で見た女性……って」
私はサトコを指差した。
「え? なんのこと……?」
サトコは要領を得ない顔をしているが、そんなサトコの顔を萌乃さんはじっと見つめていた。
「間違いないです。私が見たのはこの女性です」
「わー! ありがとうー! 本当に助かったよ」
「これくらいなんてこと」
「ささ、ごめんねこんなことで呼び出しちゃって。……危ないから、ね?」
サトコにとっては憎き彼氏の浮気相手で、それは奈七さんにとっても変わらない。あの人にとっては浮気がバレた最初の相手で、あまり会いたくない相手のはずだ。ここにいたら、三人になにを言われるか、なにをされるかわからない。もう、用は済んだ。彼女には早々に退場してもらう。
私は父に目配せして、彼女を連れて玄関までまた行ってもらった。今回は砂苗ちゃんも全面協力で、萌乃さんをマンションの下まで迎えに行ってもらい、この人たちが去っていくまで部屋で匿ってもらうことになっている。……気まずいかもしれないのに、ふたりともよくそれを受け入れてくれたと思う。
「またすぐ連絡するねー!」
そう言った私に、ペコリと頭を下げて彼女は家を出た。
「……で、彼女なんだけど。ねぇねぇ、すごいよね? 浮気相手と撮った写真……まぁ、言いかた変えとく? べつになんにも変わらないけど。よく使うアプリの背景に使うなんて。見られたら困るだろうに、あえて使うなんてチャレンジャー。で、その背景を彼女が見たときに『奥さんだ』ってこの人言ったらしいんだよね」
前に萌乃さんが言っていた、あの人のkiccaのトーク画面の背景。『奥さんと言っていた』のは、サトコのことだった。
「浮気相手に別の浮気相手のことバレてもめんどくさそうだもんね? 奥さんならいるのはわかってて関係持ってるわけだし。いい隠れ蓑だったわけだ」
次見たときにはもう変わっていたと言っていたから、念のために変えたのだろう。深く突っ込まれても切り返しが面倒に思える。トーク背景を望んだのがサトコなら、変えたことを怒ったかもしれない。どうせあの人は、都合の良いことでも言って乗り切ったのだ。なんとなく想像できる。
「どうしようね? 奈七さん? 浮気相手指さして『俺の奥さん』だって。私が離婚しても、それだと困っちゃうんじゃないかなぁ? 誰が本命なのか、全然わからないんだもん。……ほかにも相手がいたら……ねぇ?」




