DIVE(9)
アイリスさんに抱えられたまま、ふわりと地上に降り立つ。
上空18000メートルからの自由落下に、急上昇から再び急降下。
まだ遊園地のジェットコースターの方が幾分マシだろう。
あぁ、もうダメ限界。
ふらつく足取りで、近くにあった木の根元に蹲り、嘔吐。
「ヘヴェ…、ヘヴェ…、ヴォオロロロロロロロロ……」
「深里さん、大丈夫ですの……?」
さっき輸送機で食ったもんが、割かし形を残したまま口から出てくる。
心配そうにしながら、アイリスさんは背中を擦り、ペットボトルの水を渡してくれた。
美人さんに至れり尽くして貰うなんて、なんて贅沢なんだろう。
貰った飲料水で喉をすすぎ、気分は爽快!とまではいかなくとも、ある程度回復は出来た。
魔法陣を構築し淡い光で辺りを照らすアイリスさんの先導の元、薄暗い森の中をズンズン歩く。
森を抜けた先には、先程上空から見えていたと思われるコンクリートの人工物と、鎖で3人の男女を簀巻きにしているお兄ちゃん(上裸Ver.)の姿があった。
足音で気付いたのだろう。
お兄ちゃんはこちらを振り返り片手を挙げる。
「よっ、お疲れさん」
「なんで上裸なの……」
「なかなかにセクシーだろ?」
そう言いながら、傷1つない身体をさらけ出し、マッスルポーズをとるお兄ちゃん。
やはり男の人だからか筋肉質だ。
そういうのが好きな人が見れば、鼻血を出して倒れるのではなかろうか。
アイリスさんは目のやり場に困るのか、忙しなく目線を彷徨わせている。
「アイリスさんも筋肉が好きなの?」
「はひっ!?いや、ワタクシはその……、乳頭が……、男の人とは言え…、やはり見るのが恥ずかしいと言いますか……」
そっちだったか。
流石は箱入りのお嬢様、顔を赤くして目を背けていらっしゃる。
恥ずかしがっているアイリスさんを見るのも楽しいが、この清楚なお嬢様様がこんな適当な男に汚されるのも釈然としないので、お兄ちゃんの乳首を封印することにした。
「お兄ちゃん……、ちょっと動かないでね?」
「おいやめろよ。そこは僕の敏感なところなんだ。喘ぐぞ?いいのか?大の大人が乳首で感じちゃんだぞ?……ンアッ!」
お兄ちゃんの乳首にカットバンを貼り、うるさかったのでカットバンの上から指で乳首を弾く。
大人の男の喘ぎ声は、聞くに耐えなかった。
「アイリスさん!見て!これならどう?」
「何か、よりエッチになった気がするんだけど……」
腰に手を当て、ポーズを取ったお兄ちゃんが胸筋を左右交互にピクピク動かす。
「これなら大丈夫ですわ!」
「それでいいのか、お嬢……」
アイリスさん的には乳首さえ見えなきゃOKらしい。乙女心が難しいとはよく言ったものだ。
後頭部に手を当て、世界に大胸筋と外腹斜筋をアピールしていお兄ちゃん。
傍から見たら森で上裸になる変態だ。
落ちていたライフルの銃口を、お兄ちゃんに向けながら遊んでいると、鎖に縛られたままの女性が近ずいてくる。
「洋くん、この子は?」
「僕の新しいバディーだよ」
「え、何その話、聞いてないんだけど」
「あり?言ってなかったっけ?まぁ、お嬢にバディ取られたからな。お前の代わりだよ。深里、こっちは元バディの美玲だ。今後いろいろ関わることあるだろうから挨拶しとけよ」
「どーも、深里です」(乳を揉む)
「美玲だよ。よろしく」(乳を揉まない)
揉まないパターンもあるのか……。
この中でお兄ちゃんに騙されているのは、アイリスさんだけのようだ。
ちなみに美玲さんの胸は、アイリスさんとまではいかなくとも、それなりにでかく、何より柔らかさのレベルが違った。
アイリスさんをプリンに例えるなら、美玲さんはスライムだな。By若きおっぱいソムリエ。
美玲さんが乳を揉まれながら、右手を差し出して来るので、仕方なく揉むのを止めて右手で握り返す。
「うっし、じゃあ顔合わせも済んだことだし、行きますかね」
「そうだね!洋君と一緒になるの久々すぎてワクワクしてきちゃった!」
「美玲さん、そんなにはしゃがれるとワタクシとしては少し複雑ですわ」
横で聞いていたお兄ちゃんが背伸びしながら、歩き出すと、美玲さんとアイリスさんも一緒になって歩きだす。
あーだこうだ言いながら、のんびり歩く3人を見て、私は立ち止まる。
『えー、三路地さん、また班決めで1人残ってる〜、アンタん所に入れてあげなよぉw』
『うちは、もう仲良いグループで組んじゃったし……、申し訳ないんだけど、どこか余ってないかな……』
フラッシュバック。
幼さ故の残酷で、嫌な思い出だ。
「おい、深里、何してんだよ。早く来いよ」
不思議そうな顔で、振り向くお兄ちゃんと目が合う。
「あぁ、もう暗いもんね。深里ちゃん慣れてないから、歩くの辛いかったか」
優しげに微笑む、美玲さん。
「美玲さん、驚く事なかれ!ですわ!なんと深里さんはこの歳にして、既にダンジョンに数度潜っているそうですわよ。しかもソロで。だからある程度の暗闇でも大丈夫かと」
「えぇ?本当に!?それって私とほぼ同じじゃん!!」
アイリスさんの言葉を聞いて、美玲さんはテンション高めに方を組んでくる。
「まぁ、死にかけましたけどね」
「だぁいじょうぶだって!生き残ってんだからそれだけで大したもんだよ!」
そう言いながら、背中をバシバシ叩く美玲さん。
「よく見るとめっちゃ可愛いじゃーん」と言いながら頭をグリグリ撫でてくる。
そんな美玲さんと私を挟んで逆側に立ったアイリスさんは、優しく背中に手を当てる。
「貴女が、過去にどのような生活を送っていたかは、記録と憶測でしか分かりません。ですが、この方達なら、ワタクシも含めて、貴女にあんな思いはさせないと誓いますわ」
「アイリスさん……」
優しいアイリスさんの言葉が、心に染みる。
お兄ちゃんは、少し離れた所でニヤリと笑い、言った。
「さ、仕事だ仕事。さっさと終わらせてみんなで飯でも食いに行こうぜ。もちろん、深里、お前もみんなの中に入ってるからな?」
「……っ!うん!」
満面の笑みで返す。
私のトラウマは、もうすっかり闇に消えて無くなっていた。
森の中の暗闇が食べてしまったからなのか、はたまた居場所のなかった私に新しい居場所が出来たからなのか、それは天のみぞ知るってやつだろう。
薄く、ライトアップされている施設のコンクリートの廊下を、四人の男女が練り歩く。
あるものは、優雅に。
あるものは、大胆に。
あるものは、朗らかに。
あるものは、上裸で。
彼、彼女らが今しがた通って来たであろう出入口は、鉄の門がひしゃげ、10数名が、鎖に巻かれ転がされていた。
微かに、廊下に漂う火薬の匂い。
1番、弾丸を浴びたであろう、上裸の男の肌から、身体に埋まった弾丸が徐々に排出されてゆく。
キン、カランカラン、と金属片がコンクリートにぶつかる音が廊下に響いた。