第38話:両家の話し合い_2
『三階か?』
『多分。えっと、一番端の部屋だったから……』
マンションへ入るところから録画していたらしい。地面を撮っているが、この言葉を言った記憶が私にはあるし、聞こえてきたのは間違いなく私と父の声だった。
『……どうやって入ろう……』
『一人暮らしの女性だから、警戒はしているだろう。お前が行くのが良いだろうが……』
『私なら騙されるかもしれない……で考えたら良いんだよね? きっと』
『ドラマや漫画ではよく見るけど、実際そう上手くいくのかな……』
ピーンポーン。
『――はい』
「この人が相手です。小鳥遊萌乃さんと言います。まだ、二十一歳です」
少しだけ口を挟んだ。
『あの、三〇一の者ですが。管理会社の人が封書を持ってきたんですけど、間違えてこの部屋のを置いていってしまって。中見て気が付いたんですけど【タカナシモエノ】さんですよね? 家賃についての書類だから、直接渡したほうが良いかなと思って……。自分のだと思ったから、勝手に見てしまってすみません』
『あ、ありがとうございます。今行きます』
ガチャン。
『――あ』
『えっと、ありがとうございます』
『小鳥遊萌乃さん、ですよね?』
『……えぇ。あの……?』
『弓削蒼飛。……ご存じですよね?』
『……』
『お邪魔、しますね?』
『――どうぞ』
ここでようやく、萌乃さんの顔が映った。女性が見ても、可愛らしい顔をしている。改めて思うが、不倫なんてせずとも、相手には困らないだろうに。もったいない。
『……萌乃? 終わった?』
『ふふっ。お疲れさま? って言ったらいいのかしら?』
『――あ?』
ピクリ、と義両親の表情が動いた。息子の声が聞こえたからだ、絶対に。
『なっ……は? え? はぁ? なっ、なんで!?』
『毎日毎日飽きないわね? ……あぁ。若い子だから、飽きないのかしら? それとも、部下だから飽きないのかしら? ……それとも、浮気……だからかな?』
『なっ、あぁ、あぁぁ? なっ、なに言ってんだよ! はぁ? てか、お前なんでここにいるんだよ!』
『開けてもらったの、萌乃さんに。……お招きありがとう。急に来ちゃって、ごめんなさいね?』
『帰れよ! 邪魔なんだよ! あぁもう! なんでいんだよ!!』
父は少し後ろに下がっていたが、この撮影のために下がっていたのかと納得した。今どき録画のスタート音が鳴らないアプリはあるし、ライトだって光らない。画面には録画されていることに気が付いていない弓削蒼飛が映っていて、その彼は妻である私が浮気相手の家にいることに対して焦っているのは明白だった。
「あぁ……」
「蒼飛……なんで、なんでこんな……」
萌乃さんや私の声に被せて、義両親が言葉を漏らしていく。動画の中で萌乃さんは弓削蒼飛との浮気を認めていて、私と萌乃さんのあいだではしっかりと話が進んでいた。初めて浮気相手を詰めるという行動をとったが、言い訳もせず抵抗もしない萌乃さんは、かなり話をしやすい部類だったんだと思う。親には言わないでほしいと言われたが、本人がきちんと対応してくれるなら私はそれで構わない。喋れば喋るほど弓削蒼飛の評価は下がり、相対的に小鳥遊萌乃の評価は上がっていった。これが言い訳したり私をバカにするような発言をする人だったら、同じように評価は駄だだ下がりだったと思う。
『お邪魔しました。……急に、ごめんなさい』
『あ……いえ。……すみませんでした』
『……もしなにか、伝えたいことがあれば連絡してください。これは私の電話番号です』
『はい……』
『君はまだ若い。あの男のどこが良いのかは私もわからないが、自分の人生を無駄にするんじゃない』
『うるさい! お前が決めるな!』
『蒼飛君、君、今同じ男である私の目から見ても、みじめで滑稽だぞ?』
『……っ!』
彼が喋った最後の台詞が流れ終わり、父は再生をやめた。
「息子さんは私に離婚をちらつかせて脅そうとしました。彼は私が離婚したくないと思っているようです。浮気を問い詰めた今はわかりませんが。でも私は、離婚したいと思っています。というか、離婚一択です。それ以外の選択肢は私にはありません」
ハッキリと私は言った。
「え、あ、離婚……?」
「で、でも、離婚は世間体が……それに、まだ蒼飛の話も聞いていないし……」
離婚という言葉にしり込みするふたりを見て、私は驚いてしまった。まさか、離婚に対して反対意見が出てくるとは思っていなかったのだ。
「え、離婚以外ないですよね?」
「そ、それはそうかもしれないけど……。で、でも、私はまだ、蒼飛と話をしてないのよ。電話しても出ないし、kiccaを送っても既読が付かないし……」
「あ、それ、いつものことです。自分に都合の悪いこととか、どうでも良いことに対しては、こちらが重要だと思っても見ないし返してきませんよ」
「……」
「だ、だが、やはり一度夫婦になったんだから、ここはお互い歩み寄って……」
「あの、お言葉ですが。あの人のどこに寄り添えば良いんですか?」
「それは……」
「最悪、私はあの人に間接的にでも殺されると思いますけど。それでいいと思ってるんですよね?」
「そういうわけじゃ」
「蒼飛さんはひとりっ子ですけど。もし、姉か妹がいたとして、その姉妹に同じことが起こっても、娘さんに『世間体が悪いから離婚するな』『浮気されてもモラハラ受けても歩み寄れ』って言うんですか? とんでもない親ですね?」
私は心底驚いたような顔をしてそう言ってのけた。義両親は良い人だと思っていたのに。話がわかる人だと思っていたのに。残念で仕方がない。
「とてもじゃありませんが、こんな物言いをする危険な男の家に、大事な娘を置いておくことはできません。娘を蔑ろにすることがわかっているのに、その場に置いていく親がいますか?」
「……仰る通りです」
義父は項垂れ、義母は泣いた。私はなにも言わなかった。
「今日お話しして、良くわかりました。あなたがたはあくまでも息子さんの味方で、娘の味方ではない。くれぐれも、邪魔はしないでください。娘は、弁護士や調停、裁判所を利用しての離婚も視野に入れています。調停や裁判になれば、息子さんの名前は記録に残る。慰謝料を支払えば、それだって残るんだ。そうなれば、再婚は難しくなるかもしれない。離婚した理由を気にする親は、多いでしょうからね? 慰謝料を払ったのがどちらか明白ならば、有責がどちらなのかも明白でしょう?」
「裁判所なんて……」
「息子さんのためを思うならば、余計なことはしないほうが良い。息子さんは今、自分で有責事由を増やしている状態です。彼はわかっていない。自分がどんな状況に置かれているのか。妻は自分の言うことを聞くと思っているし、離婚しないと思っている。浮気はあくまで遊びで、その相手にもきっと、責任を果たさないでしょう。……こんな話が、この界隈で噂になったら、さぞかし生活しづらそうですね? あの子は私の息子ではないですし、私もここには住んでおりませんので。まぁ、我が家には関係のないことですが」
淡々と話している父の顔は、まったく笑っていなかった。
「すみません、すみません」
「ごめんね、シオちゃん……ごめんね……」
「はぁ」
謝られても『気にしないでください』だとか『悪いのは蒼飛さんですから』なんて言葉は出てこなかった。ふたりがなぜ謝っているのかもよくわからなかった。
「あ、今日は息子さんがなにをしたのか知っていただきたかっただけなので。この辺で失礼します。申し訳ありませんが、あまり生産性のあるお話ができそうにないと感じたので。また後日、日を改めてお話させてください。もしかしたら、この家にお金を隠しているかもしれませんし、浮気相手呼んだりする可能性もゼロではないと思っているので。もし、変な動きがあれば教えてください。息子さんには言わずに」
「あ、あぁ。もちろん」
「ね、ねぇあなた……離婚するときって、借金ってどうなるのかしら……?」
「え? 借金?」
私が義母を見ると、義母も私を見た。




