第23話:広がるだけの溝_1
想定していたよりもずっと、GPSは早く届いた。運送会社の人には感謝しかない。サイズが小さいので、下のポストに投函されたようだ。彼がまだ寝ていることを確認して郵便受けの中を確認しに行った。入っている封筒が、思っていたよりも薄くて軽い。四枚でこの重さなのだから、一枚一枚はきっと大したことのない重さだろう。次の日の朝に届けてくれるなんて『今日からすぐにでも使え』と、神様から言われているような気がした。
早速自分のスマホを使って設定をする。専用のアプリがあり、それにひとつずつGPSを登録していくのだ。設定自体は上手くいったようで、一旦内容を見てみると、よっつとも私のすぐ近く……自分の家にあると表示されている。名前も付けた。【弓削家の車】【蒼飛のビジネスバッグ】【予備】そして【汐未の財布】だ。うしろふたつは直接彼には関係ない。だが、なにかの拍子に使うときが来るかもしれない。
設定が終わっても、彼はまだ寝ていた。この隙に車と鞄へGPSを仕込む。……昨日も帰りが遅かったようだから、ぐっすり眠っていられるのだろう。私の気持ちも知らないで。このまま朝ご飯を作ろうかと思ったが、気持ちを落ち着かせるためにももう少し眠りたい気もする。浮気をしていても一応寝室で眠る彼の気持ちは良くわからないが、趣味部屋のソファで寝られるよりずっといい。部屋へ入れなくなってしまうから。
「ふあぁぁ……トイレだけ行ってまた寝よ」
大きなあくびをひとつして、私はトイレへ行った。喉が渇いた気がして、お茶を飲もうとそのあとキッチンへ向かうと、消したはずのリビングの電気が付いていた。
「……あ、おはよう」
(今起きてきたんだ……良かった……)
彼がお茶を飲んでいた。ギリギリ、私の仕込みは間に合ったらしい。
「今日もどこか行ってくる?」
それとなく聞いてみる。
「……子どもじゃないんだから、言う必要ある?」
「ご飯の準備があるでしょ?」
「出かける。ご飯は要らない」
それだけ言って彼はぐっとお茶を飲み干すと、その場から去っていった。
(一回嫌になると、全部の行動が嫌に思えてくるよね……)
私は祈るように胸の前手で手を組むと、心の中でどうか上手くGPSが機能しますようにと願った。
彼が家を出る前に私は眠ってしまったらしく、気が付いたら彼はもういなかった。会社の鞄は置いてあったが、駐車場まで行ってみると車はなかった。車に乗って、どこかへ行ったのだ。GPSがきちんと作動していてくれれば、このあとどこへ行くのかは手に取るようにわかる。せっかく外に出てきたからと、あのカフェでカフェラテをテイクアウトして帰ってきた。
「どれどれ……」
私は自分のスマホから、今車のGPSがどこにあるのか調べた。
「……え。実家? 聞いてないけど……」
思ったちょりも眠ってしまって、時計は既に十一時を回っていた。実家までなら車なら十分辿り着ける。だが、実家へ行くなら別に私に伝えても良いのではないだろうか。年始の挨拶も済ませていないし、顔を出すだけなら私がついていっても。
「もえのさんも一緒にいるとか……? ……そんな、まさかね……?」
これで実家へもえのさんを連れて行ったというのなら、それは実家公認の浮気と考えてもおかしくはない。そうなってしまっては、あちらの家で私の味方はいないだろう。だがまだ、チャンスはある。『ただひとりで実家に行きたくて、ついてきてほしくないから言わなかった』可能性だ。義母でも義父でも、どちらでもいい。彼が今そこにいると、帰ってきていると証明してくれれば。ひとりで、帰ってきていると。
……実は、バレンタインのチョコを送り損ねていて、今日送るつもりでいたのだ。毎年の恒例行事にしていて、義父だけでなく義母も楽しめるようにと、どちらかというと義母の好みに合わせてお菓子を送っている。本来なら、十四日に到着するよう手配する予定だったのだが。ここのところ、自分の気持ちがそれどころではなくて、頭からすっぽりと抜けてしまっていた。いつもは通販サイトから直接義実家宛に送っている。そして、手配してから受け取り漏れがないようにと義母へ連絡を入れていた。
「今年は……ホワイトデーの時期に切り替わっちゃったなぁ……。申し訳ない……」
ホワイトデーはホワイトデーで、美味しそうなお菓子はたくさんある。その中から義母の好きそうなお菓子と紅茶を選び、義母宛にして購入した。
「……さて。電話入れますかね?」
大きく何度も深呼吸をする。義母と話すことになんら躊躇いはないが、義母が家にいたとして、そこに彼がいるのかどうかを考えると無性に怖くなった。それを落ち着かせるために深呼吸をしているのに、いつのまにか指先も震えていた。
(怖い……怖いなぁ……)
もう電話番号は選んである。ただポンっと電話のマークを押すだけなのに、それができないでいた。
(ええい……ままよ……!!)
なんとか電話のマークを押した。
プップップップップップッ――プルルルル――プルルルル――。
コール音が鳴る。出てほしいような、出てほしくないような、複雑な気分で私はスマホを握っていた。
――プルルルル――プルルルル――。
『――はい、もしもし』
「あっ、お義母さん! シオです」
『あらあらシオちゃん! どうしたの?』
義母は明るく優しい声で話してくれている。
「あの、今年はバレンタインに送るつもりが、遅くなってしまってまだ送れていなくて……」
『あらやだ、そんなこと気にしなくて良いのよ?』
「今日やっと送れたので、連絡しました。配達時間は明後日の午前中を指定したんですけど、大丈夫でしたか?」
『えぇもちろん! シオちゃんの選んでくれるお菓子はどれも美味しいから、私いつも楽しみなのよ』
「良かった! 今年は紅茶と楽しめるお菓子にしましたから、お義父さんと召し上がってくださいね」
『ありがとうね。……そういえば、今年は蒼飛と一緒に来なかったのね? 体調悪いって聞いてたけど、長引いたりしてないかしら?』
「えっ?」
『いつも連絡をくれるけど、今年は来ていないし、連絡もなかったから心配していたのよ。あ、それがいけないとかじゃなくて。大丈夫なのかしら……って』
体調は何度か崩してはいたが、年始のいつものあいさつの時期には崩したりしていない。それに、彼が要らないというから私は電話をしなかった。同窓会から帰るときに、自分があいさつをすればいいからと。……もしかして、そういった話はなにもしていないのだろうか。
――考えるしかない。ここでお義母さんに話すか否か。浮気の話はしなくとも、その年始のぶんだけでも、正直取り繕いたい気持ちはある。
「あ、あの。今年はあいさつは不要だと、蒼飛さんに言われまして……」
『あら? そうなの?』
「自分が同窓会から帰るときに実家へ帰って、あいさつすれば良いからと言われたので……。連絡は入れると言ったのですが、それも要らないと」
『あの子そんなこと言ったの? 気でも遣ったのかしら……。もしかして、最近ひとりで戻ってきてるの、それが理由かしら?』
「同窓会以外に、そちらへ帰りましたか?」
『ええっと、先月に一回、それから、今日も帰ってきてるわよ? 友達と約束してる……って言ってたけど。もう出かけちゃったわね』
「最近お互い忙しくて、すれ違い気味なんですよね。……また私もお伺いしますね」
『えぇ、待ってるわ』
「それじゃあ、今日は郵送の連絡がしたかっただけなので。また連絡しますね」
『ありがとうね。じゃあ、またね』
「はい、また」
プツッ――ツーツーツーツー……。
「……はぁー……」
たったこれだけの会話なのに、ものすごく長い時間喋っていた気がする。とにかく、彼は今日確かに実家へ帰っていた。そして、誰かに会うためにどこかへ出かけた。わざわざ実家へ車を置いた理由はわからないが、実家の近くに用事があるのはおそらく間違いない。義母はとくに変な態度ではなかったし、言い淀むこともなかった。なにか嘘を吐いている感じはしない。今実家には本当にいなくて、まさか浮気相手を連れて行ったこともなさそうだと思えた。




