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ねぇ、これ誰かわかる?  作者: 三嶋トウカ
2月

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第28話:タカナシモエノ_2


 父は母と同じでいつも私を心配してくれる。あの人と仲は良かった。一緒にお酒を飲んだり、父の友人との麻雀に紛れ込んでいたり。仲が良くて、気に入っていた。最初は難色を示していた結婚も、結果的に許してくれたし、結婚が決まってから仲良くしようとしてくれた。そうしてくれたから、仲の良いふたりになった。……このときの父の難色は、正しかったのかもしれない。今になって『結婚に関する親の勘は当たる』という話を思い出した。当時思い出していても、きっと私は『私たちなら大丈夫』と振り切っていただろう。そうして結局、同じ結果になっていたに違いない。


「住所、教えてくれるかしら? その、お相手さんの」

「まさか、来るの?」

「お父さんに聞かれたとき、答えられないと困るもの」

「……家まで来そう」

「そりゃあ、あの人はそういう人だもの」


 母はクスクスと笑っている。


 ――ヴーヴヴ。ヴーヴヴ。


「……もうやだお父さんったら。今メッセージ送ったっていうのに、ちゃんと仕事してるのかしら」

「休憩してたのかもね」

「もう……もしもし?」


 仕事中の父から即折り返しの電話が来たのだ。私は気にならないが、母は気になったのだろう。だが、私は父の気持ちがわかる。母がどのようにメッセージを打ったかはわからないが、私だって同じように即返事をするだろう。なにが起こったのか詳細を知りたいし、相手を責め立てたくなっているから。すぐにでも。


「……えぇ、はい、はい。そうねぇ。……うん。そうなのよ。まさかねぇ……」

「お父さん、なんて?」

「わかった。じゃあ、待ってるわね。気を付けてね?」

「……なんだって?」


 電話を切った母は、ふぅ、と目を丸くしてこちらを見た。


「帰ってくるって」

「は? え? 今から?」

「そうよ?」

「帰ってきてどうするの?」

「持ってるもの全部見るって。あと『俺も一緒に行く』って言ってたけど。……お父さん、言い出したら聞かないから」

「……心強いかな、急にお父さんが来たら、あの人も驚きそうだし。強気に出られないだろうし」

「向こうのご両親には? 伝えたの?」

「まだだよ。……言うに言えないというか、でも、離婚するなら言わないといけないよね。……好き勝手言われて私が原因って反対に責め立てられたら、ものすごーく腹が立つし」

「あの喋った感じじゃあ、言いかねないわねぇ……。好青年に見えたけど。常套手段なのかしら、はぁ……」


 母が大きな溜息を吐いた。私を責めるわけでもなく、あの人を責めるわけでもなく。


「シオ、お父さんが帰ってくるまでここにいなさい。家へ向かうのは夜なんでしょう? 気持ちを落ち着けなきゃダメよ?」

「わかってる」

「お昼ご飯、なにが食べたい? 鋭気を養わないとね? 強気にいかなきゃ。シオのことだから、大人しく話聞いてたんでしょ?」

「……だって、ケンカしたくないんだもん」

「相手に優しくすることも大事よ? でもね、アナタたちは夫婦なんだから。支え合って、時にはぶつかることも必要なの。だって、どちらかが悪い方向へ進んでいたら、止めるのが夫婦でしょ?」

「そうだけど……。怖いんだもん。責められているみたいで。私のこと、下に見てるんだよね、よくわかった」

「夫婦は対等でしょ?」

「そう思ってるよ、私は。でも、聞いたでしょ? ……お父さん、そういうとこある?」

「全然? そう見える?」

「全然」

「無愛想なところもあるけど、あの人は昔からお母さんの話を聞いてくれるし、私も意見を言ってきたわよ? なんか、小難しいことも言ってるけどね。ケンカになったって、仲直りするもの。お互いの意見を知ることは大事よ? ……なんでも『自分が我慢すればいい』わけじゃないんだから」


 母の言葉が胸に刺さる。ケンカもしたくないし、嫌われたくもない。不機嫌な顔も見たくないし、言い合いもしたくない。私の態度も良くなかったのだ。


「焼肉でも食べに行く? そういえば、クーポンもらったのよ。もったいないから使いましょ?」


 父が帰ってくるまで、母と話をした。証拠を集めたとはいえ、見切り発車だったかもしれない。自分ではそれなりに考えたつもりでも、第三者から見たらそうではないこともある。友人と親の目線は違うし、男と女でも違う。親へ離婚の話をするのは怖かったが、良い方向へ転んでいくと信じている。


 車を飛ばしたのか、想定していたよりも父は早く帰ってきた。『ただいま』と言って着替えると、私が母とそうしていたようにダイニングテーブルでお茶をすすった。帰宅の挨拶以外なにも喋らない。――多分、私が喋るまで黙っているつもりのだろう。そういう人だった。


「あ、あのね? お父さん。私、離婚しようと思ってるの」


 母から簡単には伝わっている。


「……証拠は揃っているのか?」

「女性と一緒に出掛けている写真と、毎週その人の家に行ってる履歴。バレンタインにもらった手紙に、一緒に旅行へ行ったときのレシート……じゃ弱い?」

「確実に同じ人とは限らないだろう?」

「そのために今日行くの。小鳥遊萌乃さんに。毎週月水金は、決まったマンションへ行ってるの。そこにふたりでいたら、言い逃れできないでしょ? 部下の、それも新人の家に、毎週毎週三日間も行く用事ってある? 上司として。ないよね? だから、今日行った先の人が浮気相手なの。たとえもえのさんじゃなかったとしても。そしたらもえのさん、どう思うんだろうね。『自分以外にも相手がいるなんて信じられない!』とか言っちゃうのかな。そしたら、笑える」

「……面白がるんじゃない。正直なところ、それだけで蒼飛君が黙るとは思えんな。今まで自由にしていたんだろう?」

「そうだけど……でも、これ見て怒るんだったら、完全に浮気してるでしょ?」

「離婚しない選択肢は?」

「今のところないよ。だって、あんな言いかたされて、今さら仲良くなんてとてもじゃないけど無理だよ」


 私の決意がどれだけのモノなのか、父は確認しているのだろう。そんな父のために、私はまた録音を一から再生した。最後まで。止めることなく流した。


「……次は、殴られるかもしれない。もっと、酷い言いかたされるかもしれない。そんな人と、再構築なんか選べない」


 ……もしかしたら、一回の浮気だけだったら再構築の道もあったかもしれない。相手が新卒の時点で、毎年するかもしれない危険性もあるし、会社の人間がダメならと、他の人へ走るかもしれない。それでも……と思ったかもしれない。誠心誠意謝ってくれたら。態度が改善したら。せっかく縁あって一緒にいるのだから。

 実際、休日に朝ご飯を作って、一緒に出かけたときは、これが続くならそのままでも良いと思った。夫婦として成立していて、私も久し振りに楽しかったし、ゆっくりした気持ちになれた。まだ浮気も確定ではなかったし、誰としたのかもわかっていなかった。楽しくて優しい日々がずっと続くなら、水に流しても良かった。そう思っても良いと悩んでいた。


「そうだな。お父さんも、怖くてそんなヤツのところへは置いておけないな」

「ほしいなら、相手にあげてもいいの。お古だけど。要らないって言ってもくれてやるわ。お似合いじゃない? ……クズ同士」

「……そんな言いかたをするな。同じ土俵に立つんじゃない」

「……はい」


 暴言を吐いたほうが楽になれる。こんなものでも攻撃は最大の防御なりで、私の心は守られる。だが、父の言うことも良くわかる。私が不利にならないようにの配慮もあるかもしれない。


「飯を食いに行くぞ。それからだ。全部話しなさい。お父さんにも」

「うん……」


 私は焼肉の食べ放題を堪能しながら、父にもこれまで起こったこと、自分が調べたこと、感じたことすべてを話した。ノートと日記のコピーとアルバムのコピーも駆使しながら、とにかく喋り倒す。このあとまた同じことをあのふたりに話さなければならないのだから、これは前哨戦だ。

 ひたすら喋ってひたすら肉も食べたあと、父は思いもよらないことを言った。『自分も一緒に行く』と。

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