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DIVE(2)

私達に襲いかかろうとし、急に空中に磔になって停止している魔獣の群れ。

ダンジョンに現れた軽薄そうな男。


私の頭は、混乱していた。


「ぼ、冒険者……?」


にしては、やけに薄着だ。

連中はもっと鎧やアーマーに身を包み、奇抜な格好をしていることが多い。

中には水着みたいな装備を身につけている連中もいるが、少なくともスラックスにカッターシャツでダンジョンを闊歩している奴は見たことがない。


「んー、んんんんー、んーんふんんーんん」


男は、鼻歌を口ずさみながら、磔になっている魔獣の群れの前に立った。

そして、方にかけた日本刀をスラリと引き抜く。


ダンジョンの淡い光が刀身に反射し、青白く輝く。

淡く光る刀身からは、シタシタと水滴が滴っている。


それはまるで、昔ママに読み聞かせて貰った南総里見八犬伝に登場する、『妖刀:村雨丸』をそっくり体現したような刀だった。


「ふーんふふーんふふーん」


男は、鼻歌を歌いながら魔獣の首を刎ねていく。

一匹、また一匹と短い悲鳴を上げながら首のみが地に堕ちる様子を、私の下に横たわる魔獣は目を逸らさずに見ていた。


最後の一匹を片付け、くるりと男が振り返る。


「探したぜ?三路地 深里」


この男、何故私の名前を知っているのか。

なぜ、私のことを助けるのか……。

疑問は深まるばかりだが、とりあえずは、


「……死にそうなんで、助けてくれませんか?」


「はいよ…」


男は私の目の前にしゃがみ込んで、傷口に回復ポーションをかける。

冒険者に配布される回復ポーションを持っているのならば、やはり冒険者なのだろうか。

みるみるうちに傷口は塞ぎ、呼吸も楽になった。


それでも血が足りないのか、少しだけ目眩が残る視界に苦労しつつも起き上がる


「ありがとうございました」


「おう、ある程度回復したようで良かった。これはお前が持っておけよ」


そう言いながら、3分の1程残ったポーションの瓶を投げ渡す。


「え、いいんですか?」


「あぁ、いいよ。好きに使いな」


ほとんど冒険者にのみ配布される貴重な回復ポーション。

持っておくだけでもその価値は計り知れない。

とりあえず、保管か?


……いや、ここで使い切ってしまおう。


しばらくの思案の末、私は回復ポーションを使い切ることを決定。


ただ、使い道は……、


「お、おおぃ!貴重なポーションなんだぞ!!好きに使えとは言ったけど、そんな事に使っていいのか!?」


「いいんですよ」


私は、余ったポーションを寝そべる魔獣の傷口に振りかける。


徐々に傷口は塞がり、浅かった呼吸も少しだけ和らいだ。


「元々、コイツらの住処に立ち入ったのは私ですし。まぁ、寝床ならまた探すしかなくなりましたけど……」


そう言いながら、瓶の底に溜まったポーションを一滴残らず、かけてやった。


魔獣は、大きな身体をのそりと持ち上げ、闇の中に歩いて行く。

人の立ち入りもほとんど無いダンジョンだ。殺しあった仲とは言え、今後は平穏に暮らして欲しいものである。


尻に着いた土を払いながら、男は立ち上がる。


「さてと、じゃ、本題に入りますかね」


「本題……?」


「おう、三路地 深里。君には僕と一緒に来て貰いたい」


何事もないように、しれっと言い放つ男。

あぁ、この歳にして私は売られそうになっているのか。美少女の宿命と言わざるべきか、仕方ない。


「あの、私があまりにも美少女だからって、そういうのはやめて貰いたいというか、無理と言うか」


「いうほど美少女か?何を勘違いしてるのか知らないけど、別に夜の店のスカウトとかじゃないからね?」


私のことを、絶世の美少女では無いとのたまった男に戦慄していると、ため息混じりに話し始める。


「僕は姥堂(うばどう) (ひろし)だ。あ、これ名刺ね」


「あぁ、ご丁寧にどうもどうも」


渡された名刺に目を通す。


総魔省 関東ダンジョン管理局 魔法災害対策部

姥堂 洋


「そ、総魔省……。お役所勤めだったんですか……」


「一応、表の身分はね」


「表?ってことは裏もあるんですか?」


「そらそうよ、警察の公安しかり自衛隊の特殊作戦群しかり、どの組織にも裏側で働いて社会を支えている人間はいるんだ」


「なるほど……、って!それ私に話してもいい内容なんです!?」


「いや、ダメだね。普通に。でも最初から巻き込むつもりだったし、別にいいかなと思って」


私の知らないところで、勝手にことが進んでいる気がする。


「第一、なんで私なんですか……」


「説明すると、長くなるからなぁ……、面倒臭いんだけど」


頭を搔きながら、面倒くさそうに話す姥堂。


「まず、僕が所属している部隊はごく少数の精鋭によって構成されている。突出した戦闘能力、天部の才能、壮絶な生い立ち、後天的に身についた能力、etc……、尖りに尖った天才達がその才能をお国に捧げているって訳だ」


「なるほど……、つまり」


「あぁ、そうだ」


姥堂はゆっくりと頷く。

そのエリート達と働く1人の天才が、私に声をかけてきたのだ。


これは、もはや確定なのだろう。


「私に才能の可能性を見出し、その力を国のために行使せよと……」


「はぁ?誰がそんなこと言ったよ」


あるぇ?


「だ、だって、一緒に来てもらうってことは、その組織に組するってことで、そしたら私も天才達と同等の才能が……」


「あー、OK、OK、僕の言い方が悪かった。第一、才能ってのもほぼほぼ血筋で決まって来るんだ、組織の連中も8、9割方、代々有名な魔法士を排出してきた名家だからな。そんじょそこらのクソガキに才能なんてある訳ねーだろ」


「……なんだろう。急に着いて行きたく無くなってしまいました」


「そう露骨にしょげるなって……」


拾った木の枝で、地面に絵を描き始めた私を見て、姥堂は咳払いをし仕切り直た。


「あー、つまりだ。今はまだ才能がなくとも後々実力が着いて来ることも無きにしも非ずだ。努力次第。だから、な?僕と契約して国家公務員になってよ」


「それ、後々めちゃくちゃ裏切る奴ですよね?……第一、私じゃなくても別にいいってことじゃないですか……」


「……はぁ、これだけはあまり言いたくなかったけど、しゃーなしか……」


ヘラヘラ取り繕った顔から一転、姥堂は急に真面目な顔を作る。


「君の母さんに頼まれてる」


思わず、目を剥く。


「……きて……生きているんですか」


姥堂は急に私の隣に座り込み、深いため息を着いた。


「あの人は、もうこの世界にはいない……僕の、僕のここには、確かに存在している」


そう言いながら、親指で心臓の位置をトントンと2回叩く。


「ショックだろうが、聞いてくれ」


柔らかい声音が、不思議とママを思い出させる。


「君のお母さんから、託されたんだ。娘を頼むって……。君が、幸せそうなら、今の家族の元で幸せに暮らしていたのなら、僕も何も言わなかった」


薄暗い、岩ばったダンジョンの淡い光が、姥堂の顔を照らしだす。


「だが、そうじゃなかった。僕が見つけた時、君は独りだった。学校では誰とも話さず、家に帰ればすぐ出てきて、公園で寝る。しばらく見ていたけれども、これではあの人も浮かばれない」


不思議と予感はしていた……。

私を置いて行ったあの日から、もうママとは会えないと。

だけど、ずっと不安だった。

私はママが大好きだったけど、ママは私が邪魔になり置いて行ったのでは、と。


「君のお母さんは、死ぬ直前まで、いや、死んだ後も君のことだけを思っていた」


姥堂のその目は、愛おしそうに、だけど、どこか寂しそうに見えた。


ポタポタと、乾いた床に水滴が落ちる。

雨なぞ降るはずはない。ここはダンジョンなのだから。


視界が濡れて歪む。

泣いたのは、もう何年ぶりだろうか。


「墓を、立てたんだ」


「……はか?」


この世の中だ、一般人はただただ焼かれ、骨になり。罪人に至っては大きめの穴に一斉に埋められるだけだ。墓を持てる人間はひと握り、大金を積んだ人間だけだ。


「あぁ、あの人に似合う、可愛いピンク色にデコって、フリフリのリボンまでつけてやった」


「あはは……、なんですかそれ」


泣きながらも、ついつい笑いが込み上げる。

ピンクなんてママには絶対似合わないだろう。だが、私は知っている。


『こ、この服はさすがにキツいか……?うん、無しだ、無しだな。私には可愛いものは似合わん。いつもの組み合わせにしておこう』


と、お出かけの度に、フリフリしたピンク色のワンピースを鏡の前で合わせ、似合わん似合わんと顔を赤くしていたママの姿を。


「だからさ、今度、あの人の墓参りにでも行こうぜ、この際、一緒に来る来ないは関係なくさ」


なんの打算も無さげに、姥堂は笑いかける。

せっかく真面目に話してくれたのだ、私も真摯に応じる事にした。


「私は、本当の家族と言えるのは、ママだけでした。というか今でもそうです」


ゆっくりと、話しながら覚悟を決めてゆく。


「今の暮らしは、最低最悪で、ただ流れに身を任せ、死んでいないだけって感じです」


「それで?」


優しい声で姥堂は相槌を打つ。


「私の生活と待遇はどうなりますか?」


「いいね……」


先程とは打って変わって、姥堂はニヤリと笑った。


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