第53話:いらっしゃい_3
勝手な印象で悪いが、夫であった慧流さんとは正反対の人間に見える。つまり、こちらにとって都合の良いことを、誘導さえすれば――あるいは、誘導なんてしなくても――ベラベラと喋ってくれそうなのである。先日、私が聞いていたふたりのやり取りから察するに、あまり深く物事を考えないのだろう。その場その場で、自分の生きたい道を生きている。そういう意味では、あの人との相性はピッタリなんじゃないだろうか。
……だいたい、あの人の家だということは、まだ妻である私もいるかもしれないのにノコノコやってくるなんて。浮気相手にとって会いたくない人間ナンバーワンじゃないのか、妻の立場は。
「奈七さん、どうしてこの家にやってきたんですか?」
「えっと、あの、えーっと……」
「大丈夫ですよ。この際、勝手に家のなかに入ってきたことは不問にしますので」
「お前勝手なこと言うなよ! 不法侵入だぞ!?」
「今、まだこの家に住んでいる私が認めたんですよ? アナタが認めなくても、私が認めてるんですから。ちょっと、黙っててもらえます? アナタにこの人について喋る権利ありますか?」
「……チッ」
思わず敬語で話してしまったが、私の言葉に、奈七さんはホッとした表情を見せた。
「良かったら、そちらの席へどうぞ」
私は奈七さんをあの人の隣の席へ誘った。不安そうな表情を見せたものの、私がニッコリ笑うとそのまま席へ座った。
「もう一度お聞きしますね? それで、どうしてこの家へやってきたんですか?」
チラリとあの人へ目線をやったが、あの人は奈七さんのほうを一向に見ようとはしなかった。
「……えっと……その、蒼飛とは結婚の約束をしていて……」
(そこからぶっこんでくるなんて、やっぱりこの人とんでもないな)
義両親からしたら信じられない話かもしれないが、私にしてみればありがたい第一砲だ。
「え、結婚?」
「結婚ってどういうこと?」
案の定、義両親は驚いている。
「それは、隣にいる弓削蒼飛と結婚する約束をしているということですか?」
「はい、そうです」
「それは、いつ約束したんですか?」
「うーんと……たしか付き合い始めてすぐ、だったかな? kiccaとか、ホテルで『結婚しようね』ってお互いに」
(ホテルの話は義両親聞きたくないだろうなぁ……。息子の性事情なんか)
kikkaに関しては、私も見せてもらったから内容は知っている。漫画やドラマで見たような、特有の脳みそお花畑感があった。読み物として見るぶんには面白いかもしれないが、それを処理しなければならない立場で読むのは気が滅入る。妙に生々しくて、理想と現実が入り混じった、なんともいえないあの文章。奈々さんには子どもがいるから、あんなにあけすけに話すなんて信じられないが、そんなものなのかとなんとなく今話していて思う。
「それで、ご……元ご主人とは離婚されたんですね?」
「はい」
「まっさらな状態で弓削蒼飛と結婚しようと?」
「だって結婚するって約束したんだもん! 蒼飛が結婚するって言ったんだもん!」
(うーん……私よりも年上だけど、ちょっと子どもっぽいって言うかなんて言うか……。こういう人が好き、なのかな? ほかはタイプ違いそうなんだけどなぁ……萌乃さんのほうがしっかりしてる)
ムッとして頬を膨らませる仕草は、あの人と同い年の人がしていると思うと少し義両親の視線が痛い。本人の自由だが、このまま話続けられるのかもう心配になってしまった。
「それで、お子さんを元ご主人に渡したんですか?」
「……そうだけど。なんで知ってるの?」
「なっ、子どもがいるのか!?」
「子どもを捨ててなんてそんな……」
「捨ててないよ? 慧流が面倒見てくれてるだけだもん。いつでも会えるし」
「そういう問題じゃない! 養育費……払えるのか?」
「養育費? 慧流要らないって言ったよ? 私と蒼飛が結婚したときのこと、考えてくれてるんだ」
「いやいやいやいや……」
「邪魔しないって言ってくれたし? アタシは蒼飛とずっと一緒にいたいからラッキー? みたいな? だから蒼飛にそれ言ったら、全然連絡してくれなくなっちゃったんだもん。もう、ちゃんと責任取ってよね?」
「……」
「実家には帰れないから、今は友だちの家転々としてるんだけど。蒼飛と離婚するなら、この家に住んで良いよね? だって私、奥さんになるんだもんね?」
「……」
「荷物持ってこなくっちゃ! お金ないから、生活費は蒼飛が出してくれるんだよね? 私仕事してないし」
「……」
「前と同じ、専業主婦がいいなぁ? 慧流に言われて専業主婦になったけど、私向いてるみたいだし?」
「……」
「あっ、毎月のお小遣い忘れないでね? 慧流がくれたくらいはもらわないと……。確か蒼飛、お給料良かったもんね! いろんな物買ってくれたし、いつも蒼飛が会ったときはお金払ってくれたじゃん?」
「……」
「結婚式はまたしたいなぁ。ウェディングドレス、やっぱり素敵だし。友だち呼んでやろうよ! クリスマスイブとか、バレンタインなんてどう? 雪降ってキレイそう!」
クズは選択して無視しているようだが、義両親は開いた口が塞がらないように見える。そりゃあそうだ。私だって義両親の立場なら、同じ顔をすると思う。
このまま放っておいても良いが、ずっと彼女のターンで話が進まないのは困る。仕方なしに私が口火を切ることにした。
「もう離婚届けは書いてもらったので、私があとは出すだけで離婚できるんですよ。窓口は閉まってますけど、受付自体はしてくれるんですよね。今日は日曜日だから、明日には受理されて私とそちらの人は晴れて赤の他人になります。だから、そのあとはお好きなように」
「やった! ……早く出してきてください、離婚届」
「そうしたいのはやまやまなんですけどね? まだ慰謝料の話も終わっていませんし」
「慰謝料? 誰が払うの?」
「アナタたちですよ」
そう言って私は、クズと奈七さんの顔を交互に見た。
「え? なんで?」
「そりゃあもちろん、浮気したからですよ」
「でもアタシ、お金ないよ? 慧流とも離婚したし、お金もらってないし」
「そりゃそうでしょうね。奈七さんはもらう側ではなくて、全体的に払う側です」
「ええ? お金ないのに?」
「奈七さんのご両親にお伝えしますね?」
「えっ、それは困る! 追い出されたもん家! あー、まぁ、請求してもらうのは別にいっか。それならアタシが払うわけじゃないし」
どこまでも他力本願な人だ。笑ってしまうくらいに。自分がしでかした当事者だという実感がないのか。それとも、やってはいけないことを、慰謝料を支払うようなことはなにもしていないと思っているのか。
(まぁ、私的には誰に払ってもらっても構わないんだけど)
「では、奈七さんはご両親に連絡させてもらいますね? ……アナタも、両親に払ってもらうの?」
「いちいちムカつくなお前は」
「自分で蒔いた種なのに? なんでそんな態度が取れるの?」
「ねぇ蒼飛、早く離婚してよ。奥さんに早く離婚届出すように言って? ね? ね?」
「うるさい!」
奈七さんはあの人の袖を掴んでゆさゆさ揺らしていたが、癇に障ったのかすぐに振り払われていた。それでもめげずにまた服を掴んで、顔を覗き込むように甘える奈七さんは強い。
「別に、仕方ねぇから離婚してやるよ。でもお前の金置いてけよ? あとこの部屋にあるもの全部俺のものだからな」
「お金なんかないよ?」
「お前の貯金があるだろ! 夫婦の金は置いていけ! 離婚してほしいならそれが条件だ。慰謝料も払わない。お前の希望に沿ってやるんだから、お前が払えよ」
「もしかして知らないの? 私の今持っている貯金は、私が独身時代に貯めたもの。ここにある家具家電も、ほとんどが私が独身時代に使っていたのを持ってきたよね? 独身時代に築いた財産は、結婚してもその人の物だよ」
「は?」
「弁護士に連絡入れて、封書にして送ってもらおうか? 結婚してから買ったものは置いていくよ。でも、私が独身時代に買ったものは全部持って行くよ?」
「ふざけんなよ! そんなことが許されると思ってるのか!」
「? 許されると思ってるから言ってるんじゃん。アナタこそ、そんな自分勝手な理由が許されると思っているの? どうです? ご両親から見て、息子さんの言い分は。正当ですか?」
義両親に話題を振ってみる。




