第3話:ことの始まり_3
なんだかお宝を発見したみたいに嬉しくなった私は、引き続きあお君の服を写真に収めながら、ポケットの中になにか入っていないか確認していった。結局、そのレシート以外目立ったものは残されていなかった。が、何枚か見たことのないテーマパークで売られていそうなキャラクターもののトップスと、ガラではないそのマスコットのキーホルダーを見つけた。二枚は着たのか値札はついていなかったが、残り二枚のトップスにはタグが残ったままになっていた。キーホルダーも新しそうに見えるが、タグや商品説明の類はなにもついていなかった。
「ええい、全部写真だ写真!」
私は一旦しまわれた状態の写真を全体像として残してから、まとめて写真が撮れるようにハンガーからトップスを外して、リビングへと持って行った。床に並べて撮影するのだ。トップスは全部で四枚。キーホルダーはメタルチャームになっている物と、小さめのぬいぐるみがついているものと二種類あった。このキャラクターは私も好きなキャラクターで、大学生になってしっかりアルバイトをするようになってからは、毎年好きなイベントがやっている時期を選んで遊びに行っていた。母も好きだから、一緒に行ったことも何回かある。だがしかし、あお君とは二度しか行っていない。一度目は付き合って一年が経ったころ『記念にシオの好きな所に行こう!』と言われてここを選んだ。彼はそういった場所が好きではなかったらしく、二度目は結婚式のあと、新婚旅行で海外に行って帰ってきてから延長戦で行った。こうやって、新婚旅行にこのテーマパーク行きを入れる人はそれなりにいるらしく、旅行会社でテーマパークの話をしたときに聞いた。割と最近、たまたま会社のイベントで私がペア入場券が当てたのだが『もったいないから』という理由で、私と母のふたりで行ってきたりもした。
――私があお君と一緒に行ったときにはトップスは買っていないし、母と行ったときもお土産にはしていない。もちろんキーホルダーもだ。このトップスのデザインは新しく、キーホルダーのキャラクターは去年お目見えしたものだから、むかしむかし行ったときのお土産が今になって出てきた……というわけでもなさそうだ。
「困ったときのネットサマですよね」
次にしたのは、このトップスとキーホルダーの画像検索だ。本当に今は便利になったと思うが、なにかはわからないが検索したい、と思ったものがあったとき、この画像検索は非常に使える機能なのだ。スマホで写真を撮って、その写真をウェブ検索のページに突っ込めばいい。正確には、画像検索を選択して写真を読み込ませるのだが、見たことのない木の実をつけた木の名前を知りたくて、この機能を使ったのが最初だった。当時はものすごく感動して、それから名前がわからなくて実態のあるモノを調べるときには、毎回利用している。この機能を使えば、いつどのブランドから発売されたのかわかるはずだ。
「どれどれ……」
私はひとつひとつ写真を読み込ませ、その結果のページを見ていった。
「……なんでだよ……」
結果をすべて見て、私は少しイラついた。これはどこかのブランドがコラボして出した商品……ではなく、該当のテーマパークで期間限定で販売されたものだった。なんとなく、確かに季節性のある柄だなとは思っていたが、既にタグの切り取られていたトップス三枚は、今年のハロウィンイベント、残りの一枚は去年のクリスマスイベントで販売されたものだった。当然、どちらも私はあお君と行っていないし、周りからお土産をもらった記憶もない。少なくとも、私には。あお君が私の知らないところでお土産としてもらっていたらわからないが、トップスを友人のお土産、しかも男性に買うものなのだろうか。独身ならまだしも、既婚者相手に。あお君がそのキャラクターを大好きなら理解できるが、彼は別に特段好きなわけではない。まぁネタとしてはもしかしたらアリなのかもしれないが、私はそこに疑問を感じた。
そしてやはりといえばやはりキーホルダーも同じくで、メタルチャームのついたほうは去年のクリスマス、ぬいぐるみのついたほうは今年のハロウィンの物だ。そのうえ、このキーホルダーはどちらもペアセットになって販売しており、個別では売られていない。つまりは『もうひとつのキーホルダーを持った相手が存在している』わけである。私は行っていないから買っていないし、誰かにもらってもいない。商品になっているかは知らないが、専門雑誌の懸賞で当ててもいないし、フリマサイトで購入もしていない。
……何度考えても、この片割れを持つお相手は私ではない。
「……誰だよ」
真顔で思わずそう呟いてしまった。好きでもないテーマパークに行くような間柄の相手とは。
「証拠証拠」
この時点で、私の中であお君の浮気は確定になっていた。ご丁寧に男の子キャラが渡された揃いのキーホルダーに、よく見たらトップスもクリスマスの一枚とハロウィンの二枚は、別柄が発売されており、そちらはどちらかというと女性向けであろう、女の子キャラクターが中心になっているデザインなのだ。あお君がひとりでこのトップスを着て、テーマパーク内を闊歩しているとは到底想像もつかない。彼のキャラではない。過去二回、私がちょっとペアルックを同じ場所で誘ってみたときは、優しくそれでもハッキリ断られた。そんな男が、である。少なくとも、ハロウィンイベントを楽しみながら、ペアルックでテーマパークを満喫していた可能性があるのだ。
「??? 頭が混乱してきた」
私は今までまったく気が付かなかったし、サトコからあの写真が送られてこなかったら、こんな風にクローゼットの中を漁るなんてこともしなかっただろう。商品ページのスクリーンショットを丁寧に残し、メールでパソコンに送る傍ら、プリントアウトしたものをノートへ貼っていく。起こったことの時系列を作りたかったが、なにがどの順番でわかるかはわからない。残念だが、発見した順番でノートを作るしかなかった。パソコンへ送ったものは、時系列になるようにまとめよう。発見した時系列と実際に事が起こった時系列。そのふたつがあれば、あとで確認もしやすいはずだ。
「整理は大事だね」
独り言も増える。――ところで、いつこんな場所に行ったんでしょうね? と疑問を感じた私は、スマホに入れているスケジュール帳を見た。忘れてはいけない予定は、すべてこの中に入れてある。もちろん、あお君から聞いたあお君の予定もだ。去年のクリスマスイベントがやっていた時期と、今年のハロウィンの時期をメモし、その範囲でなにか予定が入っていないか確認する。
「おおおい」
それはドンピシャで、どちらもあお君は出張が入っていた。もともと、付き合っているころから出張はある。お客さんと対面で打ち合わせや商談をしなければならない場面も多いと聞いていたし、出張の度にその土地のお土産を買ってきてくれたから疑いもしなかった。どちらも二泊三日、二日間は平日で、最後の一日は土曜日だ。土日関係のないお客さんもいるらしく、そういうお客さんが相手だった場合は、土曜日も仕事になることもあった。それに当てはまっていると思っていたのだが、まさかこの木金土はテーマパークで遊び惚けていたとでもいうのだろうか。好きでもないのに。……相手が好きだから?
ここ以外での出張もチラホラあったが、日帰りばかりだった。宿泊はこの二件しかない。日帰りで遊ぶには疲れるだろうと思い、私はこの二泊三日で出張に行っていた日をテーマパークへ行っていた日だと仮置きすることにした。
そして、私は嫌な気持ちになった。去年のこの時期……クリスマスイブとクリスマスは平日だからと、この日が一番クリスマスに近い休日だったのに。あお君は出張だったのだ。クリスマスの時期の、休日を含めた出張。聞いたときはあお君も『家族と過ごしたいよね』なんて言っていたのに、実際はどう思っていたのだろうか。
……さすがに、この数時間でできることは限られていた。あお君のご飯……と一瞬考えたが、材料はあるし連絡が入ってから必要なら作れば良いと思い直した。自分はふたつ買ってきてしまったケーキでも食べよう。身体には良くないが、美味しいケーキに罪はない。
探偵にでもなったような気分で、写真を貼りメモを残しているあいだは楽しかったが、あお君から『仕事終わった。ご飯食べてから帰る』というメッセージで現実に引き戻された私は、あっというまに始めてから約二時間も経過していたことにも驚きながら『お疲れ様、気を付けて帰ってきてね』と返信した。