DIVE(3)
ダンジョンから出て、空を見上げる。
時刻は夕方に差し掛かる少し前ぐらいか、昨日ぶりに浴びる日差しが嫌に眩しい。
「時間が無い。早く乗れ」
「どこか行くんですか?」
「どこに行くかって、お前。そりゃ決まってんだろ」
姥堂はフルフェイスを投げながら、ニヤリと笑う。
「OJTだよ」
「OJT?どっかの施設です?」
「え、お前OJTて言葉知らんの?これがジェネレーションギャップか?まぁいいや詳しい事は行きがてら話す。ほら乗った乗った」
渋々、濃ゆい化粧品の匂いのフルフェイスを被り、YAMAHA YZF R1の後部シートに跨る。
「出発進行!舌ぁ噛むなよ?」
内部に装着されているであろう、スピーカーから姥堂の声が聞こえた。
片道2車線、一般道路。
昼間故に、そこそこ交通量の多い道路を右に左に、蛇行を繰り返しながら猛スピードで突き進む。
私は運転する姥堂の背中にしがみつきながら、話しかける。
「さっき言ってた、OJTってなんですか?」
「オンザ ジョブ トレーニング。要は働くための研修みたいなもんだ。お前は今から僕とバディを組んで働いて貰う。それは今までの名目上の保護者も説得住みだ」
「はぁ、あの人たちを説得。とても納得してくれたとは、にわかに信じ難いですけど」
「札束で頬を張り倒したら気絶したから、お手紙と一緒に置いてきた」
「うわぁ、純粋な暴力でびっくり」
「一度、やってみたかったんだ。多けりゃ多いほどいいと思って500万程使っちまった」
「ほぼレンガじゃないですか」
「スッキリした?」
「……少しだけ」
それを聞くと姥堂は少しだけ笑い、機嫌が良くなったのか少しだけスピードを上げた。
「う、姥堂さん?」
「ん?」
「す、スピード!!怖いです!!少し落として!」
「んー、そうだな……、じゃ、お前、僕の妹になれよ。お兄ちゃんでも、お兄様でも、おにぃでも好きなように呼んでくれ」
「なんで兄縛りなんですか」
「妹欲しかったんだ♡」
「無理です呼びません妹じゃありません姥堂さん」
「えー、お兄ちゃんって呼んでくれないと……」
姥堂は少し悩んだ末、朗らかに
「このまま前のトラックに突っ込んじゃおっかな」
言い放った。
アクセルを握る右手をさらにひねり込み、体重を前方に、浮き上がろうとする前輪を押さえつける。
マフラーから甲高い唸りを上げるYZF R1はぐんぐん速度を増し、前方を走るトラックに迫る。
「え?嘘でしょマジで突っ込むつもり?ねぇ冗談ですよね?」
「なぁ、知ってる?首がちぎれても3秒位は死なねーらしいよ。つまりその間に回復薬かければ死ぬことないんじゃないかなーって思ってんだよね。やったことないし、今、回復薬持ってないけど」
言いながら、さらにアクセルを捻り、メーターは200km/hを越えようとしていた。
「呼ぶ!呼びますから!おにぃ!お兄ちゃん!おお兄様!!スピード落としてください!?」
「お兄様以外なら敬語も禁止で」
「あーもぅめんどくさいなぁ!!マジで死ぬから!いい加減にしてよお兄ちゃん!!って死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
目測にして、およそ3メートル足らず。
私たちが乗ったバイクは今にもトラックに突っ込もうとしていた。
思わず目を閉じ、衝撃に備える。
が、その後数秒経っても、来るべき衝撃は来ない。
どうやら痛みもなくこの世とおさらば出来たらしい。
ふと、誰かに包まれている感覚に陥る。
それは、酷く懐かしく、ずっと探していたもの。
幼い頃に感じた、ママの腕の中。
来世でもこの世界に再度産まれることが出来るなら、今度こそずっとその手を離さずに……。
「おーい、痛い……」
その声でハッと我に帰る。
目を開き、振り返ると先程まで追突しそうになっていたトラックは、はるか後方を走行していた。
「あのさー、お兄ちゃんができて嬉しいのは分かるけど、そういう痛みの伴うスキンシップは好きじゃないんだよ」
「え?」
ふと、自分の手に視線を落とすと、私の手はお兄ちゃんの脇腹をかなりの力で握っていた。
何となく、全力で握り締めてから手を緩める。
観念したのか、反省したのか、分からないがそこからバイクが停車するまで、何となくスピードを落として安全に走ってくれた。
バイクが停車したのは、住宅地の真ん中に広々と広がる政府の空軍基地だった。
普通の空港のような、ターミナルなどはなく誘導棒を持った軍人や、戦闘服を着たパイロットらしき人達が忙しなく歩いている。
たった今、飛び立った戦闘機の風を浴びながら、私とお兄ちゃんは目の前の輸送機を見上げていた。
「いつ見ても、でけぇな」
「魔法省の職員はいつもこんなので移動できるの?」
「いんや?上層部だけ。平の職員は良くて民間機、悪けりゃ1日かけて新幹線ってとこかな」
なるほど、つまりは
「お兄ちゃんは上層部の人間なんだね。いがーい。見えない。ありえなーい」
「おうこら妹。言ってくれるじゃねーか。どっからどう見てもスーパーハイスペックな超絶エリートじゃねーか」
言われて、お兄ちゃんの周りを回りながら360度観察するも、ハイスペックのはの字も見えなかった。
「エリートはチャックを閉め忘れないんじゃない?さてはトイレ行った時に閉め忘れたね?」
慌てて、自分の股を確認してチャックを上げるお兄ちゃん。
その姿があまりにも滑稽でつい、鼻で笑ってしまう。
「ばっか、これはあれだよ!まだ暑ちーからな。空冷だよ空冷。男にとってここを冷やすこと、すなわち冷静を保つ為に脳を冷やすことと同意だ!」
「お兄ちゃんの脳みそって、そんな所に着いてんだ。なんか納得しちゃうな」
ニコッと笑って返すと、何やら不機嫌な様子でムスッと膨れる。
男の膨れっ面ほど見苦しいものは無いので、早めに機嫌を治すべく、ヨイショすることにした。
「はいはい、超絶ハイスペックでスーパーエリートなお兄ちゃん、こんな飛行機顎で操縦できるなんて凄い凄い。ビバ!上層部。だから、ね、機嫌直しなって。見苦しいし」
「スーパーハイスペックで超絶エリートだもん」
「どっちでもよくない?ていうか、だもんって可愛くないからね?お兄ちゃんは幼児でもなければずんだ餅の精霊でもないんだからね?」
「それはまた別の妖精の語尾なのだ」
「キッツ」
「……」
無言で、お兄ちゃんは私の肩に拳を入れる。
私はその手を払い除け、きっちりセットしていた髪をワシャワシャと崩す。
それがに気に食わなかったのか、睨んで来たのでドヤ顔で対抗する。
再度、私の肩に入る肩パン。
「……ふっ」
私の真似なのか、憎らしい顔でドヤ顔を披露するお兄ちゃん。
私は思わず、ケツを蹴りあげる。
「「……」」
睨み合い、あたりには輸送機のエンジン音のみが響き渡る。
風。
突風が私たちの髪を揺らし、施設内の人間が捨てたであろう空き缶が転がり出す。
刹那、私とお兄ちゃんは同時に殴りかかった。
「シィっ!!」
踏み込んだのはほぼ同時。
ならばリーチの長いお兄ちゃんの左の拳が先に届く。
顔面に当たる瞬間、上体ごと動かし拳のヒットポイントをずらす。
「ちぃっ!!」
上体を崩した勢いで右足を上げ、つま先を側頭部に叩き込む。
が、伸びた左腕はそのままに、肩に顔を隠しガードされる。
私は、蹴りこんだ足にそのまま力を込め、自分の身体を宙に踊らせ、着地。
距離をとる。
避けたつもりが、かすっていたのか、左の頬から血が、タラリと垂れた。
「いいもん、もってんじゃん」
お兄ちゃんの賛美に、思わず頬を緩め、垂れてきた血を拭う。
そして、無言で足に力を込め、右半身を前のファイティングポーズ。
対するお兄ちゃんは、左半身を前に出したサウスポーで構える。
再び、お互いに踏み込もうとしたその刹那
「そこまで!!」
甲高くも、凛々しい声が響き、私たち動きを止めた。
「なかなか来ないと思ったら、こんな所で何をじゃれあっていますの?」
厚底のブーツを鳴らしながら、輸送機の階段を降りてくる金髪の美女。
目元はキリッと力ずよく、顔のパーツもかなり整っている。
そして何より目を引くのは、
「おぉ、やっぱ同性のお前でも、あの巨乳には釘付けになるもんなんだな」
「うん、あれは国宝だよ。神社に祀って参拝でもしたら私もあれの半分ぐらいにはなれるかな?」
「ど、どこを見ていますの!?」
ガバッと、胸を抱き隠すような仕草をとる金髪美女。腕で押さえつけられた胸はムニュッと形を変え、溢れている。
「す、すげぇ」
「深里、知ってるか?最近は同性でもジロジロ見てたらセクハラになるらしいぜ?」
「勘弁してよ、ついこないだ少年法の適用外になったばっかりなのに」
「……お二人共、よろしくて?」
「「あぁ、はい、すんません」」
「はぁ、とりあえず、今は時間がありませんわ。中に入ってくださいまし。お話はきっちり移動中に聞かせてもらいますからね?姥堂」
何やら怒った様子の金髪美女。
お兄ちゃんは悪びれもせずに「へ〜い」とだけ返し、金髪美女に続いて輸送機に伸びる階段を上がってゆく。
「ま、十中八九、お兄ちゃんが悪いんだろうね」
「おい、聞こえてるぞー」
「聞こえるように言ってんのよー」
軽口を叩きながら、階段を上り輸送機に乗り込む。
ふと、金髪美女が立ち止まり、お兄ちゃんがぶつかる。
「おいおい、お嬢。急に立ち止まんなよ」
「失礼、わたくしとしたことが、挨拶を忘れていましたわ」
ツカツカと私の前に立ち、腕を組みながら豊満な胸を持ち上げる。
「わたくし、土御門・リア・アイリスと申しますわ。アイリスと呼んでくださいまし。以後、お見知り置きを」
微笑みながら、アイリスさんは右手を差し出し……、
私の乳を揉み始める。
「あの……、これ何してるんですか?」
「なにって、挨拶ですが?」
なるほど……
「三路地 深里って言います。よろしくお願いします。深里で大丈夫です」
私も自己紹介してから、アイリスさんの乳を揉みしだく。
でかいのに張りがある。
服の上から触っているにも関わらず、指が埋もれて見えなくなってゆく。
これが、持っている側の力か……、負けたな。
「お前ら、なにやってんの……?」
しばらく、柔らかメロンに思いを馳せていると、呆れた顔でお兄ちゃんが聞いてくる。
「なにって、挨拶じゃありませんの。ジャパンでの挨拶はこうするって貴方が言いましたでしょ?」
それを聞いて、なにか思い出しハッとしたお兄ちゃんはすぐさま気まづそうな顔で目を逸らした。
「あっ……、あー、そうな、挨拶な。教えた教えた。あってるよ。this is ジャニーズご挨拶だよ」
やはり、元凶はお兄ちゃんだったか。
こんな美人に嘘を教えこんで揶揄うなんてなんとも鬼畜な男である。
「ちなみにアイリスさん。男の人と挨拶する時は、股間を撫でるって知ってました?」
「まぁ!そうなんですの?わたくし存じ上げませんでしたわ」
目をキラキラさせて喜ぶアイリスさん。
なるほど、これは面白い。
だけど、万が一にも嘘がバレた時の為に、私の罪は元凶に擦り付けておこう。
「私もさっきお兄ちゃんに聞きました(笑)」
「ちょい!!僕はそんなこと一言も────」
「あっ、時間大丈夫ですか?」
「おっと、いけませんわ!!お2人、さっさとお乗りになって!!」
少し青ざめた顔で、こっちを睨むお兄ちゃん。
しょうがないね、元凶はアンタだ。
諦めたまえよ。
お兄ちゃんに向けて、合掌しながら煽っている間にも、輸送機は目的地に向けて、飛び立つ準備をしているのであった。