第16話:ひとり作戦会議_1
当然ながら、今日の朝食は私が作った。起きたときにまだあお君は眠っていたので、一応あお君のぶんも。……これは、私があお君に作る最後の朝食かもしれない。平日は食べないことが随分と増えてきたので、基本的にあお君のぶんはもう作らない。私もパンやシリアルで済ますことも多いため、あるとするなら休みの日なのだ。その休みの日も、あお君自体がいないこともあるのだから、必然的に作る回数は減っていく。別に、大人なんだから自分のご飯くらい自分で作れば良い。
そして、作った朝食を食べてもらうことに期待はしていない。期待していないから、自分の好きなものを朝食として出している。食べられなくてまるっと残ったとしても、私はもう気にしない。今日はパンケーキにフルーツヨーグルト、ソーセージを焼いてカフェオレを淹れた。パンケーキは残ったら冷凍すればいいし、フルーツヨーグルトだって自分の昼食や夕食のデザートに回せばいい。ソーセージは冷蔵庫行きだし、カフェオレだって、あお君のぶんは本人が起きてから淹れるつもりだからダメージはゼロだ。
……『一日用事がある』と言っていた当の本人は、まだ起き上がってこない。私はなぜか早く目が覚めたので、朝活気分でご飯を作った。時計を見ると九時だ。私はあまり朝が得意ではないからこれでも十分早いほうである。
「……起こすか」
朝食を頼まれて作ったものではないうえに、起こしてとお願いされていないのに起こしに行く行為は、今の私にとって億劫なものでしかなかった。ご飯を作ったのは『私は』夫婦の生活を成り立たせようとしているという意思表示で、現状それ以上でもそれ以下でもない。今日起こすのも待ち合わせするだろう相手がいる可能性を考えると、遅刻しないように声をかけることが適切だと感じたからだ。実は待ち合わせに遅刻しそうで、あとから『どうして起こしてくれなかったんだ』と責められるよりも精神上良い。会う相手が浮気相手なら遅刻すれば良いのにと思うが、今のところ誰なのかはわからない。むしろ『起こしてくれなかったダメな嫁』と言われる可能性さえ感じている。……自分で起きればいいし、そもそも遅刻じゃない可能性もあるが、自分が陰口を叩かれたくないというエゴからの行動だ。
コンコン。――ガチャ。
「あお君? あお君?」
「……」
「朝だよ? 今日は一日用事あるって言ってなかった? まだ起きなくて大丈夫?」
あお君は朝の準備に時間をかける。待ち合わせがお昼過ぎでないのならば、もう起きて準備をしたほうが良い。
「あお君? ご飯作ったから、時間あったら食べていってね?」
「……」
うっすらと目を開け、こちらを確認してからまた眠ってしまったようだ。目は合ったから、私を認識したと思うことにして、私は寝室を出た。洗濯機を回して自分のぶんの朝食を平らげる。少し休憩してから干していたものを取り込んで畳み、トイレ掃除をする。それらが終わり、畳んだ洗濯物をしまって紅茶用のお湯を沸かし、どれにしようかと飲みたい紅茶をようやく選んだところで、のそのそとあお君が寝室から出てきた。
「おはよう」
「……ふあぁぁ」
大きなあくびを私の朝のあいさつへの返事代わりにするつもりなのだろうか。――まぁ、それでも構わない。
沸いたお湯で私は紅茶を淹れる。あお君は自分でお茶を出してきたようなので、カフェオレは作らない。私が洗い終わった洗濯物を干しているあいだに食べ終えたようで、そこからのんびり紅茶を飲みながら洗い物と部屋の掃除、冷蔵庫や日用品の整理を進めてどれくらい時間が経っただろうかと時計を確認したころに、バタンと玄関のドアの閉まる音が聞こえた。玄関へ行くとあお君の靴がない。用事とやらに出かけて行ったのだろう。声もかけずに。
同居人として最低限のあいさつをしなくても、家族として行き先や帰宅時間を告げなくとも、あお君の中では構わない人間に私は成り下がってしまっている。以前だったら悲しくなってぐるぐるといろいろなことを考えていただろうが、今はもう一周回っていっそ清々しい気もしてきた。ただ私もひとりの人間なので、それ相応の対応を取らせてもらうまでだ。
「いってらっしゃい。……帰ってこなくても良いよ? まぁ、しばらくは、ね」
彼がいなくなったのなら、私がすることはひとつ。家にいて、私の誘いを断るのならば図書館へ行こうかと思っていたが、家でやることに決めた。浮気を問い詰めるまでのプロセスをしっかりと考えるのだ。おそらく、あお君は宣言通り一日……夜遅くまで帰ってこない。少なくとも、夜ご飯の時間までは帰宅を気にせず活動できるだろう。
「うーん。本人がいるとできないことからやるべきだよね。……またレシートとか見つけられるかな……?」
やはり大事なのは証拠である。『浮気なんかしていない。信じてくれ』なんて、とても言えないくらい強力な。
前回、コンビニのレシートを見つけた。それは彼の会社と我が家との中間あたりに位置していている。地図アプリで検索してみても、私には行った記憶のない店舗だった。でも、購入した物を見て見るとふたりぶんなのである。このことから、私はこの付近に浮気相手の家があるのではと考えていた。実際の距離感を知るためにも、一度ここへ行ってみてもいいかもしれない。
まだほかにも怪しいレシートがあるかもしれない。これは探すべきだろう。
それからもし、彼が私に今まで優しくしていたのが、同窓会でなにかあったからだったとしたら。たとえば、同窓会で浮気の話を友人にしたとき『バレないように奥さんに優しくしておけよ』『誤魔化すために浮気相手と会わない期間を作っておいたほうが良い』なんてアドバイスをもらっていたとしたら。なんとなく、辻褄があってしまう。彼は今『シオに優しくして、シオからの疑いの目を逸らすことができたから、今後はまた浮気相手と会っていこう』と考えているのかもしれない。それにしても、幼稚で浅はかな作戦であるとは思うが、きっと私の態度を見て油断しきっているだろう。私も優しく接していたから。バレていない、もしくは誤魔化せたと思っているに違いない。そうでなければ、こんな短期間で突然ボーナスタイムを始めて、あからさまにやめたりはしないだろう。
つまりここから先は、浮気相手と実際なにをしていたか、これからどうしようをしているのかを調べるのに、うってつけの期間というわけだ。相手が『シオは疑っていない』『油断している』と思っているならば、そう思わせておけばいい。いや、むしろ思わせておきたい。私がなにも気づいていない鈍感な人間だと思われるのは、私にとっては好都合である。
私がこれからやらなければならないことは、たくさんある。が、今日できることをしっかりとやらなければ、あとで後悔するかもしれない。
「……うん。レシートその他の残留物探すぞ」
前回は上着のポケットから見つけたが、どこから見つかるかなんてわからない。たまたま運が良かっただけと過度な期待はせずに、私はクローゼットの中身、彼の衣服や鞄をいひとつずつ取り出してはポケットを確認し、なにもなければ元へ戻す作業を繰り返した。
「ふーん、ふーん。やっぱりそんなに簡単には手に入らないよね……」
期待はせずとも意気込んで始めた捜索は、めぼしいものはなにも見つからないまま大半を見終わった。パーカーのポケットにガムの包み紙や、そのまま洗濯してしまったのか印字の読めなくて小さくなったレシートに、半分溶けてぼそぼそになったティッシュペーパーはあった。が、肝心の浮気の証拠になりそうなものが見つからない。
「残ってるのはこの会社へ持っていていた鞄だけか……」
もう捨てるつもりなのか、ゴミ袋に入っていた鞄。私が以前彼の誕生日に購入した鞄だ。誕生日にはこれがほしいと言われたから奮発して買ったのだが、その出番は酷く短くて今こうしてゴミになろうとしている。あまり使っているのを見ていない。まだ綺麗なのに、ゴミなのだ。もう。




