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ねぇ、これ誰かわかる?  作者: 三嶋トウカ
2月

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第29話:タカナシモエノ_3


 そんな父の申し出を断ることもできず、私は母の運転で助手席に父を乗せてマンションへ向かった。いつもあの人たちが会社帰りにもえのさんのマンションへ辿り着く時間よりも前に、少し離れているがマンションが良く見える位置へ車を停める。お昼ご飯を食べ終えてから、私と両親でいったいどんな言い訳が相手から飛んでくるかと、シミュレーションしていた。最初は大人しくしているかしらばっくれるかもしれないが、いつ攻撃的になるかもわからない。とくにあの人だ。相手のことを好きならば、守ろうとしてどんな態度を取られるかわからない。写真で見る限り、可愛らしい子だった。年も若いし、会社の人間なのだから。


 母も父も、私に気を遣ってくれたのだろう。ご飯を食べ終えてから、新しい服を買いに連れて行ってくれた。『お金は自分のために、今後のために使いなさい』と、すべて買ってくれたのだ。大人になって申し訳ない気持ちもあったが、有り難く受け取った。弁護士へ依頼するかもしれないし、引っ越しすれば費用も嵩むし新しく買い直さなければならない家具もたくさんある。いくらあっても足りなくて、湯水のごとく消費してしまうことはわかっていた。


「着いたな。ここであっているんだろう?」

「うん。突然引っ越ししてなければ、間違ってないよ」


 マンションを眺める父が私に問うた。私はこのマンションのことを、一生忘れないだろう。ここへ来る前に寄り道した、あのコンビニのことも。


「一度帰ってきても良いのよ?」

「んー……でも、できればやっぱり頼りたくないよ」

「引っ越しのあてはあるのか?」

「今住んでるマンションの大家さんが『別のマンションに空きができたから、ひとりで住むならそっちはどうか』って。管理会社に確認してくれてるの。今なら新生活に向けて家電とか安くなってるでしょ? だからそのあいだに買っておきたい気持ちもあって。年度変わってからよりも、変わる前のほうがなんとなく新生活に馴染みやすい気もするし」

「……そう。引っ越しは手伝うからね? いつにするのかはちゃんと教えなさいよ? 家電も一緒に買いに行くから。その場で運べるものは運んだほうが、いつ配送されるかって気にしなくても良いし」

「父さんも休む」

「え、それはさすがに」

「男手は多いほうが良い。早く終わる」

「あ、ありがと……」


 なんだか大事にしてしまったようで心が痛い。……離婚は大事だとは思うが、自分のことに家族を巻き込んでしまったようで胸が痛んだ。


「……そういえば、シオ」

「なに? お母さん」

「あのね、ちょっと気になってたんだけど……」

「あ、あれ。蒼飛君じゃないか?」

「え? あ! ホントだ!!」


 マンションに向かっていく二人組の男女。男性側は、間違いなくあの人だった。そして女性は……。


「あの子が……タカナシモエノ? で、間違いないか?」

「……遠くてちょっとよくわからない。けど、あのコート、サトコが見せてくれた写真のコートと同じに見える」

「じゃあ決まりだろう」

「え、あ、お父さん? どこいくの!?」

「あのふたりのところだよ。お前も行くだろう?」

「えっ、私だけ行くんだよね?」

「なにがあるかわからないからな。ついて行くに決まってるだろ」

「なにが……って」

「激高したらどうする?」


 確かに、父がいれば心強い。あの人も多少大人しくするはずだ。スムーズに話をするためには、これが良いのかもしれないと思った。


「……ありがと。お母さんはここで待っててね?」

「ふたりとも、気を付けてね?」


 母を車に残して、あのふたりが部屋へ入ったことを見届けてから、私と父はそのあとを追った。オートロックのマンションだと思っていたのだが、そうではないことを前回行ったときに確認している。部屋のドアさえ開けさせることができたなら、話し合いは可能だった。


「三階か?」

「多分。えっと、一番端の部屋だったから……」


 賃貸だからか、それとも防犯の面からか、集合ポストにも部屋にも表札は出していなかった。しかし、部屋へ入ったところは確認して、階段から遠い一番端の部屋だということはわかっている。そこまでわかっていれば、辿り着くのは容易い。


「……どうやって入ろう……」

「一人暮らしの女性だから、警戒はしているだろう。お前が行くのが良いだろうが……」

「私なら騙されるかもしれない……で考えたら良いんだよね? きっと」


 騙して家に押し入るのは心苦しい……が、襲いに来たわけでも強盗をしに来たわけでもない。証拠がほしいのだ。決定的な証拠が。


「ドラマや漫画ではよく見るけど、実際そう上手くいくのかな……」


 私は意を決して小鳥遊萌乃の家のインターフォンを押した。


『――はい』


 声は低いが、女性の声だった。警戒しているに違いない。


「あの、三〇一の者ですが。管理会社の人が封書を持ってきたんですけど、間違えてこの部屋のを置いていってしまって。中見て気が付いたんですけど【タカナシモエノ】さんですよね? 家賃についての書類だから、直接渡したほうが良いかなと思って……。自分のだと思ったから、勝手に見てしまってすみません」


 自分でも、驚くほどスラスラと言葉が出てきた。最初の一語さえ口から上手く出たら、あとは勝手に口が動いてくれた。


「あ、ありがとうございます。今行きます」


 良心が痛まないかと言われたら、今まさに痛んでいる真っ最中だった。私の言葉を一切疑うことなく、彼女はこちらへ来ると言った。お礼まで言って。私が誰なのか、嘘を吐いていったいなんのためにここへ来たのかも知らずに。父には下がってもらった。ドアの後ろへ隠れるように。父が見えたら警戒してすぐにドアを閉められてしまうかもしれない。


 ガチャン。


「――あ」

「えっと、ありがとうございます」


 笑っていた。彼女は。純粋に、私がこのマンションの人間だと信じているのか。


 私は玄関の靴を見た。彼女の靴と、男物の靴。見覚えのある――。


「小鳥遊萌乃さん、ですよね?」

「……えぇ。あの……?」


 訝しがっている。当り前だ。


「弓削蒼飛。……ご存じですよね?」


 私はニッコリと笑って見せた。


「……」

「お邪魔、しますね?」

「――どうぞ」


 彼女はすべて理解した顔で私を部屋へ通した。その表情は引きつっていたが、言い訳も抵抗もしていない。


「……萌乃? 終わった?」

「ふふっ。お疲れさま? って言ったらいいのかしら?」

「――あ?」


 スマホを弄っていたあの人と目が合った。


「なっ……は? え? はぁ? なっ、なんで!?」

「毎日毎日飽きないわね? ……あぁ。若い子だから、飽きないのかしら? それとも、部下だから飽きないのかしら? ……それとも、浮気……だからかな?」

「なっ、あぁ、あぁぁ? なっ、なに言ってんだよ! はぁ? てか、お前なんでここにいるんだよ!」

「開けてもらったの、萌乃さんに。……お招きありがとう。急に来ちゃって、ごめんなさいね?」


 もう一度、ニッコリと笑って見せた。萌乃さんは動じていない。すべてがバレたことを理解しているのだ。それに比べて……。


「帰れよ! 邪魔なんだよ! あぁもう! なんでいんだよ!!」


 この男と来たら。


「もうね、全部わかってるの。浮気してたでしょ? 現在進行形で。……わざわざ女性の部下の元に、上司が来たりしないよね? しかも、週三で」

「あ、いや、これは……」

「テーマパーク、楽しかった? バレンタイン、手紙までもらったのに全部私に任せるなんて。可哀想じゃない萌乃さんが。月水金で、この家に来てるんだもんね。あ、私も知らなかったけど、仕事休んでる日もあったし、出張って嘘吐いて何度も旅行行ってたよね? 楽しかった? ……ねぇ、楽しかった?」

「だったらなんなんだよ! 勝手に人んちに入ってきて、挙句に浮気疑うなんて! なに考えてるんだよ!」

「……私から言わせたら、家に帰らず嫁に暴言吐いて浮気している君のほうがどうかと思うがね?」

「――は?」


 萌乃さんの後ろに、父がいた。中に入ってきたらしい。心配で付いてきたのだから、それも当たり前なのだが。言い争いは聞こえなかったから、すんなりと萌乃さんが入れてくれたのだろう。


「な、なんでお義父さんがここに……?」

「そりゃあ、大事な娘が傷つけられているのに、黙っている親はいないだろう?」

「いやっ、え、あ、そのっ……」


 私にはあんなに強気に出ていたのに、父を目の前にするとまるで怯えた小動物のようだ。

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