第34話:想定外の訪問者_3
もらったお菓子を食べながらコーヒーを飲んだ。五百蔵さんの奥さんがあの人と浮気をしていたのは良くわかった。
「奥様とウチの夫が同級生なんですよね? お住まいはどちらですか?」
「妻の実家の近くに。学区は違いますが、それでも近くに住んでいます」
「……同窓会に行ったんですよね?」
「妻は行きました。今年の一月にあった同窓会ですよね? それからなんです。様子がおかしくなったのは」
「先に言いましたが、ウチの夫も行ったんです。……前々から様子がおかしくはあったんですけど、一度落ち着いたように見えて。それであの、同窓会を境にまた、様子がおかしくなって……」
五百蔵さんの話を聞きながら、私はkiccaのやり取りに目を通した。よく『このやりとりはクロ』という言葉を聞いたり見かけたりするが、なるほど、そういうことかと納得した。『愛してるよ』『早く会いたい』『結婚したい』『お互い離婚できたら』『昨日は一日一緒にいられて最高だった』『妻に愛情はない』『夫のことは好きじゃない』『イチャつきたい』『私には蒼飛だけ』『俺にも』『蒼飛の子どもがほしい』『絶対可愛いはず』『次はいつ会える?』『また一日ホテル行こう』『大好き』『ラブラブしたい』『夫が邪魔』『嫁が邪魔』なんて、脳内お花畑でなければ書かないだろう。お互い配偶者がいて、相手はお子さんもいるのに。
これに加えて、一緒にいたときの男女の営みがうんぬんという話や、プレイ内容について。次会ったらナニがしたいか、どうされたいか……なんて、口に出すのもはばかられるうえに、とても子どもには見せられない内容がてんこ盛りになっているのだ。実際、こういう話をしている人は多いのかもしれないが、不倫なのだから嫌悪されても仕方がないと思う。これをクロもクロ、真っ黒どころか漆黒の闇と呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか。これを初めて読んだときの、まだ『妻は潔白かもしれない』『自分の気のせいかもしれない』と思っていただろう五百蔵さんの気持ちを考えると、気の毒過ぎて下手なことはとてもじゃないが言うことができない。
……一番キツかったのは『子どもが邪魔。産まなきゃよかった』『ただの荷物でしかない。可愛くない』という言葉だった。私にはまだ子どもはいないが、これがどれほど残酷で自分勝手な発言なのかはわかっているつもりだ。
「ええっと、これだけハッキリしたやりとりがあると、いっそ清々しいですね……?」
「……離婚するつもりですが、子どもだけ心配です、子どもだけ」
「親権、ですか?」
「そうです。やはり、子どもが小さいうちは、女性のほうが有責でも有利だと言うんです。でも、彼女は子どもの面倒なんか見ていない」
「じゃあ、普段はご主人が?」
「はい。ふたりいまして、今は専業主婦をしてもらっているのですが、日中出かけることも多くて」
「お子さん、おいくつですか?」
「二歳と四歳です。もともと、出かけるのが好きなタイプではなかったのですが、SNSでママ友がたくさんできたみたいで、その人たちとランチへ行ったり飲みに行ったりしていて」
「ママ友……なら、お子さんも連れていくのでは?」
「それが、平日は私の実家に預けて、フラッと行ってしまうんですよね。それ自体は本当に食事に行っていて、よく写真をあげているので、私も把握しています」
「な、なるほど」
「妻曰く、息抜き、だそうです」
「あの、よくお金が続きますね……? あ、すみません。ご主人の収入がどうの、という話ではなくて、奥様が働いていたとしても、しょっちゅうそれじゃあ出費が半端ないのでは? と思ってしまって。気分を害されてしまったら、申し訳ないです」
「いえいえ、そんなことは。私も不思議に思ったんです。もともとは共働きだったんですが、下の子の育休から復帰したところで、上も下も結構病気をしやすいなと感じまして。頼んで辞めてもらったんです。一馬力でもなんとかなると思ったので」
「そうだったんですね……」
「育休中からけっこう出かけてたんですよ。でも、子どもとずっと家にいるのは息が詰まるだろうし、私も仕事が忙しくてなかなか家事育児に参加できなくて、申し訳ないと思っていて。それで本人が楽しく過ごせるなら、それでいいと思っていました」
五百蔵さんは、今にも泣きそうな顔をしていた。
「ケンカも増えました。最初はね、妻の実家に子どもも預けていたんですよ。頻度が増えて、預かり時間も延びて『もう預かれない』と言われてしまって。……そうあちらの両親に言われるまで、そんなに出かけているとは思っていなくて。このときはまだ、家事もしてくれていて、メチャクチャ帰りが遅くなるとかはなかったんです。酷くなったのは、自分の実家に預けられなくなったからと、私の実家に預け始めてからですね。育休明けて、復帰して、辞めてから。そうしたら、もう自分にお金入らないじゃないですか? それで、自分と私の親からお金をもらったり、子どもの貯金に手を出したり。家庭の貯金も、ですね。子どもに対する態度も冷たくなって、私に対してももちろん……あ、ごめんなさい、なんだか愚痴みたいになってしまって」
「いえいえ、気にしないでください」
「ありがとうございます。そんな感じだったけど、女性同士だし、子どもの話もしたいだろうし……と目を瞑っていたところに、急に服装やメイクが変わって『あぁ、これは男だ』と直感がね、働いたんです。大正解でした」
『我が家とそう変わらないんだな』というのが私の感想だった。ウチもそうだ。自分の給与では足りないのか、共同口座に手を出してすっからかんにし、家事は放置でいつまでも帰ってこないし気が付いたら家にいない。私のことは考えていないし、もちろんお互いの親のことも考えていない。浮気相手にはイイ顔をしたいのはわかっているが、バレたら自分がどうなってしまうのか。家族は、仕事は、世間体や体裁は? と、考えることはたくさんあったのだから、もっとしっかり考えてほしかった。
「あ、それで。私に協力してほしいことというのは、いったいなんでしょうか……?」
「今のままでも証拠は十分だと思っているのですが、もう少し育児放棄の証拠がほしいと思っていまして。今後妻がどうなろうと、私にはどうでも良いことです。でも、子どもは違う。親権がほしいんです。あの女のところに、子どもを行かせたくはない」
(まぁ、そうだよね……)
私だって五百蔵さんと同じ立場だったら、妻に子どもを渡したくないと思う。遊び惚けているうちに、子どもが死んでしまうかもしれない、なんて最悪なことを考えるのも容易いからだ。それに、もし相手が再婚しても、今の状態でそれだけ子どもを放置しているのだから、夫婦で出かけて子どもだけ家に置いていく……なんて考えもできてしまう。とにかく、五百蔵さんの奥さんが親権を取ることは、現状から見て良くないだろうと言うのは私にもわかったし、同意見だった。
「育児放棄なんですよね? 私にできることってありますか?」
「……もう少しだけ、正確には、あと二週間ほど。ウチの妻とご主人が浮気をしていても、見なかったことにしてほしいんです。そうしたら、最低二か月は子どもを放置して男と一日中出かけていたという証拠になる。それが強いか弱いかわかりません。……期間だけ見れば弱いということはわかっています。でも、自由にできるお金がないからまた実家からもらったり、貯金に手を付ければわかります。最低限、離婚できなかったとしても子どもを連れて別居がしたい。私が子どもを育てたという実績が一日でも長くほしいんです。……それに、もし長期間子どもと離れたら、妻なら、ハッキリと私に直接『子どもはもう要らない』と言い出しかねない。そしたら、遠慮なく親権をもらえるので楽なんですよ。見栄や嫌がらせのために主張してくる可能性はありますが。そちらの御主人とのチャットでは、子どもは要らないって言ってますしね」
「大丈夫ですよ。私もう別居みたいなものですし、同じくその期間の証拠を私にもいただけるのなら」
「もちろんお渡しします! あぁ、ありがとうございます!」
一転して、五百蔵さんの表情は明るくなった。




