表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねぇ、これ誰かわかる?  作者: 三嶋トウカ
3月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/68

第48話:イロオイナナ_1


 気が気ではない一週間を過ごした週末、五百蔵さんは、腹を括って奥さんに浮気と離婚の話をしている。なぜ私がそのことを知っているのかと言うと、本人の口から聞いたということもあるが、たった今、実際にそのやりとりを聞いているからだ。kiccaの通話機能で。


(異性と電話してるけど、これは浮気に入らないよね……?)


 いざ決戦の日が目の前にくると、奥さんとふたりで話をすることに不安を感じたようで、五百蔵さんは私にヘルプを求めてきたのだ。だが、私はあの人も揃えて話をするならしたいと思っていた。……呼んだところで、浮気相手の家にもうノコノコやってくる男ではないだろう。しかも私もいて、相手の御主人もそろっているとなれば余計に。それに、できれば義父と義母にもいてもらいたかった。まだ少し、息子には期待を抱いていると思う。そこを『アナタたちの息子さん、他にも浮気相手いたんですよ? しかも既婚者でW不倫。相手にはお子さんもいます』を目の前で言ってやって、その淡い期待を打ち砕いてやりたいと思っていた。そのチャンスはまだあるから、私は諦めたくなかった。


 なので断った。……のだが、奥さんがお主人に対してどんな話――言い訳――をするのかは、単純に興味があったのだ。だから、もう通話のできる連絡先を教えてもいいだろうと、kiccaのIDを交換した。通話も無料だから、痛手はない。抵抗がまるっきりなかったと言えば嘘になるが、五百蔵さんの気持ちはわかるし、戦友である彼の勇士を見届けなければと、妙な一体感を感じたのも理由だ。

 明らかに相手が悪くても、その相手に直接『悪い』と言うのは勇気がいる。私だって自分の両親にはその場にいて見守っていてほしいと思っているから、こういう気分なのだろう。スマホを繋いでどこに置いたのかはわからないが、念のため音量を大きくしたとはいえふたりの声がきちんと入ってくるから、意外と目立つ場所に置いてあるのかもしれない。


 まるで毎週楽しみにしているお気に入りのラジオでも聞くかのように、私はじっとスマホの向こうから流れてくるふたりの声を聞いていた。


『ねぇ、意味わからないんだけど。これなに?』

『あのさ、知ってるんだよ。浮気してること。現在進行形で』

『はぁ?』

『だからこれは証拠だよ? 見て見ればいいじゃないか。君が今までなにをしていたのか』

『……ちょっとやだ、なに言ってるの? 本当』

『弓削蒼飛』

『え?』

「うっ」


 思わず声が漏れてしまう。スマホから顔を話したから、聞こえていないと思いたい。


『でしょ? 弓削蒼飛。小中の同級生。だから、実家は近いよね、相手のね』

『やめてよ。変なこと言わないで』

『同窓会で再会してから、ずーっと休みの日は会っていたみたいだね? 子どもたちは僕に預けて。僕が仕事のときは、ウチの両親とか』

『……いい加減なこと言わないで』

『いい加減なんかじゃないよ。ホラ、その封筒の中身を見れば良いんだから』

『そんな右腕臭いもの、見るわけないじゃない』

『そうかな? じゃあ僕が開けるね?』


 少しだけ沈黙が走る。


『あっ!』


 先に聞こえたのは、奥さんの声だった。


『なにこの写真……』

『なに……って。見てわからない?』

『……』

『ラブホもオシャレだよね。朝から晩までいるなんて、よほど君も彼も気に入っているんだね、ここ。あれかな? すごく楽しいアトラクションでも、部屋に完備してるのかな?』

『……』


(これはどう考えても嫌味……!)


 これくらい言わないとやってられないだろう。気持ちはよくわかる。


『だって、すごく楽しそうだよ? なかに入るときも……あぁほら、外へ出てきたときも』

『……』

『これが最初に調査をお願いした土曜日で……で、これが翌日の日曜日。……毎週行ってるもんね、ご丁寧に休日全部、朝から晩まで、同じホテルに。最初がこれ、翌週はこれ』


 そう言いながら、なにか硬い紙をはじくような音も聞こえる。写真を一枚一枚丁寧に、奥さんの目の前に突き付けているのだろうか。


『……っ、もうやめてよ! なにがしたいって言うの!?』

『え? 離婚だよ?』

『えっ、あっ……?』

『君こそなにを言っているんだい? これだけ丁寧に調査をするなら、離婚したいからに決まっているだろ?』

『え、う、嘘……? え、えっ?』

『えっ? どうしてそんなに驚いているんだい?』

『だ、だって……り、離婚なんてそんな……』

『ん? よくわからないんだけど、君は離婚する覚悟もないのに浮気をしていたの? 浮気は離婚事由になるし、浮気した側が有責だよね?』

『こ、子どももいるんだから……』

『うん。『子どももいるのに』浮気したのは君だよ? いらないんでしょ? 子ども』

『そんなこと言って』

『言ってたじゃないか。……自分の言動にはもっと責任を持ったほうが良い』


 また、言葉以外の音が聞こえた。今度はパラパラと紙をめくる音だ。きっとこれは、調査資料をめくっているのだろう。もしくは、kiccaのトーク履歴。


『……申し訳ないです』

「……えっ?」


 これは五百蔵さんの声だ。声が近くくぐもったと思ったら、申し訳ないと、誰に謝ると言うのか。そこからしばしの沈黙が流れた。私も固唾を飲んで見守る。


『君がこんなに、弓削蒼飛を愛しているなんて知らなかったよ』

『……』

『君たちが結婚するのに、私や子どもは邪魔――なんだろう?』


 ……そう話す声は、涙ぐんでいるような、鼻にかかった声をしていた。


『慧流……』

『邪魔はしないよ。……このやり取りを見る限り、お相手ももう離婚するようだし。……僕との子も、再婚するならいないほうが良いだろ?』

『それは……』

『良いんだ。僕がふたりを育てるよ。養育費は要らない。でも、君の会いたいときに子どもたちには会ってくれればいい』

『……』


 すすり泣く声が聞こえる。これは奥さんのほうだろう。


『離婚すると、早く相手に教えてあげた方が良いんじゃないか? ……あぁ、離婚届を書いてしまおう。僕のはもう書いてある。財産分与は……資産があまりないのは、奈七もわかっているよね? 家も車も買ったし、君ももう仕事を辞めているから』

『で、でも……』

『……家から出て行ってもらうことにはなるけど……彼の元へ行くのがいんじゃないかな? 彼も奈七と早く一緒になりたいと思っているよ、絶対』

『……』

『僕の仕事が忙しくて、奈七に迷惑をかけたこと、ずっと悪かったと思ってたんだ。……今の僕にできるのは、すぐに離婚して君を解放してあげることだけなんだよ』

『さ、さと』

『心苦しいけど、僕の気が変わらないうちに。……君の幸せの邪魔をしたくないんだ……。だから、さぁ……』


 どうなることかと耳をそばだてていると、すすり泣く声をバックミュージックに、カリカリとボールペンの走る音が聞こえた。記入済みの離婚届と、すぐ書ける位置にボールペンを用意していたのかと思うと、五百蔵さんはなかなかの策士だと感じた。


 ときどき止まりながらも、奥さんは書き続けてそのうちピタリとペンの走る音が止んだ。


『できたんだね。……ありがとう、これで君を送り出せる』

『ね、ねぇ……親にはなんて言うの……?』

『ん? あ、あぁ。不安にさせるつもりはないからね。浮気のことを言うつもりはないよ。……君も、言わないよね?』

『い、言うわけ……ないじゃない……』

『あぁ、良かった。……僕には子どもたちと僕の立場と生活を守る義務があるからね。なにかあったときは、遠慮なく手段を講じさせてもらうから』

『え?』

『いけない、忘れるところだった。これにもサインしてくれるかな? 拇印を押してくれると助かるよ』

『な、なにこれ……』

『これかい? 君とお相手に迷惑が掛からないようにするための紙だよ。よく見て、ここに【養育費は不要とする】【子どもと会いたいとき、双方の都合がつけば回数は厭わない】って書いてあるだろ? ちゃんと書いておかないと、君も不安なんじゃないかなって思って。絶対しないけど、あとから養育費を請求される……って考えたら、君も相手も嫌だろうし』

『あ、あぁ、えぇ、そうね』


 また、ボールペンの走る音がした。


『良かった。荷物はすぐにでも実家に送ろうか? 一緒に相手と住むなら、もう持って行ったほうが良いだろう? 相手だって、もう君と住む場所を見つけているかもしれないし』

『そう、かしら……』

『僕は届を出してくるから。……荷物、まとめ始めたら良いんじゃないかな?』


 プチッ。――ツー――ツー――ツ――ツ――。


 そこで通話は切られた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ