第35話:想定外の訪問者_4
「少しだけ、我が家……夫の話をしても良いですか?」
「はい! それはもちろん!」
「ウチの夫は、ほぼ毎日どこかへ行っています。遅い時間にしか帰ってきません。休日は、朝から晩まで家にいないですし、共同口座のお金も使い込んでいて空っぽでした。イライラしたり、思い通りに行かないってわかると、よくわからない理論を展開してきたり、暴言を吐いてきたり。あぁ、浮気相手は……五百蔵さんの奥様と、会社の新人ですね」
「はい。……この度は、本当にご迷惑を……」
「いえいえ! 謝らないでください! 一応確認なのですが、ウチの夫とは、今年の一月、同窓会からの関係ということで間違いないのでしょうか……?」
「そう、ですね。それ以前にご主人と妻がやり取りしていた履歴はないですし、誰かに相談していたという内容も見られませんでした」
「……そうですか」
「もしかして、実はもっと以前から関係が……?」
「違うんです! そうではなくて……」
はぁ、と私は昨日から何度目になるのかわからない大きな溜息を吐いた。
(これ、五百蔵さんの奥さんが、二人目の浮気相手じゃなくて三人目の浮気相手……ってことだよね?)
考えたくはないが、夫の浮気相手はふたりじゃない。三人だということ。だって、時期が合わないのだ。kiccaの内容を見るに、五百蔵さんの奥さんはあの人のことを【蒼飛君】と呼んでいる。関係は今年に入ってからでまだ浅いから、それも踏まえると一番最初に見つけた、手帳に挟んであった手紙の主ではありえなかった。
(まったく……!! 何人の女性と浮気すれば気が済むのよ……!!)
「その、なんと言いますか……。これはウチの問題で、五百蔵さんのご家庭とは関係ない話なのですが。……奥様と会っているのは、休日だけで間違いないんですよね?」
「そうですね。休日に探偵をつけたあと、浪費や育児放棄の証拠も撮れればと、先週は平日も通しで探偵をつけたんです。そうしたら、平日はママ友らしき人たちと出かけていて、ご主人と……男と会っているのは休みの日だけでした」
「そうですか……じゃあ、やっぱり……」
(浮気相手が三人なんじゃん……!)
「あぁもう……!」
「どうかしましたか?」
「三人」
「はい?」
「三人いるんです、夫の浮気相手」
「三人ですか!?」
「はい。月水金は、会社の後輩の女性の家に行っていることはわかっていて。昨日話をしてきました。決着は……多分ついたと思います。それで、残っていたのが火木と土日だったんです。で、土日は五百蔵さんの奥様ということで。そうすると、火木が余るんですよね」
「友人や会社の人といる可能性は……?」
「実は、結婚して半年も経たないうちから浮気してたみたいなんです」
「それは酷い……」
「その相手が、火木、ですね、恐らく」
「それじゃあ、毎日浮気じゃないですか」
「なんですよね。そうなっちゃう。でも、間違ってないと思います。誰なのかはわかってないですけど、少しは証拠もありますし。土日でこのあとも探偵をつけてもらえるのは、私もありがたいです。三人目の可能性を追えるので、確実に」
私がこのあとやることは決まっている。二人目だと思っていた三人目を、誰なのか突き止めることだ。二人目である五百蔵さんの奥さんは、私がせずともご主人が追い詰めてくれるし、証拠ももらえるからあの人を追い詰めるのは簡単だ。一人目はもう追い詰めた。だから、三人目に集中できる。
「私のお願いしている探偵を紹介しましょうか?」
「え、良いんですか?」
「えぇ! 初めて探偵に依頼しましたが、良いところに依頼できたと思っています。親身に話を聞いてくれますし、依頼料や成功報酬、オプションについても丁寧に説明してくれます。開始から終了までの流れも教えてくれて、調査結果もこんな感じで」
もう一度、奥さんの浮気調査の書類に目を通す。探偵に依頼した結果を見るのは今日が初めてだが、これだけしっかりと調べてくれるのなら、私も使ってみたい。
「ぜひ、お願いします!」
「わかりました! 明日事務所に行く予定だったので、そのときに話をしておきますね」
「よろしくお願いします!」
「あの、連絡先をお聞きしても良いですか? メールアドレスで良いんです。また証拠が増えたらお渡ししたいのと、今後についてもお話しできたらと思いまして」
「はい、大丈夫です」
私は五百蔵さんのスマホに、自分のメールアドレスを打ち込んだ。
「ありがとうございます。こちらに私の電話番号とアドレスを送っておきますので、なにかあればいつでも連絡してください。私も、他になにかあれば連絡させていただきます」
「はい。……あ、下世話な話で申し訳ないのですが。慰謝料ってどうしたら……?」
「ご主人とは離婚されるんですよね? 私は請求したいと思っています」
「そう、ですよね」
「反対に、奥様にもこちらに請求する権利があります。そうすると、相殺……というのが現実的でしょうか。本当なら、そちらが離婚してから、慰謝料を請求しようかと思っているんですけどね。そうしたら、奥様がご主人に慰謝料をせびられることもないですし」
「私が請求したとしても、奥様と離婚される前だったら、せびられるかもしれないですもんね……」
「そこはお気になさらず。必ず妻に払わせますから。どんな手を使っても」
そう言って、五百蔵さんはニッコリと笑った。なにか手立てがあるとでもいうのだろうか。それを聞くのは無粋だろうと思い、私は聞かないことにした。
「今日は、急に来てしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ! こちらこそ、奥様とうちの夫がそんなことになっているとはつゆ知らず……。教えてくださりありがとうございました、ご迷惑おかけしましてすみません」
「とんでもないです。今日はこの辺でお暇させていただきます、ふたりで会っていると思っていますが、もし違っていて帰ってくると問題ですので」
「あ! それならちょっと待ってください!」
私はスマホであの人のGPSの位置を調べた。もしかしたら、車のカギは持っていて、知らないうちに取りに来ているかもしれないし、向こうの実家へは帰っていないかもしれない。
「……うん。いつものホテルだね。これ、どうぞ。車にGPS仕掛けてあるんです。知らないうちに帰ってきて、車は乗っていったみたい」
GPSは、一度あの人の実家まで行ったが、そのあと近所のコンビニへ移動して、さらにホテルへ向かっていた。移動はそこで止まっていて、今もまだ動かない。
「そうだ、ちょっと待っててください」
私は急いでGPSの履歴をコピーして封筒に入れると、五百蔵さんへ渡した。
「これ。私が調べ始めてからの、ウチの夫のGPSの履歴が入っています。当然土日も。証拠になると思うので、どうぞ、持って行ってください。今そちらがお持ちの証拠と比べたら、本当に土日以外では会っていないのかも、再確認できると思います。それに、証拠の強化にも」
「ありがとうございます! なんて言ったらいいのか……」
「今この言いかたで正しいのかはわからないんですけど、困ったときはお互いさま、ということで」
「はい! 探偵事務所から帰ったら、また連絡させていただきます。もしその、他に証拠が見つかったら、教えてください」
「わかりました。……辛いことしかないですけど、今のところ。お互いに頑張りましょうね」
「えぇ。頑張りましょう」
私たちは疲れた笑顔を見せあって別れた。
「……はぁぁぁぁ、三人かぁぁぁぁ……」
頭が痛い、猛烈に。ひとりだと思っていた浮気相手は、過去の手紙との照らし合わせでふたりに増え、五百蔵さんの登場でまさかの三人になった。……五百蔵さんは、完全にノーマークだった。同窓会を機に……という話は、あることは知っていたがまさかそんなと思っていた。まさかうちに限って。まさか夫が。まさか、まさか――。
ここまでくると、本当にどうして私と結婚したのかわからない。独身のほうが、しがらみはないだろうのに。
「どうしようかな……サトコに連絡入れておこうかな……」
まだサトコには、会社の後輩と対峙したことを伝えていない。相談せずに独断で決めたことだから、なにも話していないのだ。
「……まぁ、まずは明日、お義父さんお義母さんも含めて話したあとで良いか……」




