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ねぇ、これ誰かわかる?  作者: 三嶋トウカ
3月

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第39話:両家の話し合い_3


 「えっ、あ、あれっ……?」

「借金……って、なんの話ですか? 奨学金とか?」

「違うわ。あなたたち、今年に入って車買い替えたんでしょう? 支払いが遅くなると、納車も遅くなるから……って、一月に帰ってきたとき現金貸したわよ……?」

「車? 買い替えてませんけど? お金借りるなんて話、一切聞いていませんけど?」

「おい、俺も知らないぞ母さん。いったいいくら貸したんだ?」

「さ、三百万……」

「三百万!?」


 金額の多さに思わず声を出してしまった。それは義父も同じようで、鳩が豆鉄砲を食らった顔で義母の顔を見ていた。


「満期になった保険の支払いがちょうどあったのよ。ボーナスと毎月の給与でちゃんと返すって言ってたから……」

「私は知りませんよ? 車は結婚してから同じ車に乗ってますし、先ほども言いましたが買い替えていませんし買い替える予定もありませんでした。それに、借金だとか、お金を借りるうんぬんも聞いていません。そんな大金、普通本当に車に使うなら、妻には相談するものだと思ってますけど」

「え、や、やだ……じゃああの子、三百万なにに使ったっていうの……?」


 義母の顔から血の気が引いていった。


「えーっと、まさかとは思いますけど、他にお金貸したりしていないですよね?」

「……給与が下がって、生活が厳しいって言うから、たまに貸してたけど」

「はぁ……。生活は苦しくないですよ。普通に生活するぶんなら、息子さん一馬力でも賄えます。でも、今後のことを考えて、私も仕事をしています。生活費は息子さんのほうが給与が高いので、多く払ってもらってはいますが。それでも、残りをすべてお小遣いにできますし、それなりの額じゃないですか? ……ちなみに、私には言うなって言ってました?」

「心配かけたくないから言うな……とは確かに言ってたわ」

「バレたらまずいですからね、私に。嘘なんだから」

「なんなのよ……。生活、苦しくなかったの……? じゃあ、なんのために……?」

「そりゃあ浮気相手に貢ぐため、ですかね?」


 私以外にも、彼の財布になり得る人間がいたのかと、怒りを通り越して呆れがやってきた。事実確認もせずホイホイ貸す義母も義母だと思ったが、相手は自分の息子だし、気持ちはわからなくもない。信じて貸した義母は可哀想だが、あのひとはやっぱりあの人で、根本はクズだったんだと私にとっては再確認になるだけだ。


 沈黙の中、義母のすすり泣く声だけが響く。


「あらあら、そんなに泣かなくてもいいんじゃないかしら? そちらは息子さんにお金を返してもらう、こちらは娘と離婚してもらう。なんだか、共闘できそうじゃない?」


 空気と化していた私の母が口を開いた。


「三百万、大金よね? 私たちにとっては葬式代かしら? あぁでも、まだ私、見られるなら孫が見たいもの。離婚に協力してくださいますよね? だって、そちらの息子さんと結婚していても、孫は見られないんだもの。複数の女性を抱いた手で、娘に触らないでほしいわ汚らわしい。他の女性も『妻以外は私だけ』なんて思っていたら、ちょっと可哀想よ、ねぇ? 節操のない男を好きになってしまった自分が、みじめで滑稽な存在になってしまうんだもの」


 ニコニコと微笑みながらそう言う母の目は笑っていない。母はずっと冷静に見えていたが、私が思っているよりもずっとずっと怒っていた。


「とにかく、次にお話しするときはお金の話は解消できるようにしましょう? こちらが請求するものはあっても、こちらが支払うものはありませんし」

「せ、生活費と三百万は」

「それは息子さんが個人で使ったものですよね? 娘はなにも知らなかった。それどころか、共同口座のお金を使い込まれたんですから、そのぶんを返していただきたいくらいだわ。浮気したんだから、もちろん慰謝料も」

「……」

「もちろん、こちらも穏便に済ませたいとは思っています。でも、お話が進まなければ、私毎日おうちに伺うかもしれませんので。近いうちに、またご連絡いたします。それでは、今日はこの辺で」


 出されたお茶にもお菓子にも手を付けないまま、私たち家族は弓削家をあとにした。見送りに来た義両親は深く頭を下げていたが、私たちは振り返らず車へ向かった。車で目の前を通り過ぎたときもまだ、ふたりは頭を下げたままだった。


「はぁ……」


 窓の外の景色を見ながら、私は溜息を吐いた。私は勝手に義両親に期待して失望したのだ。もっと、私の味方になってくれると、無条件で浮気した息子を責めてくれると思っていた。形だけだったとしても。でも、実際はそうじゃなかった。選ぶ言葉は息子を守ろうとしているように思えて、ただ悲しくなるだけだった。

 『浮気されるほうにも問題がある』『うちの息子は悪くない』と言われなかっただけマシかもしれない。そんなことを言われたら、なによりも先に怒りと悲しみの感情が沸き上がってきて、ビンタのひとつやふたつお見舞いしていただろう。止められても振り切って。


 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。


「ん? ……あ、メールか。……五百蔵さん? ええっと……あ、やった!」


 五百蔵さんからのメールには、私の話を探偵にしたことと、その探偵への依頼が可能なことが書かれていた。私も無事、探偵にさらなる証拠集めを依頼できるらしい。しかも私がした話をそのまま伝えてくれたようで、火木の夕方から、すぐ次の週からも可能だという。こんなにタイミングよく、すぐにできるなんて思っていなかった。忙しいだろうけど、明日すぐにでも探偵事務所へ行くべきと添えてある。五百蔵さんの優しさだ。


「ねぇ、昨日の五百蔵さんからなんだけど、私も探偵に依頼できるみたい。火木の日の夕方からお願いしようかな」


 楽しくなってきた。私が火木の女性に気づいていることがバレていなければ、このまま会うに違いない。時間が経てば経つほど、証拠を隠される可能性がある。会わなくなる可能性も。


 今日の夜、もしくは明日以降、あの人が家に帰ってくるかはわからない。帰ってきても帰ってこなくても、とても忙しい一週間になりそうな予感がした。でも、この忙しさはきっといい忙しさだ。明確な目的も目標もある。出費は痛手だが、必要経費だし問題ない。独身時代の貯金が役に立つ。


「お父さんたちが手伝えることは?」

「そうだなぁ……。週に一回でも良いから、家に泊まってくれると助かる。あの人が帰ってきたら、正直今はなにされるかわからなくて怖いから。さすがに、お父さんかお母さんどっちかいたら、なにもしてこないと思うんだよね。……暴言は吐くかもしれないけど。萌乃さんの家に行ったとき、ウチのお父さんへの言いかた! って思ったし」

「それなら母さん、覗きに行ってもらっても良いか?」

「そりゃもちろん構わないわよ。私だって心配なんだから」

「決着がつくまでは、こまめに連絡を取ろう。それから、早めに次の家を契約しなさい、蒼飛君にバレないように」

「保証人、お父さんにしても良い?」

「当たり前だろう。もらったら書類はすぐに書くから」

「うん、ありがとう」


 大家さんに連絡して、新しい家についても聞かなければならない。向こうから連絡は来るはずだが、こちらから先に連絡することも視野に入れなければ。


「あぁ、それから。この話はあまり他人にしないほうが良いと思うぞ」

「え、なんで?」

「世の中、こういう話を面白がってネタにするヤツらもいるからな。自分の話なら良いが、そうじゃない、他人のだ。自分が楽しむために、自分が注目されるために、平気な顔をして人のことを傷付けてくる。……仕方ないと思える範囲以上の、辛い思いはしてほしくない」

「お父さん……」

「それに、途中経過を話したら、誰の口からどこに話が回るかわからないからな。話して楽になりたいかもしれないが、話すなら父さんと母さん、あとは弁護士や探偵だけにして、全部が終わって笑い話にできるようになってから話しなさい」

「……うん、わかった」


 サトコには申し訳ないが、もう少し話がまとまってから経過を伝えよう。一番最初に伝える他人は、絶対に彼女だ。

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