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DIVE(8)

時は少しだけ遡り、数分前。


日が沈み、薄暗くなった森の中。

2人の男がコンクリートの門の前に、立っていた。


「ふぁぁ〜」


眠そうに、正面左側に立っている男は欠伸をする。


「おい、阿形。少々たるんでんじゃないのか?」


阿形(本名ではなくコードネーム)と呼ばれた男は、目尻に溜まった涙を擦りながら返す。


「そうは言ったって吽形。もう24時間近く寝てないんだ。眠くもなるさ」


「作戦はもう時期終わるんだ。明日までの我慢だ」


そう真面目そうに答えるのは、吽形。

いささか真剣味にかけるが、感覚派ゆえに動物的カンで少しの魔力すら感知できる、阿形。

2人が、索敵魔法を使える2人が、この基地における見張り役の最重要候補である。


「見張り役って言ってもな……、こんな山奥に誰が来るって言うんだよ。ふぁ〜あ、煙草、煙草」


再び大きな欠伸をし、煙草を吹かし始めた阿形に、吽形は舌打ちをしながら眉をひそめる。


しばらく、ぼーっと虚空を見つめ煙を吐いていた阿形だったが、まだまだ吸えるはずの煙草の日を消した。


「どうした、珍しい。禁煙でも思い立ったか?」


「いや、煙草はやめねーが、何か聞こえねーか?」


阿形の言葉を聞き、吽形は耳を澄ます。


「…………ん……ふ…ん、ふーんふん…ふふ」


確かに聞こえる……。

しかもこちらに近付いて来ているようだ。


「魔法省の連中か……?」


「いや、それにしては変だ。声が聞こえるまで索敵に引っかからないなんて。いくら魔力の隠蔽を図ったとしても、微量に漏れ出るものだ。1キロも近づけば直ぐに気づく。」


2人は、背後に立てかけてあったアサルトライフルを持ち、安全装置を外す。


近付いてくる声の方向に銃口を向けていると、暗がりの中からゆっくりと、声の主が姿を現す。


「……女ぁ?」


森の中から出てきたのは、長身の女性。

あたかも、散歩でもするかの様に鼻歌を歌いながら歩いて向かってくる。

目を引くのは、暗闇でも直ぐに分かる白いシルクの様な髪と、ぼんやりグレーに発光する両の目。


「気を緩めるな……!止まれ!!」


吽形は、トリガーを引き、鼻歌を歌いながら近付いて来る女の足元に発砲。


そこで、ようやく女は立ち止まる。


「両手を上に上げて頭の後ろで組め……」


無表情のまま、阿形の指示通りに動く女。

それを見た上で警戒を解かずに、2人は銃口を突きつけたまま、女にゆっくり歩み寄る。


「お前の名前は……?何しにこんな山奥へ?何故お前から魔力が感じられない?」


吽形が問う。

普段、阿形と組んで動くことが多い吽形だが、大雑把な上に適当な阿形だ、対人関係に置いても雑が過ぎるので、大抵は吽形が交渉などを行っていた。


そんな事は知る由もなく、女はゆっくりと口を開いた。


「…いやー、山に山菜を取りに来たら迷ってしまいましてね!明かりのある方に来てみれば誰かいるかなーと。魔力がないのは生まれつきです!」


「スーツでか?」


上着こそ来ていないが、スーツパンツにシャツ、パンプスまで履いて山に山菜を取りに来るとは考えにくい。


(さて、どうしたものか……)


吽形は心の中で思案する。

幸いここは山奥だ。撃ち殺しても隠蔽は簡単に済むことだろう。


だが、もし本当に魔力を持っていない一般人なら。

吽形も1人の人間、テロ組織に組みしているとは言え、良心の欠片ぐらいは持っているつもりだ。


「…………」


無言の時間が続く。


ガサガサ!!バキバキバキバキッッ!!!

ドチャッ!!!


何かが落ちて来たのか、静かな森の中で木々が折れ、何かが地面に叩きつけられる様な音がした。


「う、吽形……、何か変だぜ……、何か落ちてこなかったか?」


「……鳥でも落ちて来たんだろう。今はそれどころでは無いと分からんか?」


「いや、だが!」


食い下がる阿形に、苛立ちを隠さず吽形は吐き捨てる。


「うるさい。そんなに気になるなら見てくれば良いだろう!!こっちは女1人だ。最悪、処分しておく」


「あ、あぁ……ちょっと見てくらぁ」


そそくさと、阿形は銃口を下ろし音のした方へ向かった。


音のしたポイントへ阿形が着くと、血塗れの人間が落ちていた。


「これは……、人間?」


手足は変な方向に曲がり、もはや人の形は保って居ないが、それは紛れもなく人間の形をしていた。


「なんで人間が空から?」


空を見上げるも、薄暗く分厚い雲に阻まれ何も見えない。


仕方なく、意識を目の前の人間に戻し、観察する。


呼吸は、していない。

心臓が動く、僅かな脈の動きでさえも、この人間からは感じられない。

そもそも魔力が感じ取れないから、生きているということは無いはずだ。


「……へへ、何か良いもん持ってっかもな……」


不用意に、阿吽は人間に近付き、ふと、違和感を覚える。


「あれ?なんで落ちてきた時に気付かなかった?まさか、最初から死んでた……?」


足元まで流れて来ていた、血を指で触り……。


「お、おかしい!こいつ、死んだばかりだ!まだ血が暖かいし、死臭もない!!なんだこの違和感は……!」


阿形は、これまでになく、冷静さを失っていた。

だから、気付かなかったのだろう。

上から忍び寄る、触手に……。



触手は、阿形の首に巻き付き持ち上げる。


「……ぐっ…、な…んだ…これ!?テン……タクルス…か?なんでこんな山奥に…クッソ…取れねぇ…っ!!」


ギリギリと締めあげられる首。

目の前の死骸が、むくりと起き上がる。


「……ゴホッゴホッ!!ぶはぁっ!!ハー…ハー…ハー…。やっぱ心臓止めんのキツイな……。死ぬかと思った……」


折れていたはずの手足は、何故か回復している。

が、未だに魔力は感じられない。


「なに…もんだ…、てめぇ…」


「僕は、姥堂 洋だ。以後よろしくぅ!」


ハツラツと手を差し伸べ、握手を求めて来るが、阿形にとってはそれどころじゃない。


「これ…、解いて…助けてくれ……、刃物なら……俺のポケットに…入ってい…る。いい加減……もう……意識……が」


阿形が乞うと、洋は困った様に頬をかいた。


「それは……、無理だ」


「な……ぜ…?」


「だって、これ、僕だから」


言いながら、洋が右手を握り込むと、連動して触手の締め上げる力も強くなる。

阿形は、途切れかけの意識でライフルのトリガーを引き、足元に発砲。


「終わった……な、お前」


今の銃声は吽形にも聞こえていることだろう。

それなら後は、やつが何とかしてくれるはず。そう願いながら、阿形は意識を手放した。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



女を鎖で簀巻きにし、阿形を待つ吽形。

あいも変わらず、女は緊張もなく鼻歌を歌っている。


「阿形……遅いな。また漁りでもやっているのか?」


「案外、魔物に襲われでもしてるんじゃない?テンタクルスとか」


笑いながら、揶揄い混じりに言ってくる女に対し、吽形は乾いた笑いを吐き捨てる様に返す。


「はっ……、あいつは、あぁ見えても精鋭のソルジャーだ。不真面目なところこそ、玉に瑕だが実力は俺より上だろう」


「ふぅーん。そっ」


興味なさげに、呟く女。

と、ここで阿形が向かった先から、銃声が聞こえてくる。


「なにごとだ……?おい、どうした。何があった」


首元の無線機に語りかけるが、返答はない。


(一応、見に行くか。この女はどうする?殺すか、いやまずは応援を呼んで……、……これで何事もなければ拷問だ。やめておこう)


一瞬で、吽形の脳裏を過ぎる思考。


「よし、女、このままついてこ──────」


ガサガサと草の根をかき分ける音が、こちらへ近付いてくる。


魔力探知では、阿形のみの魔力しか探知出来ないが、長年聞いていた足音と明らかに違う。


吽形はサッと、銃口を向け獲物が出てくるのを待った。

ヒュッと、暗がりから何が飛び出しトリガーを引き……そうになったが、吽形は躊躇う。


(これは……、阿形っ!?)


驚愕していると、草陰から洋が出てくる。


阿形がやられている以上、敵とみなしライフルで掃射を浴びせる。

幾多の戦場で鍛えた銃の腕を駆使し、致命傷は避けられない胸に向かっての掃射。

絶対、生きている訳がない……のだが……。


洋は立っていた。

それどころか、ゆっくりとした足取りで吽形の方へ歩いてくる。


「な、何故、胸を貫かれて生きてるんだ……?」


ゆっくりと歩みを進める洋は、腕から触手を伸ばし、それらを吽形へ向けた。


迫り来る、撃ち飛ばしながら、吽形は叫ぶ。


「クソ!なんでこんな所にテンタクルスが湧くんだ!!ここは墓地じゃないぞ!!」


「良い腕してんね」


「はっ?……っ!!」


下方へ視線を下げると、いつの間にか懐に潜り込みボディブローを打とうと拳を固める洋目が合う。


吽形は咄嗟にライフルを挟み、ガードを試みる。

が、吽形の身体は浮き上がり、銃口ごと後方へと吹き飛ばされた。


吽形はそのままコンクリートに叩きつけられ、特殊な製法で頑丈に作られているはずの壁にはヒビが入る。


「……っ!!」


「おぉ、まだ意識あるんだ。意外と頑丈だな、お前」


「……まえは…、お前は何者だ!!何故、本当にテンタクルスか!?死体に寄生し、繁殖するし繁殖していくしか能のない貴様らが!!お前が!何故人間と同じように喋っている!!」


「質問が多いな。特別だよ、1個だけ答えてあげる」


少しの思考の後、ゆっくりと吽形は口を開いた。


「お前は、人間か?魔物か?」


洋は器用に身体から生えた触手を動かし、空中に『人間だお♡』と空文字を作った。


「そうか、死ね」


吽形は太腿のから引き抜いたナイフで斬りかかる。

ライフルは、先程の打撃で経し曲がり、使い物にならなくなっていた。


と、横から迫り来る、十数本の触手。

慌てず、左手に構築しておいた陣を向け、火炎で焼き払う。


面前には洋の拳、先程は虚をつかれたが冷静に力を逃がせば問題ない。


右のストレートをくぐり抜け、脇腹に数度ナイフを突き刺す。


「……ぐぅ!!」


「やはり、魔物とは言え元は人間の身体、しっかりとダメージは通るなっ!!」


ダメ押しとばかりに、吽形は動きの鈍った洋の側頭部にナイフを突き刺し蹴り飛ばす。


血を流しながら倒れる洋の側頭部から、ナイフを引き抜き、足で蹴りながら仰向けにした。


「さっきのは、まぐれで当たらなかったのかも知れないが、テンタクルスのコアは確実に心臓の位置だ。今からお前にトドメを刺す」


ドっ!!


吽形は洋の心臓の位置に、深々とナイフを刺した。


痙攣し起き上がらない洋を見て、吽形は阿形の懐から拳銃を引っ張り出し、女の額に当てる。


「お前もあの魔物の仲間だよな?魔力を持たない人間は稀だが…いるにはいる。だから、迷っていたが……お前も殺すことにした」


それを聞いた女は、口を曲げ微笑む。


「半分、正解」


「は?」


女の言葉に疑問を持ったのもつかの間、突如として空に出現する、高度な魔術構築の気配。


思わず、吽形は見上げてしまった。




「……油断…したな……」




吽形の四肢を貫く、硬質化した触手。


「……お……まえ…、なんで生きて……?」



未だに、ガクガク震えながら立ち上がった洋は、胸に突き刺さったナイフを引き抜きながら笑う。


「答えてやんのは1個だけって……言っただろうが……」


火炎魔法で触手を焼き払おうとするも、手足が磔状態になり、上手く当てられない。


ゆっくり近付いて来た洋は、触手化した左腕を吽形の首に巻き付けた。


「じゃ……おやすみ」


頸動脈を締め上げられた吽形が、意識を手放すまでは、さほど時間はかからなかった。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「うっし、とりあえず索敵持ちは2人とも片付いたな」


洋が言うと、鎖で簀巻きにされていた女が洋に擦り寄る。


「ね、洋くん。解いて♡」


「ミレ……」


洋は、頭を擦り付けてくる美玲の右頬に手を添え、美玲は頬を赤く染める。


「もう……、突入前だよ…?抵抗出来ない私に何するの?キス?キスしてくれるの?本当にキスだけで終われる?」


右腕を美玲の首に差し込み、ヘッドロック。

左のこめかみに握り拳を当てた洋は、そのまま拳に力を加えグリグリと捻り初めた。


「何が解いて♡だ!!てめぇ、いくら僕があの程度じゃ死なないからって余裕こきやがって!!少しも加勢しなかったんだ、そんぐらい自分でどうにかしろ!!」


「イダダダダダダ!!!!痛い痛い痛い痛い!!!!!」


美玲は目尻に涙を浮かべながら、身体に巻かれた鎖を引きちぎり洋のヘッドロックから抜け出す。


「何するの!?いたぁい!!」


涙を浮かべながら抗議する美玲だったが、悲しいかな、その叫びは洋に聞き入れられることはなく、美玲は地に沈んだ。

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