第24話:広がるだけの溝_2
――となると、もえのさんが彼の実家の近くに住んでいるということなのだろうか。しかし、彼女たちの会社へ通うには距離が遠い。それに、毎回通うには我が家からも時間がかかる。だから今日は、もえのさんへ会いに行ったのではない。そして、連れていくにはリスクが伴うから、連れて行ってそこから移動したわけでもない。
「……よくわからなくなってきたな……?」
頭の中は、ぼやっとモヤのかかったように晴れない。どうしたら、このモヤはスッキリと晴れるのだろうか。
そこから三十分おきにGPSの信号を確認したが、いつまで経っても変わりはなかった。気になって他のことが手に着かない。今の私は、まったく使いものにならないだろう。これをここから毎日続けるのは、かなりメンタルにきそうだ。胃もキリキリと痛む。
「頑張ろう……頑張ろう……」
この日から、隙を見て充電をしながら、GPSの位置を確認することが私の日課になった。そしてそれをメモしていく。覚悟を決めて居場所を探ろうと思ったが、なかなか心が痛い。だが、私のこの覚悟は私の期待に応えてくれるようで、初日から見覚えのある場所へ彼を運んでいった。搬送したのは仕事用の鞄に仕込んだものだ。会社からそのまま向かったのだろう。履歴を見ると、会社から前にレシートで見たコンビニを経由して、とあるマンションでずっと止まっている。周囲の風景や建物を立体的に見ることもできるし、動いた経路を時間を追って確認できる。もう、このマンションがどこにあるのかも、詳細な住所に我が家からの移動手段も、私はすべて把握していた。
さすがに階数と部屋番号まではわからなかったが、あとをつけるだけなら十分だ。同じマンションへ入るところも、一緒に出てくるところも写真が撮れれば証拠になる。昨日の今日でこれだ。明日明後日、それ以降、何日私のメンタルが持つかはわからないが、我慢すればそれだけ証拠が手に入ると考えれば、どんなに辛くても頑張れる気がした。
ひとつひとつ、GPSのスクリーンショットを撮ってノートに残す。それを繰り返していたら、二月がもう終わろうとしていた。
「うわぁ、いっぱいですね」
たくさん溜まったGPSのスクリーンショット。私が試しに行ってみたときの、もえのさんの家の写真。もちろん、コンビニも行ってみた。今の私は、目は死んでいるが良い笑顔で笑っていると思う。一週目の時点で、あの人は月水金ともえのさんの家へ行っていることがわかった。しかも、定時に上がって。火木は家からは反対側のラブホテルや、ビジネスホテルへいることが多かった。たまに買い物へ出かけているのか、ショッピングモールや駅周辺をウロウロしている。土日はあの人の実家方面、ドライブへ出かけているのか、経由地店が多く移動距離の長い日もあった。……たかだか二週間ぽっちだというのに、浮気がバレていると思っておらず一切警戒していないのか、それとも『離婚したいからさっさと浮気を見つけて突き付けてくれ』と願っているのか、はたまた浮気がバレたところで私はなにもしないとタカを括っているのか。あの人は隠すこともなくいつも通りの行動をしてくれた。
その浅はかな行動に私は感謝しながら、今このスクリーンショットたちをアルバムに挟んで、日付別にわけながら一冊の証拠品を作ろうとしていた。何枚でも印刷はできるから、あの人のご両親へプレゼントしても良いし、もえのさんの自宅へ送りつけても良い。朝起きたときにあの人がすぐ見られるよう、我が家のダイニングテーブルの上に広げて置いておいても良いだろう。……なんだか胸が高鳴る。
今日は木曜日で、明日も含めて仕事は月末の忙しいタイミングだったが、周りの人たちへ任せて今日はアルバム作りに専念することにした。明日は有休をとった。みんなには申し訳ない。だが、これは仕方のないことなのだ。――だって、明日は金曜日だから。一週目月木金でもえのさんの家へ行っていたあの人は、二週目である今週も同じルーティーンなのか、月水と彼女の家へ行っていた。だから、明日ももえのさんの家へ行く確率が非常に高い。行動をとっていても、対外的におとなしくしているのはそろそろ辛くなってきた。正確には、とっくの昔に辛くはなっていたが、なんとか踏ん張っていたもののもう我慢できなくなった、なのだが。
「ふふふっ。明日が楽しみだなぁ……」
胸が高鳴る。まず明日は、自分の実家へ一度帰る。そして、集めた証拠品と最低限の貴重品に二、三泊ほどの服や日用品を預けておく。まだ『実家へ帰らせていただきます』は使わない。この家にある証拠を消されたらかなわないからだ。消されないために、あの人はこの家へ帰らせない。金曜日を選んだのはそのためだ。次の日は休み、問い詰める場所がもえのさんの家ならば、あの人はきっと彼女の家へと泊っていくだろう。浮気はバレているし、嫁である私は激怒している。ここまで取り繕わなかったのだから、このあとも取り繕わないと私は睨んでいる。だから、謝罪のために私を追いかけるなんてことはしないはずだ。きっと、堂々と彼女の家へ泊まって一日を過ごすだろう。そのまま、もう帰ってこないかもしれない。
休みの日は、弁護士への依頼と離婚に必要な物を揃えるだけ揃える。そして、あの人のご両親へも伝える。アルバムを持って。貯金の使い込みの話もしよう。今までつけていた家計簿が、こんな形で役に立つなんて。面倒臭がりで飽きっぽい私が、何度も『もうやめようかな』と思いながらも頑張った甲斐があった。……これは、サトコや砂苗ちゃんにも教えてあげよう。記録というものは、ときにその存在価値以上の役に立つことを。
「ふぅ、できた!」
できあがったアルバムは、なかなか立派な仕上がりになった。ここに明日もえのさんの家へ突撃したときの、ふたりの写真も貼るつもりである。あの人がもえのさんと浮気をして、足しげく家に通っていた記録なのだから、ふたちの写真は絶対に貼るべきだ。そうしてこのアルバムは完成し、真価を発揮する……予定だ。
「ええっと、今のうちに使わなくなったスマホ充電しておこう」
仕事へ行ったあの人は、今日も定時には絶対に帰ってこない。……正確には、連絡を入れて帰ってくることはせず、気が付いたら帰ってきている。これでもまだ夫婦と呼ぶのも違和感があるが、同じ家には住んでいる。ただの同居人。同居人としての責務を果たしているのかと聞かれたら『いいえ?』と答えたくなってしまうが。いつ帰ってくるかわからないから、私の準備がバレないかという不安はある。でも、毎回作業がひとつ終わるごとに片づけをしているから、急に帰ってきたとしても問題はない。
これは明日、録音のために使うのだ。事前に電源がまだ入ることは確認して、不要なデータは削除して容量を空けておいた。ビデオ機能に問題がないか、録画ボタンを押す。充電は今のスマホほどは持たないから、一緒にモバイルバッテリーも二台買って充電しておくことにした。ついでに、ボイスレコーダーもだ。こちらもいざ当日失敗しないために、録音と再生を繰り返し、音の範囲を確認する。
ガチャン。――キィィィ――。
(!? 帰ってきた!? 今日早くない!?)
ちょうどあの人の帰宅のことを考えていたら、本当に帰ってきてしまった。この家の鍵は私とあの人しか持っていないから、今のドアを開けた主はあの人以外にいない。
「なぁ」
『ただいま』と言うより先に、低くて不機嫌そうな声であの人はそう私に声をかけた。
「あ、おかえりなさい。どうしたの?」
その不機嫌さに気が付かないフリをして、私はいつも通りの態度で返事をする。
「今月のお金、まだ振り込んでないよね? なんで? 給料日とっくに過ぎたでしょ?」
(――あぁ、この話か)
今月は、生活費を共同口座へ振り込んでいない。使い込みを発見し、しばらくは振り込まないと決めたからだ。使い込んでいなければ、今月来月振り込まなくたって、使えるお金は口座の中にあるはずだった。私は、この口座にお金が入っていないことを知っている。知っているからこそ、振り込んでいない。この人に使わせないために。




