第47話:一報_3
「ところで、ご主人はその、どんな感じですか?」
「お恥ずかしながら、もう長いこと顔を合わせていない気がします。そうですね、あのバレンタインの、浮気相手の家に突撃してからなので、一か月くらいですかね?」
「ずっとどこかに行ってるってことですか?」
「三人目の浮気相手と一緒にいるみたいですね、基本は。ホテルに部屋をとって、そこを拠点にしているみたいです」
「なるほど……。その浮気相手との時間をぬって、ウチの妻と会っているって感じですね」
「……なんだかすみません」
「いえいえいえ、そんな。……あの、私のほうは、次の休みに妻を問い詰めるつもりです」
「早い、ですね」
「思い立ったが吉日……と言いますし、また休日は子どもを置いて出かけるでしょうから、子どもを私の実家へ連れて行って勝負に出ます」
「……帰ってきてももう旦那さんもお子さんもいない、と」
「そうです。まぁ、私は離婚届を突き付けないといけませんから、会わないといけないんですけどね。子供の面倒は相変わらず見ていませんし、子どもも甘えたいのに家にいないし、話も聞いてもらえないから可哀想で。ウチの両親は喜んでいました」
「奥様のご両親には、今の段階で話はされたんですか?」
「まだです。ただその、私の目の前でも妻に子どもとの関係について苦言を呈したりするので、ある程度理解は得られるんじゃないかなと思っています。……多分ですけど、薄々気が付いてるんじゃないかな、って思ってます、妻がしていることに」
そう言いながらも、とても五百蔵さんの表情は晴れているとは言い難かった。
「私も、頑張らないといけないですね……」
三人目についてもわかった今、残っているのはこの三人目を問い詰めること。そして、あの人と離婚をすることだった。二人目は五百蔵さんがある程度なんとかしてくれる。私ももちろんやることはあるが、主だった内容は慰謝料請求なので五百蔵さんと相談しながら決めても良い。
「それでは、またなにかあったら連絡しますね。最短で、次の休みの日……書類の件もあるので、日曜……あはは、もう明後日か。話し合いが終わってからになるかと」
「わかりました。こちらも奥さんに関することでなにか動きがあれば、早めに連絡を入れるようにしますね」
「よろしくお願いします」
「えぇ。お互い頑張りましょう」
「頑張りましょう」
駅で五百蔵さんと別れ、私は家へと帰った。
「ただいまー」
「お帰り。ご飯食べる?」
「うん、ありがとう」
今日も母はいた。やはり、仕事から帰って食事が用意してあるのはありがたい。今週は週に二回来てくれているが、それでも十分だ。
「それで、どうだったの?」
「どう……って?」
「探偵に依頼した結果よ」
「あぁ、それね。ちゃんと分かったよ、三人目。名前だけじゃなくて、どこに住んでるのかとか、交友関係? なんかもわかる範囲で調べてくれたんだって」
「最近はすごいのねぇ」
「なんでもわかっちゃうよね。プライベートなんてあってないようなものじゃんって思っちゃう」
「調べたらすぐなにかしら出てきちゃうもんね」
「SNSにいろいろと載せている子も多いって言うし、きっともうそれが当たり前なのよね」
「子ども同士のあいだでだって、やってなくて仲間外れとか、話に入れないとかあるみたいだし」
『SNSは個人情報の宝庫だ』と、探偵さんは三人目のSNSのアカウントも発掘してきてくれた。私が使っていないSNSだったが、内容を見るために新しくアカウントを作成した。意を決して覗いてみた三人目の浮気相手のページは、幸せで溢れていた。
たまに映っている男性のものであろう手は、おそらくあの人のモノだ。そして……そして、その三人目の婚約者。三人目には婚約者がいた。そこまで突き止めてくれた。形も色も違うふたつの手。具体的に誰とも関係性も書かず、同じような扱いをSNS上ではしている。気付いている人は気づいているだろう、このふたりが別人であるということに。だが誰もそのことには触れていない。コメントをしていても、そこには触れないのだ。触れてはいけないと思っているのか、面白がっているのかはわからない。鍵もかけずにふたりの男性と婚約しているように見える内容は、見る人を選ぶだろう。
「あ、あの、このあいだウチにきた五百蔵さん……旦那さんね。今週奥さんに詰め寄るみたいだよ、休みの日に」
「あらあら、そうなのね? すんなり終わると良いわねぇ」
「……終わると思う?」
「終わらないと思ってるわよ?」
あっけらかんと母は答えた。
「あー、そう思うよねぇ」
同じように私も『すんなり終わると良いのにな』と思っていた。ここまでの五百蔵さんの心労を考えると、誰もができるだけ長引かずに終わってほしいと願うだろう。
「それで? アナタのほうはどうなの? 前に進めそう?」
「……うん。調査結果を見たときは、もう心折れるかと思ったけど。私ひとりじゃないもんね。周りの人も心配してくれるし、手伝ってくれるしで頑張るしかないなって」
「無理はしないようにね? 周りがフォローしたとしても、実際にすべてを担うのはアナタなんだから」
「わかってる。ありがと」
ご飯を食べ終えて私がしたことは、サトコへの連絡だった。きっとすごく心配して気にかけてくれているだろう。
「んー……とりあえずメッセージ送れば良いかな?」
いきなり電話しても、忙しいかもしれない。
「お疲れさま。やっと夫の件カタがつきそうだよ!」
なにがとは言わなくてもわかるはずだ。彼女が最初に教えてくれたのだから。
ヴーヴヴ。ヴーヴヴ。ヴーヴヴ。ヴーヴヴ。
メッセージを送ってすぐに電話がかかってきた。相手はもちろんサトコだ。
「もしもし?」
『もしもし? 見たよ! 離婚?』
「あはは、早いなぁ。うん、そうなると思ってる」
『相手のことわかったって言ってたもんね。交渉? はすんなりいきそうなの?』
「うーん、ちょっと難しいかもしれない。やっぱり慰謝料の件とかあるし」
『あ、そっか。それはそうだよね……』
「夫のほうは、なんか私が『離婚はしない』と思ってるみたいなんだよね」
『そうなの?』
「うん。離婚視野に入れてるって話したはずなのに、自分はなぜか離婚されない! って思ってるみたい。このあいだちょっとケンカしちゃったときも『シオが離婚されると困るでしょ?』みたいな言いかたしてくるの! 向こうが悪いのにこっちが悪いみたいな言いかたしてくるし、意味わからない余裕あるし」
『へー。なんだろうね、それ』
「わかんないよね?」
『わかんない』
「ね? 結婚してしばらく経つのに、なんだか全然知らない人みたいでちょっと怖いもん」
『聞いてるこっちも怖くなるじゃん』
「ごめんごめん! そんなつもりはないんだけどさ」
『でもあれじゃない? 自分に都合が悪くなったら、急に手のひら返すかもよ?』
「やだ、それありそう」
『シオはあの浮気相手と蒼飛さんが別れたとしても、もう離婚する気持ちは変わらないんだよね?』
「……うん。変わらないかな。今までの態度もそうだし、ふたりで一緒にいる未来も想像できないんだよね」
『そっか。だったら、すんなり離婚に応じてよ! って思うよね』
「そうそう! そうなの!! もうホント、今から疲れちゃうって言うか。ここから浮気相手のことと離婚の話するなら、絶対メンタル削られるしめちゃくちゃ疲れるだろうってわかってるから、余計にだよね」
『息抜き大事だよ?』
「それ実感してる。ねぇ、サトコまたご飯一緒に食べない?」
『良いよ、食べよ食べよ!』
「実はケンカしてから、夫と顔あわせてなくてさ……。休みの日もひとりなの。だから、ウチでケータリングとか採ってさ、プチパーティーしない? 前哨戦的な」
『良いよ、行く! お酒持って行ってもいい?』
「もちろん!」
やっぱり、サトコはいつも私のことを気にしてくれていた。次の休みは、五百蔵さん夫婦のこともある。なにがあるかわからない。だからそこからずらしてさらに翌週、私はサトコとともに食事を我が家でとる約束をした。




