DIVE(11)
単独で突入した美玲さんに続き、お兄ちゃんも突入してから、しばらくの時間が経った。
私は横で一緒に待機しているアイリスさんに話しかける。
「うへぇ、真っ暗だ。こんな暗いのにお兄ちゃん達、よく戦えますね。見えてるんですかね?なんか冷たい風が流れてきますけど」
走り続けて、火照った身体に風を浴び、気持ちよさに目を細める。
「危ないですわよ?下で仕留め損ねた敵兵が出てくるかもしれませんわ」
襟首を引っ張られ、ドアの横に待機させられる。
手持ち無沙汰になり、アイリスさんに話しかける。
「アイリスさん、この冷気ってアイリスさんの魔法ですか?」
「そうですわよ。と、言っても攻撃的でも支援的でもない、ただの氷を生み出す魔法ですが」
アイリスさんが魔法陣に包まれた右手を振るうと、空中に氷の塊が現れる。
「ほら」
「ほへぇ……、凄いですね」
空中に浮いた氷を、人差し指で続くと氷がゆっくり周りはじめる。
「今、生み出した氷を極限まで冷やしていきますの」
腕の魔法陣がゆっくり回転する。
目に見えて変化がないので、分からないが、なんだか少しずつ冷気が強くなっている気がする。
パキパキパキパキ……
耳を澄ますと、魔法で出来た氷は先程聞いたような、何かが割れるような音を鳴らし始めた。
パキン……!!
冷たい、凛とした音を立て、氷が砕ける。
「これが、あの音の招待ですわ」
「え?こんだけ?これで何やかんや攻撃するんじゃないの?」
「いいえ、これだけですわよ。下手に攻撃すると、あの二人に当たりかねませんわ」
「でも、こんだけでどうやって……」
どこから取り出したのか、アイリスさんはスチャッと銀縁メガネをかける。
これあれだ、河原で見つけたヤラシイ本のお姉さんの雰囲気にそっくりだ。
それはともかく、教師モードになったアイリスさんの話に耳を傾ける。
「イルカやコウモリが、超音波を発生させて物の形や、距離を測るのはご存知かしら?」
「はぁ、何となく聞いたことはありますけど」
「美玲さんはそれと同じ事が出来ますの」
「ええ!?すご…なんでですか?」
私の問いかけに、アイリスさんは少し浮かない顔で話はじめる。
「私が、美玲さんと姥堂に初めてお会いした時、今から約1年ほど前には、もう今のような能力が身についていましたわね。ただ1つ、教えて貰ったのは、美玲さん、昔は目が見えなかったそうですわ」
「え……、それは、病気か何かで……、治って見えるようになったとか」
「いいえ、眼球そのものが無かったと。そして、今の彼女の目は、かの有名な「うっすー、片付いたぜ?お前ら何話してたの?」
急に、階段から上がってきたお兄ちゃんに声をかけられ、2人してビクッと跳ねる。
「美玲がどおとかって聞こえたんだが」
「およ?私の話?」
お兄ちゃんの後ろから、ひょこっと美玲さんが顔を出す。
「なんだよー、僕らが頑張ってる間に2人してお喋りかよー、呑気だなぁ」
「それは、ごめんじゃん。ていうか私、戦う術ないし」
「あぁ、そうでしたわ!」
何かを思い出したのか、アイリスさんがローブのポッケから紙の束を取り出す。
「深里さんは、これを。使い方が分かっているのは姥堂から聞いていますわ」
渡されたのは、御札の束。
が、私がママから貰ったものとは材質が違うような……。
「これって貴重なものじゃないんですか?ていうか、皮製?初めて見ました」
「使い方は、紙製のものと変わりませんわ。ただ、使う媒体によって効果の大きさと維持の時間が変わってしまいます。ま、その辺はおいおい教育していきますからご安心を」
そう言いながら、ニコリと微笑むアイリスさん。
教育って何するんだろう。
どうせならさっきの女教師モードでやってもらいたいものである。
「よっし、じゃあ階段を降りた先、もうひとつの扉を開けたら、このアジトの最奥だ。恐らく今回の首謀者もそこにいるはずだから、最後まで気ぃ抜くんじゃないぜ?」
「もっちろーん」
「了解」
「心得ていますわ!」
それぞれがお兄ちゃんの言葉に返事して、暗い階段を降りる。
「うわ!何か踏んだし!なにこれ?」
アイリスさんが、魔法陣で足元を照らしてくれる。
見ると、白目を剥いて泡を吹いている大柄な男が倒れていた。
「ひ!人……!死んでる!?」
「殺してないぞー」
「アイリスさん、ちょっとこの部屋全体的に照らせますか?」
「分かりましたわ」
ペカーっと、アイリスさんの魔法陣の光が強まる。
部屋の中は、まさに死屍累々、いくつもの人間の身体が転がっていた。
「すご、この人数をたった2人で……」
「深里もこんぐらい出来るよう!!」
美玲さんが後ろから抱きつきながら言うが、全然出来るようになる未来が見えない。
強くなるには、それ相応の時間と努力が必要になるのがセオリーだ。
「よく聞け、深里。強さって言うのはな、突出した才能だけでも、地道な努力だけでも、優秀な血筋だけでも、身に付くものでは無いんだ」
黙りこくって考え込む私の顔から、何かを察したお兄ちゃんが教えてくれる。
「強さってのは複合的なものなんだよ。全ての経験を糧に、強くなるんだぞ」
「め、珍しく姥堂が真っ当な事を言っていますわ」
「シっ!せっかく格好つけてるんだから、そっとしといてあげよ」
「あーあ、格好つかなーなぁ」
後頭部をボリボリ掻きながら、部屋の奥に移動するお兄ちゃん。
「さてと、お前ら気合い入れろよー?ここからはボス戦だぜ?」
呑気に言い放つお兄ちゃんとは対照的に、アイリスさんと美玲さんは顔を強ばらせる。
一気にピンと張り詰めた空気。
お兄ちゃんは、ゆっくりと軋む扉を押し開けた。
「お前ら!!ふせろ!!!!」




