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ねぇ、これ誰かわかる?  作者: 三嶋トウカ
2月

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第19話:本命バレンタイン_1


 二月に入ってから、また体調を崩してしまった。長引くことはなかったものの、あまりやる気のない日が続いている。やることはたくさんあるはずなのに、やる前から力尽きてしまったのだ。そんな暇はないというのに。


 手帳とそこに挟んであった手紙の威力は絶大だった。文字だけであんなにダメージを受けるなんて。これでもし、彼の浮気現場に遭遇してしまったら、いったい私はどうなってしまうのだろう。考えただけで寒気がするが、冷静でいられるのだろうか。あまり自信はない。でもこの『自信がない』のは、その時の彼の行動や浮気相手の態度がわからないからだと自分では思っている。彼が浮気していたという事実を証明できて、かつ、浮気相手の正体もわかったら、あとはふたりの態度をシミュレーションすればいい。

 既に彼は私に取り繕うことをやめた。優先順位は浮気相手のほうが上のはずだ。……悲しいことだが。最初から最悪のパターンを考えておけばいい。派手に暴れるつもりはないが、とことん追い詰めるつもりはある。彼も、浮気相手も。


 サトコに話をしたい気持ちもあったが、つい先日会って話したばかりだ。彼女も今大変そうだし、あまり負担をかけたくない。自分でできることは自分でやって、どうしてものときにアドバイスを聞くくらいの状態に留めておきたいのだ。そうじゃないと、サトコに甘えてしまう。彼女は『良いよ!』と言ってくれそうだが、それではダメなのだ。可能な限り、自分でなんとかしたい。


 ……と、こんなことばかり考えているから、気持ちが張り詰めて体調を崩してしまうのだろう。先日も、二日間会社を休んでしまった。まだ疲れは抜けない。でも無事に、離婚できたならば。私は今までの人生の中で一番輝いた瞳を持つ女性になれる気がするのに。今は死んだ魚の目だろう。


 去年のクリスマス付近に二泊三日をした女性は、いいところまで来ているのかもしれない。あとは名前だけだ。できれば漢字のフルネームで。そうすれば、最悪調査会社に調査を依頼することもできる。そんなことをしなくても、顔と名前まではしっかりわかるだろう。彼と同じ会社から出てきたのだから、あの社内報に載っているのだ。顔がわかれば名前がわかるし、名前がわかれば顔もわかる。


 ――彼が家にいても、つい考えてしまう。


「……あお君! ご飯できたよ! 一緒に食べるの久し振り……あれ?」


 今日は珍しく彼が定時で帰ってきたので、一緒に食べようとふたりぶんの夜ご飯を作ったのに。人の気配がしないと思ったら、彼はいなくなっていた。なにも言わずに。外出したのはわかったが、このご飯はどうしたらいいのだろう。前みたいに、いらないと言ったのに『そうはいっても、作っておくものじゃないの?』と言われたり、溜息を吐きながら『気が利かない』なんて言われたくない。あのときの苛立ちは忘れられないし、未だに納得もしていない。思い出したらまた腹が立ってきたので、できあがった料理をテーブルに並べて写真に撮り『一緒に食べると思って作ったけど、予定あった? 予定があるときは教えてほしいな。ラップをかけて冷蔵庫へ入れておくから、帰ってきてお腹が空いたら食べてね』と添えてメッセージを送っておいた。何度言ってももう二度と予定は教えてくれないだろうが、今後話し合いがあったとして『シオの愛情が感じられなかった』なんて白けた言い訳をされないためにの伏線だ。私はちゃんと、歩み寄ろうとする姿勢を見せている。そりゃあ、予定を教えてもらえるに越したことはない。私もそのあいだ自由にできるし、浮気調査だって可能なのだから。それに『まだ浮気には気が付いていませんよ』という、彼へのアピールでもある。油断させるだけさせてから、とどめを刺したいから。


「はぁぁ、もったいないなぁ……。美味しくできたと思うのに、今日のハンバーグ……」


 きっと、帰ってきても食べずに冷蔵庫へ入りっぱなしな気はしている。kiccaも既読が付くだけで、返信はないだろう。……既読すらつかないかもしれない。


 ――という、私の心配は見事的中した。夜遅く帰ってきたと思ったら、すぐお風呂へ入りに行ってしまい、日記を書き終えた私は待つことなく先に眠りについた。朝起きたら彼はもう出社していて、またかと思いながら冷蔵庫を開けると昨日のハンバーグが手つかずの状態で残っていたのだ。何度か確認して、昨日は未読のままだったメッセージは、このタイミングでは既読になっている。私に興味が無さ過ぎて、存在すら知らなかったのかもしれない。


 今月に入って、今から帰るの連絡メッセージも無くなってしまった。仕方ないので、帰ってきた時間だけ、わかるぶんは日記に書きたいと思う。


 朝から落ち込んだまま、私は出社した。


「あれー? 弓削さんなんだか元気ないね?」

「え、あ、そうですか?」

「そうだよ! 溜息多いし、ちょっとぼーっとしてない?」


 声をかけてくれたのは部長だ。お子さんが三人いて、とても優しい。子煩悩だという話だが、定時で帰るときに『今日の子どもたちの迎えは僕なんだ』とか『夜ご飯なに作ろう』とよく言っているから、多分本当なんだと思う。長期休暇や連休のときは旅行へもよく行くらしく、お土産を買ってきてくれて現地の話も聞かせてくれる。親しみやすい人だ。


「……ちょっと、悲しいなって思うことがあって……」

「なになに? どうしたの?」

「その、実は……。昨日、久し振りに夫と夜ご飯の時間が一緒になったので、ふたりぶん作ったんですよ。それで、できたから声かけたら、いなくなっちゃってて」

「出かけちゃったってこと?」

「はい。だから、作ったご飯の写真撮って、帰ってきてお腹空いてたら食べてね……って、メッセージ入れておいたんですけど」

「食べてなかった?」

「そうなんですよね……。帰ってきたのも日付が変わる前くらいで、すぐお風呂行っちゃって。その時点で食べる気配もなかったから、メッセージ見てないかと思ったらやっぱり見てなくて。今日の朝冷蔵庫開けたらそのままだし、夫は出社していなくて、そのときにようやく既読になった感じで」

「えーっと……。ご飯作ってるのそもそも知らなかったとか……?」

「キッチンにお茶取りに来て、そのときはもう作っていたので、知っていると思います……。声もかけましたし」

「じゃ、じゃあ、事前に『ご飯いらない』って言っているつもりだったのかも?」

「前に『ご飯いらない』って言われた時に作らなかったら、あとから『なんでないの? いらないって言われても作るのが普通』って言われたので、食事のタイミングで家にいるときは作るようにしているんです」

「えぇぇ……。ちょっとそれモラハラっぽくない?」

「そう……なんですかね?」

「だっていい大人だし、いらないって言われたら普通はそのまま受け取るよ。僕なら作らないし、ウチの奥さんも作らないと思うよ? それに、そんな言いかたしたら、僕奥さんにシバかれると思う。僕が言われても、きっとケンカになるだろうなぁ」

「……最近、ずっとこんな感じで」

「それは確かに落ち込んじゃうよねぇ。しかもいなくなっちゃって……って、出かけるときなにも言われなかったんだよね」

「言われてないですね。子どもじゃないんだから……って言われたらそれまでですけど、ご飯作ってるし、声かけてくれても良いのに、って」

「同居しているうえで、最低限のルールというか、配慮だよ思うよ? だから、弓削さんの思うことは間違ってないと思うけど。……なんか、おっきい子どもみたいだね。『産んだ記憶の無い長男』ってヤツ」

「それはちょっと……勘弁です……」

「ちゃんと会話ある?」

「ないですね。うーん、先月の中ごろまでは、まだあったんですけど。今月に入ってからはさっぱり」

「なんか怖いね? ま、力になれることがあったら言ってよ」

「ありがとうございます」


 浮気のことは言えなかった。でも、部長のことだから気が付いたかもしれない。


 こんな日が続き、気が付けば世間はバレンタインで賑わうようになっていた。

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